ご注文は「笑顔」ですか? 作:未完
「ねえリン君聞いて!」
学校からの帰り道。ココアはラビットハウスへ、千夜は甘兎庵、俺は自宅へ帰る途中である。三人で並んで帰っているのは目的地が同じ向きなだけであって他意は全くない。
そう言えば入学式の日に奇しくも俺とココア達が同じクラスと言うことに気づいた時は少なくない絶望と、平穏な日常への心残りに覆われたものだ。学校に安寧を求めた俺が馬鹿だったのか…
というわけで帰りの挨拶が終わった後、「リン君一!緒に帰ろう!」「一緒に帰りましょう?」と二人に声を掛けられた。それを聞いたクラスの男女数人が鋭い目線でこっちを見てるのが非常に居心地が悪かったのだが声をかけた本人達はどこ吹く風のようで。変な噂が立つからやめろと散々言ったが、「んん?よくわからないけどきっと大丈夫じゃない?」「いっそのこと本当にしちゃえば良いんじゃないかしら?」ということで一蹴された。千夜は何を言っているのかはわからない。
「私この前お客さんに『ココアちゃんってシスターコンプレックスなのね』って言われちゃった。」
喜々としてそんなことを言うココア。それを聞いて頭を抱える小さい喫茶店のマスターが思い浮かぶのは容易い事だった。
「何かカッコイイよねシスターコンプレックスって。響きが!」
「流石よ、ココアちゃん!」
オーケー辞書を引いてみようかココアちゃん。…いや辞書を引いてもココアなら「私シスコンなんだ!」って堂々と言いかねない。頭を抱えて更にうなされている妹の姿がすぐに思い浮かんだ。千夜のほうは全部わかった上で言ってるんだろう。一体何が流石なのか…ココアの抜け具合のことか?
というわけで今日も取り敢えず二人は通常運転らしい。
八話 パンはもちもちしててすごく可愛いんだよ!
「二人と同じクラスになるなんて思わなかったよ。これはもう運命だね!」
そう言うココア。確かにそうかもしれないな。そしてそんな運命を定めた神を俺はきっと許さない。
「そうね~。両手に花よ!やったわねリン君!」
そんな俺の思いはお構いなしに言う。宇治松。全くもって頭を抱えたくなる。この先一年は確実に退屈しない日々を約束されたみたいだ。
「あ、パン屋さんだ。」
そんな感じで歩いているとココアがパン屋の前で止まった。ココアがショーウィンドウに張り付くように展示去れているパンを見る。
「かわいいなぁ…」
「パンが?」
パンに向かって意味不明なことを言うココアにそれを面白そうにニコニコしながら聞き返す千夜。パンがかわいいってどういうことだよ。そこにあるのはクロワッサンにメロンパンと一般的なパンである。
「私の実家がベーカリーでよく作ってたんだ、また作りたいなぁ」
「お手製なの?凄い!」
実家がパン屋というココアの新情報。街のパン屋さんってのは無駄に人との距離が近いココアには割とぴったりかもしれない。
「パンを見てると私のパン魂が高ぶってくるんだよ!」
「わかるわ!私も和菓子を見るとアイデアが溢れてくるの!」
どうやら各々感化されるものがあるらしい。熱心なことで。
「リン君は何かそういうもの何か無いのかしら?」
そこで千夜に話を降られた。そういうものっていのはそういう何か感化されるもののことだろう。
「特にないな。」
そう答える。実際特に無い。残念そうにする宇治松には悪いが無いものは無い。
「残念ねぇ」
「そっかぁ…あれ?リン君あれは?ピア…もぐふっ」
ストップ!ココアが余分なことを言いそうだったので口を塞ぐ。文字通り。物理的に。
「あらあらリン君大胆ね!」
「宇治松うるさい、あとココア、あれは別にそういうのじゃない。あんまり言いふらさないでくれ。」
主に宇治松に。ココアだけでも嫌なのに宇治松にまで聞かれるとそれはそれは大変なことになる。言わずもなが被害者は俺だ。
「何なのココアちゃん、私も気になるわ。」
案の定宇治松の目が光っている。人の隠し事喜々として解き明かすタイプだよな。
「ぷはっ…な、なんでもないよ。うん。」
ココアが誤魔化す。このままこの事は言わないで欲しい。
「まあいいわ。…それよりも私気になることがあるのよ。」
お?どうやら宇治松の興味が別の処へそれたらしい。それは個人的に嬉しいのだが、その彼女が笑顔でこっちを見続けてるのでやっぱり嬉しくないです。はい。きっと心の中では睨んでるんじゃないのか?
