「なんでっ!この辺は多いのかなっ!」
深い森の中。悪態をつきながら青髪の青年が、矢を穿ちながら応戦する。相手は一人。目的地へと歩き始めてから十数回目の、盗賊の襲撃である。
「大人しく金目の物置いてきなァ!」
よくもまあ、どいつもこいつも同じようなことばかり言ってくる。テンプレも良いところだ。ここまで来ると実は全員同じヤツで、毎回変装しなおして律儀についてきて、そして全く同じ手法で襲ってきているのではないかと錯覚する。こう見晴らしの悪い場所なら、それも可能だとは思う。可能なだけだが。
「・・・一丁あがり。」
彼は手を宙で手繰るような仕草をした。それとほぼ同時に、布で顔を覆った盗賊の男は身の自由を失い、ナイフを振りかぶって飛び上がるという、空間に妙な姿勢で固定される。
彼が打つ矢には糸のようなモノが繋がっている。それは彼の思うように実体を持つらしく、そしてそれを先程から、張り巡らせていた。・・・もしずっと同じヤツなら、こうも毎度毎度同じ手にはかからないはずである。
「ねえ、全身バラバラになるのと、首が締まって窒息するのと、このままここに放置されて干からびるの、どれがいい?」
ライカもここ数回かは苛ついているらしく、いちいち発言が物騒だ。しかも実際に全部出来るらしい。ひとつめとふたつめは糸を引っ張ればよいし、みっつめに至っては本当にそのままにすればいい。私はというと、わりと手持ち無沙汰だ。何かあれば援護で魔法くらいは使おうかと思っていたが、彼の強いこと強いこと。この数日間、ほぼなにもしていない。私自身荒事は好きではないのでとても助かる。
「ひぃっ・・・!」
彼に脅されて悲鳴を上げるまでが一連だ。ついでに見逃すと、また不意打ちをしてくるのでそれも失敗するところまで。
「どうする?コレ。」
「・・・ちょっと私にやらせて貰っても良いか?」
「どうぞ。」
やれやれ。あまり使っていて面白い魔法でもないのだけれど。これをすれば時間稼ぎくらいなら出来るし、有効活用しなければ。
「・・・
盗賊の目元に手を翳すと、黒い魔方陣が現れ、煙のように薄くなって消えた。闇魔法の基礎のひとつ。対象の視力を一時的に奪う魔法。効果は数時間ほど続く。情報の大部分を視覚に頼っている人間なら有効だが、獣人のような視覚以外の五感が鋭い相手には効かないし、天使や悪魔にはこの程度の魔法、効きはしない。意外と使いどころが少ないのだ。
「な、なんだ!?目が、暗い!」
この男には効いたようだ。この世界に来てからあまり機会がないが、ときどき魔法を使わないと魔力が鈍る。ような気がする。その盗賊はというとやけに混乱していて、少し気の毒になった。まあ良いお灸だろう。このまま引っ掛けておくのもいいかもしれないが、本当に死んでしまうかもしれない。それはやりすぎのような気がする。
「おい!目が!おい!!」
「・・・何したの?」
「目が見えないようにした。」
「なんだよそれ!」
「わかった。・・・じゃあ、行こうか。」
ライカが手繰り寄せるように手首を振ると、十数本の矢が彼の手元に集まってきた。それと同時に男の体が地面に叩き付けられる。わめきながら土の上を転がる様子は、正直無様だ。こうはなりたくない。
「この調子だと、今夜くらいには着くかもなぁ。」
「やっとか。。。」
「疲れた?」
「いや、思っていたほどは。」
なんだろうか。この数日で、随分と
自動車を降りてから、六日目だ。最初は平地を歩いていたのだが、歩きならこっちの方が近いということで、途中森を横切ろうとしたら、この有り様である。もしかしたら、この森は盗賊達の縄張りなのかもしれない。
「さあ、夜が明ける前に着かないと。」
「どうしてだ?」
「門番が面倒な人でさ。昔ここに来たときに酷い目に遭ったからね。」
彼は肩に掛けていた鞄から、フードを取り出して被った。その隙間から彼の、薄い、青い色をした髪の毛が見える。
「その、面倒なんだ。色がバレると。」
彼は困ったように笑った。その笑顔はあまりにも淋しそうで、そういえば、時折彼はこんな風に笑うなと、思い出した。
先日、王宮で読んだ本のように、この世界の人間は選民思想が非常に強く、また違いに対して排他的だ。人間の髪の色は普通は黒、茶、栗、金、そしてごく稀に赤。現に私の髪色は茶色だ。彼の透き通る空のような髪の色は、苦労しているのだろう。
「だから、村に入るのは暗いうちの方が。」
「それなら早めについて日が暮れるのを待つほうがいいのか?」
「夜明けに着くよりはそうだね。」
話しているうちに、森が少し開けてきた。切り株が目立つようになっているので、村が近いというのは本当らしい。少しだけ見晴らしがよくなっているから、あの鬱陶しかった盗賊も頻度が減ってくるはずだ。願わくばもう二度と来ないで欲しい。
が、それもつかの間。近くの草むらが微かに揺れる。風はない。
「フィル。」
「ああ。」
盗賊を名乗るのであれば、気配を消すことくらい巧くなっているようなものだと思っていたが、どうやらライカいわく、「そういう訓練をしていないただの賊みたいなもの」。ただ、油断をして良いような相手ではないらしい。戦力はたいしたことはないが、とても狡猾だからだそうだ。
「・・・。」
身構えてから数秒が経過した。
ライカが首をかしげる。
「逃げた・・・?」
試しに茂みの中に数本矢を打つが、どれも土に刺さる音しかしなかった。回収した矢にも不自然なところはない。
「・・・まあ、先に進もうか。」
