江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 劇場版見て創作欲が高まる今日この頃。書き続けた結果とんでもない文字数になってしまいましたが、どうか許してくださると有り難いです。


蹂躙

 ――そこでは不思議な現象が起こっていた。

 多数の死体と武器の残骸が浮かぶ海は淡く輝き、昼間でありながらもその光は強烈なものを放っている。

 思わず目を瞑ってしまいそうになる程の光量に敵も味方も全員が目を細め、されど次に起きた事象によって無理矢理にでも目を見開く結果となった。

 全員の視線の先にあるのは死体となった艦娘。

 損壊した場所が数多く存在するその物体が海と同じように光始め、その輪郭を徐々に隠し始めて止まらない。

 他の場所でも同様の事態は進み、両者共に困惑した様子からこれがどちらにとっても用意された出来事ではないというのが雰囲気によって広がっていく。

 戦場特有の鋭さは消え、あるのはただただ困惑ばかり。これから次に進めようとも、命令をすべき提督や上位の深海棲艦達も情報の推測を立てる事を優先して何も発しはしなかった。

 

 それこそが致命傷になるとも知らず。

 今この場で攻撃を叩き込めば、万が一の確率ではあるが完成を見せ始めている物体を壊せただろう。

 あるいは、何か致命的なエラーを吐き出す存在として出現するのかもしれない。

 しかし、彼女達は攻撃をしようとはしなかった。それは困惑もあるにはあったが、それ以外にも少しばかりの希望の芽を感じていたからだ。

 死んでいった者は蘇らない。蘇なければならぬと幾ら渇望しても、物理的な蘇生手段が存在しなければ如何なる奇跡が起きたとしても一度離れた命は復帰しない。

 前提として死ぬのを想定した場合のみ対処が出来なくもないが、それも心臓部を破壊されれば不可能になる。

 よってこの海域で死んだ者はもう戻ってこないのだ。

 どれだけ親しくなっても所詮は捨て駒。海域の攻略など練度の低い彼女達で達成出来る筈も無く、無意味に理不尽に殺されるのが当然だった。

 

 フラグシップ級を三隻で特攻して漸く潰せるかどうか。

 あまりにも割に合わない戦果に、彼女達の心の柱が折れるのはそう難しい事ではなかった。

 そんな中でのこの出来事だ。光は深海棲艦には起きず、発生するのは艦娘に対してのみ。これが深海棲艦になる前段階だとすれば悲しさは一段と増すが、そんな事を考えたくもない彼女達は都合の良い夢を見る。

 彼女達は不思議な力によって蘇生(・・)された。

 居なくなった者達は、また新たな命を得て復活してくれる。そうでなければならない。

 彼女達が生まれた理由が特攻で終わるだけなど、認められる筈も無いのだ。

 各々に生きたい理由があって、その為に提督に見向きもされなくても己を鍛え、艦隊にとって有益であるように自身の武器を揃え、そうして我武者羅に生を求めたのである。

 ならばこんな奇跡が起きても良いだろう。努力をし続けた彼女達が報われたって、誰にも否定をさせはしない。

 

「――朝潮ちゃん」

 

 睦月の呟きの先では、身体を起き上がらせた朝潮の姿がある。

 生物らしい動作で身体を起こし、傷の一つも無い状態で立つ姿は健常者そのもの。先程までの戦闘によって胸部に風穴が空き、顔面の半分が消失していた筈であるが、そんな事実を無視するように無傷の状態まで回復している。

 それを奇跡と呼ぶのに何の疑問も湧かないし、彼女達が思うのならばそれが彼女達の真実である。

 実際はそうでないとしても、戦場においては細かな部分を気にする余裕などない。その間違いの部分が致命的であるにしても、一見して同じであれば気にする事も無いだろう。

 故に、睦月は無防備に近付いた。

 装備を下げ、仲間である朝潮に向かって万が一にでも傷を負わせないようにと、彼女は足を速めて向かう。

 

