どうにも、今日は色々と起こりすぎている気がする。
「あ、おお、ライカか。」
「姫様をお連れ参りました。国王陛下。」
ライカが、玉座の前に跪く。
その玉座には、中年の、細身の男性が座っていた。
恐らく、彼がこの国の王だろう。
「・・・そこの娘は?」
「あ、父上、この者は私の友人です。」
「そうか。ゆっくりしていくと良い。」
彼は私を一瞥して、部屋全体に聞こえるように、少し大きめの声で言った。
「私は少し、ライカと話がある。すまないが、二人きりにしてはくれないか。」
その言葉を聞いた、玉座の間にいた護衛の兵士や、秘書と思わしき男性など、その全員が部屋の外へと向かった。私も、それに合わせて外に出る。というか、シオンも外に出ると言うのに私だけ残るわけにもいかないだろう。
部屋の前の大きな扉には、甲冑に身を包み、片方は大きな両手剣。もう片方は少し短めの槍を持った兵士が立っている。正直なところ、聞き耳をたてようと考えていたが、これでは出来そうにない。
「さあ、フィル。下でお茶でも飲みましょ。日が暮れるまでには終わるでしょ。」
「・・・ああ。」
仕方がない。出来れば、こういう使い方はしたくはなかったのだが。いや、たまにはこういう使い方もするべきか。少しでも、情報は欲しいのだ。
「・・・
ぽそりと呟く。
耳、というか、全神経が音を感じ取れるようになる。同じ建物内の、些細な音でもこれなら感じ取れるだろう。そのうちの、王とライカの会話だけに、
「・・・れで?話っていうのは?」
よし。聞こえてきた。
「仕事の、依頼だ。」
「へえ。虫が良いとは思わないんだ?」
「・・・受けないなら、それでも構わない。」
「いや。受けるよ。この救いようもない僕を拾ってくれてるのはアンタだからね。」
暫く、王の声がしなかった。
ただ、荒い呼吸を必死で静かに保とうとしている息遣いが聞こえる。
「で。内容は?」
「・・・簡単な、調査だ。ここに行ってきて欲しい。」
「調査団でも組んでいけばいい。・・・こんなところ。」
くしゃりと、紙が潰れる音がする。
「組んだんだ。30人ほどの調査団を。でも、一人も、戻ってこなかった。」
「そりゃあ、残念だ。・・・いいさ。行ってやるよ。それに、あわよくば僕にも消えてもらえる。とても良い仕事内容だ。」
鼻で嗤うような声が聞こえた。
そして、足音と、戸が開いてしまる音も。
「・・・。」
あれは、誰だ?
あんなに冷たく話す男だっただろうか。あの男は。
「大丈夫?フィル。」
「!・・・いや。ああ。」
気付くと、階段の前にいた。
横には、心配そうな顔をした少女がいる。
失敗した。自身の周りへの注意が全くなっていなかった。
「大丈夫だ。すまない。」
「そう。なら良いんだけど。」
「・・・姫様。」
シオンの肩がびくりと跳ねた。
と、同時に、ドレスの裾を掴み、少し持ち上げ、踵を返す。が、それは勇者である彼女には十分な時間だったらしい。
階段の下にいた彼女は、トンっと、飛び上がり、姫君の豪勢なドレスの襟を掴んだ。
「ちょっ、放しなさい・・・っ」
「どうして貴女はいつもいつも勝手に行動するんですか・・・っ!」
ひょいっとドレスの襟をつかんだまま持ち上げられる。
いつぞやに絵本で見たモンスターが子供を運ぶ様子に見えて、少し可笑しくなってしまった。
「失礼。フィルさん。」
そのままシオンが肩に担がれる。
「姫様に、お灸を据えなければなりませんので。」
目が笑ってない。
これはまあ、自業自得だ。自分の業は早いうちに清算しておいたほうがいい。シオンも、エレナが階段を降りる間、特に暴れもせず無抵抗でいた。抵抗しても無駄だとわかっているのだろうか。
一国の姫の扱いが雑すぎるのはもう愛嬌ということにしておこう。
「で、また一人。か。」
この城では客人を一人にすることに対して抵抗はないのだろうか。いや、そもそもライカ同伴前提として城に入ってきたのだ。その必要を感じられていなかったのだろう。
探すしかないのだろうか。
なんとなく、いや、理由はかなり明確にあるのだが、顔を合わせにくい。
「あれ、フィル。」
「!」
「どうしたの?こんなところで。」
振り返ると、見慣れた笑顔があった。
「ああ、いや、勇者に姫が連れていかれてしまって。」
「何時もの事だよ。それ。じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
ライカは、階段を降りていく。
その背中はいつもよりも少し早く行くような気がした。
「・・・どうしたの?」
私が立ち止まっていると、彼は振り向いた。
窓から差し込む夕日のせいだろうか。階段の下から私を見上げている彼は、何故だかとても悲しく見えた。
「行くよ。今日は荷物も多いし。日が暮れると、危ないから。」
「・・・わかった。」
彼は、私が追い付いたのを確認するとまた歩き始めた。その後ろを、少し歩幅を大きくしながら追いかける。
「そうだ。明日から仕事が入ったんだ。それでね、その場所が丁度、東ミスリだから、ついでに仕事もこなさせてもらって良いかな?」
東ミスリ。
武器屋があの、穴を見つけたと言っていた場所だ。
そして、そこに王の言うことが正しければ、行った調査団は誰一人と戻らなかった。
「ああ。構わない。」
私は即答した。
危険がある場所にでも私をつれていこうとする彼の心境は解らないし、彼の、あの冷たい面も気になってしまう。
いや。どれだけ危険な場所であろうと、私にとってはあまり関係がない。・・・少しの糸口も、私は逃したくない。
意識すると、どうしても、帰りたくなるのだ。