Entrance~剣の章~   作:Boukun0214

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矢蜘蛛

「こんなものか。」

 

彼女は警戒していたし、どのくらいのものかと思ってはいたけど、本当に簡単に事は済んだ。

いつも通りのことを、いつも通りにしただけ。

目の前には、黒いローブを羽織った老人が、無数の矢を受けて蹲っている。

右手でそれらを手繰り寄せる。

それは蜘蛛の巣にかかった獲物のように、だらりと糸に絡まれて吊るし上がった。

これを繰り返して、いつからか、「矢蜘蛛(しぐも)」なんていうアダ名をつけられたのは、もう大分前のこと。どうして今更思い出すのか。

 

老人の体から、紫色の紋様、たしか、似たようなものを僕は見たことがある。魔法を使うときに、魔法使いが顕すもの。魔法陣というやつだった。

 

「・・・・妙な術って、こういうことか。」

さて、何が起こる?

光が晴れる前に、周囲に数体の気配を感じる。

何かが突然現れたようだ。魔法の存在を知っていれば、あまり驚きようがない。弓を下げ、短刀を腰から抜く。右からの殺気に刃をあてる。何かを弾いた。光が消え、死喰鬼(グール)のようなモノが、1、2、3・・・6体いる。頭部を貫けば一撃で殺せる。楽な敵だ。しかし、召喚系とは。

「・・・・。」

眼の奥に、意識を連れていく。景色が変わり、音が止まり、時間が滞った。下げた弓を上げ、順番に矢を放つ。僕の手を離れた矢は空中で停止した。それを六度、繰り返す。

「・・・。」

僕は眼の力を解除した。すると、景色は流れ、音が動き、時間は進む。ドスドスと矢の刺さる音が聞こえた。

「・・・これ、で・・・」

老人が、掠れた嗄れ声で口を開いた。ので、喉にナイフを投げる。ストンと、肉と骨の隙間に入る音が聞こえた。

だがその口は、苦痛ではなく、喜色に歪んだ。

「わが・・・えをゴボッ喰ら・・ぼうと・ゴボッ・よえ・・・死霊(デッド)魔法(スペル)ガッ」

口から血が溢れ、半ば溺れながらその男は呪文を紡ごうとした。それを最後まで言わせることなく、僕は彼の頭を短刀で貫いた。

しかし、遅かったようだ。

巨大な魔法陣が、この建物の床に現れた。

さて、何が起こるか。僕に魔法とやらの知識は全くない。とりあえず、何が起きても驚かない程度の心構えはして損はない。

落雷のような轟音が響く。耳が痺れた。

「・・・何が来る?」

意味はないが呟いた。

次の瞬間、寒気がした。

気温ではない。全身を鋭い刃で無数に貫かれるような、生命であるならば、恐らく、誰もが忌諱し、畏れるようなそんな存在感。

形容するならば、死の王。死、そのもの。

そして僕は、その存在を()()()()()。何度として、幾度として命を奪うとは、そういうこと。いつしか(それ)が忍び寄る気配を察するようになり、その瞬間に矢を射ると、例外なく命は途絶える。

「・・・思ってたより、グロいな。」

それは四方から飛んできた淡い光球を吸収し、空間を裂いて現れた。その空間の裂け目は、あの少女が落ちてきた穴に似ている。きっと、それはこの世界のモノではないからだろう。

あの穴からは無数の手が、肉の塊がぶくぶくと無数の手の形を形成して、腐臭と共に此方へと伸びてくる。避けるのは容易いが、攻撃をしても無駄だろう、というのはなんとなくわかった。相手の限度は未知だが、こちらの矢には制限がある。僕が到底敵うことがない、というのもなんとなく察した。

フィルが言っていた。「魔法は術者等のその核になるものを破壊すれば止まる」と。なら、僕がすべきなのはそちらの対処。魔法陣は床に現れていた。建物の破壊が正解か?しかしどうやって?火薬なんて持ってきてないぞ・・・。

そのうち、穴から出現した無数の手は、魔法使いの男の体を捕らえた。その口へ、鼻へ、傷へ、体外から体内へ。肉の塊はその老人の体へと吸収され、そして傷を塞ぎ、驚くべきことにその体を若返らせた。

