Entrance~剣の章~   作:Boukun0214

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一国の姫と勇者

この国は、人間属の国『ワイズモータレルム』。

古代の大戦で人間属の小国が同盟を組んだのがその起源とされている。軍事国家だ。

主な領土はハスカル大陸の中部及び南部。そしてその周辺の島々。北側に位置する山脈により、竜人の国と隔てられている。

象徴としている勇者の武器は鎌。水の力を宿すとされている。グラディエルムでは勇者の死後、闘技大会を開きその優勝者に勇者になるための挑戦資格を与えられるのが大きな文化的特色であり、その武器に不適合の場合、再考査となる。勇者になった場合、城に仕え、護衛を任されることになる。

また、この種属は他の種属と比べて非常に知性に優れており、他の種属にはない様々な発明品を生み出したため、この世の文明を作り上げているのはまさに人間という種属なのである。その点、砂漠で隔てられた隣国である鬼は野蛮でーーー

 

 

「ふぁ・・・。」

 

先程から様々な文献を読んでいる。本を読むのは好きだが、どれも大差のない内容で飽きてしまった。その上、決まった情報の後はいつも、いかにこの人間が他の種属より優れておりいかに他の種属が愚かであるかを論じるものとなっていた。ペーパー街に人間以外が居なかった理由がわかった気がする。

そして、この世界は何かと争いの絶えない世界であることも、文献を見て良くわかった。どの歴史書も戦史ばかりだ。この世界の住民は、なかなか戦いが好きなようだ。なかでも、少なくともこの国の文献には、"決闘"という文化がある。

なんでも、賭け事の一種のようで、先に要求したものを勝者が得られるものだとか。歴史書を読んでいるとターニングポイントは大抵、それが絡んでくる。

物騒だ。

 

「・・・。」

 

この広い図書室に、司書と思わしき人物が一人。

この量の本を一人で管理しきれているとは思えないが。静かなのでまあよしとしようか。

しかし、あまり高価くなさそうな本は粗方読んでしまった。裕福な生活などしたことがないので、本もいつも古本を漁っていた。ああいう高級品は変に気が張ってしまい読めない。装飾だけであと五冊は買えそうな見た目のものばかりだ。流石城内図書館。早く帰りたい。こんなところでホームシックを味わうとは思っていなかった。その帰りたい家が、どっちなのかはわからないが、とにかく帰りたい。貧乏人が来て良い場所ではない。まあ、今は本当に無一文だけど。はは・・・

 

ガチャッ!

「・・・!」

 

心の中でふてくされていると、急に図書館のドアが開いた。そちらの方に目をやると、小綺麗なドレスに身を包んだ、十数歳ほどの少女が駆け込んできた。

 

「姫様ぁー!!!!いい加減にしなさぁーーい!!!!」

「・・・ごめんなさい!」

 

廊下の方から怒鳴り声が聞こえたかと思うと、少女は私のローブの中に潜り込んできた。

 

「ちょ・・・ひゃっ!な、なにを・・・」

「・・・シッ!」

 

少女はモゾモゾと私のローブのなかを探り、どうやら私の膝の上に座り、その小柄な体をぴったり私の体に沿わせることで落ち着いたようだ。・・・落ち着かない。

 

「・・・ここですね!!!!もう逃がしませんよ!!!!」

 

半開きになっていた図書室のドアを思いっきり足蹴にして、大きな鎌を背負った女性が入ってきた。

 

「すみません、姫様を見ませんでしたか?」

 

その女性は早口で私に問う。恐らくさっきの少女のことだろうが、隠れに来たのだからその意思を尊重した方がいいのか。

ちらりと先程から受付で本を読んでいる司書に視線を送ると・・・いない。逃げたか。私も逃げたい。

 

「・・・失礼します。」

 

そしてその女性は、私に近づき、私のローブの前を開いた。

 

「・・・げっ。」

「・・・。」

 

大鎌の彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

「・・・先程は失礼しました。姫様の分まで謝罪させてください。」

「あ、いや。。。別に。」

「もう良いじゃない。彼女だってそう言ってるのだし。」

「元はと言えば貴女のせいでしょう。それとも、明日来る家庭教師に伝えましょうか?」

「うっ・・・ごめんなさい。」

 

