都震だ。言葉との間をおかず、多段攻撃のように再度都震でツェルニが大きく揺れ、ウォルターは屋根を踏みしめる。隣で同じように体勢を整え直したサヴァリスが、活剄を使用して周囲を見渡していた。
「クソッ、まさかこのタイミングで……!?」
(汚染獣だ、ウォルター!)
「汚染獣かよ……!」
「汚染獣だって?」
「嬉しそうにすンなこのタイミングで!」
隣で目を輝かせた戦闘狂を一喝し、ウォルターはルウに問う。
(距離と位置はわかるか?)
(確認できるだけで、外縁部に雄生体が数十、老生体が二体。大きい老生体の一体は百五十キルメル先、もう一体の老生体は、……ツェルニの真下に)
「……!」
真下。機関部のすぐそばに出現したということになる。このままもたもたしていれば、自律型移動都市の心臓部である機関部を食い破られるのも時間の問題だ。
狼面衆の男の後ろ、ツェルニの足。黒煙が上がっている。先程の都震は……
(足を食いちぎられてンのか……)
(うん。……ただ、真下の……魚型かな? の汚染獣、まだ動かないと思う。ニ度目の都震の際にツェルニの足を食いちぎって、そのまま巨大な足をかじって遊んでる。どのくらい保つかは分からないけど……)
(……となれば、早々に百五十先の汚染獣を潰すのが先決……)
(うん。あれが外縁部に雄生体を撃ち込んで来てるから……、……だけど……)
ルウが言葉を詰まらせる。理由はウォルターと同じだろう。
狼面衆の男は沈黙している。かすかに笑った様子を見せ、ゆらりと姿が揺らぎ空間に溶けて消えてしまう。
けしかけられた、と考えるのは容易いが、
マイアスのときも襲撃してきた汚染獣を利用した形だった。
「……ここまで来たら、使えるものはなンでも使わねぇとな……」
「ということは?」
ウキウキとした様子でサヴァリスがウォルターを見下ろしている。
おそらく現状を正しく理解できているわけではない。けれど、ウォルターの「汚染獣」という言葉を聞いて、戦場がすぐそばにあるという事実は確定している。そのうえ二度の都震。この状況に、サヴァリスが飛び込まないはずはない。騒動もなく平和に過ぎた三ヶ月を、ひたすらに退屈だと称した戦闘狂。
ならば巻き取るまでだ。
「……ルッケンス、暴れさせてやる」
あえて、仕事という言葉は避けた。
「目標は百五十キルメル先、正体不明の老生体」
「ああ、いいね。最高だ! ……とはいえ、僕も天剣は持ってきていない。戦いこそが生きがいである僕もさすがに骨の折れる仕事です」
「分かってる。向こうにはアルセイフを送る」
「おや、キミではなく?」
意外、という表情のサヴァリスから視線を逸らして、足元……屋根に視線を向けると、つられたようにサヴァリスも視線を屋根に下ろした。
「都市真下に魚型の老生体もいる。ついでに外縁部に雄生体」
「おや。このツェルニにとっては大ピンチですね」
「そういうことだ。ライアには
「ウォルターなりにプランがあるということですね。いいでしょう。……ランドローラーなどは?」
「準備してやる。殺剄したままサリンバン教導傭兵団の待機所の方に向かえ」
「ああ、なるほど……。では、また生きていたら会いましょう」
ようやく訪れた戦場に、サヴァリスが持参した錬金鋼の具合を確かめながら笑う。
そのいつもの笑顔をウォルターは顰め面で見た。
「……言うだけ無駄だろうが、約束は覚えてるだろうな」
言われたサヴァリスは、わざとらしく驚いた表情をしてみせ、わざとらしい思考ポーズをとり……ニコリ! と笑った。
「ええ、もちろん。……汚染獣とは戦っていい!」
「都合のいいところしか覚えてねぇ~~~」
言うだけ無駄。本当に無駄だった。
サヴァリスが跳躍し、先んじて移動していく。その背を軽く見送り、ウォルターも全身に活剄を巡らせ、建物の上から飛び降りる。
頭痛は完全に治まってはいない。しかしそれを気にかける暇もないため、ウォルターは素早く建物の間を跳ねるように下り、やや低い建物の上で大きく跳躍。
ルウの領域の展開スピードは、念威よりも早い。念威繰者は端子を飛ばさなければ情報精度は精細を欠く。しかしルウであれば、素早く詳細な情報を得ることができる。
外縁部を突如襲撃され、対応に追われているツェルニの面々は状況を理解しきれていないだろう。おそらく指示をされているだろうフェリが一番状況を理解しているだろうか。
「向こうの状況はわかるか」
(う~ん、地中にまったく動かないのがいて、……上の汚染獣が管みたいなの刺して吸い上げて発射してる……みたいな? 下のは卵袋になってるだけの死骸っぽい)