 朝潮は睦月に背を向けたままだった。

 自身の手を振ってみたり、装備を見てはいるが、それ意外には特に不審な点は見受けられない。

 さながら復活した自身の状態を確認しているかのようだ。それが各地で発生しているからこそ勘違いは加速するのし、誰も本当の答えには辿り着けない。

 目前にまで迫った睦月は優しく肩を掴む。復活してくれた仲間を笑顔でもって迎い入れようとその口は柔らかく緩み、もう片方の手は抱き締めようと動き始めていた。

 

「朝潮ちゃん。戻ってきてくれた――」

 

「――触るな」

 

 そんな現実は、朝潮から零れた言葉によって打ち崩される。

 掴んだ肩を無理矢理に外し振り返った彼女の相貌は、睦月の見てきた綺麗な笑顔を見せる少女のそれではない。澱んだ目は世界の全てを恨んでいるようで、固く結ばれた口には拒絶の二文字を現している。

 顔から離れれば、更にその違いが解るだろう。

 服装は標準的な朝潮型特有の制服の物から変貌し、手に持つ武器は最初に持っていた粗悪な単装砲から標準的な連装砲に変わり、魚雷は三連装魚雷から一門増えた四連装になっている。

 身体は朝潮のままでありながら、その実それ以外の全ての要素が死ぬ前の朝潮と異なっていた。

 だがそれでも、睦月は接触を続ける。自身の知る朝潮であると信じて、決定的な違いを見せつけられてなお彼女は語り掛けるのだ。

 

「どうしたの、朝潮ちゃん?そんな低い声を出すなんて、朝潮ちゃんらしくないよ」

 

「私らしくない?……ああそうか、まだ私がコレ(・・)と同じだと思っているのですか」

 

 そんな彼女の懇願の混じった言葉に、しかし朝潮は冷たい声を出す。

 彼女の眼差しには睦月に対する興味など欠片とて存在しない。路傍の石を眺めるが如く、彼女の目にはどんな物を映しても色付きはしなかった。

 全てにおいて興味無し。万象悉く、彼以上には至れない。

 朝潮の思考などそれ一点のみ。他に考えるべき内容など戦闘や彼の艦娘らしい所作についてばかりで、他の部隊に存在している姉妹についてや他の鎮守府については片隅にだって存在していない。

 そうであるからこそ、朝潮は当たり前のように真実を話す。――最早この身体には、お前と過ごした朝潮など存在しないのだと。

 それによって睦月が絶望の底に沈もうとも、彼女にとってはどうでもいい。

 見知らぬ相手に苦心する程彼女は善人ではないのだから。

 

「悪いのですが、この身体にはもう()しかいない。貴方の知る私は死んだ時点で消失している。伽藍洞の殻を頂いただけですが、次の身体を探すのも手間ですので大切に使わせてもらいます」

 

「……それじゃあ、貴方は誰なの。朝潮ちゃんじゃないなら、貴方は誰」

 

 睦月の知る朝潮はもう居ない。

 ならば中に居るのはどのような存在なのか。彼女の質問は至極自然であり、この現象の核心を突いていた。

 誰も触れない疑問。死んだ艦娘の魂がもうそこに居ないのならば、目の前で立つ者は一体どこからやって来たのか。そしてどのような手段でもってその死体を健常者にまで戻してみせたのか。

 諸々が籠った質問に、されど朝潮は明確な答えを示さない。

 

(朝潮)(朝潮)です。それ以外に言い様がないでしょう」

 

 いや、ある意味では答えを示したのかもしれない。

 同じ器には同じ魂しか入れず、蘇った彼女もまた睦月の知らない朝潮なのである。

 それを伝えられ、断言されれば睦月は理解するしかなかった。そうであるとして、それを飲み込まねばならなかった。一度死んでしまえば、もう二度と嘗ての仲間達とは会えなくなると――当たり前のような残酷の事実を、再度彼女は受け止めねばならなかったのである。

