蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH ~まだ私は、ここにいる~ 作:鳳慧罵亜
今週で6話目。まだ大丈夫。まだ誰もしにはしないさ(震え声)
ベッドに座り、右手に持った注射器を眺めているレイ。すると、ドアをノックする音が聞こえ、反射的に背中側に右手を持って行き姿勢を変える。丁度ドアの位置からだと注射器が見えない位置に体勢を直して、声を上げた。
「いいですよ」
ドアが開き、入ってきた人物を見てレイはわずかに表情を緩ませた。
「ここにいたのか。レイ」
近藤剣司は探し人を見つけ、ホッとしたように息をつく。彼の目の前にはベッドに座ったレイがいる。
「剣司君。心配をかけました。ようやく体も言うことを聞いてくれるようになりました。いままでありがとうございます」
「そのセリフは、俺じゃなくてカノンの奴にでもかけてやれよ。お前がいなかった時のあいつの迫力は怖かったぜ」
レイは苦笑しながら「ありがとうございます」と礼を言った。カノンがどんな思いで戦ったのかはなんとなくわかる。正直、今の状態では足を引っ張ってばかりだ。
そんな心配はもうかけたくない。剣司からは見えない位置に隠した注射器の存在を手で確かめる。
―――大丈夫だ。この角度からなら彼には見えない。
「まあ、回復してなによりだ。んじゃ、あとはその薬が無用になるよう、ちゃちゃっと戦いを終わらせるとするか」
「―――っ。……さすがですね」
彼の洞察力に脱帽する。本当に、2年でここまで変わった人だ。おそらくこの2年という歳月で、一番変化した人物だろう。そして、この2年で一番変化してないであろう人物は
確かめるまでもなく、僕なのだろう。
周りが成長していくにつれて、僕という存在の違和感は徐々に浮き彫りになってきていた。
まるで物語に飛び入り参加したトリックスター。本来ならばいないはずの存在。本の挿絵が現実に飛び出した、無理矢理に押し込んだかのような違和感が徐々に湧き上がってくる。
そんな考えが頭をよぎったのはいつからだったのだろうか。
「ったりめーだ。ったく、お前の考え方は総士以上に複雑怪奇だけどよ。あることにだけは、わかりやすいほど一本化されてんだよな」
「はは……剣司君にはかないませんね」
「……わかってんのか。それを使うとどうなるのか」
剣司は今までとは打って変わって、真剣な眼差しになる。レイも表情が変わり、今まで隠していた注射器を取り出した。
既にバレているのだから、今更隠しても意味はない。手にした注射器を軽く握りなおす。
「ざっと確率で見積もって、65%対35%……というところでしょうか……。ですが、このまま役たたずになるよりかは余程マシになるはずです。最も、今より役たたずになる可能性も否定できませんが」
「馬鹿。誰もお前を役たたずだなんて思っちゃいねえよ」
レイの言葉を即座に否定する剣司。この2年間、レイ・ベルリオーズという人間にいろんなことを教わった彼は、逆に言えば最も彼のことを近くで見てきたということにほかならない。
総士がいなくなり、一騎も昏睡に陥ったあの作戦の後、レイは剣司に指揮官としての心構えや意識、銃の撃ち方にファフナーでの戦闘技術や連携の仕方に至るまでを彼から教わった。
一騎や総士よりも彼は教える立場に向いている。そう思ったほどに、わかりやすく実演を兼ねてレイは剣司に教えてきた。言ってしまえば剣司にとってレイは恩師に値する人物だった。
「お前はお前が思ってるよりも、かなり役立ってるさ」
「そう言ってくれるのは本当にうれしいんですが、あまり自分ではそう言った自覚はありませんよ」
自嘲気味に笑うレイ。剣司には確かに彼が昔と同じように写っていた。
あのころの、彼が自分の価値というものが何一つ分かっていなかった時の彼に。
――――
『お前、いま自分が何をしようとしたのかわかってるのか!』
『あの時僕が自爆しなければ、被害が拡大する恐れがありました。僕の機体も同化されかけていましたし、敵に情報を渡す前に消えてしまうという選択は戦術的に見ても何らおかしくなかったと思います』
『だからってそんな簡単に自爆なんてしていいと―――』
『僕はいいんですよ。あなたとは違って』
『何!?』
『あなたとマークザインはこの島にとって非常に有力な戦力です。あなたの能力も、あなたの機体も。
ですが機体はともかく僕は貴方のようなシナジェティックコード形成数値も、マークザインに乗れるという特異性も何一つとありません』
