「武器を買いに行こう。」
朝食の前に、彼がそう言った。
「あ、ああ。」
「いやぁ、先に言っておかないと忘れそうで・・・」
何日間か共に生活をしてきて思ったのだが、彼はかなりマイペースな方だろう。まあ、ただそれを私が気にしなければ良いだけの話なのだが。
彼は朝起きるのがかなり早いようで、日が昇るとほとんどすぐに起きているようだ。そんなに早く起きて何をしているのかというと、朝御飯を作ってくれていたり、あとは本を読んでいたりなどなど、かなり気ままに過ごしている。
いや、下手に詮索するのもなんだし、と、思考を目の前の朝食に移す。野菜のスープに近所で買ってきたパン。私が元いた世界に比べるとやや色が少ないような気がするが、別に美味しいし、この世界の食べ物はこういうものなのだろうと勝手に納得をしている。
「・・・武器って、あの、"武器"か?」
この世界の住民が扱えるような、あの特別な武器は私でも持てるようなものなのだろうか。
「あーいや。違う違う。それじゃなくて、持ち主を失った、フリーの武器だよ。無いよりある方がマシでしょ?女の子だしね。護身用として。」
「持ち主を失った、ということは、
「うん。そういうこと。別に持ち主が死んだところで武器が消える訳じゃあないからね。それを使わせてもらうんだ。基本的に、そういう武器なら誰にでも使えるんだ。サタの店にあるのは全部それだよ。」
「どんな武器が良い?僕は短剣なんかがオススメだけど。少し鍛えれば誰でもある程度は扱えるしね。」
「短剣とかって、どのくらいの重さなんだ・・・?私はあまり腕力に自信がないのだが。。。」
正直なところ、私は普段、辞書より重いものは水を汲みに行ったときのバケツとか、食材の買い出しの帰りのカゴとか、その程度しか持たない。この間の軽い剣は例外として、私の腕力で振るえるのだろうか。
「うーん・・・あった。はい。」
「!」
彼はどこから取り出したのか、手に持った短剣を私に軽々と放り投げた。
「おっととと!!」
何てことをするんだこの男は。
咄嗟に両手で柄の部分を持てたから良かったものを、怪我をしたらどうするつもりだ。。。
「お、重っ!」
「うん。こんな感じ。見た目よりはずっと重たいんだよね。少し運動した方がいいかも。」
「うっ。」
とりあえず、テーブルの上に置く。とてもじゃないがこれを振り回せるとは思えない。いつも彼が側にいるとは限らないのだから、魔法が常にこちらでも使えるとは限らないのだから、鍛えておいて損はないだろう。
しかし、運動か・・・。
「はぁ。。。」
ため息をついて、スープを口に運ぶ。
うん。美味しい。今はそれで良しとしようか。。。
「おーい。ちょっと買い物に来たよー。」
ライカが薄暗い店の中に呼び掛ける。
奥の方で、気怠そうに立ち上がる姿が見えた。
「今行くっての・・・。」
ここに来るのは二度目になる。相変わらず、言っては悪いが店と言うよりは物置か廃墟の方が相応しいような状態だ。少しくらい整理しても良いだろうに。
「今日はね、フィルの・・・」
「やぁ。お嬢ちゃん。今日は何の御用事で?」
「武器を買いに来た。まあ、ライカの提案だが。」
ちらりと横を見ると、武器屋にスルーされたライカが少し不満そうな顔で頷いている。
「まあ、そういうわけで、なにか良いやつ無いかなーって。彼女まだ武器持ってないから。」
「初めての武器で
困ったように目を閉じ、頭を掻いた。
「じゃあ、ちょっと失礼。」
彼が眼を開くと、彼の黒かった瞳は、オレンジ色に輝いて私を見透かした。この世界の属の全てが使える特殊な能力。"武眼"だ。
彼は少しの間、私の事を見た後に、こう言った。
「お嬢ちゃん。・・・武器食った?」
「は?」
「いや。こんなパターンは初めてでな。。。」
「どうしたの?」
一人で呟き始めた武器屋に、ライカが話し掛ける。
「魂が、二つある。」
「えっ。」
「・・・。」
その二人の話を聞きながら、私は少しの可能性を見出だしていた。
魂が二つ。・・・少し、心当たりがある。
今までの情報を、少しだけ生かすとするなら、そう考えてきたことが、ひとつだけある。
「・・・武器屋。ひとつ、質問いいか?」
「なんだい?」
「この世界の武器に、魂はあるのか?」
私の予想が正しいのであれば、その答えは・・・
「ああ。持ち主が生きていれば、だけどな。」
やっぱり。
「それにしても、
え?