 そしてそれは、決して睦月だけの話ではない。

 死んだ者が大量に存在すれば、蘇った数だけ希望と絶望が混在している。今まで仲が良かった者とは違う存在だという事が周囲に広がり、中には奪ったと先制で攻撃をする者も居た。

 そういった者達は復活した者達によって殺される。一撃で、何かしらの思考を纏める前に、錯乱したまま今の生を完結させられるのだ。

 

 睦月は彼女の事を知らなかった。

 彼女がどのような思考をするのかを。彼女がどのような物を好いているのかを。

 特異な生まれ方をした者には、誰であれ理解など出来る筈がない。それが更に別れという事実を後押しし、全てを正確に理解した彼女は俯き静かに泣いた。

 ここが戦場であることを理解し、ただ立っているだけが如何に愚かであろうとも、それでも泣くしかなかったのである。――もしかすれば、自分も沈めば友人である朝潮と同じ場所に逝けるかもしれないと考えたからかもしれない。

 

「くだらない。そんな思考に意味が無いことは解るでしょう?……死んだのならばそれまで。もう一度出会う可能性など、万が一にでもありません」

 

「ッ、それでも!」

 

「それでも、などというものはありません。阿呆な考えを纏めるくらいならば己の無能を恥じ、そして考えるのです。どうして自分は弱者であるのか、どうすれば強者に食らいつけれるのかと」

 

 絶望を絶望で塗り潰し、厳しい言葉を語る彼女の目は強い。

 弱さを微塵も抱かせない強者然とした佇まいは、正しく歴戦の猛者だ。生まれたばかりの者とはとてもではないが思えず、故に彼女の語る言葉一つ一つが心に突き刺さる。

 何故己は弱いのか。

 どうすれば強者に攻撃を届かせる事が出来るのか。

 睦月は知っている。否、知っている艦は大勢存在している。そうなりたくないと思いつつも、そうしなければ喉元に食らいつけれないと確信しているのだ。

 第二次改装。もしくは、第一次改装。

 己の強化こそが強者に届く最短である。上限の開放という意味ではないが、基礎的な能力を上げれるのであればしない方が馬鹿を見るだろう。

 例え海軍がそれを認めてないとしても、生き残る確率を少しでも拾いたいのであればすべき事の一つだ。

 睦月はそれを知っていて、されどその道を進もうとは今まで思わなかった。

 所詮は睦月型という思いもあったし、例え生き残ったとしても一人だけなら何の意味もない。

 理想の為には必要なものが多過ぎた。全て求めるには彼女の基礎は脆く、簡単に崩れかねない。

 

「私は睦月で……」

 

 弱いのだ、どうしようもなく。 

 燃費が良いと言われても、修理時間が比較的短くとも、それはつまるところ強力と言われる理由にはなりえない。だから彼女は進もうと考えられないのだ、それが保身だと指を差されて嗤われても。

 ――――それを見て、朝潮の目には何の色も浮かばない。

 思えるのだとすれば、それは単に比較した感想だけだ。目の前の彼女は朝潮の知る彼女よりも弱いのだなと、そういったあっさりとしたものしか彼女の胸から湧き出ない。

 諦めるのならばそれはそれで構わないのである、彼女からすれば。

 所詮立ち塞がろうとも簡単に潰せる相手であるのだから、施しをしたって仲間内からは何も言われない。朝潮の提督であればその行いに誉めるかもしれないが、不確定事象が多い現在において余計な手はこれ以上入れるべきではないのである。

 だからこそ、彼女が弱音を吐く前に朝潮は終わりの言葉を告げた。

 速く向かい彼の保護をせねばならぬ。既に傍には五人の女が集まっているが、彼が十全に力を振るえるようになるにはたかが五人程度では足りない。

 何より、朝潮が信頼する者の中にあの五人は含まれてはいなかった。

 最も憎悪すべき者を除き、彼女の中で厳密に仲間だと言えるような艦娘は意外に少ない。

 自身の姉妹艦が過半数となっているのが朝潮の中の仲間だ。明らかに姉妹特有の贔屓目があるのだろうが、それでも技術に関してだけは妥協を許さない。

 妥協して負けるのが最も馬鹿であると知っているから。彼もまた同様の行動をして失敗したからこそ、古参(・・)である彼女の中に妥協の二文字はある筈も無い。

 

