次は早くできるようにしたい。
浴槽に張られた湯の中へゆっくりと身を沈める。湯に触れる肌の表面積が拡がるのと同時に痺れるような感覚。少しずつお湯の温度に慣れて心地よさについ吐息が漏れる。
「あ゛〜、とけるぅ〜…」
声も出た。気持ちいいのだから我慢せずいこう。
浴槽は標準的な体型の女性なら2人入っても余裕があるくらいに大きい。特に身体が小さいセキなら四肢を伸ばして入っても大丈夫だ。こういう時は小さくて良かったと思う。
「オヤジっぽい…」
セキの上げたら声に反応したワカがぽつりとこぼした言葉はビール飲んだ時にスガにも言われた。
義勇兵宿舎の沐浴室はその名前と違って浴槽がある風呂場だ。沐浴で済ます事もできるがどうせなら湯に浸かりたいとは皆が思う。
浴槽以外のスペースはちょっと狭い。3人が同時に身体を洗うのが精々。多分2人ずつ使うつもりの大きさなのだろう。
1人で広々と使いたいところだが、宿舎に泊まっている男女全員が使うために時間の割り当てが部屋毎に決まっているので、少しでも長く使うには2〜3人でまとまって入る必要がある。
ちなみにスガは1人で一部屋借りているために広々と使える。うらやましい奴め。
ダムローから早く引き上げた日に知ったのだが、湯を沸かすのは魔法使いギルドに所属する
個人宅に風呂があるのは辺境伯や将軍クラスの貴族のみで、それより格下の貴族等が沐浴室を所持するぐらい。市民は大衆浴場に通うのが一般的である。
宿屋にも浴室が設置されている。主要客が義勇兵であり、義勇兵はやけに風呂好きだからというのが理由の一つ。男女で使う宿屋には必須だからというのがもう一つ。
風呂のある宿は宿泊費用が高めだ。1泊1シルバーはかかるらしい。義勇兵宿舎は10カパーですむのだから本当に助かっている。
義勇兵であればそのうち野宿をすることもあるだろう。その時に風呂がどれだけ贅沢でありがたいかよくわかるものと女性は語った。私はいつでもお湯を沸かせるように
セキは身体を洗っているワカとコトノに目をやる。毎日一緒に入っているので見慣れたものだが、自分との体型の違いにため息が出そうになる。
ワカは女性にしては背が高い。170cm程だ。アタシもあれだけあれば、と常に思う。背が高ければそれだけ高い位置から武器を振り下ろせるというわけで、攻撃の威力に関わってくる。それに加え筋力や体重を増やす事が容易であり、これも戦闘には役立つ。体重が増えるのはなんとなく嫌な気分になるけど。
セキは150cmあるかどうか。平均体長120cm程のゴブリンよりは大きい。が、ゴブリンは見かけ以上に力が強い。それでも平均的な体格の女性なら力負けすることはないけれども、セキは負けそうになる。
せめてあと10cm欲しかったなぁと思う。
「? なに?」
考え事をしていて呆けていたセキにワカが声をかけてくる。なんでもないと返すと首をかしげながらワカが浴槽へと入ってくる。
湯につかり息を吐くワカの姿は、湯の熱によって赤みがかった肌と肉付きのいい身体が合わさって女のセキから見ても色っぽい。
普段の言動も落ち着いたところがあるから、セキと同じで16才と言っていたものの正直4つ、5つ年上と言われても信じる。
艶かしい姿を見ていると変な気分になりそうでセキはもう1人の方へと視線を移す。
コトノは腰に届くほどの長さの髪を洗うのに集中している。濡れた髪が肌に張り付いてうっとうしそうだ。乾くとつやのある美しい黒髪になる。触らせてもらったらさらさらだった。どうですかと聞かれたので綺麗だよと言ったら喜んでいた。
髪の質の違いか、セキやワカの髪は1ヶ月程の義勇兵生活でだいぶ傷んでいる。正直気にしていられないのだが、手入れしたいと思う事は多い。