「・・・・ゴホッ」

もはや老人の面影など無いその男は、口から大量の血を吐き出した。・・・もう何があっても驚くまい。そう思っていたとしても、やはり想定の遥か先を行かれると動揺する。死体同然の男が甦った。そしてついでに若返った。なんだそれは。若返りの眼の話なんて聞いたこともない。魔法はなんでもありなのか。

「貴様は・・・?」

「・・・・。」

答える気など無い。 早く、この建物の破壊をしないと。だがどうやって?爆薬なんて持ち合わせてない。フィルならあるいは。いや、無理だ。そんな隙はない。僕一人ならともかくとして、一人護りながらアレを相手するのは不可能だ。

その証拠に、ほら。一瞬で距離を詰められた。

「ふむ。・・・雑ざりモノか。」

「・・・!」

慌てて距離を離そうとする。が、体が動かない。

「いやなに、こちらでは珍しいと思っただけだ。ほとんど間引かれているものだと思ったからな。」

「お前は・・・」

どうやら僕は、性懲りもなく怖がっているらしい。

かつて無いプレッシャーが筋肉を収縮させ、関節を固定し、視線をぶれさせ、声を震わせる。

「なんだ・・・?」

大方の予想はついていた。

目の前の男は鼻でふっと笑い、虚空のような瞳で言った。

「冥府に居てなお、生に執着する亡霊の類いだ。」

言葉が耳に入るのが早いか、腹に衝撃が、直後に背中に鈍痛が。

空気が肺から逃げる。蹴飛ばされたことに気付くのに、あまり時間はかからなかった。頭は打っていないが、そう何度も食らって良い攻撃ではない。壁に叩きつけられただけで、この身体はボロボロになってしまう。

体制を建て直す前に、瞬きをするような間にまた男が目の前に来る。動きが早すぎる。降り下ろされた右腕は僕の顔面を狙ったものだろうか。避けたら背後の壁から嫌な音がした。

これは死ねる。

逃げる。まずは逃げることを考えねばならない。意識を集中した。息を止めるように、時間を止める。

全て例外無く、自分以外の世界の時間を留める。

「・・・ふう。」

呼吸を整える。身体は動く。痛みはあるが主要な骨は逝ってない。肋が一本程度か。よし。

そしてそのまま、部屋から駆け出した。

出入り口の扉は開けてある。外に出るのは容易だ。しかし、ひとつ想定外のことがあった。

「フィル・・・」

足止めが終わったのか。もしくは全滅させることができたのかはわからない。いや彼女のことだ。何かあったと思って来てしまったのかもしれない。

僕の力にはいくつか法則(ルール)がある。

ひとつ、能力発動時に僕が触れていた物は僕が離れるまで時間停止を受けない。でも、停止した物は僕が触れても動かない。

ふたつ、僕の体を離れた物体は即座にそれまでの運動状態を引き継いだまま停止する。

そしてみっつ、時間停止にはクールタイムがあり、それは僕が能力を使用した長さと一致すること。

つまり彼女を連れて逃げようと思えば、まず時間を動かさないといけない。そうなると少なくとも数十秒のクールタイムが生じる。相手の移動速度を考えると、追い付かれるのは確実だ。彼女をここに置き去りにすると、十中八九鉢合わせる。その場合、彼女がどうなるかは想像に難くない。

