わらわら湧いてくる“奴ら”をシャベルで送っていく。
こんなにも次々“奴ら”が出てくるのは、“奴ら”を引き寄せる物がここにあるからだ。
ピイィィィィ!
今回の場合は数分前に私が投げた防犯ブザーの音。
その音がまるで虫を引き寄せる誘蛾灯のように“奴ら”を引き寄せる。
数えきれない程の“奴ら”を引き寄せて、引き寄せられた“奴ら”を相手にするこの行為は、本来噛まれる危険性を増す自殺行為だから普通ならやらないけど、手っ取り早く隠れている“奴ら”を殲滅するのには有効な手段だ。
そんな事を考えている内に、最後の1人となった“奴ら”の首を刎ねてその場に立つのは私1人となった。
うるさく鳴り響くブザーを止めてシンと静まる廊下にたたずんでいると、後ろから「あの!」と声をかけられる。
その懐かしい声に従って振り向くと、そこーー放送室と書かれたプレートの下の扉ーーには、私の大切な女の子が私の事を見つめていた。
マニュアルを見つけてから1週間が経った。
私は今、屋上の菜園の一角にいる。
そこには植物の替わりに、3つの白い板で作られた簡素なお墓が立っている。
3つの墓の下には、めぐねえと、胡桃先輩と、りーさんの3人の遺体がそれぞれ眠っている。
花などを植えたいが、3人の内2人が感染していたので、そこの一角に植物を植える事は出来ない。
「みーくーん。やっふう!」
屋上にやって来たゆき先輩が私の胸に飛びつく。
「ゆき先輩、良い子にしてましたか?」
私は作業用の軍手を外し、ゆき先輩の頭を撫でると、先輩は「またまたぁ、良い子って子供じゃないんだからぁ。」と、子供っぽく笑った。
そしてゆき先輩は何もない空間に向かって話しかける。
……その話の中にめぐねえだけでなく、胡桃先輩と、りーさんの名前も出ていた。
あの日、胡桃先輩と、りーさんが亡くなった日、私は1つの過ちを犯した。
それはゆき先輩に2人の遺体を見られた事だ。
そのせいでゆき先輩の現実逃避は、もう後返しの出来ない所まで悪化してしまった。
そこにいない胡桃先輩とりーさんとめぐねえに嬉しそうに話しかける由紀先輩。
そんな先輩を、3つになった白い板の墓が見守るように立っていた。
ーーーー
マニュアルを見つけてから3週間が経った。
今日は朝から雨で、気分も重くなる。
気分だけじゃない、今日は朝から身体が重く力が入らない。
いつもより調理器具が重く感じる。
多分風邪をひいてしまったのだろう。
身体が熱く、たまに咳も出る。
原因は分かっている。
この3週間私はほとんど休むことをしなかったからだ。
胡桃先輩とりーさんが亡くなった今、2人がしていた仕事も私がしなければいけない。
特にバリケードの補強と、“奴ら”との戦闘と、屋上菜園の世話は体力的に、現実を見ていないゆき先輩の相手は精神的に、私を蝕んでいった。
それに加え、今刻一刻と深刻になっていっている問題が1つある。
食料の不足だ。
地下の非常避難区画には期待していた程の食料はなく、購買部にあったものを含めても3週間程度しかなかった。
屋上菜園も園芸初心者の私が育てているせいかうまく実が成ってくれない。
そんなイライラの溜まりながら私は昼食として食べるパスタを作っていた。
後数分すれば授業を終えたゆき先輩がやってくるだろう。
「みーくん、ヤッホー」
数分後、授業を終え部室にやって来たゆき先輩が私に抱き付いてくる。
「先輩、今調理中ですからやめて下さい」
「みーくん照れない照れない」
「照れてません。コホッ」
咳をしながらも嫌がっている事をアピールするが、ゆき先輩は私の態度などどこ吹く風で離れようとせず抱き付いたままだ。
「みーくん最近ちょっと怖いよ? ゆるオーラ、ゆるオーラ」
少しイラっときた。
最近ゆき先輩の態度でイラっと来る事が増えてきた。
抱き付いているゆき先輩を退かして出来上がったパスタをお皿に盛って、席に座った先輩の前に置いた。
