ここでようやく、レイフォンとニーナは気づく。
レイフォンが銀細工を取り出してから、いま話しかけるまで。ウォルターは茫然とした様子で、レイフォンの手の上にある銀細工をずっと凝視していた。
「どうした、ウォルター? そんなにぼーっとして……」
「……いいや……」
「どうしたんですか? ……このペンダントこと、なにか知っているんですか?」
ウォルターは沈黙する。視線は銀細工から外さず、考え込んだ様子で口元を手で揉みながら考え込んでいた。脳は変わらず痛みを訴え続けている。
その様子を見て、レイフォンもニーナも顔を見合わせる。
おそらく知っている。理由はわからないし、なにを知っているのかもわからない。けれど、このネックレスに関わるなにかを知っているはずだと察する。
問い詰めたい気持ちを抑えて、レイフォンはウォルターの言葉の続きを待つ。
――――ウォルターは、このペンダントのことを知っている。……“僕のペンダント”のことを……
それは、かすかなりともレイフォンの親に通じるなにかを知っているということだった。
レイフォンにとって、親とは養父であるデルク・サイハーデンだ。
だからもしも、いま目の前に自分と血の繋がった親が現れても、この人が自分と血の繋がった親なんだ、と感慨を抱いたとて、それにすがるようなことはない。レイフォンの家族はグレンダンにいて、家族はデルク、リーリン……孤児院にいたみんなだ。
けれど知りたい気持ちはある。
そうして会えたら、どうして自分は孤児になることになったのか、聞きたい。二人はどういう人なのか、どんな生活をしてきたのかを、知りたい。
だからかすかな情報でもいいから教えてほしいと思った。
ジッと二人から窺われているウォルターは、内心ずっと動揺していた。
――――間違いない、これは……オレがエルミアに渡した……
覚えている。天蜘都市アトラクタにいた女。ディクセリオとともに放浪バスへと送り出した女。偶然本屋で出会い、そうしてウォルターに贈り物を依頼してきた女。
当時はルウもまだ目覚めていなくて、ウォルターはひとりだった。
ディクセリオはいた。だが、単独行動同士が同じ目的のために同行しているだけで、いまのツェルニの……十七小隊のような関係性ではなかった。
そのときのウォルターはグレンダンで天剣を得たときよりもずっと荒れていて、他人に無関心だった。この世界が安定化し、エルミが作りだした自律型移動都市が稼働したあと。何十年数百年と経ったころだったから、事態もそれほど複雑化していなかった。目的を果たす。そのために関係のないことはすべて切り捨てて過ごしていたウォルターに、女は図々しくも子どもの名付けを、ウォルターのような強さを、なにかを与えてほしいと言ってきた。
それが鬱陶しくて、さっさとその場から離れたくて……だからどこか投げやりに、名付けは出来ない、自分は強くない、なにも与えるものはないと言った。
それでも食い下がるから、渋々すぐ近くの露店で買ったロケットをプレゼントにした。アトラクタやその周辺の都市に流通していた、なんてことのない銀細工のロケットペンダント。
ロケットに仕掛けだけを施して、文字を刻んで。――いま思えば、あの女の必死さは、自身が持つ因子と彼女の夫が持っていた因子を受け継いだ子どもが、これから直面するであろう世界の脅威に危惧したからだろう、と思う。
レイフォンのことは認識していた。
エルミア。あの都市から逃げ、メイファー・シュタット事件で死亡した。ペンダントをプレゼントしてから、グレンダンへ現れるまでの時間の差が開きすぎていて、よく似ている人間かと思っていた。
あの場にいたウォルターも、現場で死んだ人間の中にエルミアを確認できなかった。ウォルターが渡したペンダントも。
だからこれもまた、似た子どもなのかとすら少し思っていた。
……いいや。
同じだとずっと考えていた。分かっていた。同じだという前提で考えていた。
だから狼面衆に“虚無の子”の話をされたときに、真っ先にレイフォンのことを思い浮かべた。
レイフォン・アルセイフは間違いなく、あのときウォルターがペンダントを渡した子どもで、エルミアとタウランの子どもなのだ。
タウランが持っていた関わらずの因子……“虚無の因子”と、エルミアが持っていた“世界緩和”の因子を持つ。
――――だからか……ルウの『拒絶』を突破したのは。……アルセイフが……
ルウの『拒絶』を用いて外界からの視線を遮断してハルペーと話していたウォルターを、レイフォンは目撃した。
(ウォルター、……少し残念? レイフォン・アルセイフが該当の子どもで……)
(……いや。なんていうか……まあ、納得……かも)
(確かにね。ここまで来て違うって言われた方が、逆にちょっと……ふふ、困るかも?)
