「あったりまえじゃない!あんた達、アイドル好きでしょ?」
「好きだけど……」
これは、にこちゃんが音ノ木坂学院に入学したばかりの頃の話です。
にこちゃんの家は、決して裕福ではありませんでした。父親がいなかったのです。
にこちゃんの父親は、にこちゃんが小さい頃に癌で亡くなりました。
にこちゃんは父親のことをほとんど覚えていません。
でも、にこちゃんは父親似だそうです。
そして驚くことに、にこちゃんがよく口ずさんでいたお馴染みのフレーズ「にっこにっこにー」の発案者は、紛れもない父親だったのです。
にこちゃんは今、母親と妹二人、弟一人の5人で暮らしています。
母親は毎日必死で働いていました。
女手一つで、子供四人を育ててくれていました。
にこちゃんは母親に負担をかけまいと、メイドカフェでアルバイトしたり、毎日お弁当を自分で作ったりしていました。
妹達の面倒を見るのも、すごく頑張っていました。
全ては母親に負担をかけないように。
このため、スクールアイドルの名門であるUTX学院には入学できず、音ノ木坂学院に進学することになったのです。
にこちゃんは入学早々、部活をつくろうとしていました。
その名も、アイドル研究部。
にこちゃんは、アイドルが大好きでした。
みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって、そういう気持ちにできるアイドルに、憧れていました。
だから、どうしてもつくりたかったのです。
部活動をつくるには、最低5人の部員を集める必要がありました。
幸い、にこちゃんと同じようにアイドルが大好きな5人が揃い、アイドル研究部は無事に活動をスタートさせました。
顧問はいないけれど、にこちゃんは部長だったので張り切っていました。
にこちゃんにはひとつ、やりたいことがありました。
それは、スクールアイドルをすることです。
「だれか、私と一緒にスクールアイドルやってみない?」
「スクールアイドル?」
「ああ、最近話題のやつでしょ?」
「えー……でも……。」
反応は微妙でした。
しかし。
「私、やってみたい。」
部員の一人が、そうつぶやきました。
「え……?本当に!?」
「うん!」
「え、じゃあ私も」
「やってみようかな」
次々と賛成してくれて、にこちゃんたちのスクールアイドル活動が始まりました。
にこちゃん達は、毎日必死に練習しました。
時折、にこちゃんの強いアイドルへの熱意から、部員には厳しくしてしまうこともありました。
それでも、なんとか乗り越えて。
そしてついに、運命のファーストライブ。
講堂のステージ裏で、緊張する部員達。
もちろん、にこちゃんも緊張していました。
「お客さんを今日一番の笑顔にするわよ!」
にこちゃんは、そう言いました。
「うん!!」
「もちろん!」
「頑張ろう!」
いよいよ、ステージの幕が上がります。
にこちゃん達は、目をキラキラ光らせていました。
まだ見ぬ光景に、強い期待をしていたのです。
しかし――――
お客さんは、数える程しかいませんでした。
それでも、精一杯歌いました。踊りました。
結局、そのショックから部員達は続々と退部届をにこちゃんに手渡していきました。
にこちゃんは、一人部室に取り残されました。
アイドル研究部は、にこちゃん一人ぼっちになったのです。
それから、2年。
私は三年生になった。
未だに家に帰ると「スーパーアイドルにこにー」は健在だった。
妹のこころやここあ、弟の虎太郎には本当のことを言えないでいた。
アイドル研究部は、私ただ一人。
クラスでも友達はいなくて、一人ぼっち。
このまま高校生活が終わると思ってた。
でも。
ふと、廊下の掲示版に貼ってある一枚の紙が目に止まった。
そこには、可愛らしい絵とともに「初ライブのおしらせ」の文字。
私は、そのライブを影で見ていた。
誰もいない講堂で精一杯、歌って踊る穂乃果達。
どこか、懐かしい気持ち。
「いつかこの講堂を、満員にしてみせます!」
そう宣言した彼女は、輝いて見えた。
そして、かわいい一年生も引き連れて、穂乃果達は私の所にやってきた。
部活に入りたいって、言ってくれた。
「にっこにっこにー」もやってくれた。
私は、嬉しくて泣いちゃった。
その後、絵里と希も入って部員は9人になった。
μ'sの始まり。
それからは、あっという間だった。
たくさん練習して、いっぱいライブをした。
真姫ちゃんの別荘で合宿したり、学校に泊まったり。
海外にも行ったりした。
たくさんの壁にぶつかって、乗り越えて。
どんなときも、仲間がいた。
「ラブライブ優勝」という無謀な夢から始まって、奇跡のようにすべてが繋がって。
すっかり有名になったμ’sだったけど、私たち3年生は卒業しないといけないから、活動を続けることができなかった。
ライバルだった「A-rise」はプロとして続ける道を選んだようだったが、私たちは違った。
私たちは、「スクールアイドル」が好きだった。
限られた時間の中で精一杯輝こうとする、スクールアイドルが好きだった。
一人でも欠けたなら、それはもうμ'sじゃない。
迎えた、μ’sFainal LoveLive!
