高町ヴィヴィオの初恋   作:ごまさん

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早朝のボーイミーツガール2

 

ルシウスもヴィヴィオと同じく、不思議な感覚を味わっていた。

ヴィヴィオの動きが手に取るように分かるし、何が出来なくてどこで躓いているのかも分かる。

呼吸などのリズムが合っているのだろうか、まるで長年連れ添った夫婦のように息が合う。

そんなヴィヴィオと過ごすこの朝の時間はルシウスにとって非常に居心地が良く、また、ヴィヴィオも自分と同じ気持ちを抱いているだろう事も容易く分かってしまうのだ。

 

ヴィヴィオはルシウスの教えを、砂漠に水を垂らしたように吸収して、モノにしていった。日増しに、否、分増しにとでも言うべき速度で成長していく。ヴィヴィオの型はより鋭く、より力強く進化しており、それに伴ってルシウスも訓練の難易度を上げ、晒す隙はより小さく短く、反撃はより鋭く、素早くしていた。ルシウスはヴィヴィオがどの程度までならば着いてこられるのかを見切っていた。

ただ、ヴィヴィオの試合までにある程度仕上げる事を目指している以上、初日を含めて七日間しか練習の時間を取れない。

三日目までは初日と同じくひたすら実践的に型を固める事に終始した。

四日目と五日目は後半は晒す隙をあえて増やし、その中でどこに打ち込むべきか、何が最適の型かを即座に選びとる訓練も平行した。

当然その中で型が崩れたりすれば強かに反撃する。

そして六日目と七日目。

前半は五日目の後半までと同じ練習、後半は実戦を意識した試合形式とした。

 

七日目、AM5:10

ヴィヴィオが右拳を突き出す。

それに掌を合わせて受け止めると、右足で蹴りを叩き込む。

ヴィヴィオが左腕でガードするも、それを無視して押し込む。

よろめいたヴィヴィオに追撃しようと近寄ると、ヴィヴィオは咄嗟に右拳を放ってくる。

それを魔力付与した左腕で受け流すと、下方から鋭い蹴りが顎先を狙ってきた。

蛇のように良くしなり、予想外に伸びるその蹴撃を顔を反らしてかわすと、そのまま脹ら脛を右腕で抱え込み、地面に引き倒して顔面に体重を乗せた膝を叩き込むーーーー寸前でピタリと止めた。

 

「……まいりました」

 

ヴィヴィオはグデーと脱力して両手足を伸ばしつつ降参を宣言する。

拗ねたような声色だが、やはり格闘家としては悔しいのか、ルシウスをうらめしそうな目で見ている。

 

「よし。では、今回は何が悪かった?」

 

「……足を掴まれちゃったところ?」

 

「そうだな。では何故掴まれた?」

 

「顎を狙うのはダメだったよね…… 足を上げすぎないで身体か脚を狙って、相手の体勢を崩すか、それ以前に押し込まれて体勢を崩されちゃってたから無理に攻めないで仕切り直すべきでした」

 

「そうだな、それが分かってるなら良い。じゃあ、次だ」

 

「はい!」

 

ヴィヴィオにはかなりキツイ試合展開だが、ルシウスがそのように調整していた。

ヴィヴィオに試合相手の情報を聞いたルシウスは、成長するヴィヴィオに合わせて常に彼女よりも少し格上のハードヒッターになるよう演じて練習相手をつとめていたのだ。

 

それからしばらくの時間。二人の訓練は続き、ついに対アインハルト戦に向けたヴィヴィオの秘密特訓も終わりの時を迎える事になった。

ヴィヴィオは訓練所に備え付けのベンチに腰かけている。ここ一週間程は訓練が終わった

ら、毎日ここに座ってルシウスとその日の訓練のおさらいをするのだ。

ヴィヴィオにとってこの時間は、ルシウスとの時間の終わりを感じさせる寂しいものでありつつ、しかし彼とおしゃべりして段々と距離が縮まっている事を感じられる楽しい時間でもあった。

ただ、今日に限っては寂しさと、そして何よりそれに勝る不安でいっぱいだった。

 

「ほら、ご褒美だ」

 

「ひゃっ!? もぅ、ルシウスさん、冷たいです! ……ありがとうございます」

 

