セキ達4人がダムロー旧市街でゴブリンを相手に義勇兵として活動を始めて1ヶ月が経過した。
今日も日中はダムローにて狩りをし、義勇兵宿舎へと帰ってきたところだった。
「…お金、貯まらないわね」
ワカがため息をつきながら帳面に今日の収支を記載している。
「少しずつ増えてはいるんですけどね…」
「新しいスキルを習ったのは早計だったかなー…」
「いや、怪我をする頻度は減った。悪い選択じゃなかった」
「もう少し収入が増えてくれれば最高だったのよ。期待しすぎたわ…」
セキ達は宿舎の中庭にあるテーブルを囲んで座っている。景気が悪いので全員浮かない顔をしている。
彼女らの1日の平均収入は3〜4シルバー。
支出は義勇兵宿舎の使用料が1部屋10カパーで、男女で2部屋20カパー。さらに食費として1人1日8カパーで32カパー。また消耗品を細々買っていて、これは4人で1日平均8カパーほど。1日に4人で60カパーは必要になる。
1シルバーは100カパーなので、1人あたりの収入は差し引いて40〜75カパーとなる。
これでも収入が伸びた方なのである。最初の1週間は完全に赤字になっていた。
ゴブリンに顔を蹴られたり群れのゴブリンに追い回されたりした。怪我だけして何も得るものがなかった時もある。
少しずつ戦うことに慣れてきたら、効率のいい戦い方を覚えていく。剣を振り回すと無駄に疲労し援護もしにくい。真正面から挑むより奇襲をかける方が楽になる。ゴブリンの数が少ないところを探す。かすり傷をいちいち治している余裕はないので、戦闘に支障のない傷は放置。
そうして収入が増えていった。だが今も赤字になる日があるので、余裕はない。
「みなさん、調子はどうですか」
近付いてくる男が1人。セキと同じ六芒が刻まれた鎧を着ている。セキ達の同期のノリアキだ。彼のパーティは同じ宿舎に寝泊りをしていて、よくお互いの情報交換をしている。
「見ての通り。好景気待ちよ」
「たしかノリアキ君はスキル習得だったわね」
「ええ、狩場を変える前に習おうと。他のメンバーは明日までかかるので僕だけ休日ですね」
ノリアキも空いている椅子に座り話に加わる。
「しかし、スキルの習得もあまりいい方向にならなかったようですね」
「はい、私が魔法を使う回数は減ったのでそれは良かったんですけど…」
「今度は私が息切れするようになってね。魔法が使えないと足手まといにしかならないし」
「そうですか…やはり最大の問題は」
「頭数が足りない。これに尽きるわ」
ノリアキ達は6人で狩りをしている。対してセキ達は4人。一度に相手にできる敵の数は少なくなるし、消耗する体力も多くなる。
1日に戦える回数が増えればよかったのだが、魔法の使用回数という壁が崩せなかったのだ。
「…一応、シェリーの酒場で募集してみたのよ」
「結果はかんばしくなかったようですね」
「見習いの面倒見るのはごめんだ、ってところかしらね」
団章を買って見習いを卒業するためにもっと収入を増やしたいが、見習いであることが足かせとなっている。
「今の調子じゃどのくらいかかるかわからないわね…」
ワカはお金の管理にうるさく、簡単な出納帳を作っている。紙も安くはないが、記帳してちゃんと管理することで紙代以上に出費を抑えられると主張している。セキは暗算でなんとかなると思っているが、ワカを怒らせると怖いので言う気はない。
「足元を見られるのは仕方がないとはいえ、厳しいですね。先輩方も余裕はないのでしょうが」
セキは初日に会った、見習いに優しいと言われた男を思い出した。今のところ、酒場では見てない。ちょっと話を聞くのにも酒を奢ったりしなきゃ聞くこともままならない先輩義勇兵達。そんな中、彼だけは特に嫌な顔もせずにいろいろと教えてくれた。彼の連れは優しいと言っていたが、本当にその通りだった。
「ま、なんとかやってくしかないわー…」
気が滅入るばかりだが、やらなきゃ食べていけない。生きることは大変だ。
翌日もダムローへと繰り出す。
装備を新たに買うお金はないので、初日からほとんど変わらない格好なのだが、セキだけ違う点が1つある。
左手に盾を持っているのだ。元はゴブリンが使っていた小型のもので、まだ使えそうだったので拾ってみた。
取手部分などはゴブリンの手に合う大きさだったので人間には使いにくい代物だったが、うまく改修して使っている。
小型盾は木製で、剣や斧を受けると壊れてしまうかと思ったが、ゴブリンの力があまりないからか充分な活躍をしてくれている。
盾のスキル
「ゴブリン2匹。いつも通りスガちゃんとあたしで1匹ずつ。手間取ってたら魔法で援護」
目標を発見後、手短に方針を伝える。もう各自でやる事はわかっているので、3人が頷き返したのを見てすぐに動き出す。