この少女を見捨てるか、分の悪い賭けに乗るか。

「・・・。」

いや。答えなんて決まっている。

ここで間違えたら、彼女に手を差し伸べた意味がない。

彼女の手を掴んでその瞬間、眼の力を解除した。

「フィル、走って!」

「!?え・・・!」

無理矢理フィルを引っ張り、建物の外に連れ出す。同時にランタンの布を外して、周囲を照らした。さあ、逃げ切るか。

「詳しいことは後!逃げるよ!」

ああ、賢い子だ。とりあえずは逃げることに賛同してくれたらしい。彼女の運動神経はあまり高い方じゃない。クールタイムが過ぎたらすぐに力を使うことが前提だろう。

「おや、そこの小娘は誰だ?」

「・・・くッ!」

もう来た。速い。いくらなんでも速すぎる。まさかこれも魔法の類いか?しかし魔法陣は見えない。

闇魔法(ダークスペル)暗霧(ミスト)!」

黒い、いや暗い霧が展開される。

フィルの魔法だ。目眩ましか。そして手に持つランタンの中身を彼女はぶちまけた。光源が消え、視界が完全になくなる。

「ライカ、私が手を引く。離さないでくれ。」

フィルが僕の手を引いて駆け出した。見えているのか?この暗闇が。・・・いや、彼女の眼の力は"音"つまりは蝙蝠なんかの超音波みたいなものか。

この調子で逃げることができれば良いが。

しかし、途中まで走って、何かにぶつかった。手を当てて、その平らな、そして強固なものを触る。触れると魔法陣が現れた。

「・・・壁?」

「しまった。ライカ。逃げられない。結界だ。・・・くそっ。」

ああ。どうしてこんなに大切なことを忘れていたのだろうか。僕たちは閉じ込められていたんだ。この村からは出ていけない。それは確かめたはずだろう。どうして思い出せなかったんだ。

でも。

腹を括るのには早すぎる。

僕より先に、フィルが口を開いた。

「・・・ライカ。"アレ"はなんだ?」

「多分、魔法って奴の産物。・・・死体が甦った。」

「・・・なんだと?」

今は少しでも情報が欲しい。追ってこないことを見ると、向こうも暗闇では視界が制限されるらしい。

「甦った、というより、死にかけの男が蘇生して、ついでに若返った、という感じ。」

死霊魔法(デッドスペル)の最上位、冥王降臨・・・」

「マズい?」

「・・・かなり。・・・私はその対策を持っていない。」

「策はある?どれだけ難易度が高くても。・・・多分、マトモに戦って勝てる相手じゃない。」

「私が魔法そのもののコントロールを奪う。その為には、時間と安全の確保。・・・これが最低条件だ。」

「僕は何をすれば良い?」

「まずは魔方陣の、術式を敷いたところ、つまりあそこの建物の中。そこで私が魔法のコントロールを奪う。その間、時間を稼いで欲しい。」

「・・・勝算は?」

「わからない。・・・多分、一割もない。」

「わかった。やろう。」

おそらくは物理戦闘は無意味と考えて良いだろう。あの速さでは何もできないうちに殺される。

「これから僕の手を離さないでくれ。」

・・・あまり長い時間使ったことはない。けど、確実な方法を取るのなら、これしかないだろう。

「・・・僕の眼の力は、僕の触れていないもの全ての時間を止める力だ。これから僕とフィル以外の時間をすべて止める。」

「わかった。」

僕より数段小さい手が、握る力を強める。それを確認して、時間を止めた。

 

星の灯りを頼りに、建物までたどり着く。

「・・・さあ、ここから本番だ。」

「頼むよ。フィル。」

「ああ。・・・解呪(ディスペル)。」

フィルが部屋の中心に手を置き、呟く。

白い光が手元から床に描かれた魔法陣を伝うように広がっていく。

「・・・術式、解析・・・」

僕の手を握る力が強くなった。

「・・・・くッ!」

少しして、フィルの床に置いた右手が閃光のようなものに弾かれた。

「大丈夫!?」

「・・・失敗した。・・・もう一度やる。」

彼女の手は赤く腫れている。

それなりのリスクを伴うようだ。再度挑戦する。

手を置いて、白い光が部屋を照らす。

 

「・・・・駄目だ。もう一度。」

 

また彼女の手が弾かれる。

 

「・・・もう、一度。」

 

強い閃光が手から血を流すほど彼女を傷つけた。

 

「・・・・まだだ。」

 

冷や汗をかいている。かなり辛そうだ。だが僕にできることに集中しないと。

 

「・・・術式、解析、・・・完了!」

 

