~0~
世の中は理不尽である。
でも、不思議と自分がやったことの責任は取らなくてはならないように出来ている。
ただ、理不尽なのはやってないことでも責任を負う場合がある事。
◇
『山』
『川』
『月が綺麗ですね』
『私、死んでもいいわ』
『yesロリータ』
『noタッチ』
『はいダウト。お前めっさ触っとるやん。むしろ孕ませとるやんけ!』
『小さい女の子が好きなんじゃない、好きになった女の子が小さかったんだよ!』
これはひどい。
どうあっても目に余る発言だ。思わず頭痛に耐える様に額に手をやり、似非関西弁で突っ込んでしまった。
『ぬるぽ』『ガッ』
やべぇ、こいつ想像以上にやべぇー。もーだめだよ、あんたもー!
文章に起こすとしたら、改行すらさせて貰えないぐらいの即答だった。
最初は当たり障り無いところから攻めて、ちょっと踏み込んだ途端これだ。お仲間確定。
こちらの世界に生まれてからは、インターネットに触る機会なんてある訳がない。それこそ目の前の赤い男の見た目の年齢から逆算して40年くらいは触ってないはずだ。
それだと言うのに、この反応速度。脊髄反射かな?
そして、言わせておいてなんだが、月が綺麗ですね云々の下りは知っていて欲しくなかった。男に言われるとサブイボが立つ。
「あなた?」
「父上?主殿?さっきから何を喋っておるのじゃ?」
そんな阿呆なやり取りを行っていると、脇から戸惑った様な声が届く。2人でそちらに顔を向けると、頭に大量のクエスチョンマークを撒き散らしながら固まっている母と娘の2人のハーピィ。
「ぁー」
俺の日本語によるロリコン発言の後、俺達はカウンター席とその反対側で顔を付き合わせながら、話し合っていたのだった。その父親の横に座りながら訪ねてくるのは、彼の娘であるちみっこ。
これはどう説明したらいいものか。
「いや、父さんとコイツはどうやら同郷の出身らしくてな。お互いに予期せぬ出逢いでタガが外れたらしい。思わず地元の言葉で喋ってしまった。混乱させてすまないな。」
お?流石に商人としての活動が長いだけはある。口が上手い。咄嗟にそれっぽい理由がさくさく出てくる。
『ほう、経験が生きたな・・・。』
『うるせぇ』
そして、日本語で話している状況にテンションが変なことになっている俺は、古い記憶の中だけにある言葉を引用して煽る。そして、さらっと避ける商人。
「へぇー。父上がプリンを見て驚いていたのも、それが原因?故郷の料理?」
「うん?表情には出さなかった筈だが?」
「何年間父上を見てきたと思っておる。それこそ生まれた時からずっとの付き合いじゃぞ」
「あーもう、お前はほんっとにかわいいなぁー。『うちの娘マジ天使』」
親馬鹿全開のフルスロットルである。
もっと威厳のあるダンディな。それこそ出来る御方ってのを、形にしたらこうなるって感じの人だと。そう思ってたんだけど。今の緩みきった顔で、娘の頭ごと抱きすくめている姿を見ていると、そんな俺が勝手に抱いていた印象が幻想の如く消え去ってゆく。
まあ、人間とは、多面性の生き方をする生き物だ。
俺の行動に限定したとしても、常連を巻き込み暴走し、実験中の料理で反応を試し、楽しんでいるのも。魔人の身体をいじり回し夢中になるのも。そして普通に料理を作り、お客の皆に提供し安らぎを与えようとするのだって、清濁合わせて紛れもなく俺の1面だ。