ここは図書室ではなく小綺麗な客間。

目の前には頭にコブを作り、不貞腐れた少女と、鎧のような服のような、使用人服の所々を甲冑の一部、胸当てや籠手などで覆った、妙な格好をして大鎌を背負った女性がいる。

 

「ああ、自己紹介がまだでした。私はエレナ・グロウスと申します。武器はこの、水鎌(すいれん)アクーペで、人間属の"勇者"をやっております。エレナと御呼びください。」

「よ、よろしく。」

「ふん。お客様の前だからって猫被っちゃって。」

「そして、生意気な口をお持ちなですが、これでもこの国の王女、シオン様です。」

「・・・ねえ、エレナ。私のこと嫌い?」

 

シオン、と紹介された少女と、この勇者エレナはかなり仲が良さそうだ。勇者は護衛をしていると本に書いてあったから、それでだろうか。

 

「私は姫様のことが大好きですよ?あー、私悲しいです。まさか姫様にそんな風に思われていたなんて。」

「白々しいわ・・・。」

 

勇者はほぼ棒読みで、取って付けたように言ってのけた。姫様がため息をつく。勇者のオモチャにされているような雰囲気だ。こんなので良いのか。

 

「・・・私は、フィル。男のような名前だが、まあそこはれっきとした女だ。」

「今日はどうしてここに?王室図書室は一般に解放はしていませんが。」

「ああ、いや、実は連れてきてもらった身なんだ・・・。図書館に行きたいと言ったらここに。」

 

まあ当然、私のような余所者が来るような場所ではないんだろう。というかそもそも図書室で待っていないといけないことを思い出した。

 

「あ、、、私はあそこで待っていないといけないんだ。すまない。戻っても良いか?」

「じゃあ、せっかくですし一緒に行きましょう。広いから迷ってもあれですし。えっと、フィルさん。ほら、姫様も。」

「あ、私はフィルでいい。・・・敬称は慣れない。」

「フィル、何の本を読んでいたの?小説?伝記?それとも歴史書?」

 

姫、シオンがひょこりと顔を覗き込む。

 

「あ、歴史書を読んで、いま、した。」

「敬語じゃなくて良いわ。折角、公でもなんでもない出会いなんだから。お友達になりましょう?」

「・・・なら。し、シオン、よろしく頼む。」

 

このお姫様はどうやら、堅苦しいものはあまり好かないタイプのようだ。私もあまり好きではない。少し、気が合いそうだな、何て思ったりした。友人らしい友人はこの世界に来てから初めてだ。というか、思えば同性の友人なんて初めてかもしれない。

少し、浮かれてしまいそうだ。

 

「じゃあ、行きましょうか。もしかしたらもう待っているかもしれませんしね。」

「その、ここに連れてきてくれたのはどんな人?」

「えっと、髪が青くて、弓矢が武器で、まあ・・・何をしてるか、よくわからない。」

 

本当によくわからない。一週間以上は一緒にいるが、どうにも、特徴が掴めないのだ。しかしそれだけで、誰を指しているかは通じたようだった。

 

「もしかして、ライカ・ユナイティムさんの事ですか?」

「あー、たまに見るわね。」

「陛下とお知り合いのようですよね。」

「彼はいつも何をしに来てるの?父上は何も教えてくれないのよ。」

「・・・いや、私も知らない。彼と知り合って、まだ日が浅いんだ。」

「ふぅん、そういえば彼、弟が居たはずよね。確か・・・」

「姫様。」

 

シオンの言葉を遮るように、エレナが首を振る。何かあったのだろうか。まあ、聞かれたくないことなのだろうから、詮索はするまい。・・・気にはなるが。すごく。

 

「そういえば、彼とはどういった関係で?」

「えと、・・・その、彼の家に、居候、させてもらっている。。。」

 

また使ってしまった。自己紹介で居候。何か貢献しているわけではないので、本当にただ世話になっているだけなので、そうなのだけれども。

 

「へぇ、それはまた。・・・どうしてそんなことに?」

 

興味を持たないでくれ。正直説明に困る。どう説明すれば良いのだろう。異世界から来ましたなんてそうほいほいと受け入れてもらえることでもないだろう。

 

「えっと、家に、帰れなくなっているところを、たまたま、拾って貰ったというか。」

 

苦しい。これは迷子と勘違いされそうな気もするが。いや、勘違いではない?むしろ正解なのかもしれない。帰り道がわからないならそれは迷子なのだろうか。

 

