明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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これまでのあらすじ

 槍殻都市グレンダンの元天剣授受者、ウォルター・ルレイスフォーンは学園都市ツェルニで武芸科の三年生として所属していた。
 ウォルターが所属する十七小隊に入隊することになったレイフォン・アルセイフは、自身が天剣を譲渡した相手であり譲渡時のことからひどく嫌悪され、レイフォンとは衝突することも多々あったが、ツェルニで起こる問題への対応を重ね徐々に打ち解けつつあった。

 そんななか、学園都市マイアスとの武芸大会を経て、ツェルニにはレイフォンの幼馴染のリーリン、元傭兵団団長のハイア、傭兵団団員のミュンファが一時在籍することとなる。
 そうして忙しなく過ごすうち、学園都市ツェルニが夏季帯に突入したころ、ツェルニの活動範囲内に現れた汚染獣の討伐、廃都市を探索のために訪れる。

 ウォルター・ルレイスフォーン。
 自律型移動都市が出来上がる前から生きる、槍殻都市グレンダンが待つ運命を、世界をかけた戦いを待つ正真の異民であり、以前の世界にいた錬金術師(アルケミスト)に創り出された人工生命体であった。かつての友、戦友との約束を果たすために各地を放浪し手を打ってきたウォルターは、とある自律型移動都市で起きた出来事から、できる限り周囲との関係に深入りすることを避けて来た。
 すべてをかけた戦いのためにもウォルターは変わらない、変われない。
 この世界の人間をできる限り巻き込みたくない。
 それでも、この世界の人間も戦わなければならない。いずれ降り注ぐ破滅に抗わなくてはならない。
 そのために、ウォルターにできることを考え……彼らのちからになることを決めた。
 この先の戦いがどんなものであろうと、自らの意思で、この世界の人間を、かつての世界の人間を救うと決めたウォルターは、できるかぎり距離を取るようにしていた周囲の人間や十七小隊との関係を緩和していく。

 そうして互いの関係性が変わってきた最中、十七小隊の面々と友人たちは夏季帯のツェルニの養殖湖を訪れていた。
 水が苦手なウォルターは養殖湖に入ることをできる限り拒否していたが、偶然居合わせた同級生のティアリスとの手合わせで不意を突かれ、ティアリスとともに養殖湖を訪れていた同級生のミハイルの言葉により、止むなく養殖湖に入ることになってしまった。

 居合わせたレイフォン、ハイアも巻き込まれ、ウォルターの水克服のため駆り出されることとなり……


夏の訪れ - 3

 

 そうして目の前に広がるは養殖湖。

 足元は後数センチで水に触れる距離に波が来ている。これから触る、と思うだけで背中がぞわりと粟立つような感覚が這う。がっしりとレイフォンとハイアに両腕を掴まれ、腕はすでに水面の上空に来ているが、胴体は波の届かない砂浜から動かない。動かせない。

 その様子を、呆れ返った表情でミハイルは見ていた。

 

「潜れって言ってんじゃないから大丈夫でしょうよ。大体ウォルター、去年くらい? に、ちょっと我慢して膝下くらいまでは行けるようになったじゃない」

「この一年くらいでフルリセットかかってっから」

「厄介な性質ね。……レイフォンくん、ハイアちゃん! 準備はいいわね!?」

「えと……僕と……ハイアが先に入って、引っ張る感じでいいんですか?」

「ええ! あとは後ろからダニーが押すか背負投で投げ込むかしてくれるから大丈夫よ!」

「本当に大丈夫ですかそれ心臓止まったりしませんか」

「ノンストップハートよ! 最悪医者がいるから大丈夫!」

「頼むから医者が出動するような事態を想定せずにしてほしいさ~!」

 

 すでに地面に根を張った様に動かないウォルターの手を掴み、レイフォンとハイアが引っ張る。が、しかしウォルターはやはり動かない。

 先に浅瀬に足を踏み入れいているレイフォンとハイアの二人に両腕を引っ張られるも、頑として動かないウォルターは、ひたすら嫌そうな表情で視線を逸らしたまま砂浜でなんとしても養殖湖に触れないようにしている。

 

「ほらほら、ウォルター頑張るさ~! 足首くらいは行くさ! せめて足の甲まで!」

「そうですよ! ほら全然平気ですよ! なんともありませんから、さっさと入りましょう!」

「う、……う、オレは……オレは入りたくない……」

「知ってますよそんなこと! 入らないと進まないでしょうが!」

「う~ん、これはダメそうね……日没になっても進まないわ。リーサル・ウェポンよ!! ……ダニー! お願いしま~~~す!」

「任せろ」

 

