高町ヴィヴィオの初恋   作:ごまさん

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気付き

 

胸元にすがり付いてぐずぐずと泣いていた少女も、ようやく落ち着いてきたようだ。

ただ、落ち着いてきた今でも、もう二度と離れないとばかりに抱きついたまま放そうとしない。今までならば恥ずかしがって抱きつくなどできなかったヴィヴィオだが、今は自分がしている事を理解して、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに抱きついている。

たった一週間会わなかっただけで大袈裟なと思いかねないが、ヴィヴィオはルシウスともう二度と会わない覚悟をしていたし、それも仕方がない事なのかもしれない。

そんな事情はルシウスにも何となく分かっていた。しかし、抱き付かれたままだと薄いトレーニングウェア越しに感じる女らしくも引き締まった体つきとか、すぐそばから漂ってくる甘い香りに落ち着かなかった為、ヴィヴィオの気が済んだ頃を見計らってそっと体を離した。

 

「むぅ……」

 

口を尖らせたヴィヴィオはしかし、これだけは譲れないとばかりにずっとルシウスの手を握りしめたままだが。

するとヴィヴィオが思い出したとばかりに、少し誇らしそうに話し始めた。

 

「あ、そうだ! あのね、ルシウスさん、アインハルトさんとの試合は引き分けだったよ!」

 

「そうか! 相手はかなり格上だったっけ?」

 

「そう! 私よりもずっと前から格闘技をやってて、どれくらい鍛えてきたのか分からないくらい」

 

「凄いじゃないか! よくやったなぁ。流石は俺の弟子だ!」

 

ルシウスは少々大袈裟に思えるくらいに反応して、ヴィヴィオの頭を撫でる。

これはルシウスの師の教えだった。いつかルシウスが教える立場になった時、褒めるときは思いっきり褒めろ、それが厳しい訓練の原動力になる、と。ルシウスは実際にそうされてきたし、ヴィヴィオの頑張りを思うと自然と言葉が出てきていた。

 

「えへへっ。次はわたしが勝ちますよ!」

 

その効果はヴィヴィオの顔を見れば瞭然だろう。嬉しそうにはにかむヴィヴィオは、次へのヤル気に満ちている。

 

「その意気だ。次は俺も応援にいくよ」

 

「ホントですか!? やったっ! 約束ですよっ! わたし頑張ります!」

 

そんなヴィヴィオの意気込みを嬉しそうに聞いていたルシウスは、ふと真剣な表情になった。

 

「それで、何があったんだ?」

 

「え? あ……」

 

その言葉にヴィヴィオも浮かれた気分が落ち着いたのか、少し落ち込んでしまった。

ルシウスもヴィヴィオのそんな表情は見たくなかったが、それでも聞かなければなるまい。

 

「あの、えっと……うん。話します」

 

少し躊躇ったヴィヴィオだが、しかしオズオズと話し始めた。ヴィヴィオの心に今までに感じたことのない類いの怖れが過ったが、さすがにここで黙るのは不誠実だと思った。

 

「……わたし、聖王のクローンなんです」

 

「……は?」

 

そうして語られた内容は、余りに突拍子のないものだった。会社員の父と専業主婦の母の間に生まれたルシウスには、違う世界の出来事のようにも感じる。

聖王もJS事件もクローン技術も、ルシウスのこれまでの人生では他人事だった。精々が報道で見る程度。これから先も一生関わることは無いと思っていた。否、それも正確ではない。そもそもが関わるなんて可能性は考慮にすら上らなかった、が正しい。それほどまでに二人の人生は離れたものだった。しかし何の因果かルシウスは今現在、そんな聖王の生まれ変わりとも言える少女の隣にいる。

正直、戸惑いが無いと言えば嘘だ。しかしルシウスはその思いを顔には出さなかった。それを話すヴィヴィオの不安そうな表情を見て、そんな不用意なことをできるはずがなかった。

だから、ルシウスはなにも気にしていない態で話を続けることにした。

 

「つまり、今回の騒動はその聖王の事とかが関係しているんだよな?」

 

「はい。おおむねそんな感じです。ただ、ほとんどわたしのはやとちりだったのですが……」

 

「……はやとちり?」

 

「ルシウスさんと会うのは何の問題もないってことです!」

 

一瞬、早とちりで振り回されたのかとイラッとしかけたルシウスだが、ヴィヴィオは本当に嬉しそうだ。

そんな顔を見ると、ルシウスは何でも許してしまえる気分になった。

それに、まだ聞かされていない事も有りそうだ。早とちりと言うが、何を早とちりしたのか。その事について少しでも力になれればという思いはあれど、今聞くべき事でもないと思った。

 

「……まぁ問題が無かったなら良かったよ。……さて、ヴィヴィオは最近は朝のトレーニングをやってないんだろ? ならそろそろやるか。話の続きはその後だ」

 

「え、あっ……はいっ! お願いしますっ!」

 

なので、色々と考えるのは後にして、とりあえずヴィヴィオとの時間を楽しんでしまうことにしたルシウスだった。

 