「なるほどな……その情報だけでも値千金だ。真下の汚染獣は?」
(都市の足を食いちぎるほど大きな口と、強靭な歯、咬合力。全身がびっしり硬質な鱗で覆われてて……それになんだか……ええと……グレンダンのベヒモト? とか、昔ほら、イグナシスが使ってた……え~っと……)
「ナノセルロイド?」
(そうそれ! それっぽい感じがする。群生体……なのかな? なんかちょっと違う感じもあるんだけど……ごめん、いまはその程度しかわかんないや……。ウォルターの指示が終わるまでにもう少し領域で調べておくね)
「ああ助かる。……悪いな、頼む」
内力系活剄を変化、旋剄。
建物の間をすり抜け、外縁部へと飛び出す。眼の前に見慣れた金髪が見え、ウォルターは錬金鋼を復元。刀。着地する。構え、剄を練り上げた。振り切る。
外力系衝剄を変化、喰剣。
振り切った残線に重厚な剄が目前に迫った汚染獣を食いちぎるように放たれた。絶命を確認するよりも早く、ウォルターは後ろの金髪……ニーナを見た。同様にウォルターを視認したニーナは、ほんの少し肩で息をしながら鉄鞭を下ろす。
「ウォルター、体調は?」
「まあまあ。戦うには支障がねぇ、くらいだ」
「状況は把握しているか?」
「ああ。多少だが……」
きょろりと視線を動かしたウォルターに、ニーナが頬の汗を拭いながら察した様子で口を開く。
「ハイアはミュンファとともに、向こうの小隊の手助けに向かっている。レイフォンは……」
「隊長、戻りました。……ウォルター? あ、えと、ここはすでに一時的な駆逐は終わっていて、
「落ち着け。ある程度把握してる。……おそらくロス妹がすでに情報収集はしてるだろうが、一応伝えておく。都市の真下に老生体が一体と、外縁部に雄生体、それをブチ込んで来てる老生体が百五十キルメル先にいる」
「百、五十……!!」
「真下だと……!?」
ウォルターから告げられた情報に、レイフォンは距離に瞠目し、ニーナは位置に瞠目する。
鉄鞭を握りしめたニーナが咄嗟に駆け出そうとしたのを止め、ウォルターは口を開いた。
「落ち着け」
「だがこのままではツェルニが危険だ! 都市の真下なのだろう、悠長にはしていられん!」
「分かってるっての。どっちももちろん早急な対応がいるが、真下はまだ若干猶予があンだよ。その間に都市防衛のための対策を組む。真下ばっかりに気を取られて、都市に住む人間をないがしろにはできないだろうが」
「それは……そう……だが……」
「わかったらそう
「……僕、ですか……?」
「外縁部防衛はツェルニの小隊とサリンバン教導傭兵団、真下の老生体にはオレが行く。アントーク、お前はエリプトン先輩と合流して、小隊として連携して生徒たちの防衛に努めろ」
「……ああ、……分かった」
ウォルターの腕を押しのけるようにして移動しようとしていたニーナの足が止まり、徐々にか細くなり、うつむきながらニーナは頷いた。鉄鞭を強く握りしめ、自身の実力のなさを悔いるように頷く。
それを見つめて、ウォルターはニーナの頭をポンと叩いた。
「しょげてる場合か? ……やれることあンだろ」
「……そうだな、分かっている。……わたしはシャーニッドと合流する。お前たちに……また責任を負わせてしまうが……じゅうぶん気をつけて行ってくれ。わたしはここでやれることをやる」
「ああ」
踵を返して全身に活剄を巡らせ、ニーナは走り出した。その背を軽く見送り、ウォルターはレイフォンに視線を戻す。
レイフォンの表情は明らかに浮かないものだった。
当然だ。老生体との戦いがツェルニに来てからなかったわけではないが、決して気乗りするものなどではない。
特にレイフォンにはいま満足に剄を扱える耐久度のある錬金鋼がない。
援軍として遠方の汚染獣に向かわせるサヴァリスも、いまは天剣を持っていない。二人とも全力が出せる状態ではない。
「……ちなみに、遠くの汚染獣の情報は……」
「老生体なのは間違いない。正確には二体だが、一体は死骸、生きてる方が死骸から幼生体の入った卵を吸い上げてツェルニに打ち込ンでるっぽい話だ。生態については不明。こればっかりは、戦ってみないとわかンねぇな」
「そうですよね。……真下の汚染獣は?」
「形状が魚っぽい、硬そう、体組成がベヒモトっぽいって話だ」
「……僕らがベヒモトを討伐した時は、三日かけてリンテンスさんを中心に面攻撃で押し切った形です。でも、あの時ほど時間はかけられない。勝算はありますか?」
