明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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夏の訪れ - 2

 太陽に照らされ、水がきらきらと光る。学生たちのはしゃいだ声があちこちで響き、水が跳ねる。光が踊る。波が起き、それをボードで滑る。砂浜で戯れるカップル、女子を狙う男子、男子を狙う女子。恋の予感。

 つまるところ。

 

「夏だ!」

 

 輝く太陽。

 

「美女だ!」

 

 白い砂浜。

 

「水着だ!」

 

 青い養殖湖。

 

「泳ぐぞー!」

 

 盛り上がる学生達。

 

「ナンパだー!」

 

 という輩でいっぱいなのであった。

 

「……帰ろうぜ……」

「だから、お前はまたノリの悪い!!」

 きっ! とシャーニッドが睨みつけるようにウォルターを見た。そんな目線に対し、ウォルターは大きな溜息を吐いて呆れた眼を向ける。その眼に対して、シャーニッドはウォルター以上に盛大な溜息を吐き出しては肩を竦め、頭を振った。

 

「これだから夏の養殖湖の良さがわからねぇヤツは。…いいか? 制服に押し込められたおれ達の青春をここでこそ溢れさせるべきなんだよ! 素晴らしいだろ養殖湖!」

「…どうだか…。頼むから事案だけは起こすなよ」

「お前はおれをなんだと思ってんだ!?」

「……僕、少しだけわからなくもないです……」

 

 レイフォンが気恥ずかしい、といった様子で頭を掻いた。

 なにせグレンダンに似た毛色の男がいる。女ったらしで一夜限りの関係を腐るほど持ち合わせた軽薄男。だと言うのに、さすがは天剣授受者と言うべきか、勁技の質は非の打ち所のないというのがなんとも複雑だった。軽薄な笑みを浮かべる男の姿をため息混じりに頭を振って払い、再度ため息を吐いた。

そんな中、心外だぜ、と騒ぐシャーニッドの後ろで、おぉ、と声が上がった。

 

「ツェルニの養殖湖、でかいさね。グレンダンじゃこういうことなかったし、初めてかも。なぁミュン」

「うん、そうだね。グレンダンが夏季帯に入ることってそうそうないし…」

「……ハイア、と、ミュンファさん」

「一応、おれっち達も十七小隊に在籍してるから呼ばれたのさ~。なんか文句でも?」

「……いいえ別に……?」

「お前らいがみ合うな、頼むからいがみ合うな。面倒くさくなるだろ」

 

 顔を突き合わせれば即座のいがみ合いは相変わらずだ。ウォルターはやはり大きな溜息を吐き出しながら、視界の先に広がる養殖湖を遠い目で見つめた。先程からずっとウキウキして浮足立っているニーナは、女子勢を連れてさっさと更衣室へ移動していった。そんなニーナと同じかそれ以上に浮足立っているこの当小隊一の上級生はガシッとウォルターの首根っこを掴んで更衣室へと足を向ける。

 

「さぁさぁさぁさぁ、ささっと着替えてこようぜ」

「離せ…離してくれ…マジで離してくれ…」

「ウォルターがシャーニッド先輩に引きずられていく…」

 

 はは、とから笑いを零すレイフォンに「笑ってンな」と言うも、特に効果はなし。無情にも更衣室に引きずり込まれた。

 

***

 

「……ないわぁ」

 

 ラッシュガードをきっちり上まで締め、ズボンは膝丈。面積の広いサンダルを履き、小さめのタオルを首から下げる。なんとも入る気のない装備。更衣室の人間すし詰め状態を思い出して若干身震いしつつ、ウォルターは再度溜息を吐いた。

 ようやく更衣室から出てきたレイフォンはごく普通の水着を着用しており、タオルを片手にウォルターの装備に苦い笑いを零す。

 

「またウォルター重装備じゃないですか…」

 

 そう言うレイフォンの後続で出てきたシャーニッドもそれを目視し「確かに」とつまらなさそうに言葉を零す。しかし、そんな二人の反応など知ったことではないと睨めつけるようにウォルターはその顔を見た。

 

「…当たり前だろ。オレは入る気なンかないンだからな」

「言い方に絶妙なツンデレ感を感じるんだが、そういうのフェリちゃんで十分だぜ」

「ツンもデレもないっつの。燃やすぞ。ってか、あんたの水着…」

 

 シャーニッドが得意げな表情でポージングを決めた。上着も無く、布は必要最低限。なんだその水着、といわんばかりウォルターの視線に、シャーニッドは笑う。

 

「こういうのは遊び心って言うんだ。お前らみたいにコテコテのノーマルってのは遊び心が無くてナンパになんざ向いちゃいねぇ」

「ナンパする気ないんですが…」

「うわっ、あんた布面積狭っ! ウォルター布面積多っ! …メンツの布面積が両極端さ~…」

「そりゃそうだろうな。…つか、アントーク達は出てきたのか?」

「あぁ、面々好きにしてるらしいぜ」

「ふぅん…」

 

