Entrance~剣の章~   作:Boukun0214

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捕食された村

「・・・なんだこれ。」

 

東ミスリ村に到着した。

日が暮れてすぐのことだ。

いや、村だったもの、といった方がいくらか適切かもしれない。

 

「た、助け、たす、けて。。。」

 

一人の男が助けを乞う。

だが、もうその必要はないし、助からないだろう。

脚を引き摺る男に、怪物が群がる。そして、その腕を、脚を、首を、引き千切られる。

その後に響いたのは咀嚼音だ。

 

「・・・行こう。」

 

鉄の臭いに吐き気が込み上げる。

消音(サイレント)と暗闇のおかげで、まだこちらは気付かれてはいない。村を囲う高い柵を乗り越えて入ったのは失策だった。何故だか内側からは出ることが出来ない作りになっていたからだ。

 

「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

さして遠くない位置からの悲鳴。男のものだ。

まだ誰か生きている人が居るのか?

だが、助けに行くには状況が厳しすぎる。何せ、あと死喰鬼(グール)が何体いるか判らない。だが、ライカはそうは思わないらしい。

 

「フィル、行くよ。その、音を消すのは続けて欲しい。少しでも生存者を確保したい。」

「・・・わかった。あまり私から離れすぎないでくれ。」

あまり離れすぎると消音(サイレント)が効かなくなる。あくまでも、私の周囲の音を消しているのだ。二人して走り出すが、あくまでもペースは私に合わせる形になる。

 

「フィル、グールを殺す方法は?」

「・・・頭を撃ち抜くのが一番早い。頑丈だが、不死性はないはずだ。」

「わかった。」

ライカが走りながら矢を放つ。前方を歩く死喰鬼(グール)に命中し、少し痙攣した後、ばったりと倒れる。おそらく即死だろう。恐ろしいほど鮮やかで、そして精度が高い。

「居た!ライカ、右の家の影!」

先程の悲鳴の主と思われる青年を発見する。転んでおり、そこに一体の死喰鬼(グール)が覆い被さっている。

死喰鬼(グール)の脳天だけが撃ち抜かれた。

 

「大丈夫か!?」

 

ライカが駆け寄り、化け物の死体をどかす。

 

「ひっ・・・あ、え、に、人間・・・?」

「ああ。僕らは旅人だ。安全なところはわかる?」

「あ、その、地下牢、なら・・・」

「わかった。立てるかい?」

「あ、ああ。」

 

ライカが青年を立ち上がらせる。脚を引きずっているように見える。これでは走るのは難しそうだ。ライカがその青年に肩を貸す。

 

「フィル、悪いけど、何かあったら迎撃をお願い。これだと矢が打てないから。・・・魔法も、どんどん使ってくれて構わない。」

「わかった。」

 

周囲を家の影から確認する。こうも暗いと遠くがよく見えない。そういえば今夜は満月のようで、その暗闇も少しはマシになっているのだが。

「地下牢の方向は一度来たからわかる。案内するよ。」

そういえば、ライカは一度仕事で来たことがある、といったことを話していた。彼の仕事について気になることはあるがこの際それはどうでもいい。地理を知っているのならとてもありがたい。

「じゃあ、行こう。そんなに遠くはなかったはずだから。」

ライカは青年をほとんど背負うような形で歩き始めた。青年の怪我はそこまで酷くはなさそうだが、血の臭いに死喰鬼(グール)が反応するのはそれはそれで厄介だ。だが、今はその臭いを消す術がないから諦めよう。

 

「地下には、誰か居るのか?」

「その、子供が、何人か。」

「なるほどね。後で民家に入って食料漁っていこう。まずは向かわないとだけど。」

 

ライカに案内をされながら暗闇を進んでいく。幸いなことに死喰鬼(グール)とは出会さずに地下牢へと続く、祠のような場所に来ることが出来た。

「ここで合ってる?」

「ああ・・・。ありがとう。」

「ライカ、ここからどうする?」

「・・・まずは、なんとか出ないと、だよねぇ。」

「無理だ。」

青年が口を開いた。

「出ようと思っても出れないんだ。ここからは。」

「・・・説明してくれるかな。」

祠の中はしんとしていて、声と足音が響く。

「急に、男がやって来たんだ。ただの人間だったし、そのまま村に入れた。そうしたら、それで、あっという間に・・・。」

「それでも、あの化物達は単体じゃそこまで強くないはずだ。ここの村人だってそんなに人数は少なくなかったはずだし、迎え撃てたんじゃない?」

「その男が、妙な力を使ってたんだ。」

「力って・・・」

話しているうちに階段を降りきって、暗いなかに影がいくらか見えてきた。

 