ルシウスがヴィヴィオの隣に座り、運動して火照ったヴィヴィオの頬っぺたにキンキンに冷えたドリンクの容器をピタッとつけた。冷たくてビックリしてしまう。悪戯されて少し頬を膨らませるヴィヴィオだが、しかし律儀にお礼を言う。こんなやりとり一つで浮かれてしまう自分にヴィヴィオは気づいていた。ルシウスが自販機で買ってきてくれたドリンク。これはヴィヴィオのお気に入りだ。訓練初日に彼に勧められて初めて飲んだのだが、とても美味しくてヴィヴィオは一口で気に入ってしまった。それ以来、訓練の後にはいつもルシウスが買ってきてくれる。ヴィヴィオも初めはお金を出そうとしたのだが、頑張ったご褒美だと言われてしまうと何だか嬉しくて、つい受け取ってしまう。流石に毎日続けばもうお金を出すとは言い出さないが、練習に付き合ってくれたお礼と一緒にいつか何かしらの形でお礼をしようとヴィヴィオは決意していた。

 

ーーーそこまで考えて、またヴィヴィオの心に不安が甦ってきた。

 

いつか。しかしいつかとはいつだろう。

ルシウスが訓練を付けてくれる約束は今日までだ。またここに来れば会えるとは思っているが、しかし会えないかもしれない。ルシウスとの繋がりは朝の訓練だけで、お互いに名前以外ほとんど相手の事を知らないのだ。いつものヴィヴィオはもっとグイグイ踏み込んで行けるのだが、流石に年上の男の人との関わりは殆ど無く、あってもユーノやエリオなど母の知り合いばかりで皆ヴィヴィオにとても気を使ってくれる人ばかりなのだ。要するにヴィヴィオには男の人との距離の図り方がイマイチ分からなかった。それでプライベートな事柄に距離を詰めるのに怖じ気づいていた。そんな事ありえないと分かっているけれど、柄にもなく嫌われたくないと思ってしまっていたりもするのだ。

しかしそこまで自覚したヴィヴィオは思うのだ。こんなのは高町ヴィヴィオじゃない。なのはママの娘として、どうにかルシウスさんとーーー

 

「なぁ」

 

「ふぇ!? あ、何ですか、ルシウスさん」

 

ヴィヴィオの思考をルシウスの声が遮った。

 

「ふぇ!? って、驚きすぎだろ」

 

「うーっ! 考え事してたんです! それで、何ですか、ルシウスさん?」

 

「今日で約束の一週間は終わりだな」

 

その言葉にヴィヴィオの心臓はドクンと大きくはねた。

先ほど吹っ切れたと思ったが、所詮は空元気。彼との繋がりが無くなってしまう事を意識すると、やはり不安になってしまうのだ。

 

「はい」

 

「その、だな。えーっと、何て言えばいいかな……」

 

自分から切り出したのに妙に歯切れが悪い。

ヴィヴィオが繋がりが無くなることを不安に思っていたが、その実ルシウスも同じ気持ちだったのだ。

しかしルシウスは男としての意地で不安な気持ちを押し込める。

 

「まぁ、あれだ。ヴィヴィオの訓練はまだ終わってない。まだまだ俺からすれば弱っちいままだし、教えられることは沢山あると思う。だから、また一緒にここで練習しないか?」

 

ヴィヴィオは驚いた。

ルシウスからの提案の内容よりも、彼の目が少し不安で揺れている。その事実に驚いたのだ。

そして気がついた。ルシウスもヴィヴィオと同じ気持ちであることに。

それに気がついてしまうと、ヴィヴィオの心はストンと落ち着いた。何だか晴れ渡るような気持ちにすらなってくる。

 

ーーーーそっか、ルシウスさんもわたしと同じなんだ。

 

あんなに強いルシウスが、わたしとの別れを不安に思っている。

それを考えると、なんだか楽しくて、嬉しくて、可笑しくなったヴィヴィオは、少し笑ってしまったくらいだ。

 

「えへへっ」

 

「……なんだよ」

 

笑われたと思ったルシウスは少しムスッとしている。

そんな顔を見ると、年上の男の人なのに、ヴィヴィオにはなんだか可愛く見えてきてしまった。

 

「いえいえ、なんでもないですよ。訓練、しましょう? これからも一緒に! わたし、もっとルシウスさんと訓練したいです!」

 

それを聞いたルシウスは安心したのか、

 

「そ、そうか。良かった。ヴィヴィオといる時間は何だか安心できて、楽しくて、凄く心地良いからな」

 

「…………」

 

ーーーーそれは、反則だよぅ……。

 

