その数、なんと投稿済みの15話中の10話。
何処が修正されたか原文が赤くなって一目で理解できるし、適用ボタン的なの押せば勝手に直してくれる。凄い、便利!
と、言った所で最新話です。
報告ありがとうございました。
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私は悪くない。
◆
カタタッ、と微かな音が鳴る。
ベットにうつ伏せになって就寝していた自分は、それを聴覚と、床に6つの脚の先端部を触れされる様に投げ出していた事によって拾った振動。
その2つの要因によって目を覚ます。
「んっ・・・。」
未だにハッキリと意識は覚醒してはいないものの、今までの生活で身体に染み付いた習慣は簡単には抜けず。
結果、先程の小さな物音によって眼が覚めてしまった。
「ここは?あ、そっか・・・。」
触肢である腕を立てる事によって上体を起こす。上半身を支える手から伝わるベットの感触、回りを見渡した時の見慣れぬ壁や床、その違和感が。自分が長年住んでいた家を出た事を思い出させる。
あの人の護衛を辞め、最低限の荷物を纏め、飛び出す様に家を出た。ここは今日から世話になる、あの変り者の店主が営む食堂のある町。交易都市ハーフ。
そこの中心から少し外れた場所にある宿。
お金は普通に生きていくだけならば、しばらく何もしなくても大丈夫なくらいはある。今までの仕事、親代わりであったあの人の護衛。最初は私の個人的な我儘で始めた事であったが。
『金を払うって事は仕事に責任を負わせ、金を貰うって事は仕事の責任を持つこと。金銭のやり取りがない仕事程、信用ならない物はないよ。』
まあ僕の娘であるキミは、そんな事しないと。他でもない僕が知ってるけどね。笑顔とそんな言葉と一緒に、私は少なくない金額の給金を貰っていた。
今現在、自分が利用しているのは。
魔人向けに少し部屋が大き目に作られた、全部屋が個室の宿だ。
一等地や町の中心にある高級な宿でもなく、町外れにある施設の乏しい安宿でもない、少しだけ高級な普通の宿。
朝と夜。日に2度の日課をこなす為に個室と言う点だけは妥協しなかったし、出来なかった。
僅かに靄が掛かった意識を、少しでも鮮明にしようと軽く頭を振る。改めて先程の物音を異形の脚を使い、地面からの振動で読み取る。
基本的に王国で私の存在を知る人はいない。護衛としての仕事も辞めた私には、もはやそんな用心する必要など皆無なのだが。今までの習慣が自然とそうさせた。脚から伝わる数々の情報。音、歩幅、体重による床の軋み具合。
そして、廊下をこちらに向かって歩いている相手が、数日前からお世話になっている宿。つまりここの従業員の物と一致する事を理解し、6つの脚を床から離して自然な位置へと戻す。
「おはようございます。いつもの、ここに置いておきますね。」
「ああ、おはよう。助かるよ。」
いつもの。そう言って静かに開けられた扉。そこから程近い場所に置かれてたもの。
水の張られた桶。それと手拭いにも使われている、清潔に保たれている布切れ。それら2つをベットから起き出して手に取る。
蜘蛛の性質上なのか、私個人の性格なのか、もしくはその両方か。自分で言うのもどうかとは思うが、私はとても綺麗好きだ。
一度身体の汚れに気が付けば、気になって仕方がないし。朝は起き抜けの一番最初にする事は、決まって全身を拭く事。勿論夜の就寝前にも御手入れの時間は取っているし、清潔な状態を保ってはいるのだが。
冷たい水を使っての目覚ましの代わりも兼ねている、朝の御手入れは基本的に欠かさない。
「はぁ。」
桶に張られた水に布切れを浸し、過分に行き渡った水分を絞り適度な状態にする。そして冷たくなったそれで、まず顔を拭い、少しでも意識を覚醒させる。水を吸って冷えた手拭いが気持ちよく欠伸混じりの吐息が漏れる。
「ふぅー・・・。」
次いで服を脱ぎ去り、肌着になる。
途中に何度も手拭いを濯ぎ、首から肩、胸から腹。そして背中、下半身と順番にしっかりと拭いていく。人と変わらない肌を持つ部分順次こなしていき。
露出した肌の御手入れ全てを終え、やがて最後に残るのが・・・。
そう、蜘蛛の部位。
その脚を身体の前へと持ってくる。手となっている触肢に比べると大きく。先の従業員の足音と振動。板越しであれば体温等の細かい情報を読み取る事も可能な、黒い外骨格に覆われており、粗雑な刃物であれば通さないくらい頑丈で。
