シェリーの酒場は義勇兵の溜まり場となっている酒場のなかでも1,2を争う規模の酒場だ。
1階層でも充分な広さがあるのに三階建てというのだから規模の大きさもわかろうというものだ。
2階と3階は中央に吹き抜けがあって下から見上げると圧倒される気がする。
セキとスガは食事を終えてワカ、コトノと分かれてこの酒場に来ている。
セキ以外の3人は酒を好まないので1人で来るつもりだったのだが、それは不安だという事でスガがいっしょに来るのはいつものこと。
2人はまず酒場のカウンターの一角へ向かう。そこには帳簿を開いて書き込みをしている女性がいる。20代後半で泣きぼくろが特徴のお姉さんだ。
「ルイコさん、いつものどうですか?」
「セキちゃん、今日も変わらずよ」
ルイコさんはいつでも浮かべている微笑のまま想定してた通りの答えを返してくれた。
彼女は義勇兵のパーティメンバー募集の仲介をしている。新たな仲間が欲しい場合やどこかのパーティに入りたい時は彼女に依頼しておけば時間がかかるが紹介をしてくれる。
急ぎなら人伝てで紹介してもらうか、フリーの義勇兵の溜まり場になっている酒場が別にあるのでそこに行くか。直接勧誘するのも有りかもしれない。
「やっぱりかー。見習いってのがダメなんですかね」
「それもあると思うけれど、最近はパーティが解散する事自体が減ってるからか個人の登録が少なくなっているのが理由かも。
引退や死亡者が少ないって事だからいい事なんだけどね」
「気長に待ちます。なんとかやっていけてますから」
カウンターから離れて空いているテーブル席に腰かけてビールを2つ注文。1杯4カパーかかるが、今日は稼げたので懐を気にせずに飲める。稼ぎのない日はビールも余計苦く感じるものだ。
「セキが敬語使ってるのを見ると違和感がすごいよ」
「失礼な。礼儀とか重要よ。猫を被るのもね」
程なくして陶製のジョッキに注がれた冷えたビールが運ばれてくる。軽く乾杯をして口をつける。広がる苦味と炭酸の爽快感。
「かー! 労働の後の一杯はサイコー!」
「おっさんくさいな…」
「身体は少女、中身はおっさん…親しみやすいんじゃない」
「ちょっと引く」
あははとセキは笑う。自分と二人きりならスガはそれなりに喋る。女が3人揃ってかしましい中に割って入るのは難しいのかもしれない。聞いてみようかと思っているとテーブル脇に誰かが来た。
「よう、チビ助に色男。酒なんて飲んでていいのか? ママに怒られるぞ」
嫌な奴が来た。スガも眉をひそめて不快そうにしている。誰に対しても朗らかな彼にしては珍しい。
短い茶髪の目つきの悪い男。同期の一人であるリュウジ。
セキの同期は彼女を入れて16人。3パーティに別れてそれぞれセキ、ノリアキ、サコの3人がリーダーとして率いている。リュウジはサコのパーティに所属している。
「アンタみたくママのおっぱい飲み足りない子供じゃないの、わかる?」
「その割にはちいせぇな! せめて胸だけでもデカくしたらどうだ、あの2人みたいに」
「アンタの股間のブツよりマシよ」
「残念。俺のロングソードは女泣かせな一品でね」
「巷では果物ナイフって言うの。女も泣くほど小さいってワケ」
「…口の減らねぇやつ」
「減ったらご飯食べれないし、こうしてお酒も飲めないからね」
「そりゃそーだ…よっと」
リュウジはセキの隣に座りビールを注文。セキはジョッキを持ってスガの隣に移る。
「なんで座るのよ。帰れば」
「そうだね、不愉快だ」
「ひでぇ言われよう。優しくしてくれる同期が欲しいぜ」
「銀貨10枚で手に入るかもよ」
「その金で綺麗なネーチャンにベッドで優しくしてもらうわ」
リュウジがビールを受け取って飲む。ゴクリゴクリと喉を鳴らして一気に飲むさまは実にうまそうに見える。
「くー! うまい! 最高!!」
「おっさんくさ!」
「お前が言うなよ…」
あきれるスガ。しかし少女のそれと目つき悪い男とを比較してみれば、少女の方がいいじゃないかと思う。
「あー…そういやお前らまだゴブリン狩ってんの? 儲からないだろアレ」
「今日は儲かった。明日も儲けたい」