μ’sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「まほうはこえにのり」
奇跡のような2日間は、幕を閉じた――――
「だって離れたりできるはずないんだよ」
あれから数年の月日が経ちました。真姫ちゃんは今、医学部6年生。
国家試験を間近に控えています。
今日も空虚のような静寂が広がる大きな部屋で、黙々と勉強をします。
その時、真姫ちゃんに一本の連絡が入りました。
着信元をみると、にこちゃんからでした。
「もしもし、にこちゃ……」
「にこが交通事故に遭って、危険な状態なの……。」
しかし、その声はにこちゃんのお母さんの声でした。
低い、暗い声でした。
すすり泣く音が、微かに聞こえます。
「意識は回復したみたいだけど、まだ助かるかどうか分からないってお医者さんが……」
「真姫ちゃんに会いたいって言ってるのよ。」
「どうか会いに来てくれな……」
「今から行きます。」
真姫ちゃんはすぐに支度をして、家を出ます。
にこちゃんが交通事故に遭ったと聞いて、居ても立っても居られなかったのです。
真姫ちゃんが病室に入ると、頭に包帯をぐるぐるに巻きつけて、あらゆる所に管のある、変わり果てた姿のにこちゃんがいました。
真姫ちゃんは久々の再会がこんな形になるなんて、思ってもいませんでした。
「真姫ちゃん……久しぶりね。」
「にこちゃん……」
「ごめんね、わざわざ来てもらって。」
「何言ってるのよ、当たり前じゃない。」
「で、体調はどうなの?」
「まあ、なんとか。」
「無理しないほうがいいわよ。」
「心配してくれてありがと。」
…………
長い長い沈黙が続きます。
真姫ちゃんが話すことを考えていると、にこちゃんが呟きました。
「真姫ちゃん、ありがとう。」
「ヴェェ!?」
「本当に、ありがとう。」
「にこちゃん、それどういう意味?」
「今日が、最期かも知れないから……」
「……!」
「にこちゃん……?」
「実はね、さっきから体がズキズキと痛くて、頭も痛いの。」
「もう、ダメかもしれない」
「そんな……」
「真姫ちゃんに出会えて、本当に良かった。」
にこちゃんは、笑みを浮かべながら泣いていました。
その瞬間、真姫ちゃんは視界がぼやけて何も見えなくなりました。
その翌日、にこちゃんは死にました。
数日後
真姫ちゃんは素直に現実を受け止め、葬儀に出席します。
「何泣いてるのよって、いつでもにっこり笑顔でしょって言われそうですが。あの日病室で会った日が最期になってしまうなんて……。
昨日、懐かしいμ'sの楽曲を聞き返していました。
やっぱり、にこちゃんの言ってた通りアイドルってすごいなって思いました。
一人ひとりが、それぞれキラキラ輝いていて、みんなが明日もまた頑張ろうって思える。
「私ね、真姫ちゃんの作る歌、好きだよ。」
「真姫ちゃんはお医者さんになるんでしょう?これから辛いこともあると思うけど、その時はいつでも私に相談してね。一人で抱えたりしたら、にこが許さないんだから。」
にこちゃんはそう言ってくれました。
にこちゃん、悔しいでしょう、悔しくて涙が出てくるでしょう。
私たちも同じ。
もっとにこちゃんと、ずっと、おばあちゃんになっても、仲良く話をしたかった。