だから、商人のこれ。
緩みきった笑顔での家族との触れ合いも、仕事中の隙の無さそうな立ち回りも、紛れもなく彼の一面なのだろう。
「ふーん、あなたの同郷の人ねぇ・・・。」
「どうした、母さん?」
そんな風に愛娘を抱き締めている彼に、プリンを完食した嫁さんが席を立ち、彼との距離を詰め。その背後に立っている。
「あなたの赤い髪と彼の黒い髪、瞳の色だって、あなたの橙色と彼の茶色がかったものと違って見えるわ。肌だって違って見えるけれど?」
「そ、そんなの人それぞれだろう?」
娘を抱き締めた彼を、背中から娘と旦那の2人同時に包み込む様に、抱き竦める。
所謂あすなろ抱きの形を取り、そんなふわふわの翼に包まれたまま、細かく詰問され、結果僅かにだが動揺して見える男。
おいさっきまでの流暢な言い訳の羅列はどうした。一瞬そんな非難めいた考えがよぎったが、彼のその挙動不審な態度を理解し、考えを改める。
いや、うん。お母さんめっさ恐いっすね。食べるのに夢中だった、ついさっきまではポワポワと回りに和ませる程の柔らかい表情してたのに。
今は、まるで獲物に狙いを定めた猛禽類を彷彿とさせる。
それはそれは鋭い目をしていらっしゃる。
「へぇ~。」
「いや、うん・・・。」
優しく抱き締めている、筈だ。
だが何故か万力で締め付けている姿が幻視できる。
小さく軽い身体。その筈なのに。
それと真逆の凄まじい重圧な存在感。
あー、これは完璧に尻に敷かれてますわ。
「まあまあ、お母さん。うちの故郷ではそう珍しい事でもないんですよ」
「あら、そうなの?」
久しぶりに。もう2度と会えないと思っていた同郷の人物。こちらの世界で生まれ、新たな人生を開始して初めて会った同郷の男だ。助け舟を出してやるのも流鏑馬ではない。間違えた、吝かではない。
別に誤魔化す必要とかないのだけれど。一度彼が説明した手前わざわざそれを覆し、撤回して更に状況を悪くし事を荒立てる事もあるまい。便乗して説明と言う名の嘘を重ねる。
「色々な種族の人達が寄り集まった事によって出来た、そんな故郷なんですよ。」
「ふーん。」
「私の様な黒髪の方が大半ですが、彼の様な燃える赤い髪の方もいるし、桃色の方もいらっしゃいます。萌えるような緑の方も居れば、お母さんの様な綺麗な金髪の方も存在します。
ここハーフの町並みも魔人と人間がいるように、ぶっちゃけなんでもありな所なんですよ。」
そう、なんでもありだ。
嘘は付いていない、事実暖色から寒色まで、あらゆる髪の娘さんが存在していた。
商人の男を腕に掻き抱いた姿勢のまま、こちらをジィッ、と見つめるハーピィのお母さん。
凄い鋭い、とてつもない眼力を宿しているが、間違いなく嘘は言っていない。ただ単純に、文字通り次元が違うだけだ。疚しいことは何もない、その鋭い目を正面から受け止め頬笑み返す。
いや、本当に恐い。
鋭く、冷たい目線と表情。こちらの心の底まで見抜かれているんじゃないかと邪推してしまう程の迫力。
「うん、嘘は言っていないみたいね。」
「ええ、信じてもらえたようでなによりですよ。」
そして、どれだけの時間が経ったのだろうか?