「ただいま。・・・旅の人が来た。」

 

青年が足を引きずりながら、笑って見せた。

 

 

 

 

この祠に居たのは、青年を除くと全員子供だった。

他の場所にも生き残りがいるのではないか、と探しに出ていたところを、襲われてしまったらしい。

 

「なあ、旅の人。アンタらは、どうするんだ?」

「・・・そうだなぁ。」

ライカが考えるような素振りをする。

「フィルは、どうしたい?」

「私は・・・」

どうしたい、か。最終的には帰りたい。その為にここに来た。そして、この死喰鬼(グール)の騒動を見るに繋がっている、もしくはそうであったことは確実だろう。

ただ、訊かれているのはそういうことではない。

「私は、死喰鬼(グール)を退治する。そうしてから、ここを出る。」

私は、なにか義務感のようなものを感じていたのかもしれない。何処の誰がしたのかもわからない不祥事の後始末をするような、そんな感覚だ。

「そう。じゃあ、例の男について話を教えてくれるかな。」

「・・・ああ。」

子供達は皆寝ている。

青年はそれを横目で確認した。

 

「・・・最初、男が来た。」

小さな声で、青年が話し出した。

「それで、村の皆にを集めて、妙な、そう、白い飲み物を渡して、勧めてきた。珍しい飲み物だから一杯どうかって。」

青年の声が震える。

「そしたら・・・村の、みんなが、化け物に・・・それで、どんどん、喰われてって、いつの間にか・・・」

「・・・わかった。もういい。」

「フィル、何かわかったの?」

「・・・死喰鬼(グール)の母乳を飲むと、死喰鬼(グール)になる。彼らの子として生まれたことで死喰鬼(グール)になるわけじゃないんだ。彼らに育てられたことで死喰鬼(グール)になる。」

そして、彼らは必要に応じて変身能力を使う。これによって、里がいつの間にか死喰鬼(グール)に取って替わられた、という話も無いわけではない。

「戻す、方法は?」

「・・・残念ながら。」

私は首を振った。化け物への変化は非可逆だ。それこそ、天使の信仰する神様とやらの所業でもなければあり得ない。

「・・・そうか。アンタ、やけに詳しいんだな。」

「彼女はこの手の専門家でね。僕らは旅をしながらそういう、化け物達を退治して回ってるんだ。」

ライカが、「話を合わせて」とでも言いたげにこちらに視線を送る。

「ああ。・・・あまり、認知されているわけではない。が、そういう、伝承上の生き物も、確認されている。」

そういえば彼はここでは素性を隠したがっていた。フードも深く被ったまま一度も外していないし、何か事情でもありげだ。やはり、差別の問題か。これは、彼の名前を出すのも控えるべきなのかもしれない。

「そういえば、さっき、ここから出れない、みたいなこと言ってたよね?それはどうして?」

「村を囲う塀とか、村の出入口とか、見ればわかるけど、形が変わって、出れなくなってる。」

「・・・そうか。わかった。ありがとう。」

ライカが立ち上がる。

「フィル、ここで待っていてくれ。僕は一度、夜のうちに食料を漁ってくることにするよ。ついでに生存者も。例の男、も、確認できるようならしてくる。」

私がついていく、と言っても恐らく足手まといになってしまうだろう。こういった隠密が必要になる行動は極力少人数が有利だ。

「ああ。気を付けて。」

それならこちらは信じるしかない。夜の闇が彼を隠してくれることを祈ろう。その手助けくらいはできるかもしれない。

闇魔法(ダークスペル)装着(ドレスアップ)

