「霞ちゃんを讃えよ!」
「霞ちゃんを讃えよ!」
「霞ちゃんをぉぉぉぉ、讃えよぉぉぉぉぉぉ!!
「……」
朝。
天気は雲が多いながらも空は青く、太陽は万遍なく俺達に降り注いでいる。
早朝時の騒ぎは比較的無かったのだが、それでも貯まり続けたストレスが我慢という枷を外したのだろう。
足柄が一人で霞を背に抱えて叫び続ける様は宗教に憑りつかれた人間を思わせ、そして、背に乗せられている霞本人はあまりの羞恥に両手で顔を隠しながら小さく震えている。
足柄としては多分彼女の戦果を褒め称えたかったのだろう。それがどうにもこうなってしまっただけで、害を与えるつもりではない筈だ。いや、もう既に霞の正気度を削っているという実害は起きているのだが。
彼女が騒ぎ始めた事で、今まで静かに寝ていた者達も起き出している。
大半は足柄を睨むだけだったが、もう慣れていたのだろう。特に反応を示す事無く立ちあがり、起きている俺に向かって寝惚け眼ながら敬礼で挨拶をしていた。
朝礼の時間も必要なのだろうか、この場合。
ちゃんと居るのかどうかも確かめなければならないし、病気にでもなっているのであれば纏めて報告を受ける事も出来る。デメリットは全体と合わせられない者から苦情をもらう事だろう。
組織として活動していく以上遅刻は厳禁だ。急いでいる時程そういった部分は致命傷に繋がる。
やはり実施はした方が良いんだろうな、俺もスケジュール調整が楽になるし。
朝のあまり回転しない頭でそれだけ弾き出し、足を動かす。
予定では今日の朝には出現する。時刻はまだ五時だそうだが、既にかなりの距離まで鎮守府は接近していた。
具体的には山に昇れば手に届く程だろうか。上を見上げれば随分と姿が確認出来るようになり、それに比例して徐々にだが回転を始めている。
あれは恐らく反対となっている状態を元に戻そうとしているのだろう。
そうでなければこのまま突っ込んで来るだろうから、どうやらその点の不安は問題無いらしい。
妖精も妖精で既に場所の確保をしているようで、使用された資源の殆どは阿武隈達遠征組が集めてくれた。
地面を更地にし、鎮守府の到達位置から艦娘達の施設の予定地を決め、俺達が寝る少し前の時間にやってきていた夕張と消費資源を計算する。
それを短時間でどうにかするのだから、やはり妖精は偉大だ。絶対に足を向けては寝られない。
「江風、今どのくらいの人数が集まった?」
『基本、提督とは離れないから解らないンだけど……そうさね、大体五十人は揃ったンじゃないか?』
「追加で二十人……それでもまだまだ全員には至らない」
五十という数字は確かに多く、それだけ集まってくれていれば特に問題には当たらないだろう。
しかしそれ以降集まる速度が一気に低下すれば、それだけ選択肢の幅が狭くなる。見渡してみる限り、居ないのは戦艦や空母といった強力な者達ばかり。
海軍側が大事にするだろう戦力ばかりが此処に居ないというのは、個人的には少し厄介だ。
ただ、それ以上に問題がある。
それは海外艦だ。数少ない高速戦艦が存在し、尚且つ潜水艦といった隠密性の高い子も居る彼女達は俺達とはあまりにも遠くに離れていて、一日二日で辿り着けるとは到底思えない。
オリジンであるからして生存性は高いのだが、それで不安にならない訳ではないのだ。
全員が確認出来るまでは胸の内に蔓延る不安は消えてはくれないだろう。特に秋津洲のように一体何処に居るのかも解らないような者が一番頭を悩ませる。
あきつ丸やまるゆならば出現位置はかなり簡単に絞り出せるのだが。
「おはようございます、提督。……あの、黙らせますか?」
「いや、構わないよ。それなりに離れていたんだ、喜びを邪魔するのは流石に不味いだろう」
「いえ、その、ですが……霞ちゃんが」
「照れてるだけさ、全部終わっても下手に弄らなきゃ大丈夫だよ。朝潮や荒潮辺りがフォローするさ」
装備を全て身に纏った神通と簡単に話をする。
一つの事について考えていても仕方ない。今は出来る事から順番に片付けていくべきであり、そういった意味ではここで神通が挨拶に来てくれたのは有り難かった。