 砂浜にガチガチに根の生えた足を払う。養殖湖に触れないように必死に堪えていた足は、ティアリスが加えた一撃に強張りを利用されて、いとも容易く前のめりにズルリと足が滑る。身体が浮く。レイフォンとハイアが引く手をグッと強く握る、しかしさすがの二人もとっさのことで支えきれず、そのまま養殖湖の浅瀬にドボン。ついでに支え役になっていた二人も尻もちを付いた。

 ちょうど近くを水泳訓練中で通りかかったニーナと、ビート板で泳いでいたフェリに飛沫がかかる。

 

「わぷっ」

「うっ。……なにしてるんですか」

 

 苛立たしいとばかりにフェリがレイフォンとハイアを睨む。フェリに睨まれた二人は気まずそうに視線を逸らしつつ、養殖湖に浸かったウォルターにちらりと視線を向ける。

 ウォルターは養殖湖に伏したまま沈んで停止している。その状況にニーナが瞠目した。

 

「ウォルターが水に浸かっている……!?」

「浸かっているというか、浸からされたというか」

「沈んだってのが正しい気がするさね」

「てかピクリともしないんだけど、それって呼吸できてなくな~い?」

 

 シン……と微動だにせず沈んだままのウォルター。数秒待つも、動きなし。

 ほぼ同時にレイフォンとハイアが動き、ウォルターの肩を掴んで引き上げようとした。

 

『救護班――ッッッ!!!』

 

 レイフォンとハイアが慌てて大きな声でティアリスを呼んだ。

 その様子を渋々、という顔でレイフォンたちの少し向こうにいたティアリスは、悠長に浅瀬へ足を進める。そうしてウォルターの肩を掴んで起こし、砂浜へ引きずり出した。腕を引きずられ、さながら打ち上げられた巨大魚の様な有様に、さすがのニーナも困惑する。

 その様子を見ながらミハイルは、こういうのルックンのオカルト部門の人が撮影した記事にあった気がするわね……と思ったものの、口には出さないでおいた。

 

「だ、大丈夫か、ウォルター……」

「……オレ……生きてる……?」

 

 砂浜に仰向けで転がったウォルターは、顔に張り付いた髪を払うこともなく呆然とした様子で、珍しく汚染物質による曇りのない青空を見上げていた。

 

「生きてる! 生きてるさ! しっかり!!」

「重症じゃないですか!!」

「大丈夫よレイフォンくん、人間肺に水が入らない限りある程度死なないわ」

「保証が軽いですよ!」

「ああ、いまどき死にたてなら多少はなんとかなる技術もある」

「命の保証が軽いんさ!」

「武芸者の負担割が適応されるか否かがいささか気になるところですね」

「フェリ、そこじゃない。気にするところはもう少し別のはずだ」

 

 グッと肩を引き上げられてウォルターは上体を起こした。慌てたレイフォン、心配した表情のハイア、巻き込まれて困惑するニーナ、水をかけられて不機嫌なフェリ。

 浅瀬に波が打ち寄せる。足首のある位置はギリギリ波の先が届く範囲で、皮膚の上を波が通っていく。這うようにずるりと通り過ぎるような感覚。髪の間を流れる感覚。皮膚の上を雫が伝う感覚。水を含んで重たくなった髪がひたりと皮膚に張り付いて、ぞわりと肌が粟立つ。

 ティアリスが呆然としたままのウォルターの両腕を掴んだ。

 

「ピーポーピーポー、養殖湖ポリスだ。これよりパラソル地点へ緊急搬送する」

「ポリスなんだ……レスキューじゃなくて……」

「砂浜までなの、手厚いのか軽いのかわかんねぇさ……」

「たま~に乗ってくれるのよねぇ、棒読みだけど……」

「どうでもいいのでさっさと移動してください」

 

 ザックリとしたフェリの言葉に頷きながら、ティアリスがウォルターをずるずると砂浜へと引きずる。砂浜に大きめの軌跡を描きながらパラソルの方へと引きずられているウォルターの、軌跡のそばを通るようにしてレイフォンたちも続いてパラソルの方へ移動した。

 抵抗することなく引きずられていたウォルターは、しばしの後にようやく気を取り戻し、自身の髪を掻き上げ、たっぷりと含まれてしまった水を絞る。

 