そして、短時間であれば壁や天井も移動する事も出来、人間の脚で歩くよりも静かで、突発的な制動をも意のままに操る、無骨で。そして何よりも。
「んっ・・・!」
敏感な場所。
生まれてきて、物心付いた時から殆ど欠かす事なく繰り返してきた日課。それが時折違う意味を持つようになったのは。変わったのは・・・。
「くそっ、あの店主のせいだ。違う、違う・・・!私は悪くないっ・・・!」
早朝だと言うのに、顔に熱が籠り熱くなる。上気したように頬が赤くなるのが自分でも理解できた。今では先程まであった眠気等、元より無かったのかと思うほどに意識もハッキリと覚醒している。
外骨格に覆われた脚を磨く様に少し強めに拭く。
敏感だからと弱々しくなぞるやり方で御手入れをしていると、あの時の事を思い出してしまいそうだったから、荒っぽくゴシゴシと磨く。磨く。雑念を挟ませる隙など与えない。一心に磨く。
「・・・。」
そして間接部へと辿り着く。ここが問題の場所だった。繋ぎ目であり、他の通常の外骨格に覆われている所よりも弱く、乱暴には出来ない箇所。
水で手拭いを濯ぎ、そっ、と触れる。
先程と同じ水だと言うのに、より冷たく感じとれる。身を切る様な冷たさにビクッ、と身体が小さく跳ねる。
そしてなにより、仕方ないとは言え。弱々しく触れた事であの時の行為が再び脳裏に掠める。
顔を拭き、鮮明にさせた筈の意識が身体が火照った事によって、再び靄が掛かったかの様に曖昧になる。
「くそっ、あの男。いつか仕返ししてやるっ・・・!」
これはっ。これは、最近忙しくて、日常の変化が目まぐるしくて。色んな事が一気に変わっていってたから。だから。ただ溜まっているだけだ。
他に誰もいない個室の部屋で。
ここには居ない人への悪態をつき、心の中で自分に言い訳を重ね。
そして。
私はふわふわとしていて、ハッキリと意識の定まらないまま、最も敏感で弱い部分に伸びていく手を。
本来であれば。
夜にゆっくりと時間を掛けて御手入れをする。その為に朝は触らない様にしている。
蜘蛛の腹部。
そこに向かう手を止められなかった・・・。
・・・。
◆
「最低だ、私・・・。」
夜に比べると幾分か簡略化された、朝の御手入れの行程を全て終えた私は今、自責の念に駆られつつ、初仕事の為に食堂へと歩を進めていた。
様々な声が飛び交う町の喧騒にも関わらず、私の回りには誰もいない。当然だ。
足下へ、その更に下へと視線を落とす。
するとそこには、この交易都市では何時もの光景である朝市。そして朝から買い物用の手提げ袋を手に動き回る人間。
仕事が終わって一杯引っ掛けた後なのだろう、覚束無い足取りでよろめきながら歩いている夜行性の魔人の姿。
そう、私は今。様々な建物の上。屋根から屋根を伝い、ポツリポツリと散見される空を飛んでいるハーピィ達以外の、誰の眼にも止まらない場所を歩いていた。
護衛として使うことがなくなった、有り余る体力を使い。数日間に渡ってあらゆる場所を練り歩いていた際に、同じような場所、同じような時間に何度か店主と出合い、会話を交わして経験によって。
そろそろあの男が動き出す時間だと言うのは把握済みだ。そして、こちらの方向には来ないという事も。
今、彼と会うのはマズイ。
もう少し落ち着いてからでないとマズイ。何がいけないのかは自分でも良く分からないが。兎に角良くない。幸い時間にはまだ少し余裕がある。
店主は何も悪くない。
それは分かっている。あの時の行為だって私を元気付けようと、親切心からの行動だと理解している。
ただ少しねちっこかったけど・・・。
「いらっしゃいませぇー♪大きな大きなパンはいかがですかぁー?」
理解は出来るが納得できない。そんな答えが出ない事をツラツラと考えながら、歩を進めていると。
とある店前に1人の女性の姿。食べ物を扱う以上前掛けや帽子等はきちんと装着しているが、それ以外が妙に露出が多く、肌面積の大きい服装をしている。
艶かしい店員の姿と声が聞こえてきた。
食べ歩きの任務。あれを任務と言っていいのか微妙な線だが。その時の候補の1つに上がっていた店が視界に入った。
よい香りのパンに釣られて自分の腹が『仕事をさせろ!』とでも言うかの様に。くぅ、と小さい音が鳴る。
そうして誰かに見られた訳でもないが、朝の行為に後ろめたさを覚え、宿で朝食を取らずに出てきてしまった事を今更ながらに思い出す。
「食べ応えもあって満足感もあるわよー♪」