まさかの不意討ちにヴィヴィオはトマトみたいに真っ赤になって俯いてしまった。

それを見たルシウスも自分がなにを口に滑らせたかを理解して、少し恥ずかしくなってしまう。

口が勝手に動くなんてルシウスには初めての経験だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

暫くお互いに何も喋れない無言の時間が続く。

二人とも恥ずかしくて居たたまれないのか、そっぽを向くでもなくただ正面に顔を固定して顔は俯きぎみ、ソワソワと何度もドリンクに口を着けている。

朝の散歩なのか、側を通った妙齢の女性がそんな二人を微笑ましげに眺めて去っていった。

ようやく落ち着いたようで、二人とも顔色は元に戻ってきた。

二人ともポツポツと途切れるように会話を交わし始めている。

ルシウスなんかは、そこに流れるのんびりとした空気を楽しんですらいるようだ。目を瞑って満足げな表情をしている。

暫くして、ルシウスはふと切り出した。

 

 

「……ヴィヴィオ、最後に話しておきたいことがある」

 

「……はい、なんでしょう?」

 

いつになく真剣な様子のルシウスに、ヴィヴィオは居住まいを正した。

 

「ヴィヴィオはなぜ格闘技(ストライクアーツ)をやっている?」

 

「え?」

 

想定外の質問に、ヴィヴィオは少し虚を付かれた。

しかし、ヴィヴィオは誰に憚ることのない思いを持っている。

 

「守るため、です」

 

「何をだ?」

 

「ママを。昔いろいろあって、わたしはママを傷つけちゃった事があるんです。大好きなのに、言葉を届けられなくて、わたしの為にママは戦って、傷ついた。だから今度はわたしが守ります。ママを守れるくらいに強くなって、必ず」

 

真剣な表情でそこまで言ったヴィヴィオは、ふと苦笑して、

 

「でも今は純粋にストライクアーツが楽しいっていうのもあるんです。ストライクアーツを通じて、沢山の人と繋がれました。わたしの親友の一人とも格闘戦競技を通じて仲良くなったんです」

 

それに、とヴィヴィオは続ける。

そして照れ臭そうに逡巡するも、意を決したように、

 

「ストライクアーツのおかげで、ルシウスさんとも出会えましたから。だから、やっぱり私はストライクアーツが大好きです」

 

にっこりと太陽のように、本当に嬉しそうに笑って、しかし恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言った。

次第に恥ずかしくなったのか、どんどん顔を真っ赤にして俯いてしまっているが。

そんなに恥ずかしいなら言わなければ良いものをと思いつつ、ルシウスも恥ずかしくなってしまう。

 

「……なに言ってんだよ」

 

「えへへ、さっきルシウスさんが恥ずかしいこと言ったお返しです!」

 

「……そうかい」

 

確かに見事なカウンターパンチだった。流石はカウンターヒッター。

存分に悶えて堪能してラブコメしたい所だが、しかし今は他に伝えたいことがある。

否、伝えねばならぬ事がある。

少しの時間でもルシウスの弟子として研鑽したならば、そしてこれからも自分に教えを請うのならば。

志を伝えなければならない。

これは義務なのだ。必ずしも自分の思いに賛同する必要はない。賛同してくれればそれは光栄な事たが、考え方を強要するつもりもない。現にルシウスも師の志に共感はすれど、唯々諾々と従っている訳ではない。自分なりに解釈して、育んできた価値観と照らし合わせて、そして自然と導き出されたものが志とも言えるだろう。

力ある者には義務がある。自分を律する義務だ。力を持つもの皆が自分勝手に振る舞えば、社会は立ち行かなくなる。特に魔法という強大な力が個人に依存する世界では。人を殺すも生かすも本人次第、魔法という大きな力は容易く人を狂わせ得る。志を受け継がないまま力だけを持ってしまった者は悲惨だろう。自分で己を律する志を見いだせれば良いが、それは中々に難しい事だ。そういった者は往々にして犯罪者に身を落としていく。なればこそ、力を持つものはその力を振るう志を持たねばならないし、力を授けた者は志をも授ける義務がある。それは時代時代に合わせて古来から連綿と続いてきた先人の思いであり、誇りだ。

 

「……それでだな、強くなりたいとお前は言ったな?」

 

「はい」

 

