ご注文は「笑顔」ですか? 作:未完
ベンチに座って近くの自販機から買ってきた缶コーヒーを飲見ながら思考にふける。どうしてこうなった、と。
目線を下げると、そこにはスヤスヤと静かな寝息を立てている女の子。着物にエプロンを着けた不思議な格好をしている。ぱっと見、何その格好?コスプレ??と軽く驚いてしまうくらいには特異な格好である。そして足元を見るとそこには黒いうさぎ。何故か俺の足にしがみついている。それだけならまだ良いがなぜか他のうさぎも足元に集まっている。ここは動物園なのか?
しかしまあ、買い出しに行くだけのはずなのに。
どうしてこうなった…?
六話 甘いものは正義なんだよ!
この街に来てまだ数日しか経っていない。これは俺にとって衝撃の事実だった。そう言えるるくらいに密度の濃い時間を送っている。ここに来る前に住んでいた街も決して退屈するような状態では無かったが。(主に周りの連中のせいで)しかし、この街はどうやらひと味もふた味も違うらしい。もしそれを端的に表せと言われたのなら今の自分の状況を述べれば済む。そう。
浴衣女子を膝枕して足にうさぎ纏わりついてる男子
これが今の俺の状態である。
なんだこれ?
もしかしたら、なんでお前美少女相手に膝枕してんの!?買われボケナス!!とか言いやがる過激派が居るかもしれない。
しかし待って欲しい。いくらか訂正がある。
美少女という点は否定しない。整った顔立ちに、サラサラな黒髪。こうして近くで寝顔を見ていると少し位脈拍が激しくなる。男子高生の性である、許せ。
だがよく考えよう。俺は彼女とは初対面である。と言うかまだ話してすらいない。なにせ気づいたときにはもう倒れていたからな。そんな話したこともない彼女をいきなり膝枕なんてするだろうか。答えはNOである。全世界の男子に問いを投げかけても九割九分同じであると信じたい。どこかの人生系ギャルゲーの主人公位しか心当たりはない。
なら何故膝枕なんかをしているか?その答えは俺にもよくわからない。というのも、彼女をベンチに寝かせて隣に座って一息ついたら気づいたら膝枕していたんだ。何を言ってるかわからないとおもうが俺にもわからない。
もしかしたら起きてるんじゃないかと思って声を掛けても一向に起きる気配はない。まいったな…
買い出しの帰りが遅れる事を伝えるにも二人の連絡先を知らない。どうしたものか…
「リン君ったら大胆だわ…!」
「いきなり誤解を招くようなことを言うな!」
足下に集まっていた兎たちはいつの間にか居なくなっていた。彼女が起きたからだろうか。なら何故俺一人の時はあんなに集まってきたのか。ちなみに黒ウサギは未だ足の上である。
「私にこんな恥をかかせるなんて!責任取ってもらおうかしら?」
「勘弁してくれ…」
頭を思わず抱える。何も知らない人が見たら訝しげに思われそうな会話である。まあ当たり前だが、彼女も本気じゃない。
「起きたら膝枕されてるなんてまるで少女漫画みたいだわ…!」
頬に手を当てて照れる乙女なポージング。なんともわざとらしく感じられる。
「それは…お前が…ってかやっぱり起きてただろう?」
「さあ?なんのことかしら」
ふふふと上品に微笑む。が、しかしこちらは苦笑したい心持ち。なんともまあ彼女はわかりやすくわかりずらい。
彼女の名前は「宇治松千夜」何となく和菓子っぽそうな名前であるが、驚いたことにどうやら実家が甘味処だそうで。ちょっと不思議な格好はお店の制服らしい。
なぜあんなにバテていたのか聞いたところこの黒ウサギ(現在足に纏わりついている)を追ってきたらしい。こいつの名前は「あんこ」と言って彼女の働く甘味処の看板兎らしい。しかし、看板娘でも犬でもなく兎とはなんとも…この街に普通のお店は無いのだろうか。