「言ってたろ。
「い、いや・・・。」
訝しげな目で私の事を見てくる武器屋から、私は思わず目を逸らした。別に隠していたわけではないが、あまり知られるべき事ではないと考えていたので、墓穴を掘ったことに気が付く。もはや後の祭りだ。
チラリとライカの方を見ると、ライカは頷いた。
「良いんじゃない?こんなだけど悪い人じゃないしね。」
ずいぶん適当だな。。。
しかし、別に隠す必要性があるわけでは無いのだ。話してしまっても良いのだろう。どう説明しよう。
少し考えれば、すぐに思い付いた。
「
赤い魔方陣が、私の右手を包み込む。
埃っぽい店の中が、炎で照らされた。
「・・・おいおい、今度はなんだよ。。。」
「うーん、まあ、見ての通り、訳アリでさ。」
ライカと一緒に彼に説明をした。
私のこと、魔法のこと、あの"穴"のこと。
そして私のいた世界のこと。
私が、元の世界に帰る術を捜していること。
「で、魔法ってのはその
「どう?納得した?」
「いや・・・納得も何も、何度も色んな魔法ってやつを目の前で使われたし、納得しなくても信じるしかないだろ。。。」
「なんか、すまないな。混乱させてしまったようで。」
「いや、俺も変に疑ったしな。それにしても、別の世界・・・か。」
「興味ある?」
「いや。別に。」
まだ少し腑に落ちないような顔をした武器屋が、そうだ、と言って立ち上がる。
「お嬢ちゃんには、この武器が良いかもしれないな。」
店の奥、と言っても、動ける空間はほとんどガラクタ、もとい商品が埋め尽くしているのだが、そこから一本の杖を持ってきた。
「つっても、勝手なイメージだけどな。魔女にはこれがお似合いだろ。」
武器屋が手に持った杖は、仄かに蒼く透き通るような色をした柄、その上には、明るい緑色の石が木の根に絡まるような装飾がついている。
手渡されたそれを持ってみた。長さは、私の肩くらい。ひんやりとした感覚が、それが金属でできているということを思わせる。少し重いが、持てなくはない。
「おお・・・。」
「あ、フィル、それにする?」
「これで、良いのなら。」
「サタ、これいくら?」
「それは貸しにしておくよ。魔法使いの武器なんざ良くわからないしな。」
少しして、彼は続ける。
「それに、柄はともかくその妙な石はどうもこの世界のものじゃないみたいだ。これはお嬢ちゃんに、ぴったりじゃないか?」
「へえ。この世界のものじゃないって、どうしてわかったの?」
「この間、例の"穴"を見てな。そこから落っこちてきたんだ。穴ってのが向こうと繋がってるなら、そういうことだろ。」
武器屋の言葉に私はつい反応してしまった。口が勝手に動いたのだ。
「その穴を見たのはどこだ!」
少し大きな声が出すぎてしまった。私の声が、三人しかいない店のなかに響く。
「・・・その、教えて欲しい。」
「ん?ああ。・・・東ミスリ地方だ。そこにある小さな村に立ち寄ったときにな。穴を見つけたのは、その帰りだけど。」
武器屋が、ちらりとライカの方を見る。
「うーん、遠いねえ。自動車使わないと一月はかかりそう。」
「あ、ああ。そうだな。使って二日はかかった。」
「フィル、そろそろ帰ろうか。長居しちゃったね。」
ライカが下ろしていた荷物を肩に掛ける。
そして店の出口までさっさと歩いていった。私もその後を追う。
「じゃあね。サタ。また今度来るよ。」
「その、杖、すまない。」
「あいよ。毎度あり。」
ドアを開けると、外の光が目に刺さった。埃っぽい空気にも、いつの間にか慣れていたみたいだ。外が変に澄んでいる。
「
一度立ち止まり、杖を魔法でしまう。
前を見ると、既にライカは先に歩いていってしまっている。あわてて、その背中を追いかけた。