今日はμ'sのメンバーが久しぶりに集まって、ファンも大勢来ているのよ。
にこちゃんの声は、もう心の中でしか聞くことはできないけれど、にこちゃんの思いは、ここにいるみんなでしっかりと受け継いで、笑顔で頑張りたいと思います。
私はにこちゃんと出会って、高校生活が、人生が大きく変わりました。
自分がまさかアイドルをやるなんて、思ってもいませんでした。
でも、良かったです。
μ'sのメンバーになれて、良かったです。
にこちゃんと友達になれて、本当に良かったです。
私はいつも、にこちゃんの背中を見ていました。
憧れていました。
2つも年上の先輩なのに、ちっちゃくて、見栄っ張りでかわいいにこちゃんが大好きでした。
にこちゃんと過ごした時間は、一生の宝物です。
私が挫けそうなとき、泣きそうなときは、いつものように怒ってください。最高のアイドル人生をありがとうございました。にこちゃんは最高のアイドルでした!
にこちゃん、それじゃあまた。」
真姫ちゃんはむせび泣きながら、弔辞を読み上げました。
にこちゃんの顔は、なんだか笑っているように見えました。
それから何日も雨が続きました。
久しぶりに弾いたピアノの音も、なんだかくぐもって聞こえます。
食欲がなく、仕事は捗りませんでした。
屋根をぽつぽつとたたく雨音が家中に響きます。
「にこちゃん、別れってなんでこんなに悲しいの?」
私は問いかけてみる。
答えはわかっているのに。
にこちゃんと私だけの思い出は、誰と共有すればいいの?
別れの悲しさは、記憶の共有にあるのだ。
薄曇りの夕方、洗濯物を取り込んでいるときインターホンが鳴りました。
郵便配達が、小さなピンクの手紙を、真姫ちゃんに手渡します。
その手紙を開いた途端、真姫ちゃんは大きく息をのみました。
その手紙は、感謝の言葉から始まっていました。
真姫ちゃん、ありがとう。
真姫ちゃんと友達になれて、本当に良かったです。
初めてあった時のこと、覚えてる?
真姫ちゃんったらすっごくつんつんしてたのよ!(笑)
でも、気づいたら仲良くなってたのよね。
にこね、真姫ちゃんのつくる曲大好きだよ。
もう会えなくなるかもしれないけど、私は真姫ちゃんをずっと見てるからね。
本当はもっと生きたい。
話したいことたくさんあるし、やりたいこともたくさんある。だけど、身体が許してくれないの。
ごめんね、真姫ちゃん。
今まで本当にありがとう!
これからもがんばりなさいよ!
絶対幸せになってね!
手紙にはシワシワになった箇所がいくつかあった。
にこちゃん……
にこちゃんは謝らなくていいのよ。
私こそ本当にありがとう。
にこちゃん、私決めたわ。
にこちゃんを救うことのできる医者になるわ。
もうこんな悲しい思いをしたくないし、させたくないから。
私、頑張るわ。
数年後
私は立派な医者になった。
数え切れないほどの患者を救い、その家族を笑顔にした。
なんて素晴らしい仕事なんだろう。
私はそう思った。
そして、職場で出会った彼と結婚した。
子供ができた。
笑顔がかわいい、女の子。
にこちゃん、私幸せだよ。
「この娘の名前、何にしよっか」
「俺は、いつでも笑顔の絶えない娘になってほしいな」
「そう、じゃあ決まりね」
彼女の名前は“にこ”と名付けられました。