1 澄み渡る空
大きめのカバンの中に備蓄庫の中で見つけた食料と着替え、他にも使えそうなものをあるだけ入れていく。
「……後は何か武器になるものを」
そう言って周りを見回すと、近くの壁に一本のシャベルが立てかけてあるのが目についた。
それを手に取る。
金属製のそのシャベルは強度も十分あって武器としては申し分ないもので、
そしてあの頃よりも軽く感じられた。
「これも運命なのかな」
呟いたその言葉は虚しく私独りの部屋に静かに響いた。
「・・・ん?」
深夜、私は何かの音を聞き、目を覚ます。
「圭、圭。起きて」
「ん、なに?」
そして隣で寝ている圭を起こすと、深夜という事もあり圭はまだ眠そうだった。
「きゃあああああ!」
突然の悲鳴、
「圭! 待って、どこ行くの!?」
その声で圭が飛び起き、どこかへ走っていく。私は圭の後を追って走る。
圭がいたのは、数時間前までみんなでパーティーをしていた所。
そこは今、燃え盛る炎に包まれていた。
……炎の中には、見知った顔が何人もあった。
これまで一緒に住んでいた人達だ。
みんなは何故か“あいつら”となっていた。
圭は炎の前で呆然と立っていて、私が来たのに気が付き振り向く。
その顔には涙が一筋流れていた。
「圭……」
「……燃えてる」
「っ、こっち!」
圭の絶望し切ったその顔を見ていられず、私は圭の手を引き、避難所として作ったスタッフルームに向かう。
その間圭は、まるで人形の様に何も言わず、ただ私の手に引かれるままに付いてきた。
避難所に着いた私は持っていたペンライトで中を確認する。どうやら中には“あいつら”はいないようだ。
ドン、ドン
ドアを叩く音が聞こえる。
「誰?」
グオォォォォォ
「「!」」
声に返事したのは “あいつら” となった人の唸り声だった。
「圭、手伝って」「うん」
私達はドアの前に水や食べ物の入った段ボールや、椅子を積み、簡易のバリケードを張り、ドアが開かないように背を付け押さえる。
その間“あいつら”でない、生存者の助けを呼ぶ声が聞こえたが、ドアを開ける事はしなかった。
こうして私達は生き残った。
あの日から、圭は笑わない。
――――
「……私、行くよ」
あれから数日経ったある日、朝食を食べ終わった圭はそう言うと、ドアを塞いでいた段ボールや椅子をどかし始める。
「え、危ないよ」
圭はピタリと動きを止めて私の方を振り向く。
その目には何かの決意が秘められていた。
「危ないよ? でもさ……
生きてればそれでいいの?」
「!」
圭の言葉に私は何も言い返せなかった。
結局私は圭を止める事が出来ず、圭は出ていってしまった。
ーーーー
おはよー、ねぼすけ。朝だぞー、朝だぞー。朝dバチン
「おはようございます……」
圭が出て行って何日か経った。
今日もいつも通り目覚まし時計に起こされ、1日が始まる。
眠い目をこすり、ベッドから降る。カーテンと窓を開け、部屋の空気を入れ替える。
避難所にはシャワーなんて物はないから、洗面台の小さな蛇口で頭を洗い、制服に着替える。
朝食のブロックタイプの栄養調整食品2本を水で流し込み、壁に貼ってある時間割に目を向ける。
今日は水曜日だから、1時間目は体育だ。
運動しやすい服に着替えて、準備運動をしてから運動をする。
勿論水分補給も忘れずに摂取する……。
2時間目は数学の時間だ。
教科書に載っている問題を解いていく……。
3時間目は英語の時間だ。
“あの日”書店で買った洋書の本を読んでいく……。
4時間目は国語の時間だ。
教科書の漢文を見ながらノートに書き写していく……。
昼休みの時間。
今日の昼食はチョコフレーク。
皿に移して食べる。
独りの食事。甘いはずのチョコが、涙でしょっぱかった。
5時間目は音楽の時間だ。
ケータイに入っている曲をイヤホンで聴く……。
・・・・
「もう嫌だ!」
そう叫んで私はケータイを床に投げ捨てた。
「もう嫌だよ、こんなの。ねぇ、どうして?」
(どうして私だけこんな目に)
その先の言葉はドアから聞こえてくる唸り声によってかき消された。
「いやだ、どうして」
私はドアから後ずさりで離れ、ソファの隅に移動する。
ドン、ドン、ドン、ガリ、ガリ、ガリ
ドアを叩く音とひっかく音が部屋に鳴り響く。私の身体は恐怖で震えが止まらない。
「いやっ、いやだっ。」
そんな私が出来た事はソファの横、ドアから見えない位置に移動して恐怖に耐える位だった。
――――
数時間後、外が暗くなり、“あいつ“がいなくなってドアの向こうも静かになった。