「ウォルター、タオルさ」

「……ああ……」

「多めに持ってきたさ」

「両手に抱えて山盛り持ってきた」

「待てハイア貴様、ここに置いていた分をすべて持ってきたな!? わたしたちの分もあるんだぞ!?」

「ウォルターの一大事だからしょうがねぇのさ~」

「い、一大事、なのは、事実なのだが……!!」

「隊長いくらなんでも弱すぎます。ハイア、わたしにも一枚」

「どれでもいいさ? ……ああ、あんたのこれさ~」

「あっ!? そもそも真っ先にウォルターに僕のタオル渡しましたね!? なんで僕の渡すんですか、自分の渡してくださいよ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐレイフォンとハイアに、フェリが鬱陶しそうな顔で一瞥しながらタオルで自身の髪を拭いつつ、ウォルターに視線を向ける。

 

「私はあなたのように水が苦手なわけではありませんが、イオ先輩の言いたいことはわかります。泳げる人間は泳げない人間の気持ちがわからないのです。このことに関してはハイアだけでなくレイフォンも敵です」

「ええっ、巻き込み!?」

「そうだぞてめー」

「棒読みで言うことじゃないんですよウォルター! 大体ウォルターは足すら浸けられないんですからどう考えてもフェリ先輩の方が泳げるに近いし、ウォルターは泳げないレベル高いでしょう!! ほんとそろそろ慣れてくださいよ、なんでダメなんですか!?」

 

 レイフォンの言葉に、全員が「あっ」という顔をした。具体的に言うとやっちまった、が正確で、その場にいた大概の人間が口を覆った。

 一人言い切ってウォルターを軽く睨む様に見るレイフォンは特にその表情に気づかず、そしてウォルターの表情がじわじわと悪くなり、かなり嫌そうな表情を浮かべる。そしてそこでレイフォンが自分の言い方の悪さに気づく。

 そうしてウォルターはレイフォンにかなり、とても、ニッコリとわざとらしく笑った。

 

「……そうかそうか、どうやらお前はにんじんフルコースが食いたいみたいだな……」

「うわーッいらない!! いらないです!! 本当にいらないんです!! すみません僕の言い方が悪かったです!!」

「本当に悪いな気づくのが遅くなって。山盛り作ってやるから楽しみにしてろよ」

「う、うわ~~~ッ本当にいらない……!! 全ッ然いらない……!!」

「そうかそうか、そンなに嬉しいか」

「ウォルターのこんなに穏やかな笑顔は初めて見るな」

「まあ自業自得だから怒られておくといいさ~。……それはそれとしておれっちは同席させてもらえるのさ?」

「あなたはそれでいいんですか?」

「ハイアちゃん、そのあたりしっかり強かちゃっかりしてるわよねぇ……。ほらウォルター、そのへんにしてあげましょうよ、レイフォンくんだって悪気あってのことじゃないんでしょうし」

「……悪気ない方が質悪い気ぃするさ……」

「シッ、ハイアちゃん。いまはそういうこと言っちゃ駄目よ。再噴火するでしょ」

「……そ、そうさね……」

「聞こえてンぞ。しっかり」

 

 至って気にした様子のないミハイルに、軽くため息をひとつ。

 ウォルターも好きでこうなったわけではないし、克服できるものならしている。ルウが目を覚ます前に色々と試してみたが、苦手意識が強まるばかりだったため、ウォルターももう半ば諦めているところだ。

 溜息をもうひとつ。すっかりまいった様子のウォルターに対し、流れを見ていたニーナは表情を緩めていた。

 

「まあ……お前のことだから、そうだろうな。……だが、わたしは……その、なんだ、少し嬉しい……とも思うぞ」

「……馬鹿にしやがって……そンなにオレが苦手なモン見つかって嬉しいかよ」

「ば、馬鹿になどしていない、誓って! そうではなくてだな……、その、お前が……、……お前の……、その……、あれだ、ええと……、……なんだ!?」

「オレに聞くな知るか」

 

 冷めきったウォルターの返しに、ニーナが「違うんだ……!」と頭を抱える。レイフォンやハイア、ティアリスとミハイル共々首を傾げる中で口を開いたのはフェリだ。

 

「……いわゆる、完璧な人間のちょっとした人間らしい拙さが見え、親しくなった気がして嬉しい……、ということだと解釈しましたが、隊長?」

 

 白けきった表情のフェリに、ニーナはそれだと言わんばかりに目を見開いてフェリを指す。

 

「さすがだフェリ。さすがは念威繰者」

「念威繰者は関係ありませんが、隊長の基礎的な頭の出来は関係ありますね」

「ぐ、ぐうう……」

「……と、いうことだそうですが、イオ先輩?」

「……そこで急に振られてもな。知るかよ」

 

 大きめのため息を吐いて、ウォルターはハイアが山盛り持ってきたタオルの中から手近なタオルをもう一枚手に取った。

 

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