「正直、現時点では有効な討伐方法は思いついてない。が、いずれにせよベヒモトと同じように物量で押す話になるだろうな。現状オレの方が適任だ。
……だからそっちはお前に任せる」
そう言われて、レイフォンはハッとした。
夏季帯に入り、態度がずいぶんとやわらかくなって。誰かを呼ぶようになって。いま、こうしてレイフォンに重要な局面を任せようとしている。
ツェルニに来てから、武芸者を辞めたいのに戦うしかなくて、戦わざるを得なくて、逃げることも許されなくて。結局、レイフォンはずっと戦うことを選んできた。
でもいまは違う。
レイフォンは刀を持つことを決めた。
自分でだ。
どうあろうと、自分にできることを精一杯やるのだと決めた。
自分でだ。
ウォルターはレイフォンが逃げようとも、きっとそれを咎めることはしない。
だからだ。だからこそだ。
ここで逃げたら、レイフォンは一生後悔する。
「……わかりました。僕が行きます」
「ああ、任せるぞ。オレはライアとルファ連れて生徒会室行って会長さんと傭兵団に話つけてくる。……繰り返すが、真下の汚染獣はまだ猶予がある、お前は向こうの汚染獣に集中しろ」
「はい。……よろしくお願いします」
レイフォンはそのまま都市外への出撃のために移動し、ウォルターも跳躍する。
活剄で外縁部の地面を駆け抜け、ちょうど汚染獣を撃破した目的の人物たちを発見し、大きく跳躍。飛び越えながら声を張った。
「ライア! ルファ! 来い!」
すれ違いざまの掛け声に、一瞬三白眼が大きく見開かれる。活剄で跳び上がったハイアに続き、ミュンファも跳躍する。
「ウォルター、これどういう状況さ!?」
「説明はあとだ。ひとまず指示を出すのに生徒会塔に向かう」
「会長さんところさ? ……確かに、傭兵団も行ってるだろうし、それが合理的さね……」
混乱はある様子だが、それでも努めて冷静に振る舞うハイアと、若干遅れながらついてくるミュンファを時折気にかけて視線を送りながら、ウォルターも生徒会室へ向けて跳躍する。
「よっと。お邪魔するぜ」
「……ウォルターくん、窓は入口ではないが」
「非常事態なンでな、悪ぃね会長さん」
「ウォルター、ミュンもいるんだからせめてちゃんと入口から入ってほしかったさ~……。ミュン、大丈夫かさ?」
「う、うん……」
不躾にも窓から生徒会室に入り込んだウォルターに、カリアンとハイアの二人が苦言を呈する。呆れた様子で息を吐いて眼鏡をかけ直すカリアンに、ウォルターは軽く口角を上げてみせた。
悪びれもしないウォルターに再度息を吐いたカリアンが、武芸科長のヴァンゼ、そして先に訪れていた客人である傭兵団の二人……ヴィートとフェルマウスを視線で指す。
「現在情報を共有しつつ、ヴァンゼとともに傭兵団と対応を練っていたところだ。ウォルターくん、キミがここへ来たということは、なにか策があるということだね?」
「ああ。交渉というよりは要請に来た」
「……状況は把握済みということか……。……分かった。ウォルターくんに一任しよう。ヴァンゼ、構わないね?」
「ああ」
生徒会室にいる人間に、手短に状況を説明する。状況を聞くほど、室内の空気は重くなっていくが、ウォルターは気にせずに手を叩き、ヴィートに視線を向けた。
団長であったハイアが抜けたサリンバン教導傭兵団は、先日まではフェルマウスが団長代理を勤めていたが、団員の声を受けて現在ヴィートが団長代理を勤めることとなり、フェルマウスがその補佐を行っている。
「で、だ。サリンバン教導傭兵団から、まずどれだけの人材を出せる」
「……そうですね。二人組、五セット。それが限界です。我々の拠点の防衛陣営も必要ですから」
「分かった。……フォーアは単独で動かしてもいいか」
「こっちにフォローは欲しいですけどォ……、うちのフェルマウスちゃんは高くつきますよ」
「構わない」
ヴィートの冗談めかした言葉に頷く。現在の状況はのっぴきならない。できることはすべて手を打つ。
人材として、友としてフェルマウス大切に思っているのは事実だろう。だからこそヴィートは肩を竦めてみせた。
「……よし。サリンバン教導傭兵団は現場で動いてるツェルニの小隊と連携をとり、幼生体を含むツェルニへ襲来している雄生体の迎撃。ツェルニの学生は素人だ、不必要に深追いはせず、シェルター等重要部位の防衛のみに絞れ。戦力を集中させろ」
「了解です」
