高町ヴィヴィオの初恋   作:ごまさん

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早朝のボーイミーツガール

 

場所はミッドチルダ北部、ベルカ自治区の都市部に程近く。

ルシウス・マリウスはそこに住む、会社勤めの父と、結婚してからは主婦業に専念する母の間に産まれた。

母譲りの深い栗色の髪と瞳を持つ彼は、現在は17歳、高等科に通う学生だ。

先祖まで遡ると聖王に仕えた由緒正しい騎士だとは母方の爺の言だが、その血が濃く出たのかルシウスはベルカ式魔法への高い適性がある。

 

現在時刻は早朝の四時半頃。

ルシウスは日課のストライクアーツのトレーニングの為、森林公園に併設された魔法練習場に来ていた。

ベルカ自治区はミッドチルダの中でもこういう自然が多く残されている地域だ。

随分と早い時間だが、ルシウスは人がいない早朝の森林公園の凛と張りつめたどこか神聖な空気が好きだった。

 

ただしその日、ルシウスが先日の17の誕生日に与えられたデバイスを手首に巻いて練習場に行ったところ、一人の先客がいるようだった。

ルシウスと同じか少し下くらいの年の頃の少女。

金色の長い髪はサイドテールに括られていて、その動きに合わせて跳ねる様子はどこか活発で元気な印象を抱く。右が翠、左が朱という珍しい虹彩異色の瞳はキラキラと好奇心に輝いていて、希望に溢れているようだ。

どことなく見た目よりも幼い雰囲気を持つ少女だった。

彼女は、格闘技ーールシウスにはミッド式ベースのストライクアーツだと分かったーーの型の練習をしているようだった。

 

ルシウスがある程度距離をとって自分も日課のストライクアーツの練習をしようかと構えを取った所で、少女はルシウスに気がついたらしくペコリとお行儀よく会釈したので、ルシウスも小さく会釈を返しておいた。

 

この時の彼は自分一人の神聖な時間へ入り込んで来た異物に、少しだけ不愉快な気持ちを抱いただけだった。

 

翌日も彼女はいた。

前日と同じ場所で黙々と型の練習をしている。

少女はルシウスに気がつくと、またペコリと会釈して、型の練習に戻る。

この調子で彼女が来ると、自分一人の時間はしばらく無いのだろうかと少々不満に思いつつ、ルシウスも同じく小さく会釈を返して日課の練習を始める事にした。

ルシウスが一通りの型の確認を終え、一息ついた時にふと少女の方を見ると、彼女とパッチリ目が合った。

それに気がついた少女は慌てたようにそっぽを向いて自分のストライクアーツの型の練習を始める。

ルシウスとしても少々気まずい気になりながらもそっぽを向いて小休憩すると、また型の練習を再開した。

同じストライクアーツとあってかルシウスも少女の動きが気になってしまい、休憩の時などつい少女の動きを目で追ってしまっている自分がいた。しばらくして少女と目が合い、慌てて反らす。

逆にふと少女の方を見るとパッチリ目が合い、お互い慌てて反らすということも幾度かあった。

 

そんな日々が続いて一週間ほど経った朝。ルシウス一人だった時間に少女という異物が混ざる事に慣れてきた頃。その日も彼女はルシウスより先に来て、いつもの場所で一人型の練習をしていた。

ただその日はいつもと異なり、練習場にルシウスが来ても会釈をしなかった。何となく居心地の悪さを感じたルシウスはさりげなく少女の動きを観察してみると、今までに比べて動きに精彩を欠いている様に感じた。

今までは全身から楽しさが滲み出ているようだったが、その日はどことなく追い詰められているというか、余裕が無いように感じられたのだ。

実際、今までならば躓かなかったような所で何度もミスしている。

彼女に何かあったのは明らかだった。

二度三度と逡巡したが、ルシウスは少しだけ勇気を出した。

 

「あの、おはようございます」

 

「ひゃっ!? え、あっ…… お、おはようござぃます」

 

少女は随分と驚いたようで、ルシウスが声をかけると肩を大きく跳ねさせて、振り向いた顔は大きな目をまん丸に見開いている。

近くで見るとその虹彩異色がよく分かる。

とても綺麗な瞳だとルシウスは思った。

 

「あ、えと、いきなり話しかけて驚かせちゃったみたいですね、すいません」

 

「い、いえ! わたしこそ気がつかないでごめんなさい。えっと、それでどうしましたか?」

 

少女はある程度驚きが落ち着いたのか、にっこりと花が咲くような笑顔を浮かべて用件を問うた。見る人全てを幸せにするような笑顔だ。

ルシウスは困った。特にこれといって用事があって話しかけた訳ではないのだ。

 