『おまえ―――』
『マークヌルの機体データは既にアルヴィス内に存在しているため、たとえ大破しても修復は可能です。ですから別の搭乗者に委任することも可能。ならば僕は使い捨てになっても何ら異論はありません。所詮無価値な僕はあの時が一番存在意義があったと、僕はそう思います』
――――
「まあ、あんときよりかはだいぶマシになったか―――」
「レイ!!」
剣司の言葉は、剣司を押しのけて入ってきた人物に遮られた。その水色の瞳と、燃えるような赤いロングに伸ばした髪。間違えるはずがない。
入ってきたのは、カノンだった。
――――
剣司にとっては予想通り、そしてレイには「予定外」の闖入者によって、レイと剣司の話は打ち切られた。
ほかでもない羽佐間カノンによって。
「……レイ。お前」
「……っ」
カノンが剣司の前に立って、レイを睨む。レイはバツが悪そうに目線をカノンから外して、手に持って注射器をベッドの隣の机に置く。
剣司は苦笑すると、何も言わずに部屋から出て行った。
「レイ。それはなんだ?」
一歩、レイに近づいて問うカノン。
「フェストゥムゲネ。後天的にフェストゥムの因子を体内に埋め込むものです」
カノンの質問に答えるレイ。淡々と、まるで今日の天気はいいですね。とでも言うかのような調子で答えた。
レイの回答を聞いたカノンはそのままレイに近寄り―――
パンッ
一瞬、レイは何が起きたのかわからなかった。わかったのは自分の頬に鈍い痛みが走ったのと、目の前の彼女の瞳に涙が浮かんでいたことだけだった。
「お前はそうやって、なぜ私に何も言わない!!なぜ私をもっと頼らない!?」
「―――っ」
その言葉に、言葉が出なかった。
何かを言おうとしても、言葉が出てこないし口が開かない。何か言いたいのに、言わなければなと思うのに、なんで何も言葉が出てこないのだろう。
いやそもそも、なんで何かを言おうとしなければなどと思うのだろう。
「そうやって、自分ひとりでできることを間違えるな!!それがうまくいったとして、私は絶対に喜ばない!それくらいわかっているはずだろう!?」
「―――だけど」
ようやく言葉が出てきた。でも、何かおかしい。
「だけどこうしないと君を守れない!まともに動けないままで、君をなくすのは絶対に嫌だ!!僕は君を亡くすのだけはたとえこの島が消え去ろうとも絶対にさせないって誓ったんだ!それが―――」
僕が見つけた、僕自身の存在意義。生きる理由だから。
「まともに動けない、君を守れない身体なんていらないんだ。君が喜ばなくても、君に嫌われても、君を守れず生き延びるより君を守って死んだほうが百万倍も良い!!」
頭が働かない。感情が制御できない。なんだろうか、落ち着いてはなさなければならないはずなのに、何かが落ち着こうと知るのを拒んでいる。
なんだろう。こんなの僕は知らない。
でも―――嫌いじゃない。
「それで残された私はどうなる!?」
カノンはその頬に涙を流して、声を荒げる。レイの言葉は痛いほど理解できる。レイがこういう人間で、こういう状況に追い詰められたら、こういう行動に出るような人間だということを私は誰より知っている。
だから―――
「お前に守られて、それで一人になったら私はどうすればいい!!たったひとりで、お前がいない世界をどう生きればいいんだ!?」
「君は、そんなに弱くないよ……」
私をそんな上等な女性と見てくれていることが嬉しくて、同時に腹立たしくて
「君は前を向ける。僕がいなくなったからって、君は簡単に倒れる
消え入りそうな声でそう言ってくれるお前が、何より怖かった。今にも、消えてしまいそうな気がしたんだ。
「私はそこまで強くはない!!全部、全部お前がいたからだ!!あの時、フェンリルを解放しなかったのも!私はここに居ると言えたのも!全部お前が、いたからなんだ……」
「―――っ」
「頼む・・・・・・私の、隣にいてくれ・・・・・・」
彼の肩に両手を乗せて、私はうつむいた。震える喉で、精一杯に想いを伝える。
「嬉しかったよ・・・・・・お前が私のために、ファフナーを作ってくれたこと」
「・・・・・・え?」
「咲良が回復すれば、ファフナーに乗ろうとするだろう。ならば彼女のファフナーは自然にマークドライになる。私より彼女の方が、ドライの適正は高いからな。だからといって、私の搭乗機体をベイバロンに戻せば戦力としては今よりも落ちる」