「知りません。そんなのは所詮言い訳です。努力をし続けていた者が勝てるかどうかは解りませんが、貴方のように怠慢に浸る者であれば負けるのは当たり前。そんなことも解らないのですか?」

 

 言い捨て、そして朝潮は艤装を動かす。

 内部に存在する妖精達は静かに、しかし足音を五月蠅く立てながら戦闘の荒々しさに備え始めた。

 一瞬の内に消えていく朝潮の姿はあまりに想像とかけ離れているも、睦月の中ではそこまで違和感を覚える程ではない。強者であるのならばそれくらいは出来るかもしれないと考え、一人となってしまった己は暫し何も考える事無く周囲を見渡す。 

 そこは地獄が広がっていた。

 艦娘の死体が浮かび、深海棲艦の死体が浮かび、妖精の死体が浮かび、艤装の残骸が浮かぶ。

 目が無くなり、手足が吹き飛び、足が捻じり曲がり、欠損が無い者の方が珍しい惨状が広がっているのだ。

 噎せ返る程の油の臭いは眉を顰める程であり、血の臭いと混ざったそれは吐き気すら込み上がる。

 それでも今、睦月は生きているのだ。

 朝潮という友人が庇い、夕立という友人が庇い、彼女はどうしてか生き残ってしまった。

 ならばそれに対して彼女が報いる為には――――生きるしか他にはあるまい。

 

 中破も同然の艤装を動かし、何処へともなく彼女は足を滑らせる。

 海軍に戻るのか。それとも野良艦娘の群れに加わるのか。どちらとも決められない思考は帰巣本能に任せた結果が為か、来た道を戻っていた。

 その間に深海棲艦が来なかったのは……死んだ者達が努力した結果か、それとも蘇った者達が暴れた結果か。

 それすらもう、何も解らなかった。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 落ちる、墜ちる、幾らでも。

 艦載機が消える。砲台小鬼が消える。残った僅かのフラグシップ級は僅かな抵抗も出来ずに蹂躙され、戦場の勢力図は紛れもなく野良艦娘達の色に染め上げられていた。

 頭上に浮かぶ赤い空は未だ健在の様相を表しているものの、集積地の顔に先程までの余裕は既に無い。

 貸し出された丸い艦載機群を動かし続け、砲台小鬼達に指示を下し、しかしその直後に砲弾の嵐が踏み潰した。

 榛名の三式弾が陸地を焦土に変えていく。

 通常のソレよりも明らかに威力の高い一撃は砲台小鬼の身体を焼き、無言の絶叫を上げさせる。

 助かる為には今直ぐ修理を受けねばならないが、それをするには相手を退避させるしか他に無い。

 それを許す筈が無いのは、瑞鳳の放つ艦載機の気配で解り切っていた。

 互いに超常の域にまで到達した艦載機同士の実力は拮抗するところであるが、そもそも指示を下す側に明らかな優劣の差が発生している。

 最終的な勝利を引き寄せるのが瑞鳳であるのは言うまでもなく、その活躍はかの正規空母も認めるところであるだろう。

 