「ほーん大変だねぇ。うちはそろそろ狩場を変えるかって話がサコから出たよ」
「今は鉱山でコボルドだったか」
コボルド。二足歩行の犬というか人型の犬というかそんな感じの生物だ。見たことはないけど。
「おうよ。オークに挑んでみるってよ。そのための聞き込みをケンが頑張っている」
オークは人間族の敵対種族の中では最大の勢力を誇る。強いデカい速いと三拍子揃ってるそうだ。当然セキは話に聞いただけである。
「アンタも頑張りなさいよ」
「ほら俺って同期にも嫌われてるし、先輩とか怒らせるわけにいかないじゃん。
それにあれだ、前で身体張ってんだからそーいうのは他のやつの仕事だろ」
「それは関係な――」
「あーいた。またセキちゃん達にからんでるのかお前」
セキの言葉を遮り近づく眼鏡をかけた真面目そうな男。サコパーティの神官、ケンだ。
「からんでるたぁ人聞き悪ぃな。ちと挨拶がてら話してるだけだぜ」
「それをからんでるって言うんだよ。…悪いね、うちのが迷惑かけて」
ケンはリュウジの隣に座る。
「気にしてないから。ガキにいちいち腹立ててられないもの」
「ガキはどう見てもてめぇだろ!」
「大人は見た目と風評で人を判断しないの。邪険にするだけ」
「よく言うぜ。で、ケンよ。どうだった?」
「大体の話は聞けたよ。オークと戦うならリバーサイド鉄骨要塞まで行かないといけない」
「どこだよそれ?」
「ここオルタナから北へ6km行くとデッドヘッド砦っていうのがあって、さらにそこから西へ40km行ったところにある。移動に1日以上かけるから野宿の必要があるな」
「めんどくせー! もっと近くにいねえのかよ」
「5年くらい前に辺境軍が砦と要塞を落とすまではオークが駐屯してたそうだけど。近すぎてオルタナも襲撃にあってたらしい」
「へぇ、人間側もちゃんと反攻してるのね」
「当時の義勇兵が奮戦したって話だよ」
「意外だな。そういうのは辺境軍本隊がやるものだと思ってたよ」
「へ、あんな引きこもりどもが役に立つかってんだ。クランの
クランとは、4~6人で構成されてるパーティが複数集まって、1つのパーティではできない目的を達成するために組まれる集団だ。
「お前それ外で言うなよ。本隊の連中に聞かれたらシャレにならないんだからな」
「本当のことだろうが。俺もいつか有名クランやレンジと5人の仲間みたいに名を上げてやるぜ…」
「それでケンちゃん、オークってやっぱ儲かるの?」
「倒せたら一人前の義勇兵って言われるだけある相手だから、手強いけれども実入りはいいってさ」
「一人前、か。俺達はまだまだ時間がかかりそうだね」
「ねー。見習いを卒業したら次は半人前かぁ」
ひとまずの目標である団章の購入。その先にも道は続いており果ては見えない。
ビールを飲み終えたセキとスガは、酔ってくだを巻き始めたリュウジとその相手をしているケンと別れて宿舎への帰路に着く。
「そういえば珍しかったね」
「何が?」
「スガが人に不愉快とか言うの。リュウジってそんなに嫌い?」
「嫌いだね。最初に事務所で見せた態度からとにかく人を見下す感じがする」
「ああいうのは適当に相手すればいいから楽でいいけどね」
「…大人気なかったかな」
「嫌なところはあるんだしいいんじゃない。コトノなんか視線がいやらしくて気持ち悪いって言ってたし。本音は出したほうがいいわよ」
「本音か…実はひとつ、言いたいけど言えないことがあるんだ」
スガが神妙な顔をしている。もしかしたら、女3人相手に言えないことか、セキは聞いてみることにした。
「なになに? アタシでよければ聞くよ?」
「うん…ワカにね。言いたいんだ」
「ワカに?」
セキから見るとワカはいろいろと気を利かせてくれる、皆のお姉さんといった立ち位置だ。彼女相手に不満なんかないのだが、スガは違うのか。
「手が空いてるからって、俺の分の洗濯までやらなくていいと…正直、恥ずかしい」
セキは腹を抱えてけらけらと笑った。
帰ったらそれとなくワカに言ってあげよう。
私はお酒が飲めない。
飲める人が羨ましい反面、飲めなくてよかったと思うことは多々あります。
飲酒には気を付けましょう。