(本当にな)
自律型移動都市に来てから、いままで向こう側の人間以外でウォルターに長く関わった人間はいない。
グレンダンとは時折関わってきているが、グレンダンはそもそも奥の院にサヤがいる時点で、ウォルターの目的に、この世界の運命に関わることが決定しているようなものだ。それが、王家の人間であればより深く、そうでなければ浅く。
程度に違いはあれど、グレンダンに生まれたもの、たどり着いたもの。それぞれはどんな形であれ、世界の結末に関わることが決定している。そして、レイフォンとも空白期間はあるものの、目的の過程で何度も関わることになっている。
となれば、おそらく。いいや、確実に。
(アントークと同じく、関わってくるだろうな)
(う~ん……“虚無の因子”とやらを持ってるのに関われるのかなぁ? 深く関わってくるか浅く関わってくるかの違い?)
(さあ……そこまではさすがに。正直そっちより、アルセイフの持ってる“世界緩和”の因子がどう関わってくるか……読みきれないな)
(じゃ~~~しょうがないか)
(ちょっと嬉しそうなの、なンで?)
「ウォルター、教えてください」
沈黙に耐えかねたか、あまりに口を開かないので急かすしかなかったか。
レイフォンの言葉にウォルターは視線を上げて二人を見る。そうしてウォルターは頭を振った。
「……それを売っている都市に行ったことはある。だが市販品だ。特注品ではない」
「そ、……うですか……、その、でもグレンダンでは……、……隊長はどうですか? 隊長の都市では見たことあります?」
「……いや、わたしも見たことは……というより……すまない、シュナイバルでも武芸一本だったのでな……、その、こうした装飾品を見る機会はほとんど……」
気恥ずかしそうに視線を伏せるニーナに、レイフォンとウォルターは納得した顔で頷く。このニーナ・アントークという人は、ずっとこういう人だということに安心したとばかりに。
「まあ、アントークだかンな……」
「隊長らしくて……その、隊長らしいと思います」
「大丈夫だ、フォローは不要だ。大丈夫だ……」
「そう言いながらちょっとずつ顔色悪くすンのやめろよ。……オレがそれを見た都市と交流のある都市には流通してた市販品だ。オーダーメイドってわけじゃないから、絞り切るのは難しいだろうが、辿るには充分な情報だと思うぜ」
「なるほど……。その都市は……、……その、まだ生きているんでしょうか?」
「……昨今の状況は知らんが、少なくともオレが行ったときは普通に生きてたな」
自律型移動都市は、いつ汚染獣に滅ぼされるか分からない。
そういう意味ではグレンダンほど安全な都市はなかった。他の都市であれば生涯発生するかしないか分からない汚染獣戦が、グレンダンでは日常として発生する。しかしその分、グレンダンには優秀な武芸者が何人もいて、だからこそ一騎当千の実力を持つ人間が揃っていった。
しかし、グレンダン以外の都市がそうかと言われれば、決してそうではない。
不意の事故、予期せぬ襲来。それらにより自律型移動都市が滅びの運命を辿ることは決して少なくなく、頻繁に起こると言えば、起こることでもあった。
だからレイフォンの言葉には、明らかに不謹慎だが聞かずにはいられない、という意志があった。そして、ウォルターの言葉を受けて安心した様子も見せた。それが、今日まで続いているかは問わず。
「そうですか……。……それは、ツェルニや……グレンダンからは遠いですか? す、すぐに移動できないことは分かっているんですけど」
「かなり遠いな。少なくともすぐには到着しない」
「その都市の名前はなんというのだ? ……その情報さえあれば、今後レイフォンが行く機会もあるかもしれん」
「そうだな……、……覚えている都市名は……
ウォルターは一瞬、ニーナの問いをすべてはぐらかそうかと考えた。
しかしすぐに考えを改めた。名前を伝えたところで、レイフォンが覚えているはずもない。アトラクタの名前を聞いたからと言って、いますぐなにかをできるわけでもない。アトラクタの名前が伝播して、この二人に悪影響が出るとは思えない。
エルミアとタウランが運命に絡め取られたのは、天蜘都市アトラクタにいたからでもなく、天蜘都市アトラクタが影響したわけでもない。
運命の中心、渦中でもある槍殻都市グレンダンならいざしらず、天蜘都市アトラクタはそうではない。
あの二人はただただ、二人自身が運命に巻き込まれてしまい、向こう側の因子を持って生まれてしまっただけだ。
(正直伝えるのもどうかな~と思わなくはないが、たぶんアルセイフには伝えておくべきだろうからな。……これでいまの前向きさの足しになれば……と思ったりはしてる……な)