「フォーア、念威でツェルニの全念威繰者とコンタクトを取れ。小隊に連絡をとり、所属してない念威繰者にも手伝わせろ。お前は司令塔として念威繰者に情報収集、処理、伝達、小隊の補佐と分担させろ。分担のさせ方は任せる。……ただし、百五十キルメル先の汚染獣対応に行くアルセイフのフォローに入ってるロス妹にはコンタクトを取るな」
「……不必要な負担はかけさせたくない、ということですね」
「シャットアウトはしなくていい。逆に不安感でリソースを割かせることになる。この後からはアルセイフの補佐に必要な情報以上の処理をさせるな。すでに情報過多でパンクしかけてるはずだ。適宜こっちで処理した情報を適度に渡してサポートしてやれ」
端的な指摘に頷くと、フェルマウスは早々に重晶錬金鋼を復元して端子を飛ばす。
その向かいに座っていた、呼ばれたが未だ指示のないハイアが挙手をした。
「ウォルター、おれっちは?」
「お前は統括司令塔をやれ。サリンバン教導傭兵団のことは
オレはツェルニの真下の汚染獣を潰しに行く。生態が未知数な以上、現状は手を貸してやれない。……任せるぞ」
ウォルターの力強い言葉に、ハイアが一瞬瞠目する。
その瞳には動揺、歓喜、困惑が混ざりあった。けれど呼吸ひとつでそれをすべて飲み込み、肺腑の奥に沈めきる。そうして不敵に笑ってみせた。
「了解さ~。仕事はきっちりこなすさ。……んじゃ、お二人さん、よろしく頼むさ」
「……こっちこそよろしくね。……ハイアちゃん!」
「ずいぶん馴れ馴れしいヤツさね~」
へらりと笑って見せたハイアに、ヴィートがニヤリと笑い返す。フェルマウスも呆れたように笑いながらも仕事をこなしている。懐かしい雰囲気に、ミュンファもやわらかく表情を緩めた。
「ところで、ウォルターさん。……俺たちに報酬は?」
視線を動かしたヴィートが頬杖をついてウォルターを見た。ヴィートの言葉をハイアは咎めようとしたが、しかしそれはしなかった。
サリンバン教導傭兵団は慈善事業ではない。
それは元々団長として傭兵団を管理していたハイアがよく知っていることだ。
サリンバン教導傭兵団の商品は武力。そしてそれを商売として扱っている以上「都市が襲われているから」「人道的に考えて人助けを」「汚染獣への対応を」などという綺麗事では、所属している団員を守れない。
ほんの少しだけ考えた様子を見せたウォルターは、ヴィートに頷いて見せる。
「じゃあグレンダンの土地でも売ってやろうか」
「デッケ~~~!! 規模!!」
「天剣のときにもらった下町の土地、そのままなンだよな」
「いーな!! 下町の土地!! いーな!!」
「普ッ通に私欲出てるさ~!!」
「用意しとく」
「ウォルターはヴィートを甘やかすのやめるさ~!!」
「……ヴィート」
低めの声でフェルマウスに制されたヴィートは、わざとらしい咳払いをして気を取り直した。
「俺は嬉しいですけど、他の団員はそうはいきませんから……」
「それもそうか。……じゃあ、ほら」
ポーチから取り出した紙にサラサラとなにかを記載し、ちぎりとる。端は擦れてくたびれているが、薄めながら質の良い紙はそのままヴィートに渡される。
槍殼都市グレンダンにある大手銀行の印章、ウォルターの正規のサイン、中央の金額を記載する欄、……しかしそこに数字は記載されていない。
「……え……、こ、小切手……? 金額は!? 無記入ですけど!?」
「好きな金額書いて持ってけ。グレンダンで出せばオレの口座から受け取れる」
「……こ……」
ウォルターの言葉に、ソファでぎゅうっと身を縮めて顔を両手で覆ったヴィートが小さく声を零す。
首を傾げたウォルターに、呆れ顔のフェルマウスの隣のヴィートは大きく息を吸い込んで、ハイアを見た。
「こわいよハイアちゃんこのひとこわいよお~~~!!!!!」
「わかるさ~ヴィート。おれっちも同じ気持ち味わったことあるさ~」
「そンなにか。大したことしてないだろ」
「いや……、……とりあえずウォルター、ヴィートがおれっちも見たことないくらいビビってるから金額は書いてやるといいのさ……」
「仕方ないな、いくらがいいんだ。とりあえず状況が状況だし相場の五倍くらいにしておくか」
「こわいこわいこわい!! 俺たちカツアゲ団じゃないんですよ!?!? サリンバンカツアゲ傭兵団!?!?」
「不名誉過ぎるさね……」
「なンだつべこべ言って……、……じゃあもう面倒くせぇから後払いだ。ツケとけ」
なんでこのひとの方が呆れた顔するんだろう、という疲れた顔でソファの肘掛けに雪崩れたヴィートは、「もうそれでいいです……」と力なく頷いた。