ダムロー旧市街は場所によって瓦礫や壁などで隠れる場所に困らないところもあれば、開けていて隠れる場所などないところもある。
今回のゴブリンは開けている場所にいた。この場合はまず隠れられるところまでおびき出す。
まずスガが囮となりゴブリンの前に姿を現す。ゴブリンも馬鹿ではないので、1人だけで姿を見せた相手にすぐに襲いかかったりはしない。周りを警戒しながらゆっくり近付いてくる。
ゴブリンが飛びかかって攻撃できそうな距離になったら、スガが逃げだす。ゴブリンが追いつけそうなスピードで。
距離や速度の調整が難しいので、鎖帷子で身を守っているスガがやっている。セキがやってもいいが、プレートが入っているとはいえレザーアーマーでは心もとない。危険すぎるという判断のもと、スガ本人の希望もあり囮役をやってもらっている。
うまくおびき出せなかった時は合流して正面から挑む。今回はうまくおびき出せたので、頃合いを見てセキが飛び込む。
足を止めてスガがゴブリンと打ち合いをはじめた。すぐには出ない。様子をうかがい、2匹の意識がスガに向いた時――。
セキは飛び出す。スガが剣を盾にゴブリン2匹を引き付けている。後は挟みうちにするだけだ。
「おおっ!」
スガが声を上げて剣を大きくふるいゴブリンを下がらせる。下がったところにセキがロングソードを突き出し、ゴブリンAの背中に刺した。
一撃では倒せない。何度もロングソードで突き、手傷を与えて弱らせ動きをにぶらせる。
ゴブリンAもセキに反撃を試みようとするも、ダメージからまともな反撃はできない。
セキがとどめに
まだ気は抜けない。ゴブリンは死んだフリをしてこちらを騙そうとする時がある。前に倒したと思ってスガの援護に行こうとしたら後ろから切られた事がある。倒れたゴブリンAをロングソードでメッタ刺しにしてやる。
スガの方はとちらりと見れば、ゴブリンBを蹴倒して
2匹とも動かなくなり、一息つく。
「2匹なら、魔法を使わなくてもすむようになってきたね」
「手強いのもいるから、油断はできないけどね。やっぱあたしは不意打ちいれても時間かかるわ」
「武器の差もある。そこは気にせずにいこう」
場所を移し、セキがゴブリンを探す。盗賊や狩人といった偵察に適任な職の人間がいないので、一番足が速いセキがやっている。
だが、敵を見つける前に見つかってしまったり、同時に気付いたりとうまくいかないこともある。
新たに3匹のゴブリンを見つけたときは向こうにも気づかれてしまった。
「ヤッバい…⁉︎」
こういう時は一目散に逃げる。ゴブリンが追ってこなければそれでよし、追ってきたら数を確認。仲間と合流して撤退か迎撃か判断する。
振り返って見ると3匹とも追ってきている。4匹以上なら絶対に撤退している。3匹は奇襲できる時にしか挑んでいなかった。
挑戦してみるか。安全にやっているだけではいつもと変わらない。危険を冒すことで欲しいものが手に入るのだ。主に金品。
3人が待機していた路地に到着する。
「3匹! 迎撃する!」
「!…大丈夫なの?」
迎撃する準備をしながら聞いてくるワカに答えを返す前にゴブリンが来た。スガとともに前に出て、スガが左に、セキは右にと動く。
2人で壁を作り、ゴブリンを止める。何度か2匹相手に使った戦法だ。1匹多いがなんとかするしかない。勝算はある。
この戦法の要は魔法使いのワカである。彼女の魔法でゴブリンにダメージを与え、隙を見て前衛2人が倒す。
3匹のゴブリンはスガに1匹、セキに2匹と分かれて攻撃を仕掛けてくる。弱く見えるセキをすぐに倒すつもりだろう。
セキに向かってくるゴブリン2匹はどちらも剣を持っている。短剣であれば怪我を覚悟で身体で受けることもできる――痛いのであまり気は進まない――が、普通の剣で攻撃されたら戦うのに支障が出る。それはまずい。
「ジール・メア・グラム・フェル・カノン」
ワカが杖で文字を描きながら呪文を唱えると、青い靄のようなものが杖の先から放たれる。氷結魔法のエレメンタルだ。
神官の光明神ルミアリスの加護を受けて行使する光魔法と違い、魔法使いはエレメンタルという魔法生物を使役して魔法を使う。エレメンタルは呪文と文字によって制御され、様々な効果をもたらす。
今ワカが使った魔法は
青いエレメンタルは、セキから見て左にいるゴブリンの右足にまとわりつき、即座に凍らせた。右足が凍ったゴブリンはつんのめって転んだ。
チャンスだがもう1匹向かってきているので下手に動くわけにはいかない。飛び出したい気持ちを抑えつつ右にいるゴブリンから迎撃しようとしたら、スガが前に出た。
「おおおオオォォォォォォオオオおおぉぉぉ!」
特殊な発声で敵をひるませる