「ココアちゃんは下の名前で呼ぶのに私は名字読みなのはなんでかしら?」
あぁ、そういう…
「わかった、これからは保登って呼ぶよ。」
「ええ!?今更変えないでよ!」
せっかく変えたのにと頬を膨らませて怒るココアこと保登。
「いいのよそっちは変えなくて、私の事を名前で呼んでくれればいいわ。」
ええ…
「い い わ ね ?」
「イエス、マム。」
圧が凄いよ。宇治松…じゃなかった、千夜…
こうして名前呼びが増えていく。これはよろしくない。
「パンを作るよ!」
ある休日。ココアに叩き起こされて寝ぼけた頭のままラビットハウスに連行された俺は、最近やたらと顔を合わせる面子と共に厨房に立っていた。それはいい、いや良くないが。それよりも家の鍵がココアに対して全く機能してないのが納得がいかない。幸い、というか不幸にもか?
ともかくココア以外は入ってきたことはないが本格的に鍵を取り替えようか迷うほどである。
「はい!リン君よそ見しない!」
そんな俺の悩みを全く知らないであろうココア。今日はやたらに張り切っている。メラメラと燃える炎が見えそうなくらいである。
「みんな!パンづくりを舐めちゃいけないよ!少しのミスが出来を左右する戦いなんだよ!」
「おお…!今日はお前に教官を任せた!」
「任された!」
リゼに熱が移った。親が軍人だと戦いに血が騒ぐのだろうか?にしても熱い。
「私も仲間に…!」
「やめい。収集つかなくなる。」
千夜が混ざったらそれはそれは大変なことになりやがりますぜ。ええ。
「暑苦しいです…」
チノちゃんが苦言を呈す。パンを焼くどころか、まだこねてすらいないのにもう疲れてそうだ。
「それじゃ各自パンに入れる材料を提出!」
パンの材料は各自持ち込みである。そんなことをついさっき、叩き起こされた直後に聞かされた。当然大したものを準備もできなかった。冷蔵庫に買って入れっぱなしだったブルーベリージャムとマーガリンである。バターが高くて妥協したのは良い思い出だ。
「私はうどんだよ!」
「私はあずきと梅と海苔よ!」
「イクラと鮭とゴマ昆布です」
「…んんん?」
「これってパンづくりだよな…」
へい!早速雲行きが怪しくなってきたYO!
このラインナップを見て果たして「パンを作ります!」ということを信じる人は居るのだろうか?
「どうかした?リン君?」
どうかしてるのはおまえらの方だという言葉をなんとか飲み込む俺。
「あー…どうして皆がそれらを持ってきたのかな疑問に思った。」
「それは私も聞きたい。」
リゼだけはまともだったようだ。普段は拳銃突きつけたりちょっとだけ力が強かったり一番常識外れ、というか現実離れしているのになぁ…
「リゼさん…痛いんですが。」
「いや、なんとなくムカッとしたんだ。」
脇腹を抓られた。そんなにつかむ肉がないので摘ままれるのは皮。痛いっす。ちぎれるっす。
「私は新規開拓のためだよ!焼きそばパンがありならうどんパンも有りだよ!」
「上手くいったらうちでも試してみようと思って、和風なのを持ってきたわ。」
「冷蔵庫にあまっていたので…」
もうなにも言うまい。誰一人食べれなくなる可能性について考えてないのがもうなんかアレである。俺も思考を放棄することにしよう。しかし、チノちゃんが適当さが少し意外だ。
「イクラパン、きっと美味しいと思います。」
…実は確固たる意志の元に決めたのかもしれない
不安しかない中、楽しい楽しいパンづくりはスタートした。
「パンをこねるのってすごく時間がかかるんですね…」
「腕がもう動かない…」
チノちゃんと千夜は辛そうだ。そういう俺も割と辛い。基本インドアなので運動不足がこんなところで癌になるとは…
「リゼは…大丈夫だよな。」
「その聞き方はなんだ?」
いやだってほら…リゼさんですし?ねぇ…
ストップ、麺棒担がないで。お前がやると洒落にならないよ!