 しらっとしたウォルターの表情に、シャーニッドが呆れた笑みを浮かべて「分かってねぇなぁ、」と再度繰り返した。

 

「いいか? ここで開放せずしていつ開放するんだ。俺達の青春をあんなむさ苦しい練武館やきっちりと着こなされた制服の中に押し込めちゃいけねぇんだよ。そう…ここぞとばかりに俺達の青春をここで弾けさせるべきなんだよ」

「他のモン弾けさせたり不祥事起こしたりしない限りは好きにしてくれて構わないぜ」

「冷めきってんなお前はよ~~~!! 見ろ! 俺のこの熱いパッションを!!」

「一瞬見たら十分なンだよアピールすンな」

「ハハ、確かに。てか、あんた本当こういうお祭りごと好きさね。おれっちはそういうのわっかんねぇさ~」

「…非常に不満ですが今回ばかりはハイアに同意します…」

「お前はもうちょい素直になった方がいいと思うのさ~」

「結 構 で す」

「レイフォンまた力強い否定だなぁ、おい。つか、んなこたどうだっていいんだよ! 俺のこの熱いパッションもジェットマグナムも女にアピールするもんなんだからな!!」

「当たり前だろどの方向性に向かってンだ。さっさとナンパして玉砕してこりゃいいンじゃないですかエリプトン先輩」

「こういうときだけ饒舌に敬語喋ってんじゃね───よ!! これだからうちの後輩達はよ!!」

 

 しかも玉砕決定してんのかよ! と一言叫んで、シャーニッドが先に養殖湖の方へ歩き出した。それを見送りながら、レイフォンが伸びをしつつ言う。

 

「じゃあ僕らもとりあえず行きます?」

「オレここで待っててもいいか」

「着替えた意味は!? せっかく着替えたんですから砂浜までは行きましょうよ」

「マジかよ…」

「そういや、ミシェルも来るとか言ってたさ。そのあたりのパラソル探してそこいたらいんじゃないのさ?」

「……あいつら来てンの?」

「らしいさ~。ティアリスも来てるとか」

「……パラソルの方言ったら背負投で海に入れられる気配がする……」

「豪快」

 

 ウォルター言葉にレイフォンがケラケラと笑う。

 まあ確かに、と頭を掻きながらも砂浜へ向けて歩き出した。

 

 強い日差しの下を歩く。十七小隊の物と思しきパラソルが見つかり、ウォルターがパラソルの下にスッと入った。その行動の速さに後ろでレイフォンとハイアが揃って苦笑していると、そんな二人の隣で砂を踏み締める音がした。二人は同時に音の方向を確認して、硬直した。その気配を察したウォルターが、二人の後ろに視線を投げる。

 

「……あン?」

「ウォルター、いいところにいるじゃない」

 

 にっこり、と清々しい笑みを浮かべたミハイル・ルディアがそこに立っていた。

 上着に海パン、戦闘準備完了だった。ざくざくと砂を踏みしめ、ウォルターとの距離をジリジリと詰めていく。

 

「……ルディア……」

「ティアリスもいるのよ。今年こそは克服しなぁい?」

「……遠慮シマス」

「そう言わずに」

「濡れた手で触ろうとすンな! 離れろ! やめろ! 近づくな!!」

「ふふふ…逃さないわよ」

「お前といるとろくなことが起きないンだよ!」

 

 ずるずるとパラソルの下でミハイルから離れるウォルター。しかし、レイフォンとハイアは気づいていた。その向こうに一番恐れていた人物がいることを。

 

「ハッ───!」

 

 ウォルターが気配に気づく。瞬間、剄による身体強化。下方に剄を集め、地面を弾く。地面が砂の為瞬発力がやや落ちるが、構っていられない。パラソルの柄を掴み、横へ跳ぶ。ズッ、とパラソルが砂から抜け、砂粒を落としながらパラソルが槍を構える様に握られた。傘の部分がウォルターの背中側にある為、太陽の日差しは遮られていた。

 太陽光を真正面から浴びている男は、盛大に強めの舌打ちをかました。

 

「……チッ。さすがは現役武芸者と言ったところか」

「ハッ、このオレを出し抜こうなんざ甘いンだよ。粒子レベルから生まれ直して来な」

「ふん。甘いのはお前の方だ。今日のおれは最近にしては調子がいい」

「知るか、ンなこと。お前の調子が良かろうと悪かろうと……、……まさか」

「そういうことだ」

 

 髪を掻き上げながら男……ティアリスが不敵に笑う。その瞬間、ざっと空気が変わったことに、レイフォンもハイアも気づいた。

 

─────この感覚…まさか、剄? でもティアリスさんは剄脈が…

 

 彼は武芸者としての道を絶たれて医者になった。そういう話だったはずだ。レイフォンは集中する。やはり、ティアリスの周囲に濁った剄の動きが見える。剄脈の動きは悪い、筈だ。しかし更に集中して剄の動きをよく観察すると、内部の剄の動きだけが活発化していた。…これは。

 

─────内部の剄の動きや活発化は正常だ。……ということは、剄脈は正常……?