職人の勘に頼らざるを得ないパン焼きとは、とにかく長年の経験が物を言う。素人の焼くパンとは、得てして不揃いになりがちである。膨らみかたが足りなかったり、焼きが足りなく水っぽくなったり、逆に火が通りすぎると固くなってしまう。
柔らかいものはもう一度火を入れれば多少取り戻せるが、やはりきちんと焼き上げたものには及ばない。固くなってしまえば柔らかくは出来ない。
それらは固くなったものは一般的に、店先の専用の場所へと並べられ、2級品として安値で販売される。
そしてここは、その2級品のパンが異常に少ない、世にも珍しい淫魔の経営するパン屋である。
淫魔。
男性には女性の。女性には男性の。
魅力的な異性の姿を形取り、ある時は夢に現れ、またある時は直接的な接触によって。人の精を糧に生きていく種族。
食事を取ることは可能だが、逆に言うと可能なだけで絶対ではない。種族としての身体が整うまでは仕方がないとは言え、そうなってしまえば種族上食事の必要がなくなってしまう。
ハーピィの様な小柄な者もいるが、基本的には早熟で成長が早く、身体が出来上がるのが人間よりも早い。
人間として、魔人として。
生きている以上必ず発生する三大欲求。
その内の1つ、食欲を捨て去る代わりに性欲が以上に強くなった。そんな一族。
生きていく為に必要な事だから。
だから改良を重ね、一心に試行錯誤を繰り返し、新しいものを産み出していくのは理解できるが。
根本的に食欲が稀薄な淫魔と言う存在が、何故食事に傾倒するのか。何度も失敗を繰り返してきたであろう、その出来立てのパンの味と共に、その経緯が気になって聞いてみると。
『味は分かるんだし、回りの友達は生きる為に食事を取る。なら私は、せめてそれを用意してあげたい。そうすれば食事の間もずっと一緒に居られるでしょ?』
暫くの間言い淀んでいた彼女は、同性の私でも胸が高鳴る、とても素敵な笑顔でそう答えた。あれにはきっと魅了の力が宿っているハズだ。間違いない。
「よっ。」
今日はここで食事を取っていこう。着地点に人が居ないことを確認した私は、パン屋の道を挟んで反対側にある家の屋根から飛び降りる。着地音は響かせない。
「ん?あら?いらっしゃい。」
こちらへと向けられた笑顔に片手を上げることで答えつつ、歩み寄る。営業スマイルだと分かっていても、その笑顔には癒される。
「今日はねぇ、太い腸詰めの肉を挟んだパンがオススメよぉ~。」
「そうか、ならそれを1つ。あとここの目玉商品の塩パンを2つ程頼む。ついでに何か適当に飲み物を見繕ってくれると嬉しい。」
「飲み物って事は今日はここで食べていくのかしら?前回みたいに食べ歩きじゃないの?」
「今回はここで頂いていこう。時間は大丈夫だしな。」
「そう、分かったわぁ。」
今ちょうど焼き上がる頃だから、どうせだから出来たてを御馳走するわぁ。そんな少し間延びした返事と共に裏へと引っ込んでいく彼女を見ながら、通り沿いに設置されている椅子へと座る。
「ホカホカの焼き上がりを食べられるのか。今日の私はついているな。」
正面から相対すると、ただの大きめのエプロン姿なのだが。後ろから見るとその相変わらずの肌面積に少しドギマギする、そんな少し座りが悪い状態でパンが届くのを待つ。
「ぬわー!!?」
すると、その数秒後に彼女が消えていったドアから野太い悲鳴と共に煙がもうもうと立ち込めてくる。
「ここに男性の従業員なんていたか?」
淫魔と言う、艶かしい種族に釣られてここに働きたいと思う男性は少なくない。だが、確かここに男性はいなかったはずだ。
少しどころじゃなく気になるが、急な事態に上げかけた腰を再び下ろし、座り直して大人しく待つ事にする。
「もう、まだ早いわよぉ。もう少し我慢できないの?」
「いやーだって、前にこのくらいの時間で釜を開けてたじゃないか。」
「回数が変われば時間だって変わるわよぉ。この前とは違って2回目ですもの。釜に熱の籠り方が変われば時間だって変わるわぁ。」
「うーん、やっぱ難しいな。あっ、お待たせしました、腸詰めのパンと塩パン2個。それと飲物は自前ので申し訳ないですが、麦湯です。」
唇の端に立てた指を当てながら楽しそうに笑う淫魔の女性に連れられ、反省点を述べながら現れたのは。
「て、店主!?」
「あれっ?」
「あらぁ?知り合いかしらぁ?」
落ち着くための時間が欲しくて利用した店で、目の前に現れたのは。木で出来た盆に出来立てのパンを3つと飲物を持った、件の男だった。
サキュバス大好きです。
読了ありがとうございました。