「ココアさんは…」
「この時のパンはもちもちしててすごく可愛いんだよ!」
「凄い愛だ!」
あそこだけオーラが違う。体感温度5℃は高いな。いや、適当に言った。
それにしてもココアのパンへの愛は凄まじい。流石パン屋の娘って所だろうか。
「私も負けてられない…わ…」
「いや張り合うなよ。」
千夜が無駄にココアに張り合おうとする。が、その声に張りはなく。めっちゃ疲れてるなぁ。初めてあったときもそうだったがどうやらかなり体力が無いらしい。まあ、あれだけ活発で体力無尽蔵だったら困る。主に俺が。
「…手伝うか?」
流石に息も絶え絶えやられるとこちらとしても落ち着かない。
「!い、いえ大丈夫よ!その気持だけ受け取って置くわ。」
「流石千夜ちゃん!健気って奴だね。」
断られた。まあそういうなら仕方がないか。
「ここで折れたら武士の恥ぜよ!息絶えるわけにはいかんきん!」
「健気?」
「意味が変わってないか?」
千夜の言動がよくわからない。いやいつものことだけど。
「リゼは兎か。」
「無難だろ?」
確かに無難だ。無難だけども…
「もっと戦車とかスナイパーライフルとかにするもんだと思ってた。」
「…お前は私を何だと思ってるんだ?」
いやねえ…ほら。うん。何も言わないです。
「チノちゃんはどんな形にするの?」
「おじいちゃんです。」
…パンのことだよな?おじいちゃん食べるの?それに本人頭の上にいるよ?
「小さな頃から遊んでもらっていたので…それにコーヒを入れる姿はとても尊敬していました。」
まあきっとそんなことは些細な事なんだろう。チノちゃんは本当におじいちゃんが好きらしい。ティッピーがほんのり頬を赤らめている。爺さん照れてやがるぜ。
「みんなー!そろそろオーブン入れるよ!」
ココアから声がかかる。オーブンの準備ができたらしい。
「では…これからおじいちゃんを焼きます。」
随分と猟奇的だ。ティッピーがめっちゃビビってる。
「チノちゃんさっきからオーブンに張り付きっぱなしだね。」
チノちゃんは先程からオーブンの窓にピッタリと張り付いている。熱くないのだろうか?
「パン見てて楽しいか?」
「はい、どんどん大きくなってます。」
どうやらパンが膨らむ様子が面白いらしい。いつもは落ち着いているのにそういう所が年相応なのは可愛いらしい。
「あっおじいちゃんがココアさんのに抜かされました…」
「おじいちゃん頑張れー!」
千夜がチノちゃんのパン応援する。うん、その気持ちすごくわかるぞ。普段はわかりあいたくないが今回ばかりは千夜に同意である。
「リゼさん出遅れてます。もっとがんばってください。」
「私に言うなよ。」
リゼに無理難題を投げるチノちゃん。いや夢中になりすぎじゃないか?
「リンさんに至ってはまだ膨らんですら居ないですよ。どうにかして下さい。」
「本当か?…本当だ。」
俺のパンだけまだ膨らんでない。
「ふふっ、きっと作り手の性格が曲がってるからじゃないか?」
「失礼な。少ししか曲がってないぞ。」
リゼが得意げにそう言う。これでさっきのやり返しのつもりなのだろうか。
「少しは曲がってるんだね…」
ココアがそう言って苦笑する。ココアに笑われると何か負けた気分になるんだが…
「千夜ちゃんにおもてなしのラテアートだよ!今日のは会心の出来なんだ。」
「まあ素敵!」
そう言ってココアは千夜にカップを渡した。そこには可愛らしいうさぎが描かれていた。
「大分上手くなったな。」
「でしょ。もっと褒めてくれて良いんだよ!」
そういってフンスと腰に手を当て胸をはるココア。俗に言うドヤァ…のポーズ。
「ココアさん向こうでいくつも作ってましたよね。」
「チノちゃんそれは言わないでっ!」
チノちゃんが一言余計に言ってくれたおかげでココアのドヤ顔が崩れ去った。
「でもココアちゃんが作ったのには変わりないし良いんじゃないかしら?」
「流石千夜ちゃん!優しい!」
リゼの一言で調子付くココア。
「でも作ったやつは飲んでくださいね。」
「う…はい。」
チノちゃんにそう言われてしょげるココア。見ていて飽きない。
「そんなことよりも、千夜ちゃん是非飲んでよ!」
「いただくわ。」
そう言って千夜が口にカップを当てる。
「あっ…」
そこでココアから声が出る。それで思わず手を止める千夜。