 

 ティアリスが動いた。

 砂が後方に飛び散り、衝撃音が響き渡る。手が伸ばされた。ウォルターの肩へと迫るティアリスの腕を、ウォルターはパラソルの柄で弾き、絡め、勢いの方向を変える。後退しつつ、脚力を強化。跳躍。パラソルの傘が空気を受け、瞬間、浮力が発生する。下降が一瞬遅れる。

 柄を手放す。ウォルターが下降し、屈伸の要領で着地、下方から拳を突き出す。それを内側から弾き、そのまま腕を掴む。自身の方へ引くと、ウォルターの重心が揺れた。そして唐突にその身体が強張った。

 

「うっ、お…!」

「もらった!!」

 

 足払いが見事に決まる。体勢を完全に崩されたウォルターの腕を捻り上げ、関節を決める。砂に叩きつけられ、「ぐえっ」と珍しい声が聞こえた。衝撃の風圧で降下が遅れたパラソルは、ようやく地面にその柄の頭を突き刺した。

 

「……お、っ前…卑怯だぞ…」

「はん、一足先に養殖湖で泳いで来たんでな」

「めっちゃ鳥肌立ってンだけど…。……わーったよ、入りゃいいンだろ入りゃ……。っとに…」

「いっえーい! さすがダニー! 体術オンリーならイケイケね!」

「イケイケとか超古いさ。…ってかティアリス、医者なのに武芸者なのさ~?」

「ハッ…ハイアちゃん、その質問は超タブーよ!? 知らないでしょうけど!」

 

 慌てるミハイル、困惑するハイア。ようやく関節技を外したティアリスが立ち上がり、膝やらズボンやらについた砂を払う。同様に身体についた砂を落としつつ、ウォルターがゆっくりと立ち上がった。

 

「おれは別になんとも思ってないんだがな」

「あれだろ、お前は何も思って無くても周囲は気を使ってるってヤツ」

「…なるほどな。……まぁ、別に気にするな」

「あらそうなの? …じゃあいいわね! ダニーは元々鉄鞭使いの武芸者だったのよ、体術も結構強くて未だに体術だけは強いのよ! いまはほぼやってないけどね!」

「……そういや、元武芸者ってのはちらっと聞いてたさね……」

「ミハイルお前。逆にちょっとは気にしろ」

「あいつ急にあっけらかんとし始めっからな」

「……僕、てっきりキリク先輩みたいな感じだと思ってました」

「ん? ……あぁ、サットンの同級生の。錬金鋼メカニックのヤツか。現状、非常に残念だがこいつは全然違う」

「“現状”と“非常に”と“残念だが”を誇張するなお前。…そういえばはっきり言っていなかったから、誤解していたかもしれんが、生憎剄脈は至って正常に機能している」

 

 ミハイルのあっけらかんとした説明と同様か、それ以上にあっけらかんとした顔で言うティアリスに、小さくウォルターが「お前の方が気にしてないだろ…」と呟きを零す。それをティアリスがグーで殴って制止しつつ、再度口を開く。

 

「だが、色々あって衝剄系統が一切使えなくなってしまってな。衝剄が使えなければ汚染獣戦ではほぼ役に立たん。……だから武芸者を辞めたんだ。まぁ活剄は未だ好調で、こいつを殴るくらいはできる」

「まぁ99.9%外れるけどな」

「もっぺんグーで殴られたいのか貴様」

「まーまーそう喧嘩腰になんないのよ子どもじゃないんだし! …まっ、そういうのが理由でダニーがウォルターの主治医になってるのもあるのよ。そいつ、問診・治療・入院超絶拒否勢だから」

「ウォルター……」

「ンでお前はそんな哀れんだ眼をすンだ、アルセイフ。大体今年に入るまでよっぽどの怪我なンぞしてないぞ」

「しただろ。単騎でのセルニウム鉱山の調査。火災現場での単騎迎撃。あと…」

「もーいいっつの」

「ウォルター……」

「お前までンな眼すンなっつの、ライア。別にオレはへいきだって言ってただろうが」

「それとこれとは別でしょうよ」

 

 全員から哀れんだ…呆れたような眼を向けられ、バツが悪いとウォルターは襟髪を触る。

 やはりため息混じりに「とにかく」と口を開く。

 

「行きゃいいんだろ、行きゃあ」

「そそ、それそれ。せっかくだからレイフォンくんもハイアちゃんも一緒に行きましょうよ! ウォルターの苦手克服レッスンパート………まぁ忘れたけど行きましょ!」

「適当か。……勘弁してくれ本当……」


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