「いや、特に用事があって話しかけた訳じゃなくて。ただ毎日見かけるのに挨拶もしてないと思いまして……」

 

「え!? 嬉しいです! わたしも挨拶したかったんですけど、ご迷惑かもしれないって思うとなんだか勇気が出なくて。でもお話ししてみたいとおもってたんです!」

 

少女は照れ臭そうにはにかんだ。その言葉に少しの疑いも持てないくらい、あまりに嬉しそうな顔を見て、ルシウスの心臓が少し跳ねた。ルシウスは学校でも割りと女性にモテる方だし女性に慣れていない訳ではないが、同年代の少女でこんなに素直な感情表現をする女の子は初めてで、戸惑うと同時に気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「そう? なら話しかけて良かったです。あ、俺はルシウス・マリウスと言います。お名前をお聞きしても?」

 

「はい! わたしは高町ヴィヴィオです! はじめまして、ルシウスさん。ヴィヴィオって呼んでください。よろしくお願いします!」

 

少女ーーヴィヴィオは、自己紹介をする時、本当に嬉しそうだった。

その笑顔を見て少し赤らんでしまった顔が朝日に隠れてくれたのは、ルシウスにとって幸運だったのかもしれない。

 

しばらくお互いにストライクアーツの話題で盛り上がった。ヴィヴィオはストライクアーツが本当に好きなようだが経験年数はルシウスの方が多いようで、その分豊富な知識を聞くと本気で感心したり喜んだりしてくれる。

そんなヴィヴィオの純粋な反応に気分が良くなったルシウスは、つい色々と喋っていた。

ミッド式ベースのストライクアーツを使うヴィヴィオはルシウスのベルカ式ベースのストライクアーツに興味があるようだった。これらは使う魔法の系統が違うだけで、動きには共通した部分が多いのだ。

ふと気がつくと、随分と話し込んでいたようで、そろそろ帰って学校の支度をする時間が近づいていた。

 

「あれ、もうこんな時間だ。ヴィヴィオは練習中だったのに、引き留めちゃってごめんね」

 

その言葉を聞いたヴィヴィオはハッと気がついたような顔をすると、気恥ずかしそうに笑って言った。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。ルシウスさんのお話、すっごく為になりましたから! こちらこそ楽しくなっちゃって、ルシウスさんも練習があったんですよね」

 

ただその笑顔の中には少しばかりのぎこちなさや焦りが隠れている。気づかれまいとしているのか分かりにくいが、ルシウスは初めに話しかけた時に見た笑顔を覚えていた。

 

「いや、俺の方は平気なんだけど…… ところで今日初めて話したのに不躾かもしれないし、話したくなかったら言わなくていいけど、ヴィヴィオ、何かあった? 今日の動きは今までよりもキレがなくて、それを見て気になって話しかけたんだけど……」

 

それを聞いたヴィヴィオは少しバツが悪そうな顔をした。

 

「ルシウスさんにはお見通しだったんですね。隠すような事でもないんですけど、昨日初めて会った方とのスパーをやって。ただわたしが真面目にやってない様に見えたみたいで、相手の人が怒っちゃったんです。わたしのストライクアーツが趣味と遊びだって言われちゃって……」

 

そう言うヴィヴィオはどことなく寂しそうに見える。それと同時に少し怒っているような、見返してやろうという気概のような、力強さを感じた。

 

「そうか…… よし、分かった。明日から俺がヴィヴィオの相手するから。明日も同じ時間に」

 

「え!? そ、そんな迷惑じゃないですか!? わたしよりルシウスさんの方がずっと強いのに……」

 

「いや、迷惑なんかじゃないよ。俺としても相手が居てくれた方が練習になるし」

 

それを聞いたヴィヴィオは少し迷うような素振りを見せたが、やがておずおずと、

「お願い、してもいいですか?」

 

「ああ、もちろん」

 

「やったぁ! ありがとうございます! すっごく、すっごく嬉しいです!!」

 

こういう時ヴィヴィオは素直に喜んでくれる。これはヴィヴィオの魅力だとルシウスは思った。

ぴょんぴょん跳ねて嬉しそうにはしゃぎ回るヴィヴィオはまるで初等科の生徒のような無邪気さだった。

 

 

翌日の朝から早速、二人の練習は始まった。

一人で行っていた練習に相手が出来ただけ。言ってしまえばそれだけの事だが、ヴィヴィオは早速、思った以上の成果を実感していた。

 

「ハッ……! ハッ……! ハッ……!」

 