「それにしてもリン君たらいきなり何処か行こうとするなんて、ひどいわよね~」
「それをお前が言うか…」
頬を当てて困ったように眉を傾かせる鬼(俺的主観)
というのも宇治松が目を覚ました、、、本当に寝てたのか甚だ疑問だが。買い出しもあり、そもそもあまり見知らぬ人と関わりたくない俺は、彼女の無事を確認した後すぐに発とうとしたのだが。
「ちょっとお話しましょう?」
「いや、俺今買いだし途中だし…」
「してくれないと『この人いきなり体触ってきたんです!』って叫ぶわ」
「ちょっとよくわからない。」
キリッと男性への死刑宣告を行おうとする宇治松に瞬間的に彼女の性格というかなりを悟る。
確かにベンチまで抱きかかえて運んだが、冤罪にも程があるのではないだろうか?しかし宇治松曰く「勝手に女の子の体に触った罪は重いわよ」だそうだ。
あれ?話せば話すほど関わらなきゃよかったって後悔が…
「もう行くぞ、これ以上は流石に遅くなるし。あ、後こいつは連れてってくれ。」
足元の黒ウサギを引き剥がし彼女に渡す。相変わらずの無表情。
「そうねぇ、呼び止めて悪かったわ。」
あんこを受け取りながらニコニコしてる彼女はあまり申し訳なさそうではない。なんかこの町の知人第一号もそんな感じの顔をしそうだ。あんまり嬉しくない発見。
「でもリン君と話せて楽しかったわ。」
「…そうか。」
急に恥ずかしげもなくそんなことを言うもんだから少々調子が狂う。
「そうね、今度私の所のお店に来てくれないかしら?今日のお礼もしたいし。」
「…考えとく。」
「もし来なかったら街中に張り紙を貼らせてもらうわ。リン君の。」
「張り紙の内容は聞きたくないな。」
一応ではあるが彼女の家の大体の位置を教えてもらう。そんなにわかりにくい場所じゃないので行こうと思えば行けるだろう。
「ふふっ、今度会う時は襲われないようにしないと。」
「もう何も言わないぞ。」
なんだかとても行きたくなくなってきたんだが。
「へえ、そんなことがあったんだ。」
「それは災難でしたね。」
食卓を囲みながらさっきあったことを二人に話していく。余り話すつもりがなかったが、買い出しが遅れたお詫びに何があったか教えて!って言われたので仕方なく話している。
「その千夜ちゃんて子に会ってみたいなぁ」
それは…あんまりよろしくないんじゃないですかね…?
なんとなく、あくまでなんとなくだが、二人を会わせるとろくなことにならない気がする。そう、主に俺がろくな事にならない。
「明日その甘味処に行ってみようよ!」
「その前にココアさんは宿題をして下さい。」
「はうわっ!」
チノちゃんに諭されるココア。相変わらずどちらが妹かわからない。まあどちらにしろ明日は無理だろう。ココアは宿題が残ってるし、俺はまだ家の片付けがある。
「というかまだ行くと決めたわけじゃない。」
「えー甘いもの食べたくないの?」
「甘いものは好きだが…」
「なら行こうよ!甘いものは正義だよ!」
意味がわからない事を言っているココアは放っておいて。俺がいまいち気乗りしないのには理由があるわけで。また宇治松に会うとのらりくらりと彼女のペースに乗せられてしまいそうでなんだかなぁって感じなのである。
「そうだ!」
ココアはそう言い、水平に構えた手のひらにもう片方の手をグーにしてポンッと載せる。俗に言う何か思いついたときのポーズ。
「だめだ。」
「えぇ!まだ何も言ってないのに!」
先手を打って断りを入れる。大体此奴が何か思いつく時は何かしらろくな事にならない。そう、俺が。
「聞くだけなら聞いてやる。」
「テストでいい点取れたらご褒美に甘味処に連れてって欲しいなぁって」
ふむ、なる程。確かにココアは宿題を頑張っている。しかしだ。元はといえばココアの自業自得なわけで。つまり俺がご褒美上げるのはなんかおかしくないか?