彼女にとって、それはわかりきったことだった。咲良の親友を自負するカノンにとっては彼女の性格はよく知っているつもりだったから、回復した咲良が取る選択は簡単に予想がつく。
「だが、お前はそれをよしとしないで、私専用のファフナーの開発に着手したのだろう?」
「そ、それは・・・・・・」
「全く、駆動角度から重心、反応速度まで私専用にチューンをして、本当に私以外に使いこなせない機体にしてしまったな」
私の手をレイは両手で取った。その手は震えていたけれど、しっかりと私の手を握っている。
「そ、それを立案したのは容子さんであって僕では―――」
「機体立案は母さんかもしれないがそれを立案以上の形にしたのはお前だろう」
そう言うと、レイは押し黙ってしまった。だが、数秒経ってから頬を抑えて口を開いた。
「・・・・・・本気で叩きましたね?」
「本気じゃない。6割だ」
「なお悪いです」
レイの抑えた手を取り払い、自分の手で優しくなでるカノン。確かに赤くなっているようで痛かったのだろう。
「目は覚めたか?」
「はい。おかげさまで、もう少し頑張れそうです」
レイは立ち上がって、机のフェストゥムゲネをカノンに渡した。
「遠見先生に返してください。僕にはもう、必要ありませんので」
「お前はどこに行くんだ?」
「会議室です。ちょっとサボりすぎたので参加しないといけませんから」
そう言うレイの表情は穏やかで、でも消え入りそうな儚さは消えていつもの、カノンが好きだと言った少年がいた。
レイが部屋を出て行く直前、ふと顔だけをカノンに向けて言った。
「戦いが終わったら、フロッピーを見た事についてお話がありますので、逃げないでください」
そう言って、今度こそ部屋を出た。あとに残されたカノンは、若干の寒気を感じると同時にいつもの調子に戻ったレイの言葉にちょっとだけ吹き出してしまった。
――――
アルヴィスの会議室。そこに集められた8人のファフナーパイロット。そして真壁指令と溝口。
向かって左側に4人。右側に4人の構図。そして最奥に指令の2人が立っている。
「作戦概要は以下のとおりです」
向かって左側の一番手前にいたレイが中央テーブルのスクリーンを起動して映像を表示する。
CGを用いて作られた映像には、竜宮島とそこから離れた位置にある敵の本拠地、そしてその2つの上にある多数の点が敵を示している。
「島の区画を切り離し、敵がこちらへ襲撃をかけている中にこの区画を敵本拠、空母ボレアリオス級に接近させます。可能な限り接近した後遊撃部隊を空母に上陸させ陽動を。隙を見て区画を海面に浮上させ、日野美羽を敵ミールと対話させる。島本土はその間敵からの防衛に努めます」
レイが説明している間、映像がかれの説明に合わせて場面を変える。戦力を半分に割っての作戦故に、各々に緊張が走る。
だが、その表情に不安の色は決して見受けられない。
「何か質問はありあますか?」
「最大可能防衛時間は?」
カノンからの質問にレイはその表情を変えずに言った。
「戦闘が始まってから最大で75分。一切の予断は無く、遊撃部隊にも迅速な行動が求められます」
ほかには。と言うレイの言葉に反応する者はいない。皆、作戦の全てを理解し自分の役目を把握しているからだ。
故にやることは一つ。自分の使命を全力で全うすること。
その沈黙にレイは満足げに頷くと
「これで作戦の確認は以上です」
と言い、真壁指令に目線を向けた。
「本作戦の選抜を確認する」
文彦はまず向かって右。つまり彼から見て左側を見る。並ぶのは、剣司、咲良、里奈、輝の4人
「遊撃部隊。近藤剣司、要咲良、西尾里奈、西尾輝」
そして今度は向かって左に顔を向けた。並ぶは真矢、カノン、広登、レイの4人
「防衛部隊、遠見真矢、羽佐間カノン、堂馬広登、レイ・ベルリオーズ」
全員の表情に一切の曇はなく、全員が作戦の成功を信じている。それは無論最奥にいる2人も例外でなく、今ここにはいないが確かに存在している彼も同じだろう。
「及び、春日井甲洋」
島に帰還した少年。自らを機体のコアとして、このしまを守るために戻った彼もまた、ここにいる全員と同じ表情をしているに違いない。
「敵襲来と同時に、遊撃部隊は島を離れ、敵本陣に奇襲をかける。機会は一度限りだ」
言葉を切り、全員を見渡す。そして、この言葉に万感の思いを込めて口を開いた。
「総員の生存と、再開を祈ろう」
こうして、最後の会議が終了したのだ。
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