 

久しぶりのトレーニングはとても有意義だったとヴィヴィオは感じた。

放課後にノーヴェや友人達とのトレーニングも続けてはいたが、やはり身が入っていなかったし、ルシウスとのトレーニングは段違いに成長を感じられるのもある。

気になる男の人と会うことは問題無いらしい。フェイトに思いは伝えたのだし、これは親の公認だ。ひいては教会の大人たちの公認ということにもなる、とヴィヴィオは考えた。そうでなければフェイトが認めてくれないだろう、というのはついこの間知った事だ。ヴィヴィオはおませな女の子、恋だってするのである。

趣味と実益を兼ねたストライクアーツの練習も良い感じだ。

良い家族や友人にも恵まれて、学業の方も一切問題ない。

今のヴィヴィオはまさしくリア充だった。

そんな風に浮かれっぱなしのヴィヴィオは、練習の時間が終わり、これまた久しぶりに飲み物を飲んでルシウスとののんびりとした、お気に入りの時間を楽しんでいた。

今日は昨日までの反動なのか、反省なのか、お互いに少し踏み込んだ話にも発展している。色々な話をした。好きな食べ物から得意な魔法などなど、本当に様々な事を。

その中でお互いの学校について話が及んだ。

 

「そういえば、ヴィヴィオは学生って言ってたけど、どこの学校なんだ?」

 

「あれ、言ってませんでした? St.ヒルデですよ!」

 

「St.ヒルデ!? あそこの高等科といったら超名門じゃないか!」

 

「え、高等科……?」

 

「ん? ヴィヴィオくらいの年齢なら高等科だと思ってたんだけど。飛び級してるのか?」

 

「へ? 飛び級……?」

 

「ん……?」

 

あれ、何言ってるんだろうルシウスさんったら。わたしが高等科の生徒に見えるわけ……

 

「…………あぁっ!!」

 

「!?」

 

何か噛み合わない会話だと不思議に思ったヴィヴィオだが、ふと気がついた。

わたしルシウスさんと大人モードでしか会ってないんじゃ……? と。

 

「お、おいどうしたヴィヴィオ!? 冷や汗で凄いことになってるぞ!?」

 

「い、いや、なんでもないですよー! なにも無かったんです、ホントに!!」

 

いきなり尋常ではない様子になったヴィヴィオに驚くルシウス。

パニックに陥ったヴィヴィオは、咄嗟に誤魔化してしまった。

 

「いや、何もなかったようにはとても見えないけど……」

 

「と、とにかく! なんでもないんですっ! それより、今日はそろそろ帰りましょう!」

 

「あ、あぁ。そうだな……」

 

「ではまた明日! 今日はありがとうございました! 明日また来ますからッ!」

 

一方的に捲し立てるとヴィヴィオはさっさと去ってしまった。

 

 

■□■□■□■□

 

 

どうしよう……

ヴィヴィオはひたすら悩んでいた。

これまでヴィヴィオは朝のトレーニングに行くときは、家から大人モードに変身していた。これは行き帰りのランニングでも、大きくなった体の感覚に馴らす為だ。折角習得した魔法なのだから少しでも早く、少しでも上手くなりたい、というヴィヴィオの向上心があだになった形だ。

ルシウスはヴィヴィオを同年代だと思っている。そんな事にも気がつかなかった自分に呆れてしまう。でも、ヴィヴィオもまだ大人モードに馴れておらず、人に見られる意識が薄かったのだ。なんて事が言い訳にならない事は分かっている。

これでは結果的にルシウスを騙していることになるのではないか。大人モードは自分の魔法である以上、知らなかったでは済まないのだ。

けれど、だからと言ってどうすればいいのだろうか。素直に打ち明けたとして、それで関係が崩れてしまったりしないだろうか。率直に言えば、ヴィヴィオは恐かった。

 

「ヴィヴィオ、どうしたの? 美味しくなかった?」

 

そんなヴィヴィオを見かねてか、なのはも心配げだ。しかし先日までの痛々しい笑顔ではない分、まだ安心できていた。

ちなみに今日はフェイトはまだ寝ている。連日の激務の疲れが溜まっていたようだ。それを分かっているなのはは、キングサイズの一緒のベッドで隣に寝ていたフェイトを起こさないようにそっと抜けてきた。

 

「あ、うぅん、今日も美味しいよ、なのはママ!」

 

「そう? 悩みがあったらなのはママにも言ってね?」

 

「うん……」

 

そしてまた俯いて考え込んでしまったヴィヴィオ。しかしふいに顔を上げた。

 

「あ、じゃあひとついいですか?」

 

「うん、なぁに?」

 

「大切な人に隠し事しちゃってて、それがバレたら今までの関係じゃなくなっちゃいそうな時、ママならどうする?」

 

「え? うぅん、難しい問題だね……」

 