ほんの数秒の気もするが、同時に数分は経っていたとしても否定出来ない濃密な時間だった。
なんか小説なんかで良く見る表現だったけど、体験したのは始めてだ。どうやら俺には恐怖と言う感情を飼い慣らす事は出来そうにないらしい。
「旦那がしどろもどろになってたから、誤魔化しているのかと思ってたけど。貴方の眼に免じて信じてあげる事にするわ。」
嘘は言っていないみたいだしね。つい先程言った言葉と同じものを繰返したのを最後に、ほにゃり。そんな擬音が聞こえてきそうな程、急激に表情を崩す。
それと同時に、包み込まれる様な抱き方の腕に力が僅かに籠り、旦那相手に身体を寄せて密着する。
いくら店内に人が少ない時間帯とは言え、イチャコラするのは辞めて頂きたい。独り身の俺に見せ付けるのは勘弁して貰いたい物だ。
「い、いつもの優しい母上に戻ったのじゃ。」
「そぅ、だね・・・。」
「あら?2人共酷いわ。」
明らかに安堵している2人を、先程とは同一人物なのか疑うほどの眩しい笑顔で、ニコニコしながらくっついている母親の姿がそこにはあった。
◇
「むーん・・・。」
カウンター席の半分を占領した商人一家との話が済んだ所で、店のテーブル席の方からの唸り声に気が付いた。ずっと唸り続けていて、話が切れたタイミングで俺が気付いたのか。たまたま今漏らしただけの声なのかの判断は付かないが、兎も角そちらの方へと視線をやる。
今現在も店内は、休憩と称して俺と一緒にこちらに赴いたドワーフのおっさん1人と、商人の家族3人で。俺を含めて5人しか居らず、閑散としている。
既にお昼時を遠に過ぎているので、飲食店としては当たり前の姿なのかもしれないが。
こちらの話を聞いていないのか、巻き込まれるのを避ける為なのか、単に興味がないのか。おっさんは一貫して我関せずの姿勢を保っている。1人で持ち込みの酒を煽りつつ、チマチマとつまみをつついている。
うちのテーブル全てに備え付けられている、木を細く削り出した棒――武器屋で使用し、捨てるだけとなった木材の端材を使って製作してもらった――お箸を使用し、たどたどしく食事をしていた。
「むむむ・・・。」
大きく無骨な手を使い、華麗で無駄の無い手捌きで鍛冶をこなす姿は、今は見る影もなく、箸の先端は震えてさえいる。
ただの個人的な。ふと感傷的になった時の気分のまま、我が儘で用意してもらった物だ。
だから無理して使ってもらわなくても、こちらとしては構わない。実際にここに訪れるほとんどの客はフォークなどを使っている。
真剣な目で箸を操っている姿を見ると何故だか嬉しく、そして若干微笑ましくもある。
美少女だったら百点満点の光景。
だが現実は非情である、目を擦ろうが、2度見しようが、そこに鎮座するのはサイズは小さいが。確かな存在感を放つゴッツイおっさんである。
「ふむ・・・。」
あの酒の進み具合だともう少し飲んで行くのだろう、と推測しつまみの追加を用意する。
例えそのまま帰ろうと、それはそのまま俺の夕食のオカズに早変りするだけなので、それはそれで構わなかった。基本的に酒に合うものは、須らくご飯にも合うのだから。
食材が保存してある裏の部屋から、鶏肉の股肉を用意し、鶏皮を、先程研いで貰ったばかりの包丁で剥がして行く。
金網を用意して、塩を使って少し濃い目の味付けをしたモモ肉を焼いていく。ジュワジュワと肉汁が金網を伝い火へと落ちた音が。少々の焦げた匂いが部屋に満ちる。
焼き鳥とは、何処かに焦げの存在感を残した物が1番美味いと思う。食べた口内から仄かに、香りから僅かに感じる、そんな食べ物だと思っている。
部屋に焼き鳥の存在が届き始めると、それに気付いたらしいハーピィ一家の3人が視線を向けてくる。
過去に、ハーピィ相手の商売で気を使って鶏肉を使う料理を避けていた事があったが。結果的にそれは全くの杞憂だった。
とあるハーピィ三姉妹が客として訪れた際に、私達にも肉を出せー、と苦情を貰った事があった。
内心、冷汗を滝のごとく流しながら出した鶏の料理は欠片も残さずに、旨そうに完食し。
私達は鶏肉の事を気にしたりしないよ。との事を言い含められ、帰っていった。