「い、いや大丈夫だよ。早く飲んで飲んで。」
「そ、そうね。」
再び千夜の口にカップが近づく。
「ああっ…」
再びココアから声が出る。そして再び手を止める千夜。
「い、いや本当に大丈夫だよ!」
「わ、わかったわ。」
再び千夜の口にカップが近づき、そしてラテを飲んだ。
「ああっ!」
「飲みにくいだろっつーの。」
「あべしっ」
思わずココアに突っ込みと共に脳天に手刀を入れてしまった。ほとんど力は入れてないのでそこは留意して欲しい。
「美味しかったわ、ココアちゃん。」
「よかった。うん、よかった…」
ココアの声から悲しさが漏れている。なんで渡したんだよ…まあきっとココアなりのもてなしなのだろう。
「焼けたよ!さっそく食べよー」
ココアの持ってきたトレイには焼きたてのパンが所狭しと並んでいた。焼きたて特有の匂いなのかすごく食欲がそそられる。
「美味いな。」
自分で作ったブルーベリーパンを食べる。めっちゃ美味い。最初はいやいや連れてこられたが、悔しいことに来てよかったかもしれない。
「!おいしい!」
「いけますね。」
「さすが焼き立てだな。」
各々まずは自分のパンを食べている。皆感想は同じだった。最初はどうなることかと思ったが杞憂だったようだ。
「これなら看板メニューにできるね。」
そう言えばこのパン作りはラビットハウスの新メニュー作りも兼ねているらしかった。
「この「焼きうどんパン」「梅干しパン」「いくらパン」!」
「どれも食欲そそらないぞ。」
「ゲテモノ目的のお客さんは来るかもな。」
「「「酷い!」」」
いやだって字面がもうすでに不味そうだもの。
「そういえばまだ焼いてるのがあったけど…」
「あっあれはね…」
「じゃーん!ティッピーパンも作ってみたよ!」
ココアが持ってきたのは白目の生地にチョコで目がかかれた大分丸めのうさぎ型のパンだった。皆からおおーと賞賛の声が上がる。
「ようやっとまともそうなパンが来たな。」
「さっきまでのもパンだよっ!」
そう言われてもなぁ…
「でも、これで新メニューは決定だな。」
確かにこれが新メニューなら話題になりそうだ。おい、ティッピーめっちゃ嬉しそうだな。乗り出しすぎてチノちゃんの頭から落ちそうである。
「食べてみましょう。」
「もちもちしてる…」
「えへへー美味しく出来てると良いんだけど。」
そう言って皆でティッピーパンを食べる。もちもちの食感と中のイチゴジャムがいい感じに絡み合って美味い。
「美味いぞ。」
「やったー!」
本当に美味しい。やっぱりココアのパンへの愛は本物のようだ。…あっ。
「中は真っ赤なイチゴジャムね!」
千夜がそう言う。そう真っ赤なイチゴジャムなのである。食べるとどうしても生地に開いてる穴からジャムが溢れてしまう。
「なんかグロいな…」
「きっとそういう運命なんだろうさ。」
「いやどういうことだよ。」
リゼのつぶやきに返答する。チノちゃんの頭上のティッピーは微妙な顔をしていた。
いや、パン自体はすごく美味しいです。
パン作りは無事に終わりお開きになった。チノちゃんはお店の在庫の確認とかなんとかでココアだけしか居ない。場所はお店のフロア。
「そろそろ帰る。じゃあな。」
パン作りも終わったし御暇するとしよう。
「あちょっと待って。」
「ん?」
ココアに呼び止められた。なんだかデジャブを感じた。
「リン君今日は楽しかった?」
そうココアは聞いてきた。
「…まあ、楽しかったよ。パン作りの大変さもわかったしな。」
これは本当だ。今日は少しだけここに来れて良かったと思っている。
「そっか…よかった。それだけ聞きたかったんだ。」
どうやらそれで用事は終わりらしい。
「そうか。じゃあ今度こそ帰るぞ。」
「うん。また明日。」
手を振るココアを横目に軽く振返して俺はラビットハウスを後にした。
「やっぱり笑ってくれなかったなぁ。」
一人になった私はそう呟いた。それは隣りに住んでいる彼、リン君に向けたものだ。
彼と出会ってから一度も「笑顔」を見たことがない。嫌そうな顔をしたり少しだけ驚いた顔をしたりと決して無表情では無いと思う。
それでも笑顔だけは見たことがなかった。
「なんでかなぁ…」
ため息を吐いてカウンターに突っ伏す。何でだろう…?
考えてみてもやっぱり答えは出なかった。
オリジナル話もその内書きたいなぁ…