 しかし、それ以外の面々が決して役立たずである訳ではない。

 木曾の魚雷は重雷装という言葉通り多い。当たる面積も広く、その全てが知覚の難しい酸素魚雷である以上完全な回避は絶対に不可能である。

 そして雷撃は一度当たれば被害は甚大だ。場所によってはそのまま沈むのだから、重雷装という存在は危険性を度外視すれば正しく決戦兵器として並べる事は出来るだろう。

 逆に吹雪と天龍には決戦兵器として期待出来るものはない。

 改二の吹雪の持つ高角砲は的確に艦載機を破壊し、天龍が片手で砲を撃ちながら特攻を仕掛ける敵をもう片方の剣で切り伏せる。

 その動作に一切の淀みは無く、各人が各人で出来る事を十割果たしていた。

 彼女達の装備はどれも本気だ。本気の本気で、この戦場を蹂躙している。

 同情を覚える程惨く敵を倒す様は今までの艦娘と深海棲艦の状況を覆すようで、それがどれだけ奇跡的な光景なのかを解る者はこの場に十分に存在していた。

 

 中でも金剛達の部隊は特別驚愕していただろう。

 自身の姉妹が旗艦を務めるその部隊が、無双という言葉ですら生温い活躍を見せているのだから。

 そこに榛名という戦艦が持つ優しさは無く、あるのはただただ恐ろしいまでの殺意。味方殺しですらも発生するかもしれない彼女の想いに、流石の彼も背中に氷柱を当てられたような寒さを覚える。

 どんな艦隊でも、今の彼女達とまともな会話など出来ないだろう。

 それをするには前提条件として提督たる彼の存在が必要不可欠であり、極論すれば彼が居なければ今頃は艦娘ですらも轟沈の危機に瀕していた。

 榛名達は今正に、本能レベルで艦娘に対する攻撃を避けている。

 それをして正確に走り回る対象を撃ち抜いているのだから、その技量は今この場においては群を抜いていると言えるに違いない。

 

「何故ダ!ドウシテコンナ時ニ限ッテ出テキタ!?」

 

 困惑と怒りを込めた声を放つのは集積地棲姫だ。

 こうなる筈ではなかった。多少は存在するだろうと腹を括っていたし策も考えていたが、現在存在する数は戦艦棲姫が戦っている鳳翔を含め合計で八人。

 どう考えたとしても一つの海域に集まり過ぎている。

 まるでこうなるのが必然であるかのように、各地で散らばっていたであろう異常個体が姿を現したのだ。

 それを察知していただろう相手に集積地棲姫は睨み、比叡は薄く嗤う。

 この一件は完全に比叡にとっても偶然ではあったが、利用しない手は無いと敢えて黙っていた。

 最初に気付いたのは集積地と彼が会話をしていた時だ。

 その時点で幻影の江風が何かをしていたのは気配で解り切っていたことであったし、彼に命令されれば所属している艦娘は全員それに従う。

 遅かれ早かれ此処に出現するのは確実であり、今か今かと待ち望んでいる組があの鎮守府に揃っている以上最速で出現するのは解っていた。

 この五人だったのは、比較的海域が近かったからだろう。

 現に比叡の艤装の内部からは友軍接近のアラートが随分前から鳴り響いている。

 これは即ち、他の現界した者達が最大船速でもって此方に来ている事を示していた。つまりは後幾ばくも無い程で、更に大量の異常個体がこの場に出現する事を指示している。

 

 彼の艦隊がいよいよ揃うのだ。

 阻害されたあの日から数えておよそ一年以上。最早最後に会った頃よりも精神状態が酷くなった子も居るだろうが、その点については特効薬である提督の姿がある。

 魂だけになってしまっているとはいえ、彼女達は決して姿だけで勘違いなど起こしはしないのだ。

 彼がどんな姿でもその魂だけで気付ける。

 所属していた子達と一緒に苦悩し笑い続けた彼のその色だけは、どれだけ偽装を施したとしたとても間違えはしまい。その確信は全員が抱いているし、今とて同じだ。

 彼の魂は決して万人が持ち得ないような特別な色合いをしている訳ではない。

 様々な要素が混ざった一般人のソレも同然であり、それだけならば何の変哲も無かっただろう。そしてそうであったならば、彼女達が彼を見つけ出すなど至難の業に違いなかった。