暗い顔をするのは彼女達に悪い。集まっている者達で、先ずは皆を万全に迎い入れる準備をするべきだ。
「さて、と。先ずは編成からするか?」
「あ、それでしたら阿武隈さんが遠征の開始は何時にすべきかと言っていました」
「可能なら今直ぐにでも頼む。もうじき鎮守府も完全に地面に付くし、その時に纏めて確保出来た資源を中に運び込もう。――後は海域の安定化と警備の二部隊だな。他は妖精の手伝いをしつつ、島の状態を確かめてもらいたい」
「解りました」
「遠征組は阿武隈や天龍を軸にしつつ、消費資源の少ない睦月型と神風型を随伴艦にしてくれ。勿論休憩や交代は適度に取るように」
細々とした話を神通と交わし、去った彼女を見届けてから息を吐く。
自分は情けない顔をしていなかっただろうかと暫し思い、無駄な事をしても意味無いかと直ぐに考えるのを止めた。どうしたって演技なんてのは見抜かれるのだ、普段の俺なんて彼女達はいくらでも見てきただろう。
故に、気にすべきは別の事だ。細かい部分を深く考えるなと自分に言い聞かせ、感触の無い腕を組ませている江風を見る。
今の彼女には戦闘は出来ない。それ以前に物に触れる事すら出来ないので遠征も出来ないし、出来ることと言えば伝令係くらいのもの。
一番死から遠い存在だと言っても良いだろう。そんな彼女に何か役割を与えるとすれば、俺の考えた内容を伝令してもらうくらいしか考えられない。
神通には遠征組の方に向かわせたから、他の仕事は彼女にやらせよう。何もしないとなれば彼女の地位そのものが危ぶまれてしまう。
「江風、川内・吹雪・叢雲・夕立・時雨・曙で警備部隊を構成。そして比叡・榛名・瑞鳳・千歳・木曾・北上で制圧部隊を構成する旨を皆に伝えてきてくれないか。一回分だけ全力補給をし、それが無くなるまでひたすら戦闘というのもだ。無論少しでも海域で危険な兆候が発見されれば撤退を最優先に」
『あいよ、こっちもちょっとどうするか考えてたンだ。提督の役に立てるなら、妻として嬉しい限りさね』
「そう言ってもらえると此方としても助かる。本当はお前自身が活動出来ると良かったんだがな」
『……今は難しいと思うぜ。何せ事が事なだけに、迂闊に干渉して何が起こるか解らない。現状維持ってのは私も好きじゃないけど、慌ただしいこの状況じゃあそっちを考えるのは無しだろ』
「そう、だな。まぁ落ち着くまでは気にしないようにするよ。だが落ち着き次第この問題も早急に解決させるからな。お前と握手も出来ないなんてのは、いい加減堪える」
『ほーン、意外や意外。もう少し抑えてると思ってたよ。……ま、直ぐに何とかなるさ。明石と妖精が揃えば大概は理解しきる前に解決しているもンだ』
そうだな、と頷く。それに対して微笑みをくれた彼女は、軽く手を振ってから目標の子達へと歩いて行った。
彼女のように理性的な子は多い。比叡の言葉から汲み取れるようなイメージは一切湧かず、とてもではないが戦闘力以外で狂っているような箇所は見受けられない。
普通に普通だ。いや、艦娘達とリアルを共有出来ている時点で普通ではないのだが。
ともかく、この分であれば話をする必要も無いのかもしれない。戦艦組や空母組、それ以外の特殊な艦達は未だ全員揃っている訳ではないので油断は禁物だが、それでも想像していたよりは安心出来る。
ただ単純に彼女達は狂っている訳ではない。
恐らくは単純に価値観の相違によってそう思われているだけだ。違う価値観に遭遇し、そしてそれを認められないからこそ狂っていると評しているだけに過ぎない。
この子はこの子、あの子はあの子。そういう風に違いを受け入れられなければ、きっと俺が率いるとしても何かしらの破綻は起きるのだろう。
誰かを率いるなんてしたことも無い俺が出来るとは思えない。親達と離れてからずっと一人だった俺は、結局そういった事とは無縁だった。
経験したとすれば響達の所にいた娘らだけだ。しかしあれはかなり適当だったから指揮が出来るという基準には入らない。