「帰る手がかりも、無いし。」

「ところで、何処から来たの?話してる感じ、かなり遠い場所みたいだけど。」

「・・・それは。」

 

どういう返答が正解なのだろう。少しだけ考えていた。しかし、その必要はなかった。

 

「え?」

 

 

 

 

視界が急に、塞がった。

 

「なっ・・・」

 

上から袋のようなものを被せられたようだ。パニックになり、暴れようとするがすごい力で押さえつけられ、動くことが出来ない。

 

撃音(パルス)!」

 

塞がれていない口で、言霊を喚ぶ。

成功した。

 

空気が弾け、私を抑えていた力が弱まった。

その隙に、頭を覆う袋を退かす。

視界が明るくなった。後ろを見ると、布で顔を隠した男が一人。

 

その胸に手を置き、もう一発放った。

どさりと、男が倒れる。

 

そのまま周囲を見渡すと、数人、同じ格好をした者が倒れていた。数は・・・5人か。そして、最後の立っていた男の腕を捻り揚げ、そのまま床へ叩きつけるエレナの姿があった。

 

「・・・ふう。」

 

全員が気絶しているのを確認して、一息をつく彼女。そこから少し離れた場所で、シオンが雑に拍手をしていた。

 

「相変わらずお見事~。」

「い、今、のは・・・?」

 

全く状況が把握しきれていない。

それを察したのか、シオンが説明してくれた。

 

「今のは、私を狙ってたの。よく居るのよねぇ。」

「巻き込んでしまってすみません。自衛は出来るようで安心しました。」

 

私の世界の住民には、生まれたときからひとつ、魔法と同等の力が与えられている。それを"眼"と呼んでいる。

 

「貴女の眼は、緑色なんですね。何の力ですか?」

「私の眼は、その、"音"を操る。」

 

その眼の力を使うときは、瞳に色が現れる。私の場合は緑色。あのときの武器屋の場合は、オレンジ色をしていたと思う。

 

「音、で、フィル・・・か。なるほど。」

 

エレナがぼそぼそと何かを呟く。

シオンが思い付いたように言う。

 

「それって、回りの音を消したり出来るの?」

「多分、出来ないこともない、と思う。」

「あ、フィルさん。姫様に何か言われても絶対に手伝わないでくださいね。多分、城を抜け出すときに使えると思ってます。」

「うっ・・・。」

 

何考えているかはこの護衛にはお見通しのようだ。

というか、ノリが軽いような気がする。一国の姫が拐われかけたというのに緊張感がまるでない。

 

「そ、それより、この男達はどうするんだ?ここに放置っていうわけにも。。。」

「ああ、そういえば。じゃあ、縛って牢にでも放り込んでおきましょう。また襲われても面倒ですし。」

「面倒って、それが貴女の本来の仕事でしょ。」

「別に私は姫様の心配なんてしてないんです。」

「えー。。。」

 

そのとき、一人が意識を取り戻したのか、大きな声を上げて、シオンに後ろから襲いかかった。

 

「ウオオオオオオオオオォォォォォ!!!!」

「寝てなさい。」

 

姫様は振り返りもせずに一言だけ呟いた。

何が起きたか、男は床に張り付き、その周囲の石の床がひび割れる。

 

「ほら。」

 

エレナが目で示した方を見る。そこにいるシオンの瞳は金色に光っていた。

これが彼女の眼の力なのだろう。

 

「姫様は、重力操作が出来るんです。」

「なるほど。。。」

「まあ、あまり使いたくないんだけどねえ。父上がうるさいのよ。その力はあまり使うなって。」

「姫様は眼さえ使えば、ほぼほぼ対応できます。ただ。」

「ただ?」

 

彼女は男の周囲の床を指差して言う。

 

「壊れるんですよ。城が。」

 

確かに、白目を剥いて倒れている男の周囲の床には大きなヒビが入っており、王宮の一室には相応しくない。というか、そもそも床にヒビが入っていたら危ない。

少し部屋のなかを見回すと、上から吊るされたシャンデリアの鎖は接いだ跡があるし、床の石のタイルは所々新しい。家具もいくつか接ぎ木をした跡がある。

 

「・・・なるほど。」

「それはいつもごめんって言ってるじゃない。。。」

「姫様が力を使う度に大工が儲かるんです。それも一回に十万や二十万ソルじゃないのに。勘弁してほしいものです。」

「にじゅっ・・・」

 