「なら勝て。戦って思いを届けたいとか温い事は言うな。そんなものは勝って相手に分からせてやればいい。自分はお前より強いんだと。舐めくさった態度をとったことを地に這いつくばらせて後悔させてやれ。勝者は敗者の言葉なんて心に響かせない。耳で聞くだけだ。敗者が何を言っても所詮は負け犬の戯れ言だからだ」

 

「……」

 

ヴィヴィオには母を守るために強くなりたい、という立派な志があった。これは己で見いだしたものだろう。これにひとまずルシウスは安堵した。ヴィヴィオはいたずらに力を振るう者ではないと分かったからだ。

故に今回ルシウスが伝えるのは戦いに関する志、気概といったものだ。

ただしこれは覇者の志である。

それはヴィヴィオが今まで培ってきた価値観からは外れたものだった。

しかし不思議と心に響く。

そういえば。

なのは(ママ)フェイト(ママ)と仲良くなったのは、戦いを通じてではなかっただろうか。八神家の人たちともそうだと聞いた事がある。どっちが勝ったとか負けたとかははっきりと聞いてはいないけれど、なのはにも勝って初めて伝えられた事があったのだろうか?

考えにふけるヴィヴィオに、ルシウスは続ける。

 

「ヴィヴィオ、本気で勝とうとしない奴は強くなんてなれない。勝ちにこだわって、腕が折れたら足で、足が折れたら噛みついてでも勝ちを取れ。どんな手を使ってでも勝つという志を持つことが、強くなる為には不可欠だ」

 

「……!」

 

ヴィヴィオの中での強さの象徴はなのは(ママ)だ。

他にもヴィヴィオの周りには、強い人が沢山いる。彼女たちについて思いを馳せてみる。

なのはやフェイト、はやてといったストライカー級の魔導師は、最終防衛線だ。彼女たちが負ける事態になっては、他の魔導師には成す術はなくなり、多くの人命に関わる。

ティアナは凶悪犯罪者に特化した執務官。彼女の敗北は悪人を世に蔓延らせる。

スバルは人命救助の職に就いている。彼女の敗北は、そのまま他人の命を散らす。

他にも、ヴィヴィオの周りの「強い」人たちは皆が負けられない人たちだ。

それに思い至った時、ヴィヴィオの中の歯車が噛み合った感覚がした。

 

「今回は試合だから良いが、いつかヴィヴィオも戦わなくてはならない時が来るかもしれない。その時に勝てなければ、何かを失う事になる。弱者には何も守れない。だから、勝て。そして強くなれ。当然卑怯な手を使えという訳じゃない。正面から相手を打ち倒し、お前の本気を証明してやれ!」

 

「……はい!」

 

「……よし、いい返事だ」

 

ヴィヴィオの本気が窺える返事だった。志は引き継がれたと、ルシウスは安堵した。

安心からか、ヴィヴィオのどことなく幼い雰囲気からか、ルシウスはついヴィヴィオの頭を撫でてしまった。

それにビックリして固まったヴィヴィオだが、やがておずおずと恥ずかしそうにルシウスの方に頭を差し出してくる。

ルシウスとしても引っ込める訳にはいかず、これはこれで良いかと暫くヴィヴィオの指通りの良い毛並みを堪能することにした。

しかしやがて、楽しい時間も終わる。

ルシウスは手を離して、ヴィヴィオに向き直った。

 

「……明日は来ないんだったよな?」

 

「……うん。ノーヴェ……わたしのコーチが朝から調整してくれるって」

 

「よかったな。ヴィヴィオはこの一週間で本当に強くなった。後はちゃんと万全にして、悔いの無いように戦えよ」

 

「はい、分かりました、師匠! わたし、高町ヴィヴィオはルシウス師匠の弟子として恥じない戦いをするとここに誓います!」

 

おどけた様に言うヴィヴィオ。

しかしその目は真剣だ。

 

「ああ、その意気だ。そろそろ行くか」

 

「はい。あの、一週間ほんっっとうにありがとうございました! わたし、ルシウスさんと出会えて良かったです! 明後日は結果の報告に必ずまた来ますから、楽しみにしててくださいね!」

 

「朗報を待ってる。じゃあな」

 

そう言って二人は別れた。

暫く歩いた所で、ヴィヴィオはデバイスのクリスにホロウィンドウを出してもらう。

そこには、ルシウス・マリウスという連絡先が。ついにできた彼との確たる繋がりに、ヴィヴィオは頬の弛みを押さえられそうになく、むずむずする気持ちを発散させるように家に向かって駆け出した。

 

 


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