「またパスタ? もう食べ飽きたよ」
先輩が文句を言う。
その言葉に私の中で何が弾けた。
「誰のせいでこうなっていると思うのよ!」
口に出たその言葉は私が思っている以上に大きく、そして怒気を含んでいた。
でも私はそんな事を気にする事もなく、
ただ感情の赴くままにゆき先輩にぶつけて部室を後にした。
独りになった先輩を残して……。
その後寝室として使っている放送室に来た私は、風邪が酷くなりそのまま布団に倒れこんで朝まで眠った。
ーーーー
昨日の雨が嘘のように、今朝は晴れていた。そして、しっかり寝たおかげで私の風邪も治っていた。
軽くなった身体で、部室に来た私はテーブルの上に手をつけていない2つ分のパスタを見つける。
そして、朝起きてからここまで来るのに1度もゆき先輩と出会っていない事にも気付く。
その事に気付いた瞬間、私は部室を飛び出した。
いなくなったゆき先輩を探す為に。
ーーーー
「……いない」
探せる場所は全部探した。
屋上も、3階も、2階も……。
でも、どこを探してもゆき先輩は見つからなかった。
もう、探せる場所は……
「この先だけ・・・」
バリケードの向こうしかなかった。
普段は“奴ら”の多い1階も、今日が休日だからか、数える程度しかいなかった。
たまに遭遇する“奴ら”を亡くなった胡桃先輩が使っていたシャベルで送っていきながらゆき先輩を探す。
(ゆき先輩、どこに行ったの……?)
地下1階につながる階段を下りながらつぶやく。
未だゆき先輩を見つけていないからだ。
その時、
グオォォォォ
「!」
階段を下りた先に1体の“奴ら”が何かに覆いかぶさっているのが見えた。
それはピンク色の髪の少女。
近くの床には彼女がいつも身に着けている赤紫色の帽子が落ちていた。
その光景を見た瞬間、私の中で何かが切れた。
走り出した足で覆いかぶさっている“奴ら”を蹴り飛ばす。
そして覆っていたものが晴れ、その少女の顔が現れた。
「ゆき、先輩! ……!」
息を飲む。
気付いてしまったから。
先輩の肩にある噛み傷に……。
「……お前か。お前がゆき先輩を!!」
シャベルを掴み立ち上がった私はまだ床に転がる“奴ら”を怒り任せにシャベルで突き刺す。
何度もなんどもナンドモ……。
それは目の前の“奴ら”が息絶え動かなくなっても続いた。
そうしている内に何かの拍子に目の前の“奴ら”の顔が目に映った。
「はぁはぁ。…………え?」
その顔を見た瞬間頭が真っ白になった。
重くなって上げることも出来なくなった腕からシャベルが滑り落ちる。
それは久しぶりに見た変わり果てた
「みーくん?」
と、私を呼ぶ声。
振り帰ると、開いたエレベーターの扉の前にゆき先輩が立っていた。
(良かった、ゆき先輩を見つけられた)
ホッとした私はゆき先輩に手を差し伸べる。
「ゆき先輩、こんな所にいたんですか、探しましたよ。さぁ、一緒に上に戻りましょう」
しかしゆき先輩は動こうとはせず、微笑んだ顔で私を見つめていた。
「ゆき、先輩……? ……!」
息を飲む。
気付いてしまった。
先輩の肩の傷に……。
「昨日、みーくんに言われて全部思い出したの。こうなっている事も、めぐねえやりーさんや胡桃ちゃんがもういないって事も、みーくんが私の為にたくさん、たっくさん頑張ってくれた事も。」
私が肩の傷に気付くと、ゆき先輩は話始めた。
いつもの子供っぽい口調で……。
でもその顔は年相応の表情で。
きっとこれが彼女本来の姿なのだろうという事はすぐに分かった。
「みーくん、最期に1つ、わがまま聞いてくれる?」
「な、なんですか?」
「私を殺して?」
「!」
「さっきからみーくんの事、食べたい食べたいって頭がうるさいの。」
「わかり、ました……。」
「ありがとう。大好きだよ、みーくん」
その言葉を聞いて私はシャベルを思いっきり振り下ろした。