今日買ってもらった服があと100着買える。

まだそんなにこの国の通貨のことを理解していないが、かなりの値段ということは解った。

 

「ほ、ほら、さっさとコイツらを牢屋に連れていきましょう。ね?ね?」

「はいはい。じゃあ、姫様が運んでくださいよ。六人も抱えるのは面倒です。」

「はーい。」

 

シオンが瞬きをする。すると、眼は金色に変わり、気絶している男達の体が浮き上がった。なるほど。重力操作は軽減にも使えるのか。

 

「フィルも、ちょっと手伝って。」

 

ただ、できるのは浮かすだけで進行方向を決めるのは、手で押すという極めて原始的な方法だった。()()操作なら、そりゃそうか。

 

「とりあえず、王族の命を狙った罪で極刑は避けられないでしょうね。解っていながらどうして来るのか。」

「色々あるんじゃないの?王家って、何かと恨まれやすいじゃない。」

 

他人事みたいに言ってのけるシオンに、少しだけゾッとした。そんな風に思えてしまうほど、日常なのか。

怖くはないのか。私は命を常日頃狙われるのは御免だ。王家とはこういうものなのか。

 

「ここです。」

 

付いていくと、地下へと続く階段がある所まで来た。

 

「ここからは、私だけで行きます。フィルさんは、姫様をしっかりと見ていてください。」

「わかった。」

「姫様はもう、武眼を閉じて良いですよ。このくらいなら私一人でも行けますから。」

 

彼女は本当に一人で六人の男を担いで、階段を降りていった。あの細い腕の何処からそんな力が出るのだろうか。見た目よりもずっと鍛えているのかもしれない。なにしろ、四六時中あの鎌を背負っているのだ。体力がつかないほうがおかしいのかもしれない。

 

「そういえば、エレナは・・・」

 

少し雑談でもと思い、シオンの方を見るが、そこに人影はなかった。あるのは、『少し出掛けてくる』と可愛らしい文字で書かれた紙だけである。

 

「シオン!?」

 

私としたことが。全く気がつかなかった。拐われたのだろうか?いや、この書き置きを見るに、おそらく、そう、私が彼女と出会ったときの繰り返しだろう。彼女には脱走癖があるのだろうか。それか隠れんぼ好きか。どちらにせよ、早く追いかけないと不味い。さっき襲われたばかりだというのに。危機感はないのか。私のしんみりを返せ。

っていうか、あまり意識はしなかったが相手は王族だ。何かあったらおそらく、私が不味い。

 

「どうかしましたか?」

「・・・あ、えっと、、、」

 

エレナが思ったよりも早く帰ってきた。そして、流石姫専属護衛というか、私の持っている紙切れ一枚で全ての事情を察したようで、まあなんというか端的に表すと、彼女の中で何かが切れる音がした。

 

「フィルさんは南門の方に行って下さい。私は北を固めます。」

「え、ああ。」

「では。」

 

カツカツと少し重そうなブーツを鳴らして姫の世話係は去っていった。心配していないとは口で言っていたが、あの様子を見るとそんなことはないらしい。

私も探しにいこうか。

 

歩き出そうと、身を翻したときに気がついた。

・・・南門ってどこだ?

 

「あれ?フィル?どうしたのこんなところで。」

 

立ち止まっていた私に、不意に聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「もしかして、道に迷ったとか?」

「・・・まあ、概ね、そんなところだ。。。」

 

ライカの用事は終わったのか。ついつい立ち話をしそうになってしまったが、心の中で首を振る。

 

「あの、シオン、姫、を見なかったか?」

「ああ。彼女なら。」

 

彼の後ろに、不貞腐れた顔をした少女が立っていた。デジャヴを感じる。

 

「・・・貴方、私、これでも国王の娘なのだけれども。」

「生憎、その国王陛下にもし見掛けたら捕まえてくれって言われてるんです。お姫様。」

 

がっくりと項垂れる彼女が気の毒に思えたが、自業自得だろう。私としては手間が省けたので助かった。

 

「さ、そういうことだから、ちょっとお姫様連れていくよ。あ、フィルも来る?」

「い、いや。。。」

 

シオンを見ると、助けを求めるような目でこちらを見てくる。

・・・まあ、ここで、国王と接点を作っておくのも悪くはないか。。。

面倒なことになりそうだ。。。

 

 

「・・・行く。」


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