雲が適度にある、天気の良い昼下がり。
少し懐かしさを感じる、人の少ない森の中。
「
言霊は精霊の力を借り、魔方陣となり、現実に作用をもたらす。水色の光を宿った魔方陣が私の突き出した右手の前で展開する。それは一瞬空気に解け、空間に収縮し、そこには無かった鋭い氷の礫を創り出した。
「おおー!」
その礫が的に突き刺さると同時に、私の横に立つ青年は、驚きの歓声を上げた。
私は、自分がもといた世界のことを彼に説明するため、魔法を見せることにしたのだ。この世界でも魔法が使えることはこの間わかったのだし、彼には色々と世話になっているのだから説明の義務くらいはあるだろう。
「すごいねぇ。魔法って。」
「色々あるけど、こういうのが一番分かりやすいかと思った。」
「あ、火とか出せるの?」
先日、武器屋に行ったときのような無邪気な顔で私に問い掛ける彼は、好奇心旺盛な子供のように感じた。
「えっと、
うろ覚えな呪文を口にする。
手元を基点に赤色の魔方陣は現れ、そして、炎が弾けた。
「あつっ。」
手元を基点にしたのは不味かったか。
ややローブの袖が焦げてしまった。あとで直そう。
「すごいなぁ。マッチ要らずだね。あ、冬とかは暖炉の火の管理が楽になるかも。」
・・・なんというか、そう。家庭的だ。発想が。
彼が炎魔法を使えるようになったとしても、多分、やることがその辺の主婦と変わらないような気がする。いや、この世界には魔法がなくても、簡単に火を起こせる道具が色々とあるので、多分必要ないだろうけど。確か、マッチとか言っていたものを良く使っているような気がする。
「面白いものを見せてもらったお礼っていうのもなんだけど、ちょっと僕も、何かしようかな。」
そう言って、彼は背中に背負っていた弓を構えた。
彼が弓を構えているのは、もしかしたら初めて見るかもしれない。構えた弓は、背負っていたときは確かに、とても簡素な弓だったにもかかわらず、その一部が光り、立派な、見栄えのする装飾があしらわれる。
青緑を基調にした、どこか不思議な弓には、普通の装飾だけでなく弓の上下の関板からは刃がついており、一目で戦うために特化した作りであることがわかる。
「行くよ。」
彼は矢に弓をつがえ、それを放つ。引き絞り、放つ。
いくつも連続で放ったその矢は一つも外れることなく的に突き刺さる。見事だ。
ふと、彼が何かを引っ張るような仕草をした。
理解するのに、少し時間がかかった。
的がこちらに吹っ飛んできた。
彼の仕草から察するに、見えない糸のような物が矢に付けられていて、それを引っ張ったのだろう。
「"魔法"を見せてくれたお礼。っていうのは、変かな。この世界では、皆、一人一つずつ武器を持っている。その武器には、何か、普通の物理法則ではあり得ない力が宿ってるんだ。僕の場合は、放った矢が糸みたいなもので繋がってるって感じかな。あと、武器はある程度は、思い通りになるんだ。」
彼が弓を置いて、手をかざす。
すると、弓が彼の手にスーっと吸い込まれるように持ち上がった。
「ほらね?」
こうやって、法則をねじ曲げる力が魔法なら、この世界の武器はそれに非常に近しい。とても、興味深い。
「"この世界では皆、戦士だ。己の武器を持ち、その力で他を、時に退け、時に従え、時に殺め、時に守る。それがこの世の
「・・・それは?」
「王様が昔、戦争を始めるときに言ってたんだって。もう何十年も昔の話だけどね。」
戦争。そう聞いて私が一番最初に連想したのは、彼らが兵士となり戦う姿だった。
「僕ら人間の連合国、"ワイズモータレルム"はいくつかの国家と戦争状態にある。それがこの国の背景だよ。」
少し間を開けて、彼はクスリと笑う。
「変な話、この戦争はもう何百年も続いてるんだ。・・・そのための、"勇者"なんてものも使ってね。馬鹿なことだよ。愚かだ。」
「・・・」
彼に何を言おうか、少しだけ迷ってしまった。それが不味かったのかもしれない。何でもいいから言えばよかったのかもしれない。無神経に、もっと聞けばよかったかもしれない。
スッと、彼が見向きもせずにナイフを放った。
「ひっ・・・」
「物騒なこと考えてるならどっか行きな。次は当てるよ。」
ナイフが飛んでいった先の草むらから、男の悲鳴が聞こえた。ライカの声は恐ろしく冷静だ。
しばらくして、草むらが少しだけ揺れるとライカはため息をついた。
「・・・逃げたか。まあ、こういう物騒なやつらがいることがあるから、気を付けようってことかな。この国では。今のは多分、物盗りの類いだろうけど。」
今のところ、完全に物騒なのはライカであると私は思うのだが。
「は、はぁ・・・。」
「うん。まあ、僕らの武器みたいには行かなくても、何かしら護身用は持っておいた方が良いかもね。」
そう言って彼は、弓を背中に背負った。
いつの間にか、弓は元の簡素な木弓に戻ってしまっていた。先程感じた不思議な力は感じない。
「今度、サタの店にでも行こうか。・・・あそこはフリーの武器が沢山あるから。」
「ああ。」
ライカに何かを訊こうと思っていたが、忘れてしまった。しかし大したことはなかったと思う。
帰りながらでも、思い出したら訊こう。
「・・・私は、どんな武器がいいと思う?」
「そうだねぇ。まあ、帰りながら考えようか。」
少しだけでもこの世界のことが分かったのだし、進展したということにしよう。とても断片的でも、知らないよりはずっといい。
そうして、二人で森を歩いて帰った。
いつの間にか、日が傾いていた。