 一部は今の彼の魂だけでも判別が明確に出来なかったようだが、それは他の者達からすれば戦犯ものである。

 裁かれない内に言い訳の一つでも考えておくべきだろう。

 兎に角、彼は他と似たような色をしても微細な部分では明確な違いを持っていた。

 それを人は誤差と表すのだろうし、あるいは個人差とも表現する。それだけの違いである以上、やはり彼の心根がまだまだ一般人である事が証明されていた。

  

「ちなみにですが――投降の意思はおありで?」

 

「アル訳ガナイダロ!ソンナ真似ヲシタトシテモ殺スノハ目ニ見エテイルッ」

 

 集積地棲姫の絶叫が混じった言葉は至極当然なものだ。

 最優先での撃滅が決定された相手が投降したとしても、それは処刑の時間が短くなっただけ。

 目玉に主砲を突き立てて頭部を吹き飛ばされる未来が待っているのならば、足掻くのが生物というものだ。

 その本能を持っているからこそ、姫も姫で必死に身体と頭を働かせている。今この環境を無事に抜け出す為に。

 否。最早五体満足での脱出でも考えてなどいない。

 腕が無くなっても良い。足が無くなっても良い。

 仲間も犠牲にして、せめて自分だけでも助かりたい。同じ自分がまだ居るのだとしても。

 消えても変わりが出現する。練度は犠牲となってしまうものの、それでも有り余る程の艦娘の死体が毎年量産されれば練度を上げる時間も確保可能だ。

 故に、故に、故に、故に、故に――――本当は彼女の選択肢の中には勝つことと脱走することの他にもう一つ存在している。

 それを無意識でも選択肢として出さなかったのは、彼女が確りとした()を持っているからだ。

 

「予定通リダッタンダ。……全テガ掌ノ上デ、考エタ通リニオ前達ハ踊ッテイタノニ。今更枠ヲハミ出スヨウナ真似ヲッ、スルナ!!」

 

 彼女の絶叫は酷く身勝手なものだ。

 弱者特有の言葉。いっそ子供そのままな言葉だとしても構わない。

 その言葉の数々はあまりに稚拙で、だからこそ誰にも響かないし突き刺さる事もない。

 生きたい、生きたい、嗚呼生きたい。順風満帆に、誰にも邪魔される事無く、己が成す事が自然とそうなるように、万事上手く回ってほしい。

 それが如何に難しいのかを知っていても、それでも過去の経験から彼女は叫ぶのだ。

 艦娘は滅ぼされ続けなければならぬ。一角の強者など無く、勝つというのならばまぐれ当たりだけにしろ。

 

「ふざけるのも大概にしておけ」

 

 故に吹雪は切って捨てる。

 世の中が上手く回る筈も無いだろうと。全て万事動くなど、そんなものは妄想の世界だ。

 吹雪達にも失敗がある。敗北も舐めたし、それこそ沈みかけの身体を女神で無理矢理動かした事もあった。

 危険は隣人だ。何時訪れるかも知らない危機に備える事は出来ても、実際に起きればそんな備えを容易く吹き飛ばす困難が待ち受けている。

 だから、そんな妄想のような世界を考える愚か者が出てくるのだ。

 こうすれば上手くいく。こうやれば確実だ。そんな馬鹿馬鹿しい話を信じて進んでも、待っているのは運で左右される地獄絵図。

 攻撃を庇われたらお終い。当てるのを失敗すればお終い。対象を仕留め切れなければ御終い。

 失敗して失敗して失敗して、その果てに念願の勝利を勝ち取る。――それこそが、現実に他ならない。

 

「これが現実だ。阿片でも吸っているのか貴様は」

 

「黙レ、コノ世界ノ異物ガ。オ前達ノ居場所ナンテコノ世界ノ何処ニモ無イトイウノニ、何ヲソンナニ足掻イテイル!」

 

「決まっているだろ」

 

 赤く染まった剣を肩に乗せ、獰猛な笑みで今度は天龍が答える。

 

「此処に、この場所に、アイツが居る。アイツが居る場所こそが、俺達の居る場所だ。だからこうして戦えるんじゃねぇか。無様な姿を晒したくねぇってな」

 