前途多難はこの世界に来てからは何時ものこと。
そう思い前向きになりたくとも、今度は気にする規模が違う。彼女達が暴れるだけで世界が揺らぐ程だ。
それを取り扱う俺は如何なる危険物保持者よりも慎重な動きが求められるのだ。
しなければならない。少なくとも俺の所為でこの世界は迷惑を被っているのだから、それに対する謝意の心を持つのが人として当然の振る舞いだ。
集まってくれた面子はまだ五割にも届いていない。だがそれでも、国一つ程度簡単に潰せる。
だからこそ――暴走だけは何としても防がなくてはならない。
「早く鎮守府、降りてこないかな……」
呟いた言葉は、何処までも現実逃避気味だった。
※reverse※
忘れるな、この想いを。
胸に抱く想念を。我等が求める流れ星を、何時までも胸に収めておくことが出来るように。
『よう、ちゃんと集まっているようで有り難いぜ』
数分の後。江風が会話した者達は一カ所に集まり、既に遠征の為の準備を終えていた。
大発を任意の数に合わせて装備。この世界では元の世界とは違い過積載が出来るようになっているが、どこまで彼女達の道理が通用するのか不明な以上装備に関しては通常通りの物に抑えている。
遠征の旗艦は阿武隈と天龍。此方は交代によって休み無く遠征を続けるようにする為に、既に随伴艦の選別と大発の共有を終えている。
阿武隈には基本として大発が三隻乗るが、効率の為に随伴艦としての如月にも一隻を装備。それ以外の随伴艦は接近する敵影を殲滅する事を理由として各艦娘から装備を借り、万全の状態へとなっている。
天龍の場合は出来るかどうかは不明であれど、大発が載せられない。
それ故に随伴艦の大発搭載が可能な子に乗せ、自身の持つ装備は完全に戦闘仕様だ。如何に性能が低いと言われようとも、この天龍もまた特別。早々に倒れてしまうような柔な精神を持っていない。
「おう、こっちは準備良いぞ。降りてくる家を見るのも退屈だったからな、少しでも提督に貢献出来る遠征でもしてた方が楽だぜ」
「遊びではないんですよ」
「解ってるって阿武隈。やる事は確りやるさ。馬鹿して失敗なんてのは一番やっちゃいけねぇだろ」
『それで良いさ、ガチガチなのをアイツは嫌うし。家族同然のように、けどメリハリ付けてやってくれればアイツは素直に褒めてくれる。……それ以上は要求させないけどな』
旗艦天龍・旗艦阿武隈・臨時秘書艦江風。
三隻に明確な上下意識は無い。あるのは一種気安いものであり、空気自体は非常に穏やかだ。
天龍は勝気に笑い、阿武隈も朗らかに笑う。江風も快活に笑い続け、その空間には軋みの一つとして存在もしていない。
ならばここは安全だろう――――などと思えるのは、この鎮守府に所属していた者の発言ではない。
睦月はそっと距離を取りつつ、腕を後ろ手に組んだ阿武隈を見た。
そこにあるのは血。腕を握り締めて流れている赤い液体は止まる気配を見せず、彼女の怪我の酷さが伺える。
二名には見えないようにしているようだが、恐らく江風には見抜かれているのだろう。
快活に笑う彼女の目には明確に他者を見下すソレがあり、勝ち気な眼差しを出す天龍の目には僅かに嫉妬の炎がある。
本音を隠そうとするつもりは少しも無いのだ。
彼等は最後に平和的な解決に終わればそれで良いと考えているのであって、普段から和気藹々とした態度を取るつもりはまったくもって皆無だった。
それをよく知っている睦月は一人溜息を吐く。
別段こうなる事は想像していたし、彼女達の気持ちとて解らない話でもない。
目前には提督の寵愛を一身に受ける艦娘が居て、更にはその艦娘が臨時の秘書艦として活動している。
それだけで提督がどれだけ信頼を置いているのかは解るもの。全ての艦娘を好いていると理解はしているが、それでも目の前に特別が居れば衝突は避けられまい。
今それが起きていないのは、単純に提督に迷惑が掛かるからだ。
未だ集まらない仲間に少ない資源。法則が違うからこそ起きる此方との差異も調べなければならず、更に言えば他の勢力とも彼は考えねばならない。