(あ~、利得の多い方を取捨選択した結果かあ。じゃあ本当の情報なんだ? ……僕がまだ、寝てた時期のことだよね)
(……ああ。ルウが起きたの割と最近だからな……。ルウが起きるより前……ディックと学生やってた時代に行った都市だ。ディックの移動に付き合わされた。……その後にも、もう一度……放浪バスで行ったな)
アトラクタはエルミアが放浪バスで飛び出して行った際に滅びた。……が、それはディックとともに行った、ズレた時間にあったアトラクタだった。だからウォルターは放浪バスで旅をし始めたときに、もう一度訪れる機会があった。
結局は狼面衆の出現があり、後々にエルミアがいたズレた時間のアトラクタと同じように滅んだが、それでもウォルターがもう一度都市を訪れ、狼面衆と接触し、都市を離れるまでは滅びていなかった。
思考の合間に痛む頭に眉を顰め、ウォルターは再びこめかみを押さえ、ほんの少し目を伏せる。
脳裏によぎるのは、癖の強い髪と背中ばかり。
「ウォルター、……大丈夫ですか?」
「……ああ……」
ウォルターが痛むこめかみから手を離したとほぼ同時、ツェルニにサイレンが鳴り響いた。
「緊急招集? 都市が接近したのか?」
「みたいですね。訓練通りですし」
「……前回の接触から少し早い気もするが……」
レイフォンが空を見て、都市の足に視線を向ける。
しかしその先にはなにも見えない。が、向こうには都市が迫っているはずだ。
(うーん、領域を広げてみたけど……別の学園都市で確定だね。いまのところ、汚染獣の反応はなし)
(そうか。情報助かる、ありがとな)
(どういたしまして! ……えへへ、褒められちゃった!)
(いい手際だ。さすがルウ)
(えっへへ~~~)
『箱』の中で嬉しそうにはにかむルウに、内心和みながら、ウォルターはレイフォンとニーナに視線を向けた。
「アルセイフ、錬金鋼の調整があるだろ。行ってこい」
「は、はい。じゃあ、僕は移動します。隊長、また後で」
「ああ。わたしも支度を整えてすぐに向かう」
身体中に剄を通し、内力系活剄によって身体を強化。軽やかに跳躍し、レイフォンの姿はあっという間に見えなくなる。
その背を見送りながら、ニーナは唖然としていた。
「……変わったな」
「まあそうだな」
「……やはり、リーリンだろうか?」
「十中八九それだろ」
「……そうだな」
レイフォンが調子を戻した。刀を扱うことや武芸に対して前向きになった。
これらは確実に、リーリンときちんと話ができたからだろうことは明白で、自分にはなにも出来なかったことをニーナは少し歯がゆく思う。
「……お前が発破かけなくちゃ、アルセイフは機関部を飛び出したりはしなかったろ」
「ウォルター?」
「そうしてなくちゃ、ロスにも会わなくて……マーフェスのところに行くこともなかったろ」
「……励ましてくれているのか?」
「そ……、……、……? ……そういうことになるのか、これ?」
「……ふ! 少なくともわたしはそう思った。そういうことにしておいてもいいか?」
「まあ……、……好きにとってもらっていいぜ」
「そうか。それならそういうことにしておこう」
「ご機嫌だな……」
ニーナの中の歯がゆさは消えない。
それでも、そういえばここにも気がついたら前向きになった人間がいたな、と思いながら、ニーナは笑ってみせる。そしてついでとばかりに口を開いた。
「お前、体調が悪いんだな?」
率直な言葉だった。
夏季帯に入り、ウォルターの調子が戻り態度が柔らかくなってきたあたりで浮かれすぎたニーナは、度々言葉のチョイスやウォルターへの態度がぎこちなくなりがちだった。
しかし、この場のニーナはそうではなかった。
実際頭痛を煩わしく思っていたウォルターは、しばしの間をおいて頷く。
「……ちょっと、頭痛……?」
「ああ、頭痛か。薬などは飲んだか?」
「……いンや、特に……、飲むまでもないかと」
「だが、わたしたちにあからさまに分かるほどであれば、かなり痛むんだろう。……開始までに、お前は医務室で薬をもらうか、少し休むかしてくるといい。その他はわたしたちで対応しておく」
少し考えた様子で頷いたニーナに、ウォルターはジッと視線を向ける。
斜め上から突き刺さる視線に耐えかねたニーナは、慌てて頭を振った。
「……わ、わたしだって……隊員を気遣うくらいは当然する。特に、お前とレイフォンには今回の都市戦にぜひ参加してもらいたいが……、……それで無理をしては意味がない。具合が良くならないようなら、そのまま休んでいろ」
「大人ンなったなぁ……」
「なんとでも言え。……少し休んでこい」
「……へいへい。ンなら……ありがたく」
ニーナの言葉に頭を掻きながらウォルターが頷くと、素直に頷いたことを満足そうに笑ってニーナも頷いて見せた。