 鼻先を擦りながら少々恥ずかし気な様子を見せる天龍だが、その目は真剣そのもの。

 嘘偽りの類は見えず、誰が見てもそれが真実であると確信させた。……加えて言うのであれば、天龍という嘘の吐けない少女が言ったのも信憑性を強める要因となっただろう。

 であればこそ、解ってしまうこともある。

 天龍の嘘偽りの無い言葉の中に出て来る誰か。それを話し、その件について異常個体側は何も戸惑う様子を見せなかった。

 これにより解るのは、もう既に彼女達を率いる存在が出現し認められているという事実。

 現在の状況と照らし合わせれば、そこから浮かび上がるのは当たり前の絶望である。

 即ち、今この場に複数の存在が集まっているのであれば、近くにそれを統率する存在が居るのだ。

 

「……モウ、見ツカッテイタノカ」

 

 早過ぎる。

 彼女達が件の司令官を探していると確信してからまだ一週間も経過していないというのに、もう状況は悪い方向へと傾いていた。

 これは深海棲艦側だけの問題ではない。海軍側にとっても、そして野良艦娘側にとっても最悪な事態である。

 異常個体は未だまともな対応をした者が三人と居ない状態だ。そんな彼女達が纏まって動くのであれば、数時間もあれば国の中枢を破壊する事とて不可能ではない。

 そして中枢を破壊されれば組織として纏まるのも難しいもの。そこを更に攻撃されれば、もう勝ちの目は失われるだろう。

 今正に、その状況が完成されようとしている。

 この段階で止めねば三つ巴の状態が続かなくなるだろうが、かといって攻略の手段は現段階では無かった。

 

「見つかっていたさ。後は集まる機会を待っていただけのこと。まさか邪魔をする奴が出て来るとは当初思っていなくてな。私達は特にそうでもないが、業腹な奴はもう待ちきれそうにない」

 

 彼女が居た鎮守府はもう蛻の殻だ。

 妖精の一人とて存在しない空家も同然であるし、間宮のような非戦闘艦もまた使える肉体を求めて彷徨っていることだろう。

 その内かなり待たされた者は現段階で猛スピードで接近している。

 具体例を挙げるのならば、金剛型の一番艦や白露型のとある二人組がそうだ。脇目も振らずに走り続け、燃料が無くなり掛ければ死体から奪い取り、今も必死に直線的に進んでいる。

 

「もう間もなくです。この戦場を発端として、私達も活動を開始致します。――ヴェールヌイちゃん、今まで提督を保護してくださり有難うございました。金剛型の威信にかけて最大の援助をお約束致しましょう」

 

「……提督?それは一体誰のことだい」

 

 榛名の突然の感謝の言葉に、響は戸惑いを隠せない。

 自分は勿論、他の子達だって一度も提督という人物を保護した覚えはないのだ。もしもしていたとしたら、そんな子は提督ごと殺されていただろう。

 故に響は榛名の感謝の意味が解らない。だから尋ね、それが全ての視線を集める事になった。

 

「貴方の傍にいらっしゃる方ですよ。今は駆逐艦江風の姿となっていますが、その方は紛れもなく私達の提督です」

 

 反射的に響は顔を動かした。

 その先に居るであろう人物を見る為に。その真偽を問う為に。そうではない事を祈りながら江風を見た。

 視線の先に居るのは相変わらず主砲を持ったままの彼女の姿。姿形に違和感はなく、堂々たる佇まいは明らかに生まれたばかりの彼女らしくはない。

 頼もしさを感じ、謎がありながらも皆に畏怖される北方勢力の支柱の一つ。

 だが、その時だけは彼女の目が違った。色が違うのではなく、彼女の放つものが他とは異なっていた。

 

「榛名。今はそれを言う必要は無かっただろう?全部終わってからの話の方が纏めやすくなると思うのだが」

 

「申し訳ございません。罰をお受け致します」

 