手助け出来るのであれば彼女達も助けるのだが、それが出来る艦娘は非常に限られている。
そしてその限られた子達もまた殆どが合流しておらず、だからこそ他の子達が出来るのは一般的な常識を弁えた上での余計な消費資源の削減。
海に出る子を資源の少ない順に並べ、陸で活動するのは彼の護衛も含めて消費資源が重い子達に任せる。
遠征によって資源が潤沢になった頃にそういった重い子達も出撃させるようにしていき、最終的には如何なる艦娘が在籍していようとも円滑に物事が進むようにしていく。
装備の改修は現状明石が居ないので考えなくて良し。
そういった意味では、成程彼女達は見事に連携している。仲が良いとも言えるだろう。
一般的なものでなくとも、彼女達の間には確かな目的意識がある。誰かを大事に思う気持ちがあり、そしてそれに合わせて協力関係を築けるのであれば、まずもって余計な争いは起こりはしない。
それでも、という可能性も考えなければならないのがこの鎮守府の悲しい現実だ。
理性的に抑えようとも、何かしらの地雷を踏み抜けば途端に場は修羅場へと変貌を遂げていく。
倒し倒されが発生し、されども提督が育てた艦であるからこそ殺しはしない。ただ溝は深くなる一方で、睦月が思い出す限りであれば――江風と初期艦の吹雪の仲は最悪だった。
「無駄な話はこれくらいで良いだろう。此方は此方でさっさと動かせてもらう。そちらは確りと補佐をしろよ。もしもあの人に何かあれば――最初に死ぬのはお前だ江風」
『ああ、ああ解っていますとも。そっちもこの海域の雑魚に迂闊に、そう
「解っている。今傷を負うのがどれだけ無能なのかを、知らない筈が無い。……尤も、現状連絡係しか役目の無い何処かの駆逐艦には無意味な情報だろうがな」
互いに互いを煽り、されど物騒な事態にまでは発展しない。
場は冷えていたとしても最後の一線を超えないのだ。それこそが己達が他とは違うと示すように、最初の艦と寵愛の艦は不敵に笑っていた。
殺意も、憎悪も感じられない二名に、やはり他とは違うと睦月は少しばかり感動する。
この鎮守府は彼が居なくなってから荒れに荒れた。もう元の人格を有していない者も居るし、初期艦である吹雪もまた彼が居なくなった結果口調が非常に重いものへと変化している。
しかしそれでも、江風や吹雪といった特別視されている艦娘達は平常を維持していた。
内心の狂気を抑え込み、最低限他者の暴走を抑え、完全崩壊を止める。
ある意味鎮守府が崩壊しなかったのはそういった者達が尽力していたからだろう。睦月もそうだったが、大体の者達が自分本位な考え方しか出来なかった中で少しでも他者の為に動けた彼女達は、正しく艦隊の頭と呼んでも過言ではなかった。
「そんじゃま、行くとしようぜ。最初は油と弾薬の確保からだ。それが終わったら今度はボーキと鋼材の確保。交代交代で集めていくからそのつもりでな」
「私達の方は一先ずは島の周囲を警備する流れだね。比叡のトコの制圧が終われば面子を二つに分離させてそこもやるから」
「解りました。では、制圧した場所が広がるに合わせて艦娘の数も増やしましょう。ドロップ艦も一応は拾いますが、提督が生かすつもりが無いようでしたら即座に解体します」
世間話が終われば、後は簡単に互いの予定を教え合うだけだ。
天龍組は足早に去り、続いて比叡組も去る。残る警備部隊は二つに別ける際のメンバーを決め、その際の旗艦を吹雪にする事で漸く動き出す。
そして全員が居なくなった事で江風は一人となった。
近付く者は誰も居ない。寵愛を受けているからこそ彼女は他者に嫌われやすく、されどそれを解っている江風は特に表情を歪める事もしない。
寧ろ口元を歪ませ、自分が如何に彼に愛されているのかを彼女は再認識出来ていた。
故に、彼女は排斥されるという事実に何の文句も無い。嫌われるのも、無視されるのも、その理由が彼に愛されているからであれば何の傷も負わないのだ。
『さぁて、やる事無くなったし報告だけ済ませて侍るとしますか』
頭上を見る。
その先には、もう目前にまで近付いていた鎮守府の大地が見えていた。