何度目か。彼女の声と共に、白い光が、紫のような、黒のような、そんな光に変わる。

「・・・・来い、・・・うぁあッ!」

今度は紫色の稲妻が彼女の腕を駆けた。ローブを引き裂いて、その腕から血が溢れた。

「フィル!」

「・・・まだ、行け、る。だいじょう、ぶ。」

「・・・・頑張ってくれ。」

光は消えずに、紫色の光が徐々に白に塗り潰されていく。

「・・・我、この契りの代弁者なり。・・・我、汝の身を束縛から解放する者・・・ッ!」

かなり辛そうだ。

だがこちらも少しずつ余裕がなくなってきている。・・・長時間の使用は体力を大きく奪われる。もっと早めに試しておくべきだったか。ここで決めて欲しい。

「冥府より来たる主よ、いと大いなる定めに還り、その混沌の魂を放ちたまえ・・・!」

先程よりも大きな、大きな稲妻が魔法陣から上がった。

「故に、我、・・・この、契約を、・・・破却する!!!」

強く、手を握った。

白い閃光が部屋を覆う。

そして、その魔法陣が消えた。

「・・・成功、した。」

フィルが膝をついて力を抜くのを確認して、僕は眼の力を解除した。

「ありがとう。お疲れ様。」

随分と消耗したのか、その場でへたり込んでしまった。

だが良かった。これであの脅威が消えたなら、安い。

 

「・・・舐めたことをしてくれたな。小娘。」

「!?」

目の前に、急にヤツが現れた。

 

「魔法を解いたのに!何故!」

率直な抗議にも似た悲鳴が僕の口を飛び出した。

「ああ確かに、魔法を解かれては消える他ない。だが、ひとつ長らえる方法がある。」

一瞬で、その距離が詰められる。

「貴様達の命を喰らうことだ。」

マズい。眼の力は使えない。

だったら白兵戦闘による交戦をするしかない。

右手を振り回した。糸を握って。

部屋に張り巡らせた糸が相手の体を絡め取る。相手の体は徐々に、端から崩壊が始まっている。なら、耐えれば勝ちだ。

「・・・フィル、休んでて。」

 

背後からの返事はない。弱々しい吐息がある。なら良い。僕は弓を掴む。

体力は消耗しているが、動けないほどじゃない。

即座に矢を2本撃ち、相手の両目を狙う。しかし首を捻りかわされた。体を捕らえた()を引きちぎられ、その拳がこちらへと来る。魔法の類いを使わず、近接戦闘をするなら都合が良い。あの瞬間移動は超速度を利用したものではないのだろう。

僕は触れずにその拳をかわした。右手の突きを左に回り込むように避け、腰ベルトのポケットからから投擲用ナイフを取り出す。一連の流れとしてそれを放り投げる。狙いは脚の腱。だったのだが、刃物が弾かれた。どんな肌してるんだコイツ。龍人のような強靭な鱗があるわけでもない。物理攻撃は通用しないと見た方がいいか?

「小癪な!」

男は怒鳴って、僕を蹴りあげた。仰け反って避けると、前髪が男の足を掠めた。やはり、彼自身の体術はあまり大したことはない。素人だ。それに焦りもあるのだろう。あまりに雑すぎる。

束縛せよ(ロック)

「─────!」

突如、僕の右足が動かなくなった。

不味い。魔法か。いや落ち着け。動かなくなった、というよりもこれは筋収縮状態を強制的に引き起こされている感じか。胸ぐらを掴もうと、手が迫る。

「ふっ」

後ろへと倒れる重心を利用して、そのまま手をついてバク転をした。着地は失敗して転んだが、すぐに立て直す。どうやら足首と膝を動かすことはできないが、腰と股の付け根は動く。右足を見ると脚に光る文字のような紋様が巻き付いていた。鎖みたいだ。

魔法か。呪文はフィルのものよりもかなり簡略化されていたけれども、なるほど。やはり呪文からある程度の内容を予測することはできる。

相手の体は光る粒のようなものが空気に解けるように散っていく。これがあとどの程度続けばいいのかはわからないけれども、やはり持久するのが最適解なのか。

糸を、三本ほど引く。

またこちらを殴ろうとした男の腕を絡め取る。微細な振動を起こした状態で軽く引っ張った。微細な振動を起こした細くて丈夫な糸は刃物となんら変わらない。つまり、丁度良い位置に来た腕を切断しようとしたのだ。だが途中で糸が止まった。斬ることのできない部分がある。骨か。ここまで丈夫となると鬼属の体がベースだろうか。

でも、僕の手札が通用することはわかった。

投擲ナイフを弾いたのは単純な硬度が高いのか。それでも、この手段が通じるならば問題はない。

今のコイツは、僕より弱い。

 

「・・・君はもう、僕の巣の中だ。」

 

かつて僕は、矢蜘蛛(しぐも)と、呼ばれていた。

それは忌まわしき、暗殺者の名前だ。

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