憂鬱な朝だ。
いや、この世界での朝は、とりわけ目覚めたあとは、とても憂鬱な気分になる。別にこの世界の朝が原因というわけではない。
ただ、夢であって欲しかったと。何度も思うのだ。おかしな夢を見ただけだと。それならば、どれだけ救われるだろう。
でもこれは現実で、きっと私はもとの世界では行方不明になってしまっているのだろう。
そんな、考えていてもどうにもならないようなことを朝から、ベッドでぐだぐだと考えるのが、近頃の日課になってしまっている。嫌な日課だ。
「・・・起きないと。」
重い気持ちとは裏腹に、疲れがとれて軽い身体を起こして部屋を出る。
既に、"彼"は起きていた。というか、私が寝坊していただけかもしれない。
「おはよう。もうちょっとでご飯できるから。」
「えっと、なにか手伝えることはあるか?」
彼は、すでに朝御飯の支度をしていて、エプロンをして、バンダナで前髪を上げていた。
一人暮らしは長いのか、料理はかなり手慣れているようで、私が手伝えることはあまりない。というか、ほとんどない。いや、全くない。
「うーん、じゃあ、ちょっと食器を用意しててくれないかな。」
「わかった。」
言われた通り、小さな洒落た食器棚から、食器を取り出していく。ほとんどが木製で、あまり重たくない。それに、置いたときによっとぽど強く置かない限りは大きな音がしないので、木製の食器は少し好きだ。
まあ、すぐに並べ終わってしまったのだけれども。それもそうだ。二人分の食器なんて、ましてや比較的量の落ち着いた朝食だ。五分もかからない。またすぐに手持ち無沙汰になる。座って待っているというのも気が引けるし、だからと言って立って待っているのもどうかと思うし。
そんなふうに考えていたら、いつの間にか料理を皿に盛り終わったライカが、私に話しかけてきた。
「あ、そうだ。フィル、今日、ちょっと出掛けようと思うんだけど、一緒に来る?」
「わかった。私も行く。」
と、ここまでが、今朝の回想。
私は、この世界に来て初めて、人の集まる場所に来ていた。誰が呼び始めたか、ここの通称は、『ペーパー街』。"人間属"しかいない街。
確かに、見渡す限り人、人、人、人。
確認できる範囲であれば、羽も生えてなければ角も生えてない。耳も丸耳で、髪の色も染めている一部を除けば、黒や茶、そして金髪など。この地域は、金髪は少ないみたいだけれども。
住民が非常に多く、一目で栄えているのがわかる。所狭しと並ぶ店は、食料に日用品、雑貨、贅沢品などなど、必要そうなものは大体揃っていた。
「人多いから、はぐれないようにね。」
そう私に言った、青髪の青年の後を付いていく。そういえば、彼の髪の色は青だ。目の色は薄い水色。青目はそう珍しくもないが、人間で、この髪の色は珍しい。
それに、この一週間、彼が仕事らしい仕事をしているのを、見たことがない。
なにも知らないんだな。と、何となく思ってしまった。たかが一週間の関係なのだが、少しだけ寂しく思う。
そんな彼に付いていくと、狭い路地を抜けた先、人の殆どいない、"街の裏" に来た。
そこの、一つの建物へ入っていく。
中は昼間なのに薄暗く、少しだけ埃っぽい。
「おはよう。元気?」
「おー。ライカか。今日は何の用だ?」
ライカが店の奥へと挨拶をすると、奥の物陰で、影が動いた。
「ちょっとね。同居人の紹介。」
奥から、店主と思わしき男が歩いてきた。
年齢は、ライカと同じくらいだろうか?気怠そうな雰囲気を身に纏い、口に加えたキセルを近くの台に置いた。
頭はバンダナで覆われていて、ボサボサに伸びた髪が少しだけはみ出している。
「ふぅん。その子?」
彼は、私のことをじろじろと見て、その後にライカに、呆れたような声で言った。
「お前、そういう趣味があったとはなぁ。」
「人聞きの悪い。ただの居候だよ。それに、捕まるよ。。。流石にね。」
「まあ、お前にそんな度胸はないか。」
彼らが会話をしているのを横目に、店の中を見渡した。ガラクタが積み上がっている。
