Entrance~剣の章~   作:Boukun0214

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旅の始まり

落ちていく。

 

いや、呑み込まれると言った方が正しいのか。

 

暗くて暗い空間で、ただ止められない推進力が私の身体を何処かへと連れていこうとする。

 

何時からこうしていたのか。時間がどのくらいたっているのかもわからない。

 

 

怖い。

とても、怖い。

 

温度もないこの世界で、何があるかもわからない。何もない"ここ"で。

この先どうなってしまうのだろう。もしも、死ぬまでこのままだとしたらぞっとする。どうしてこんなことになってしまったのか。

いや、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのだろうか。

 

どうして、私が・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーー!」

 

 

 

目を覚ましたとき、最初に気がついたのは顔が濡れていることだった。

 

「あ・・・」

 

行儀が悪いが、寝間着の袖で顔を拭う。

夢なんて、久しぶりに見た気がする。それも、こんなに悪い夢とは。悪い、とも一概に言えるのかはわからない。それでも、これは私にとっては確実に、悪夢だった。

時計の針を確認するまでもなく、まだ早朝だ。外があまりにも暗い。まだ日が登り始めてはいない。

 

「まだ、早い、か。」

 

手元に小さな光源を作った。この世界には、"電気"と呼ばれるもので灯りをつけることが出来るらしいが、私にはどうにも慣れない。明るすぎる気がするし、こうして魔法が使えればその必要もない。まあ、使えないからこその工夫なのだろうけれど。

 

空間魔法(ヴォイドスペル)開放(オープン)

 

持ち歩いている、という表現が合うかわからないが、私が空間魔法によって収納しているものはもってこれるようだということに気が付いてから、私はどうにかしてこれを利用して帰れないかを模索してきた。

 

まあ、それも無理だとわかったのは、昨日のことなのだけれど。

 

胸のペンダントを握り締めると、不思議と暖かくなるような気がして、安心することが出来る。これは私が向こうから直接身に付けて持ってこれたほぼ唯一のものだ。紅い宝石がひとつ付いた、質素なペンダント。確かに魔力を感じるから、きっと何かの魔道具(マジックアイテム)なのかもしれない。

それを譲ってくれた人には訊くことが出来ないから、真意はわからないけれども。

 

「・・・。」

 

我ながら、随分と繊細になっているものだ。今日の朝から、出発だというのに。いや、それが要因かもしれないけれど。

喉まで出かかった名前を飲み込む。

もしも、この世界でその名前を呼んでしまったら、諦めたことになりそうで怖かった。

思ったよりも、自分は臆病だ。

ただ、気持ちを切り替えよう。それだけだ。

 

空間魔法(ヴォイドスペル)閉鎖(クローズ)

 

自分が持ち合わせてるものでこの時間が潰せるわけではなさそうだった。こんなことなら魔導書の一冊でも入れておけばよかった。

 

「・・・散歩、は、やめておこう。治安は良くないらしいし。」

 

もう一度眠り直すという選択肢も無いことはないが、そんな気はすっかりなくなってしまった。これで私の歳があと五つでも少なければ、ライカの部屋にでも行ったのかもしれないけれど、そうもいくまい。人並みの常識と羞恥心くらいはさすがの私も持っているのだし。

そうだ。買って貰ったあの服を少し調べておこう。荷物はまとめたけれど、身に付ける服のことをすっかり忘れてた。

 

独特の匂いのする茶色い紙に包まれた服を取り出す。

触った感じだと、材料は浅い茶色で硬めの繊維質のようだ。何の植物を編んだものだろう。いや、もしかしたら、他のもので作られているのかもしれない。耐火性もあると聞いたし、植物ではないのかも。

半袖のベストのような部分と、同じ材質で作られた半ズボン、そして複数のベルトで腕に巻き付けるであろう、ポケットのいくつか付いたもの。そして、黒くて長袖のインナーとタイツのようなもの。・・・タイツとか履いたこと無いな。

基本的に身軽でいられるような装備だ。

しかも、それぞれかなり丈夫そうに出来ている。軽く引っ張ったくらいではびくともしない。防具としての性能もある程度あるのだろう。

ガントレットの手首の裏に、隠しポケットがあった。奇術師(マジシャン)の装備としての機能だろうか。このポケットに、恐らくは仕込みをするのだろう。

とはいえども、私には手品師のような技術も知識もない。さてどうしたものか。

 

「・・・そうだ。」

 

とあるアイディアを思い付いた。この方法なら、この装備を見た目以上に強くできそうだ。

やることを決めると、どうやり過ごそうか悩んでいたはずの時間はあっという間にすぎ、その作業が終わった頃には日が登り、少しの眠気を残して今日見た夢の話はすっかり忘れていた。

 

 

 

 

「おはよう。」

「ああ。何か、手伝おうか。」

「じゃあ食器をお願い。」

 