ヴィヴィオの話を聞いて、なのはの脳裏を過るのは幼い頃のこと。ちょうど今のヴィヴィオと同い年くらいの時だ。

家族にも親友にも黙って、魔法の世界に足を踏み込んだ。あの頃のなのはは魔法少女は秘密にやるものだと思っていたし、ユーノの為だという免罪符もあった。

しかし、大人になって改めて考えてみると、皆には無い大きな力を持った自分を恐がられないだろうか、という不安が無かったと言えば嘘だ。

なんだか同じような事で悩むんだな、と思うとヴィヴィオとの母子の絆みたいな物を感じて少し嬉しくなる。

 

誰に何を秘密にしているのかは気になるけれど、なのはは敢えて聞かなかった。ヴィヴィオは聡い子だ。必要な事ならば自分かフェイトに言ってくれるだろう。と信じる事にした。

先日までの一件を通じて、なのはも見守る事を覚えた。フェイトに諭されて、二人で沢山話し合って、自分一人でヴィヴィオを背負っていかないと、と気張っていた自分を思い直した。ヴィヴィオのママがなのは一人だけでない事を、改めて思い出したのだ。

それに、今のヴィヴィオと似ているらしい過去の自分を思い出して、親になんでも首を突っ込まれるのも気分は良くないだろうと分かる。

確かにヴィヴィオは特殊な立場で、首を突っ込みたくもなるけれど、そっちの裏方は主にフェイトが担ってくれている。ならばなのはの役割は、なるべく普通の母親としてヴィヴィオを育てる事だと思うのだ。

なのはの中の普通の母親は、なのはの母である桃子だ。今考えると、桃子もきっとなのはが隠れて魔法少女をしていた時に何か気がついていたように思う。自分も母親の立場に立つと、娘の隠し事なんて通用しないことがよく分かる。もどかしかっただろうけれど、なのはをそっと見守ってくれていた。きっとそれにはもっと幼い頃になのはに寂しい思いをさせた引け目もあったのだろうけれど、それでもなのはには常に帰れる場所があると安心できていた。それがどんなに大変な事かは母親になって初めて知った事だった。

要するに、なのはにはある意味で母親としての余裕が出来てきていた。

 

そして今、ヴィヴィオはなのはに相談を持ちかけてくれた。ならばなのはのやるべき事は、母親として道を示してあげることだ。

 

「ヴィヴィオはその人とどうしたいの?」

 

「えぇと、今までの関係もいいんだけど、でも、もっと仲良くなれたら嬉しいな……」

 

「そっか。ヴィヴィオはその人が大好きなんだね」

 

それを聞いたヴィヴィオは恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、ちいさく頷いた。

それを見て、ヴィヴィオに新しい友達ができたのだろうかとなのはは嬉しくなる。

この間まで悩んでいたのもその人の事なのかな。もしかしたらその相手は、この間試合したというアインハルトちゃんかも。なんて見当違いな事を考えるなのはだった。この辺りは思考の形がヴィヴィオのもう一人の母親とよく似ている。

 

「じゃあ思いきって明かしちゃわない? そんなに大切な人なら分かってくれるよ!」

 

なのはは何にでも全力全開。全力でぶつかっていくのが基本のスタンスだ。

 

「それは……」

 

しかしヴィヴィオは乗り気ではない。当然だ、それが出来るなら悩んだりしない。

それはなのはも分かっていたのか、言いよどむヴィヴィオに苦笑していた。

 

「じゃあ、隠し事のない、ありのままのヴィヴィオを好きになって貰えるように頑張って、それから秘密を明かすのは? そんなに大切な人に、いつまでも隠し事をするのは難しいってママは思うな」

 

「……ッ!!」

 

母の言葉にヴィヴィオは天啓を得たような顔をした。

 

「それッ!! それだよなのはママッ! ありがとっ、ママ! だいすきっ!」

 

そんな簡単な解決策があるなんて、ヴィヴィオには全く思い付かなかった。追い詰められて視野が狭まっていたのかも知れないとヴィヴィオは考えたが、今はどうでも良いことだ。

 

「ふふっ、ママも大好きだよ! あ、そうだ、今度その人をママにも紹介して欲しいな。とびっきりのご飯を作っちゃうよー!」

 

「うん、分かった! よーし、がんばるぞーっ!」

 

「ふふっ」

 

とたんに元気になったヴィヴィオを見て嬉しそうにしているなのはには、ヴィヴィオがボソリと呟いた言葉を聞き取れなかった。

 

「……そうだよね、ルシウスさんにありのままの私(こどもの私)を好きになってもらえば良いんだよね」

 

「うん? なにか言った、ヴィヴィオ?」

 

「なんでもないよー、なのはママ!」

 

そう答えるヴィヴィオの顔は、幼いながらに女の顔になり始めていることに、なのは(ママ)は気がつけなかった。

 

 




遅れて申し訳ない。ちょっと色々あって忙しかったのです。決して、ディヴィニティを買ったからとか、ドラクエヒーローズ2を買ったからとか、シャドウバースを始めたからとか、そんな理由ではありませんっ!

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