ヴィヴィオの鋭い呼気が朝の凛とした空気の中で響く。

初日である今は様子見の意味合いが強かった筈だが、存外お互いに熱くなっているのか、徐々に拳や足技の応酬が激しく、素早くなっている。

今まで覗き見たルシウスの練習風景からして分かっていたが、やっぱり全然ヴィヴィオの実力は追い付いていない。完全に教わるだけになっているヴィヴィオは申し訳なさを感じてしまうが、折角のルシウスの好意なのだ。最大限モノにしようとかなりの集中力を発揮していた。

聡明なヴィヴィオは言われずともルシウスの訓練の目的に気がついている。

ヴィヴィオはまだ、基礎固めの段階にある。基礎の型を身体に覚え込ませて、どのような状況、どのような態勢からでもそれを適切に素早く繰り出せる様になること。それが格闘技の基礎にして目標だ。その為に毎朝早くに起きて型の練習を続けてきた。

ルシウスの訓練はその延長だった。

あえて隙を晒して、ヴィヴィオの攻撃を正しい綺麗な基礎の型で誘導する。少しでも態勢が崩れていたり、無理矢理な攻撃をしようものなら即座に対応されて、お仕置きだとばかりに強かに反撃される。そうやって一通りの型を実践的に固めて行くのだ。

初めはヴィヴィオが一度打ち込む毎に言葉で改善点の説明を受けていたが、次第にそれも減り、ヴィヴィオの型に改善点がある時には口で説明する時間も勿体ないとばかりにヴィヴィオが打ち出した型と同じ型で、ヴィヴィオの改善点を少し強調しつつそれを直す事でどのような利点があるのか分かるように打ち込んでくる。それを受けるヴィヴィオは口で説明されるよりもずっと型を直す事の利点を実感できて、意識に残りやすい。

そしてそれを意識して直した型でまた打ち込んでいく。

そうやってヴィヴィオの型は目に見えるように洗練されていった。

 

ーースゴイ! スゴイ!! スゴイ!!!

 

ヴィヴィオは興奮していた。自分が成長しているのが手に取るように感じられた。こんな経験は初めてだった。自分一人で型の練習をする時とは効率が比べ物にならないし、下手したらノーヴェとの訓練よりも自分の成長を実感できていた。

それはきっとヴィヴィオとルシウスの戦闘スタイルが似通っているのもあるが、それ以上にテンポがピッタリなのだ。なぜか、まるで産まれたときからの知り合いのように、息が合う。ルシウスが伝えたい事が手に取るように分かる。こんな事初めての経験だった。

自分の成長を実感できる楽しさと、こんなに息が合う人と出会えたことへの嬉しさで、ヴィヴィオは今までにないくらい気分が高揚していた。この時間が永遠に続けば良いのにと本気で願った。

 

暫くしてインターバルとしてルシウスとの距離を取った時、ふとルシウスが構えを解いた。

 

「今日はここまでにしておこう。今日のおさらいをしたら、そろそろいい時間だ」

 

「ふぇ……? あっ、もうこんな時間……」

 

どんなに楽しい時間にも終わりはある。

楽しかった時間は本当にあっという間で、二時間程の訓練もヴィヴィオにとっては十分くらいに感じられた。

ヴィヴィオはびっくりしてしまう。時計の故障を本気で疑った。

それでも終わりの時間だと気がついて、ヴィヴィオは悲しくなってしまう。

そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか。ルシウスの苦笑する顔を見て、とたんに恥ずかしさで顔から火が出そうな気分になるヴィヴィオだった。

 

一通り本日練習したことについておさらいすると、そろそろ帰らなくてはいけない時間になる。

 

「そろそろ帰ろうか、もう時間だ」

 

その言葉にヴィヴィオは悲しみが再燃してしまう。

そんな彼女を見て、空気を変えるようにルシウスは言った。

 

「それにしてもヴィヴィオは凄いな。今朝の少しの時間でも成長しているのがよく分かった」

 

練習の時の感覚が戻ったのか、ヴィヴィオはまた嬉しそうになる。

 

「はい、ルシウスさんのお陰です! わたし、こんなに思い通りに練習できるのって初めてで! 凄く楽しかったです! ホントにありがとうございました!!」

 

そう言ってペコリと大きくお辞儀する。

 

「いや、こちらこそこんなに教えがいがあるのは初めてだったよ。正直驚きだった」

 

「えへへ。ありがとうございます。あの、また明日もお願いしていいですか?」

 

「もちろん。そういう約束だしな。俺も楽しかったし」

 

「やったっ! じゃあまた明日です。楽しみにしてますね!」

 

「ああ、また明日」

 

たたたっとヴィヴィオは駆けていく。

その足取りは軽やかで、先程の悲しそうな雰囲気は少しも感じられなかった。

 

「えへへ。また明日だって」

 

そんな独り言を呟いてしまうくらいに、ヴィヴィオは浮かれていた。


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