まだ気にはなるが、時間としてはそこまで余裕がある、というわけでもないので、先に進むことに決めた。盗賊であれば、ここいらの強さであればライカが居れば問題はないだろう。何より、ここで時間を食って間に合わず、一日この近辺で留まることになる方が面倒だし危険だろう。
「いや、やっぱり居る。」
ライカはナイフを茂の方に投げた。何か柔らかいものに刺さった音がする。だが、呻き声やそれに類するような声は聞こえない。その代わり、ずるりと引き摺るような音がした。
急に鼻孔を擽るのは鉄と腐肉。
気配が消えたのではない。擬態していたのだ。
その擬態が解け、歪な形をした、人のような、鬼のような姿をした化物。その足元には、おそらくは貪られた後であろう四肢が転がっている。
「な・・・」
ライカが後退る。ナイフは喰われている死体の方に刺さったようで、相手はこちらに気が付いていない。いや、気がついた上で放置しているのかもしれない。何にせよ、関わらないのが吉だ。
「ライカ。・・・村へ急ごう。」
「・・・あれは?」
「知らないなら良い。あとで説明する。まずはここから、早く離れよう。」
意識を少し集中させると、目の奥がすっと冷たくなる。気休めではあるが、眼を開き自身発信の音を消す。足音も、息遣いも、それらの音を全て消す。
私は半ば、ライカを引っ張るように先程までと同様の方向にとりあえず歩いて行った。どんどん木が拓けていく。生活圏が近付いている証拠だ。
「ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!」
森の奥の方から悲鳴が聞こえた。・・・かなり聞き取りにくかったが、恐らく、先程私達を襲った盗賊だろう。目が見えなかったから逃げられなかったのだ。そちらの方へと行ってくれたなら悪いが、非常に助かった。せめてあまり苦しまないことを祈る他ない。
「ねえ、フィル、なんなのさ、アレ。」
「
「・・・え?」
「屍を喰う化物。知らないのか?」
「・・・お伽噺の存在だと思ってた。」
「私のいた世界では結構一般的だった。屍を喰らうと言っても、
それが一番怖い。私のいた世界では、旅人が警戒すべき魔物のうちの一種で、殺せば死ぬが鬼と名前にあるだけあり、鬼属に近い肉体強度がある。要するに全然死なないし、さらには群れるのだ。そして向こうは、此方を見付けてくると基本的にほぼ絶対と言って良いほど襲ってくる。それも喰うつもりで。見掛けたらどれだけ手練れでも少人数であれば逃げるのが定石だ。
「・・・もしかしたら、武器屋が言っていた穴から出てきたのかもしれない。」
「それって・・・」
むこうも馬鹿ではない。いくら獲物が居るとはいえ、集団生活をして居るような場所には近寄らない。出来る限りの少人数を捕まえて殺して食べる。そっちの方が安全だし、確実だ。
嗚呼、運の悪い。何故よりにもよって
「とりあえず、村には早く着いた方が良いかもしれない。・・・この世界に
「うん。・・・・・そんなのが実在するって話は聞いたことない。」
「彼らには生物無生物を問わない変身能力がある。」
「悪魔みたいな?」
「それよりは劣っている。及ばずとも遠からずと言ったところだ。」
見た目で見分けるには、捕食のときを狙って観察するしかないらしい。どうしてか捕食のときだけは元の姿に戻るらしい。あと、彼等の知覚はあまり敏感なわけではない。そこは人並みだそうだ。だからある程度離れることができれば問題は少ない。あとは群れていないで、たまたまはぐれて此方にやって来たことを祈るしかない。
「村まで、急いだ方がいい?」
「可能なら。」
「じゃあ、急ごうか。僕だけならもう少し早く移動できるんだけど。」
「申し訳ない。私はやはり足手まといだろうか。」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。」
「そうか。」
夜にはつくと言っていた。逆に言えば日中に着くことはないということだ。この数日間の疲れが溜まっているのも事実だ。足が痛くなっているし、慣れない野宿で寝不足気味でもある。旅に憧れてはいたが随分と簡単ではない。ベッドが恋しい。早く村で腰を下ろしたい。
「・・・そういえば、あの、グールみたいなのって、フィルの世界にはよく居るの?」
「珍しい相手じゃない。・・・私は戦ったことはないけど。」
「じゃあ、モンスター、みたいなのが居たり?」
「モンスター、は、まあ、普通に。この世界で言う動物のようなくくりだ。魔物と言うこともある。」
「グールは、モンスター?」
「ああ。私達のような七属に分類されない生物は基本的に皆モンスターだ。」
「・・・じゃあ、
"七属"とは、天使属、悪魔属、人間属、龍人属、鬼属、妖精属、獣人属といった、社会を形成する主な住民の総称である。単に"属"と呼ぶこともある。それはあちらの世界とこちらの世界での共通事項のひとつのようだ。
それにしても、彼が積極的に私のいた世界について質問してくるのはなんだか珍しいような気がした。思えば、魔法にも興味を持っていたようだし、もしかしたらそういった話が好きなのかもしれない。
「彼等にも基本的な権利は七属と同等だったはず。・・・一部ではやはり、差別的な扱いもあるらしい。」
「そっか。やっぱりどこも難しいんだね。」
「すまない。余計な情報だった。」
彼が自分の髪色を気にするように横目で見たものだから、何かとても傷付けてしまったような気がして、気が付いたら謝っていた。
「そろそろ、グールとの距離は平気そう?」
ライカは私の言葉には反応をせず、背負った荷物の重心を少し降ろして私に言った。
「ちょっと、休憩しようか。・・・村まであと一息だから。」