朝食前の、恒例のようなやりとりをする。いつの間にか、この生活が日常になってきていることに、不思議と心地よさがあった。

 

「今日からの仕事だけど、自動車をとってあるから。仕度は終わった?」

「ああ。終わらせてある。」

 

支度、といっても、私の場合はただでさえ少ない荷物を全て、魔法で収納しただけだから特に問題はない。収納しておくだけでも魔力は必要だが、まあたかが服一着と杖一本に日記帳一冊。まだまだ余裕はある。それに、嵩張らないものは鞄に入れてあるのだし。

 

「そう。じゃあ、食べ終わったらすぐ出るよ。」

 

いつもの穏やかな顔だ。

とてもじゃないが、()()()の主とは思えない。あれから、ずっと引っ掛かっているのだ。勿論、彼にも私の知らない顔はあるだろう。それは疑いようの無いことだし、否定する気もない。ただ、別人だと思えてしまうほどに、あのときのライカは、彼は、冷たい声をしていた。

 

「・・・どうかした?」

「あ、いや。。。」

 

彼が不思議そうな顔をしてこちらを見た。私の視線が気になったのだろう。慌てて視線を、手元の朝食に下ろす。彼の食事はなかなか美味しい。最初の頃は少し寂しいような気のした白いパンも、慣れてしまえば気にも留まらなくなる。ただ、時折、あの色とりどりの食事が懐かしくなることも無いことではない。まあそれは、帰ってからの楽しみのひとつにするのがいい。

そう、帰るための旅だ。旅と言えるほどのものでは無いと思うけれど、知らない世界で初めて訪れる場所なら、それは旅と思った方が幾分か楽しめる。今は進んでいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううぅぅぅぅ。。。」

 

朝食が口から出てきそうだ。いや、出してたまるか。というか、この閉鎖空間でやらかす勇気がない。先程から、唸る獣のような低い振動で揺さぶられる度に、胃から上がってきそうになる。

 

「・・・大丈夫?」

「あぁ。。。」

 

マトモに話せそうにない。口を開くと多分、アウトだ。私にも、他者の前で恥体を晒すようなことを許さない程度のプライドくらいある。

 

「ジル、安全運転でお願い出来るかな・・・!」

「ハッハッハッ!そいつぁちょっと難しいなァ!」

 

ああ、前の席からの声がやかましい。

この自動車、随分と乗り心地が悪い。小刻みで不規則な揺れが胃を揺さぶってくるし、前の方から油の臭いがしてそれがさらに吐き気を・・・

 

「フィル、本当に大丈夫?」

 

心配そうな声が、何度目か、頭上に響く。

私は今、()()()という乗り物に乗って、東ミスリへと、向かっている最中だ。

 

「ジル・・・っ!」

「だからぁ、ライカが言ったんだろ?明日の早朝に合わせて到着したいって。スピード緩めたら間に合わねーぞ?」

 

ジルと呼ばれるこの運転手は、どうやらライカと顔見知りのようで、先程からこの車を暴走させている張本人だ。もっとも、スピードがこの揺れに関係しているのかどうかはよくわからないが。彼の職業は恐らく、このようにして自動車に客を乗せ、その運賃をいただくといったものだろう。これもあまり普及したものではないのかもしれない。色々とききたいことがあるのだがそんな余裕がない。帰りはどれだけ時間がかかろうと徒歩か馬車でお願いしたいものだ。

 

「・・・あと半日、耐えて。ごめん。」

 

観念したような声が頭上に聞こえてくる。

こんなことなら治癒魔法のひとつでも覚えておけばよかった。。。確か吐き気とかを抑えられるものがあったはず。。。もっとも、呪文が唱えられないから無駄だろうけど。

 

「・・・あ。」

 

前から間抜けな声が聞こえた。

 

「どうしたの?」

「・・・ワリィ。ライカ。エンストだ。」

「はぁ!?」

 

油と煙の匂いが少しキツくなった。

体が前の方へと引っ張られる感覚がする。これは速度が落ちているのか?

 

「ちと、見てみる。」

 

動きの止まった自動車の中は、動いているときの吐き気はなく、強いて言えば気になることは座席が固いということくらいだ。

しばらく、外からガチャガチャと金属がぶつかるような音が聞こえてくる。そして、自動車の外から声が聞こえた。

 

「すまんな。こっからは別の方法を探してくれ。」

「そ、そんな・・・」

「まぁーな、直すのには結構かかりそうだ。」

「・・・はあ、仕方ないか。フィル、降りるよ。」

 

そんなこんなで、あと一週間の距離を歩くことになったのだ。一週間の旅路は簡単ではないだろうが、この自動車よりはずっとましだ。

それに、旅がずっと乗り物の中なのは、あまりにも味気がない。

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