「だってそうでもしないとリン君連れてってくれないでしょ」
プンプンと擬音鳴らしながら言うココア。
「そこまでして行きたいか?」
「そうだよ!ねぇ、チノちゃん?」
「え、いや私は…」
急に話を振られて当惑するチノちゃん。全く世話のかかる姉だこと。
「チノちゃんは行きたいなら連れてってあげるよ。」
「え、あ…ありがとうございます。」
「チノちゃんだけずるい!」
チノちゃんは良い子だから良いのである。
「私だって良い子だよ!」
なんて冗談を交えつつ食事は進み。
「じゃあリン君約束だよ?」
気づいたらなんやかんやで結局ココアに甘味処行きの約束を取り付けられてしまった。
…何かおかしい。
「よっこいしょっと」
積まれた段ボールから荷物を取り出す。一人分なのでそんなに多くないだろうと思っていたが、思ったより多いな。
(これどうするかな)
もしかしたらもう使うことはないかもしれない。何よりそれをやってる姿がもう想像できない…なんて思いながら手元の楽譜を見つめる。五線譜に敷き詰められた黒いそれは一種の悪夢みたいに感じられた。昔はそうじゃなかったんだが。
「それ、楽譜?」
「そうだよ…ん?」
背後から聞こえてきた声。今日は俺は一人で家の整理をしている。無論この家には俺しか居ないはずである。まさか!幽霊!?なんて訳はなく…
「どうやって入ってきた…ココア」
後ろにいたのはココアだった。心中は不味いという警告一辺倒になるが、それは隠し呆れ顔を貼り付けそれをココアの方に向ける。
「え?ドア開いてたよ?軽く引いたらカチャって」
「それは開いてたって言わないんだよ…次からは勝手に入ってくるなよ。」
「ごめんごめんって。」
全然反省する様子はない。二度あることは三度あるとかいう諺は今は要らない。しかし、前にドアは念入りに調べたはずなんだが…
いくら引っ張っても回しても開かなかったのに何故ココアは開けられるのか甚だ疑問である。
「勉強はどうした?」
「き、休憩中だよ。」
飽きたんだな。今度は本当に呆れる。
「そんなことより」
だけどもやっぱり鳴り響く警告音は止むことはなく。
「それ何の楽譜?」
興味津々なのを隠さずに聞いてくるココア。こいつに興味を持たれたのはやっぱりまずかったかもしれない。というか不味い。
「…ピアノの楽譜だ。昔使ってた奴だ、っと」
そう言いながら楽譜の束を抱えて持ち上げる。重い。
「リン君ピアノ弾けるの!?」
ほぇーと感心しているココア。それを横目に楽譜の置き場所を考える。とりあえず本棚にでも突っ込んでおこう。
「この家にピアノってあるの?」
「…隣の部屋にある。」
この家は俺が一人暮らしをするにつき、親父がいつの間にか選んでいた。それ故にここにはピアノがある。軽い防音機構付きの部屋だが、まだ確認の一度しか入った事はない。
「ふ~ん。」
何か考えるようなココア。一体何を考えているのか…いや、考えていることはわかる。わかるがしかし。
「それじゃ…」
「弾かないぞ。」
「まだ何も言ってないのに!?確かにそう言おうとしたけど…」
そりゃそうだ。予想するまでもなく。なんともわかりやすい。楽譜を詰め込んだ俺は一旦手持ち無沙汰になる。
「なんで?」
「そりゃ…」
そこで口が止まる。ああ、やっぱりダメだ。
ここで嘘をついても良い。良いはずだ。
それなのに言葉が出ない。
ここで嘘を付いたらそれは…裏切ることになるから。
「いや、色々あるんだよ。」
「…」
どこまでも中途半端な俺はまたまた中途半端に答える。
それで納得してくれる奴じゃないのはこの数日でわかっている。口を噤んだ彼女はひたすらに真っ直ぐな目で俺を見つめている。
ああ、あの目だ。
と思った。何かをちゃんと見ようとする、とにかく真っ直ぐなような目。それが今の俺の胸には酷く刺さるような気がした。
「どうしても、駄目?」
「…」
今度は俺が黙る番だった。ここで駄目といえばそれで終わるのだろう。しかし、俺にはそう言うことが出来なかった。それは嘘だから。
「…今度な。今は片付けが優先だ。」
先延ばしがやっぱり俺の答えであった。いつも通りである。
「そっか、絶対だよ?」
「ああ、その内な。」
というわけでなんとか危機(といったら良いのかわからないが)が過ぎた。それで完全に油断していた俺はちょっとした不意打ちを食らう。
「じゃあ指切りげんまんしようよ。」
「は?」
そう言ってはい、っと小指を立ててこちらに向けてくる。
半ば呆けていた俺はなんとも簡単に右手を差し出していた。
「指切りげんまん嘘ついたらハリセンボンのーます!指きった!」
元気な声と笑顔でそういうココア。その笑顔が眩しすぎて少し俺には毒であるように感じられた。
「女の子との約束破ったらいけないんだよ?」
「…へいへいわかりましたよ。」
そんな感じでその話は終わった。ココアとの約束がどんどん増えてる気がする。
…何故だ。
そろそろ学校始まれ…!