“あいつ“は生前の記憶にある程度従って動いている。
それは結構従順していて、ずっとこの部屋にいる私より、“あいつら”の方が人間らしい行動をしているから皮肉なものだ。
今、私はベッドに包まっている。
私は“あいつら”にならない。
例えこの命が亡くなるその時まで。
――――
あれから3日経過した。
今日は土曜日だから“授業”は休みだけど、土曜日だから“あいつら”の数も多い。
そして、相変わらず救助も来ない。
私はそんな変わらない現実が嫌になってカーテンを閉め、ベッドに潜り込み眠りについた。
ガラガラ
「!」
何かが崩れる音が聞こえ、私は飛び起きドアの前に塞がっている段ボールをどかしてドアに耳を当てる。
しかし聞こえて来るのは幾つもの“あいつら”の足音が聞こえるだけだった。
一瞬、誰かが救助来てくれたのかと思って期待していたけど、その期待はあっさり打ち砕かれ、気の沈んだ私はドアが破られないように、ドアの前に段ボールを置き、布団に包まる。
『――ない、――ちゃん!』
「!」
布団に包まった私の耳に聞こえてきたのは、“あいつら”でない、久しぶりに聞く生存者の声。
「ねえ、誰かいるの?」
私はベッドから降り、ドア付近まで行く。
「誰か!」
ドンドン、ガリガリ、ガリガリ
「ひっ」
私の声に応えたのは、またもや“あいつら”がドアを叩いたり、ひっかく音だった。
――――
ギィ
数分後、“あいつら”が静かになったタイミングを狙って、ドアを開ける。
ドア周辺には“あいつら”の姿は無かった。
私は“あいつら”に見つからないように、階段近くの段ボールで作られたバリケード目指して走る。
「!」
バリケードは崩されていた。
そしてバリケードの残骸の近くには、まだ光っているケミカルライトが数本。
(やっぱり、誰かいたんだ。)
私はそのケミカルライトを拾い、他にも所々に落ちているライトを目印に下の階に走り出した。
ーーー
3階まで来たがまだ誰とも会えない。
もう、行ってしまったのだろうか……。
「そんな……」
オォォォォ
「!」
遠くの方で“あいつら”の呻き声が聞こえる。
(待って、私を置いて行かないで)
私は一階に向け再び走り出した。
1階まで来た。
結局生存者には会えなかった。
そして私は今、“あいつら”に包囲されている。
周りには数えきれない位の“あいつら”の姿。
そんな状況で私が無事なのはピアノの上に乗っていて、“あいつら”の伸ばす腕はギリギリで私を捕らえないからだ。
でも逆に言えばそれは何かの拍子で届いてしまう為、私は動けずに恐怖に震えるしかなかった。
(お願い、誰か……。)
「誰か! 誰か来て!」
分かっている。
この世界にはもう希望なんてない事に。
でも叫びたかった。誰かに伝えたかった。私という存在を……。
そんな私の声は、
「いた! あそこ!」
「!」
誰かに伝わった。
顔を上げると少し離れた所に、私と同じ制服を着た3人の少女がいた。
「ほんとに、いたんだ……」
(お願い、私も連れて行って。お願い、私を見捨てないで。)
3人の中のシャベルと担いだ少女と、髪の長い少女が何かを言っているが、耳に入らない。
私は覚束ない足取りで彼女達の元に向かう。
ズルッ
突然、足場が消え、一瞬の浮遊感を感じた後、私は地面に落ちる。
その衝撃で気が付く。
自分がピアノの上にいた事を。
そして、周りに“あいつら”がいる事を。
“あいつら”がじりじりと私に詰め寄る。
周りは全て“あいつら”に囲まれ、逃げ場はない。
「や、やだ。いやだ。誰か助けて……」
私は救いを求めるように、いつの日か夢にも出て来た女性のように天に手を伸ばした。
一瞬“あいつら”の隙間から、猫耳のような帽子を被った女の子がこっちに向かって来るのが見えた。
(ごめんね、圭)
私は心の中で親友に謝り、瞳を閉じる。
キュイイイイイイイイイイイイイイ!!
「!」
突然甲高い音が鳴り響き、私は瞳を開ける。
周りには音により動きを止めた“あいつら”の姿、そしてその間を2人の少女が駆けて来る。
シャベルと担いだ少女が道を作り、その隙に猫耳のような帽子を被った女の子が私の傍に来た。
「ねえ、一緒に行こう」
音で聞こえなかったが、確かに猫耳のような帽子を被った女の子はそう言ったのが分かった。
彼女は私の腕を引き、駆け出す。
それは奇しくもあの日、私が圭にした事と同じだった。
そしてモールから出た瞬間、緊張の糸が切れたのか、私は意識を失った。