でも、手入れをするための香油や乳液は高い。安いもので3シルバーとか普通にする。自分の身体に使うものだし質が悪いのは使いたくないので買うとしたらもっと高いものになるだろう。
主な購買層は貴族のような余裕があって見栄を張る必要がある人間だと思ったのだが、意外にも客のほとんどは義勇兵だと言う。儲けている人達はいいなと妬みを感じながら、ワカといつか買おうと誓いあった。
髪に限らずコトノは反則だ。他の人とは違う法則で生きているんじゃないかと疑う。髪は綺麗、肌も白くてすべすべ。腰とか脚とかほっそりしているのに胸は大きいし形も崩れたりしていない。そして普段から背筋を伸ばしていてしゃんとしている。完璧超人か。
それらはともかく長い髪は綺麗だが義勇兵生活には不要というか邪魔と言ってもいい。今風呂場でも洗髪に時間を取られて面倒にも見える。
「コトノ、髪切らないの?」
「何でです?」
「邪魔じゃない? 洗うのも面倒そうだし」
「面倒と言われればそうですけど。そこまで動くのに差し障りはありませんし、なにより」
「なにより?」
「セキちゃんが褒めてくれたので。鬱陶しいなら切りますよ」
「…大丈夫、鬱陶しいなんてことないから」
普通に褒めただけだったが、えらい気に入られようだ。
なんでだろうと考えているとワカが顔を近づけてきて小声で話しかけてきた。
「前から思ってたんだけど、コトノに好かれてるわね」
「そう? 気に入られてるとは思うけど」
「あなたと話してる時はよく笑ってる。最近は私やスガ君とも。他の人とは積極的に関わろうとしてないぐらいよ」
「そんなに」
「ギルドで何かあったとか…」
「ない。ないから」
神官と聖騎士は同じルミアリス神殿で修練を受けるが、内容が別物なので顔を合わすことがあってもいっしょにいる事はない。
「どうかしました?」
髪を洗い終えたコトノが浴槽に入るために立ち上がりながら声をかけてきた。
「いやぁ、背と胸の成長についてちょっと」
本人に聞かれて嬉しい話題でもないので適当にお茶を濁す。
「セキちゃんは今のままが一番可愛いと思いますが」
「16才でしょう? 諦めた方が早いんじゃないかしら」
「まだ、まだいけるし」
心の中では成長に期待などできないなとは思いつつ、セキはコトノと入れ替わるために浴槽から出る。さすがに3人同時に湯に浸かるには狭すぎる。
「先上がる。時間には気をつけてね」
「わかってるわ。あなたこそちゃんと身体をふきなさいよ」
まるで親だな、なんて記憶にはないがいたであろう存在のようだと思う。親とはそういうものだと何故かわかる。憶えていない空白の過去があるのだろう。
脱衣所に移動し濡れた身体をタオルでふきながら、昔の自分も身長を気にしていたのだろうかと考え、そこでやめた。
重要なのは今だ。義勇兵という仕事で食べていかなきゃいけない今の生活を向上させなきゃいけない。
脱衣所に置いてある身体の半分も写せない、くすんだ鏡で見る自分の姿を見て。もう少し背が欲しい。欲を言えば胸とか尻とかの肉も。
ルミアリス神に祈ってどうにか…なるといいなぁ。
現実は非情だった。
オルタナの水資源ってだいぶきついイメージがあります。
内陸部で大きな河川が近くにあるわけではない。
井戸と天竜山脈から流れるであろう川、しかも位置的に農業用水と兼用でしょう。
アニメで宿舎やメリイの宿の風呂の描写がありましたが、あれは贅沢すぎと思います。
自分は原作と両方を参考にしましたが、原作の方が説得力があります。
が、見映えもありますからアニメの描写に文句はありません。
特典映像にメリイの入浴シーンをいれた制作陣は素晴らしいの一言。
氷結魔法に水を作る魔法はあるのだろうか?