現に今、目の前で瞳を輝かせているちみっこと、ついでにその父親がいる。
残った皮は小さい鍋に、マーガリンもどきを油の代わりに投入し、パリパリに揚げる。揚がりたての鶏皮には、しっかりとしたマーガリンの香りが移り、実に食欲をそそる。こちらは塩と胡椒多目でピリリと仕上げる。
串を用意するのは手間だったので、前世の焼き鳥を知る俺から見たら少し不恰好だが完成だ。
そして、何を勘違いしているのか、出来上がったものを今か今かと待っている商人。
「ちょっ!?」
を華麗にスルーして、ドワーフのおっさんの元へと配膳する。
彼は焼き鳥を持ってきた俺を一瞥すると、たどたどしくはあるが、箸でしっかりとそれを掴み取り、噛み締める様に味わって食べている。
そして、おもむろにコップに半分程残っていた酒を一気に流し込み煽る。口の中に残る濃い味を酒で洗い流し、大きく息を吐くと、普段の仏頂面が僅かに和らいでいた。
「っぷはぁー!」
「美味そうに呑みますね。ごゆっくりどうぞ。」
うむ、と返事をする彼に背を向け調理台へと戻ってくる。そこで改めて先程のテーブルを盗み見ると、再び箸の練習へと戻っているドワーフが1人。
そして・・・。
「主殿ー、お腹減ったのじゃー!」
「俺にも焼き鳥、あとなんか適当にお酒」
「あら?まだこれから仕事があるでしょ?駄目よ。」
「そんなー。」
「ごーはーんー!!」
「貴方がこの子を慌てて連れて行くものだから、お昼ご飯も食べてないからね、ここで遅めのお昼にしましょうか」
「わかりました、では少々お待ちを。」
「やったー!!」
女が3人で姦しいとは良く言うけど、別に女じゃなくてもそれは変わらないらしい。そんな一家の姿に小さく笑みを浮かべ、もう一度先程の行程を繰返す事によって、焼き鳥をメインに据えた遅めの昼食を作り始める。
「あ、それと主殿?」
「ああ、はい。何でしょうお母さん?」
再び金網に乗せた複数の鶏肉達から肉汁が溢れ出し、僅かな焦げの香りが感じられる頃に、ちみっこの母親から話し掛けられた。
膝に愛娘を乗せた旦那から離れ、その隣の席に座り、こちらに視線を向けている。
「今回は知らなかったって事で特別に許しますけれど、ハーピィの背中は鳥達と同じでとても敏感なの。」
「はい?」
そう言って、ごそごそと指の存在しない腕を使って器用に懐から1つの卵を取り出す。なにやら隣のちみっこが赤面し視線を反らしている。座りが悪いのか、もじもじしている様にも見える。
「特に女の子はね、背中を撫でられると色んな意味で高揚しちゃうの。これも貴方のせいで産まれた卵ね。」
「そうだぞ!母さんが夜にねだっゴハァ!!?」
横合いからとんでもないカミングアウトが飛び出しそうになった瞬間に、そちらをちらりとも見ずに脇腹に肘打ちを入れ強制的に黙らされる赤い男。
恐らく完璧に鳩尾に捉えられたのだろう。そんな苦しそうな呻き声が漏れだす旦那を尻目に、卵を俺へと手渡してくる。
「今回は初めてだし、この子もそんなに怒っていないから許します。けれど。だからと言って、くれぐれも、軽々しく、安易な考えや、軽率な気持ちで、触らないであげてね?」
「・・・。」
顔全体を見ていると、ニコニコと笑顔に分類されるであろう表情で、一字一句ゆっくりと、優しく注意するみたいに、俺に言い含めている。たが、その目だけは先程の詰問していた時の眼力を取り戻していた。
「返事は?」
「はい。」
その迫力に蹴落とされ言われるがままに返事をする。気合いを入れて相対するのならギリギリ耐えられる視線も、急に向けられるとキツいものがある。
そう。今は、これが精一杯。
脇腹に手を添え、痛みに耐えながら顔を青くしている赤い男に、顔全体を赤面させている娘、そして満面の笑みを浮かべる綺麗な金髪の母親。
なんとなく信号機を彷彿とさせる3人。
部屋にはドワーフのおっさんと、商人のおっさん。
2人の唸り声が重なりあい、妙な静寂が部屋を支配する。
焼き鳥の焼ける香りが部屋に充満し、僅か以上の焦げの香りを鼻が察知するまで、ちみっこが産卵したと言う卵を手に、俺は動けないのだった。