「いや、罰を与えるつもりはない。そんな事をする方が時間の無駄だ。……取り敢えずは目前の敵を殲滅する。全力を出せ」

 

「はいっ」

 

 普段との話し方が違う。

 気安さのあったものではなく、硬く男らしさの溢れた声は上位の人間のソレだ。

 猫のように細めていた目も真剣の如く鋭さを増し、正にこれが彼女の本性である事を示していた。

 今まで仲の良かった相手が、実際は敵になるかもしれない組織のトップであるという事実は、普段冷静を絵に書いたような少女である響をしてショックを隠せなかった。

 それは他の人物も大なり小なり同じであり、一番反応が薄かったのが繋がりの殆ど無かった山城くらいなもの。

 集積地棲姫も同様に驚愕の貌をしていたが、次の瞬間には口元が弧を描いていた。

 その内容は大方予想出来るもので、それを見ていた木曾が動き出す。

 集積地であるが為に攻撃は砲か刀でしか効かず、今回持ってきた装備が魚雷だけである彼女は刀一本でもって敵の背後を目指す。

 しかし、集積地棲姫とて狙いが最初から解っていれば速度など関係無い。

 自前の艦載機を盾にし爆風で目を晦まし、吹雪がそれらを破壊する前に江風へとその巨躯を海に向けた。

 他の姫に比べ格段に遅いとはいえ、その巨躯からすればあまりにも速い動作は瞬く間に江風との距離を詰めていく。

 

 気付いた古鷹や山城、武蔵の砲撃も発生するが、耐久力もそれなりにある彼女では一撃で足を止める事は出来ない。

 精々着弾時の煙や衝撃で足を止められるかどうか。

 それさえも最初から覚悟していれば被弾すら受け入れるだろう。

 対し、江風や比叡・榛名といった三人は動かない。集積地棲姫が動き出した瞬間からただ見るだけに留め始め、艦載機群は専ら吹雪の仕事とかしている。

 それだけで罠だと解るようなものだが、それも当然集積地棲姫には解っていた。

 解っていて、それでも走らなければならないと主機を限界まで酷使する。この後にゆっくりとした時間を設けようと出来る筈もない予定を組み立て、彼女はひた走った。

 同情すら湧きそうな程、彼女は必死だ。生きる為に今を全力になれる姿はいっそ応援したいくらいで、それが益々彼女の未来を悲しみに変えていく。

 きっとこの先にあるのは死だろう。

 それは避けられないものであり、受け入れなければならぬものである。

 例え妄想の世界に浸ろうとも、その結末だけは理解しなければならなかった。いざという場面で発狂しないよう、彼女は精神を強くせねばならなかったのである。――その背後に黒い影が舞った事を、彼女は終ぞ理解出来ぬまま。

 

「死――ネ」

 

 言葉と同時に、彼女の動きは突如として止まる。

 急停止をかけられた車の如く人為的な手段でなければ怪しい停止の仕方をし、その状況に理解が追い付かない集積地棲姫は視界の下に見えたモノに意識を傾けた。

 

 それは世間一般で言えば腕と呼ばれるモノ。

 集積地棲姫の血によって赤黒く染まった腕は一直線に伸び、その腕は何かを掴んでいる。

 その何かは、生物であれば否が応でもにも付いているものだ。そして生きている以上必ず弱点となってしまう、大事な大事な心臓(・・)であった。

 

「ア……ア?」

 

 何が起きたか、どうすれば良いのか。

 それら全てを忘却の彼方に送った彼女はソレを眺める。反射の行動によって未だ動き続ける赤い塊は、巨躯の彼女とは正反対に小さく弱弱しかった。

 腕に力が入る。その先が手に集中し、次には掌の塊が動きを止める前に小さな破裂音と共に弾けた。

 

「ノロマね。それじゃあクズは殺れないわよ」

 

 最後に集積地棲姫が聞いた声は、最早要らぬアドバイスであった。

 

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