これで抑える必要もないと判断してゴブリンに全力で突っ込もうとしたセキよりも早く前に出る影がひとつ。コトノが右の剣持ちゴブリンに向かった。
スガは短剣ゴブリンに仕掛けようとしているので、セキは転んで雄叫びを受けて動けないゴブリンに狙いを定める。
最初に接敵したのはコトノだ。スタッフをゴブリンが右手に持つ剣に叩きつけた。
スタッフはゴブリンの顎先に当たるだけだったのだが、ゴブリンは膝をついて動きを止めた。
セキは倒れているゴブリンの背中を踏みつけ、ロングソードを何度も突き刺す。ゴブリンが暴れて抵抗しようとするも、セキの体重がかかっていて動けない。腕の動く範囲には入らなければ反撃はありえない体勢だ。
視界の端でスガが短剣ゴブリンに
「コトノは下がって! セキはコトノの代わりに! スガ君はとどめを!」
ワカが3人へ指示を出す。言われたとおりセキはコトノが相手をしたゴブリンに向かう。
いまだ朦朧として動かないゴブリンを蹴倒し、ロングソードを胸に突き刺してやった。ゴブリンはやっと意識を取り戻したようだが、武器もなく剣が刺さった状態では何もできない。こちらに手を伸ばしてくるが、届かない。
その間にスガがゴブリン2匹の息の根を止め、そしてセキもゴブリンが死んだのを確認する。
「なんとかなったわね」
とため息をつくワカ。
「しかも無傷で、使った魔法も1回だけ」
「コトノが前に出たときは驚いたわよ…」
「ごめんなさい。数が多いから必要かと思って。…それにしても、ゴブリンも脳しんとうになるんですね」
「それって顎に当てたやつ?」
と話していると、スガが1つのゴブリン袋に戦利品をまとめている。
「早めに移動しよう。さっきの
「それもそうね」
また襲われてはたまらない。4人はすぐに移動した。
休憩を取る時は状態のいい建物を使っている。
以前は適当に見繕っていたが、10日前から同じ建物を使うようになった。
そこは1階は瓦礫だらけで使えない。2階は半分ぐらい崩れていて多少狭いものの4人が余裕をもって座れる広さはある。なにより屋根が残っていて日射しを遮ってくれるところがいい。
瓦礫や木造の階段が音を出してくれるので、五月蝿くしていなければ接近するものに気付けるというのも休むにはちょうど良かった。
昼食はパンや干し肉を用意してある。味気ないが敵地で料理などできないから仕方がない。
食べ終えたあとは午前中の反省会が定例である。是正できるかは別にして、問題点の洗い出しはしておく。
「怪我もなく魔法も最低限で済んだけど、気になるところってある?」
議長はワカ。意見の取りまとめはだいたい彼女の役だ。
「
神官は非力な者でも戦える護身法を身につけてはいるが、前に出て戦うことは少ない。
魔法使いのような接近戦のできない後衛が敵に肉薄された時に戦うのが基本の役目だ。同期達のパーティーもそうしていると聞いている。
「俺も思ったな。1匹はすぐ倒せただろうから、多分前に出なくてもなんとかなったはず」
「1対1を3つ作った方がいいかと思ってつい…」
「私はあれでいいと思うけど。セキは怪我に無頓着というか魔法で治せるからいいって考えてるでしょう。自分が盾になればいいって。怖いのよそういうの」
ワカは心配性だ。猪突猛進なセキには特にいろいろと言うことが多い。
もっと楽観的になってもいいと思うが、ブレーキ役は必要なのでそのままの方がいいかもしれない。
「でもあたし身体張って戦う役目だし」
「だからって怪我をしていい理由にならないの」
「長引かせるよりは早く終わらせる方が結果的に怪我も消耗も少なそうですね」
「増援が来る可能性も減るね」
「いや、痛い目にあいたいわけじゃないから怪我しない方があたしもいいんだけどさ」
それで上手くやれたのだからいいかと思う。今日は午前だけで十分な戦果を上げている。この後も戦える余裕があるぐらいなのだから。
午後も3体のゴブリンを倒して意気揚々とオルタナへ帰る4人。
ゴブリンからの戦利品は銀貨だったり石や金属片など価値があるかわからないものだったり生物の牙や爪だったりと様々だ。
銀貨は価値がわかりやすい。欠けていなければそのまま1シルバーの収入になる。
石や金属片はまれに1つで3シルバー以上になる物がある。逆にお金にならないゴミもある。
生物の牙や爪もだいたい安い。高くて1シルバー弱、安ければ10カパーとか。素人目にはどう違うのかわからない。
だいたい買取商をいくつか回って一番高く買い取ってくれるところで売り払う。
今日の儲けは出費を差し引くとだいたい12シルバーで、1人3シルバーの儲けになった。
1日の稼ぎでは最高を記録し、上機嫌で宿舎に帰るのだった。
4人だと強さの塩梅が難しいですね。
ハルヒロ達より強いけど人数が少なくて稼げないぐらいがちょうどいいのですが。