それらをよく見ると、そこにあるのは大量の武具と防具。剣に槍、盾に甲冑の一部など、誰が見ても戦いに使うものばかりだ。
「それよりさ、サタ、なんか面白いものない?」
「サタって呼ぶなよ。・・・俺はただの武器屋でいい。」
「僕のことさっき名前で呼んだんだし、いいじゃん。」
彼はライカの言葉を聞き流して、男は私に握手を求めた。
「俺は武器屋だ。・・・生憎、名乗るのが好きじゃないんでね。だから嬢ちゃんも、名乗らなくて良い。」
「私は・・・」
私が、この世界で語れる肩書きが、居候以外に無いことに気がついた。
「ライカのところで、居候を、してる。・・・よろしく。」
肩書きが居候というのもなかなかに悲しいものだ。なんとかならないのか。
「それにしても、いつ来ても汚いよねぇ。掃除したら?お客さん来ないよ?」
「生憎、お前みたいな物好きが一定数いるから客足は安定してるんだよ。」
「じゃあ、物好きなお客様の興味を持ちそうなものはあるかな?」
「しつこいな、ちょっと待ってろ。」
武器屋は、店の中のところどころにあるガラクタの山を漁る。金属が擦れる音がガシャガシャと、静かな店内に響いた。
「・・・確か、この辺に・・・これだな。」
彼が山の中から取り出したのは、一振りの細身の剣だった。窓から入る僅かの光を反射して、その刃は鈍く光る。その光は、僅かに緋く、そしてどこか黒っぽかった。
「ライカ、これ、持ってみ。」
武器屋に放り投げられ、ひゅっと空気を斬りながら飛んできた剣を、ライカは受けとる。
彼は受け取ったときに少しだけバランスを崩したのか、前屈みに転びそうになってしまった。危ない。
「うぉっと。。。あれ?おおー。」
ライカは何かに気がついたようで、目を輝かせながら剣を振り回している。ひゅおんひゅおんと音を鳴らし、空を裂く。そこまで店は広くない。・・・危ない。
「あ、フィルも持ってみる?」
無言で頷くと、ライカが私に剣を手渡した。
剣は小さいものでも相当重いらしいので、私は身構えた、のだが。
「・・・軽い?」
とても軽いのだ。特に鍛えていない、女の私ですら片手で軽々と振り回せる程度には。
試しに、少し持ち上げて降り下ろしてみた。
殆ど腕に負担がない。確かにそこには質量があるのに、まるで重力の影響を極限まで無視しているようだった。
「
「緋色金って・・・。なんでこんな高級品がここにあるのさ。」
「んー。拾った?」
「えぇ。。。」
どうやら"ヒヒイロカネ"とやらは相当な品物らしく、ライカは半ば呆れていた。それにしても、"反重力"を持つ鉱石があるとは。ある程度、ということは、純粋にその物質だけなら、浮いてしまうのだろうか。とても興味深い。
「もしかして、また戦場巡りしてるの?危ないからやめなって。」
「いーだろ。俺の勝手だ。それに、魂で縛られてない武器は、そうでもしないと手に入らないからな。」
「はー。縛られてない素でそれって、持ち主は相当、運が良いんだね。僕なんて木弓だよ?やっぱりこの格差は酷いと思うんだけど。」
「お前のはもう散々"進化"してるだろ。」
「そうだけどさぁ。。。」
わかっていたが、会話についていけない。それどころか知らない単語が出てきた。後でライカに訊いてみよう。
「じゃあ、今日はこのくらいで帰ろうかな。」
「あ、もう帰るのか。結局冷やかしかよ。」
「まあまあ。今度来たときはなにかしら買うからさ。」
少しの雑談をしたあと、ライカは例の剣を武器屋に渡し、軽く微笑んで、そう言った。
「そうだ、フィル、もし何かあったら、ここに来なよ。ああ見えて、サタは結構頼りになるから。」
「おいおい。面倒ごとには巻き込むなよ?」
武器屋は抗議の声を上げるが、ライカは軽く手を挙げて、店を出た。私もそれに続く。
彼の友人の店を出て、そういえば、彼が初めて私以外の者と会話をしているのを見たことに気が付く。
変わった交遊関係だなと、少しだけ思ってしまった。
「じゃあ、付き合わせて悪かったね。買い物に行こうか。」
私が思考の輪を廻し始めようとすると、青髪の青年はこちらを振り返った。
「ああ。」
昨日と違って、日記のネタには困らなそうだ。