ライカを、暗黒が覆う。

「・・・闇夜に紛れる魔法だ。お守り(アミュレット)程度にはなるかもしれない。」

「ありがとう。気を付けるよ。」

彼は牢屋の先の階段を登っていき、その向こうの闇に消えた。・・・そうだ、ひとつ忘れていた。

「おい、脚を出せ。」

「・・・は?」

「怪我してただろう、彼が戻ってくる前に手当てするから。」

青年の右足から、布越しに赤いものが滲んでいる。私に回復魔法は使えないけど、確か包帯くらいなら荷物に入っていたはずだ。

「そのくらいは自分でできる。物だけくれないか。」

「ああ。わかった。」

私は彼に、荷物の中から包帯と、薬を取り出した。薬の方は途中の森でライカが見つけて作った塗り薬だ。彼は薬屋でもやっていたのだろうか。やけに慣れている様子だった。

青年が包帯を足に巻く間、少し手持ち無沙汰で部屋の中を眺める。

そういえば、この部屋の光源はどうなっているのだろう。横目で確認すると、何やら光る石?のような何かが透明な瓶の中に入れられていた。何だろうか。見たことないものだ。

「・・・光氷石(こうひょうせき)、興味あるのか?」

「ああ。」

これは、こうひょうせき、と言うらしい。

「それさ、この辺の地下掘ってると沢山出てくるんだ。あんまり外に流通はしてないから、多分、旅してる人には珍しいんじゃないか?」

「私は、初めて見る。」

「電気ってやつがない、こんな田舎じゃ、結構重宝してる。難点は使ってるとどんどん溶けて、使い道のない液体になるってことだ。」

「でも、便利そうだな。」

この世界ではときどき聞きなれない鉱石の名前が出てくる。命あるものではなく、命のないものに特異性があるのだろうか。

「私の育ったところでは、光源といえば蝋燭やランタンくらいだったものだから。」

「そうか。アンタが居たところも、結構田舎だったんだな。」

「ああ。何もないけど、良いところだった。」

()()()()()()()()。過去形だ。

いつの間にか、あの頃は私にとって思い出になりつつあるのかもしれない。それは、なんだか、とても、怖い。

「そういえば、アンタのツレ、あのー、そう、フードの男。アイツはなんて言うんだ?」

「・・・ああ、いや、えっと、その・・・名前とか、そう、知らないんだ。」

咄嗟とはいえ、なんだ。知らないって。他にもっとこう、偽名とかあっただろう。まあ私にネーミングセンスはないのであまり良い名前にもならないだろうが。でも、実際、私が彼について知っているのは、それこそ名前くらいのものだ。まあ今、それすらも知らないと言ったのだが。

「・・・へえ、アンタらも、なんか変な関係なんだな。」

「まあ、・・・私は彼に、拾われたようなものだから。」

「なるほど。このご時世、珍しいことでもないよな。・・・このガキ達も、親がいないから引き取ったって感じだしよ。」

彼は懐かしむような、悲しむような、そんな目をした。

それにしても、どうしてか、彼にはつい色々と話してしまう。いや、もしかしたら柄にもなくはしゃいでいるのか?新天地に?まるで冒険書のような展開に?それは不謹慎だ。ただ、妙に、何かを話したい気分なのは確かだった。それに、そうでもしないと、ふとしたときに思考が散ってしまう。さっきからずっとそうだ。もういっそ寝てしまった方がいいのかもしれない。

「・・・そろそろ、俺は寝る。旅の人、アンタも毛布ぐらいはあるだろう?生憎、藁はガキが使ってるんで下は石だけど、慣れればどうってことねーさ。」

「ああ。・・・わかった。」

急に青年は寝転がって、目を閉じた。いつの間にか彼の脚には、丁寧に包帯が巻かれている。話している間に終わったのか。

 

眠ろうと思って少し目を閉じたが、そこまで睡魔が迫っているわけでもなかった。それに背中が固くて寝付きにくい。土や木と、石では全然違う。なら気晴らしにと外に出るのは危険だし、私一人だと恐らく囲まれたときに対処できない。急所を一瞬で飛ばせるような魔法を使えれば良いが、私は威力の低いものばかりだ。そもそも戦闘することをあまり考えていなかったのが問題か。

そういえば、この祠は元々なんの為の場所なのだろうか。一目見て祠だと判るような雰囲気、もとい神聖性は感じることができたが、その源がわからない。祠というのだから、何かの信仰のシンボルなり意味はあるはずだ。しかもここに地下牢がある。部屋の角には、使われてこそいないが鎖が何本か。そのうちの一本は断ち切られている。もしかしたら、宗教的な罪人でもここに閉じ込めていたのかもしれない。正直、牢屋の使い道なんてそのくらいなものだろう。

どうでもいいことばかりを考えていたら眠くなってきた。そろそろ私も眠るか。今夜はあまり寒くない。なら、毛布は床に敷いて眠った方がいくらか楽か。

外を見に行った彼に何事もないことを、大自然に祈ろう。

どうか、彼のことをこの夜闇が、捕食者の眼から隠してくれるように。


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