ガールズ&パンツァー リトルアーミーⅡの小説 作:ドツェドスフエロスキー
第1話
夏が過ぎ、秋にうつろいつつある日。彼女は学園艦へ向かう連絡船の停泊所にいた。
彼女の名前は
「ようやく着いたわね。この私が来たからには、日本の戦車道が私に合わせるのよ!」
彼女は先日までドイツ戦車道名門校のエースだったが、日本の学校からオファーを受けて、ドイツからはるばるやってきたのだった。
彼女はどんな弱小チームであろうとも、必ず勝利へ導くつもりでいた。
「待ってなさい」
手に持つ一枚の写真を見てつぶやいた。その時、学園艦からの連絡船の汽笛が聴こえた。船が地平線から現れ、だんだんこちらに近づいて来ると、エミは船の側面に何か漢字のようなものがペンキで殴り書きされているのに気がついた。
〝
『戦車道』それは古くから伝わる乙女の嗜み。しかしこのベルウォール学園では今は昔の話かもしれない。
ヴォヴォヴォォン!!ギャリギャリギャリ!! ブババババッッ!! パララパラリラ〜
「まわせぇ!まわせぇ!」
「フカシてんじゃねぇぞタコォ!」
「ギャハハハハ!!」
(うわっ……)
その学園は控えめに言って荒れていた。
ラクガキだらけのコンクリート打ちの校舎と、散乱する残骸や機械の部品などのガラクタ類、校庭で派手に飾りつけたバイクや改造車を乗り回す生徒たち。
校則を気にする者などほぼおらず、私服登校の生徒はもちろん、なぜか学ランや虎の絵を刺繍した作業着を着ている者もいる。
そこには昭和の学園物ドラマに出てくる不良の学校のセットを、全部かき集めて出来たような風景が広がっていた。
学園艦とは、国際社会で大いに活躍できる人材の育成を目的として作られた一連の教育施設であり、学園を中心に形成された移動する水上都市でもある。
生徒の自主独立性は最大限尊重され、それぞれの学園艦がそれぞれの個性や特色を最大限発揮し、一種の国のような文化を形成していた。
しかしその個性が必ずしも良い方向へ発揮されるとは限られない。言うなればこのベルウォール学園は、
エミは転校する学園艦を間違えたかと思った。校舎に入る気も起きないので、とりあえず戦車道部の、オファーをした人物を探そうと、近くにいた比較的まともそうな生徒に訪ねた。
「あなたたち、戦車道部の場所はどこに……」
しかし誰も彼も『戦車』という言葉を耳にした途端、オラついていた顔は崩れ身体をこわばらせた。
「ひいっ!ごめんなさい許してください!」
「なんだテメェ、やつらの関係者か!?」
「お前あんな所行くのか!?死ぬぞ」
ひどい言われようだった。どうやらこの荒廃した学園の中であっても、特に戦車道の評判は最悪らしい。
エミは聞き込みで得た情報の断片を頼りに、自力で探す事にした。
学園艦に来てまず目に付いたのが、敷地の中心に聳え立つ一本の巨大な鐘楼。ヨーロッパの教会を模したような煉瓦造りの建物で、おそらく学園全体を見渡すことができるだろう。そしてその塔の最上階には大きな鐘が一つぶら下がっていた。
次に印象的だったのが、敷地をぐるりと取り囲む巨大な壁。鐘楼と同じ赤煉瓦で作られており高さは5mほど、これもかなり年季が入っており所々欠けていた。
他にも、実用性一辺倒の現代コンクリート建築群に混ざって、歴史がありそうな古い建物や石造り街道などが所々に見られ、かつては西洋風の学校だったことが窺い知れた。
「ここ、よね?」
エミは不慣れな学園内をさまようように歩き回り、なんとか戦車部の居場所を突き止めた。
そこは学園の敷地の外れにある、これもまた煉瓦造りの古びた大きな倉庫だった。
扉が開けっぱなしになっていたので、エミは中を覗いて見た。倉庫の中は閑散としていた。
「し、失礼しまーす」
エミは薄暗い倉庫の中へ恐る恐る足を運び入れた。空気は埃っぽく機械油の匂いがした。建物の広さは体育館ほどで、部屋の隅にはダンボールを積んだ棚や何かの工作機械が置かれていた。天井の窓から日光が差し込み光の柱が出来ていた。
目が慣れてくると床に何か書類が散乱しているのに気がついた。拾い上げてみるとそれは去年の戦車道大会のビラであった。
(やっぱりここが戦車道部で間違いなさそうね……)
エミはその紙を見て確信した。しかし不可解なのは戦車が一輌も見当たらない事だった。たまたま練習で出払っているとも考えたが、倉庫のシャッターはしばらく開けた形跡がなかった。
(……?)
彼女が書類を見てしばらく考えていると、建物の外から声が聞こえてきた。気付かれないように裏口からこっそりと出てみると何やら数十人の人だかりが出来ていた。
「今日こそオレがここの
「上等、どちらが格上か力で分からせる必要があるわね」
倉庫の前では、ヤンキーで編成された二個の歩兵小隊……、つまりそれぞれ30人前後の不良の集団が、互いに睨みをきかせていた。
しかもその手にはバールや鉄パイプ、その他金属片のようなもので武装していた。
「やっちまえー!!」
「オラァー!!」
そして戦いが始まった。まるで古代ローマ剣闘士の決闘か、野武士の乱戦のような戦いが目の前で繰り広げられていた。
(なによ!?あれ……)
エミはその迫力に圧倒され、草むらに隠れてその行く末をただ見守るしかなかった。だが彼女らが手にしている武器の中に、なにか見馴れている物があるのに気づいた。
武器として使っていたのは砲塔のハッチや履帯、砲身などの戦車の一部であった。
「大事な戦車の
戦車道を嗜む者として許しがたい行為だった。激昂したエミは
しかし運悪く、エミが走っている進行方向に大きなダンボール箱を抱えた少女が現れ、二人は激突してしまった。
「うわっ!」
「きゃあ!」
エミはぶつかった拍子に地面にひっくり返った。
「イタタ……いったい何が、グエッ!」
さらに運が悪い事に、彼女が倒れている上に重いダンボール箱が降りかかってきた。
「大丈夫!?しっかりして!!」
相手の少女が叫ぶ。エミは薄れゆく意識の中で、昔聞いた懐かしい声を思い出していた。
「よし、こんなもんかな」
亜麻色髪の少女は作業がひと段落ついたので、休憩する事にした。彼女の作業着はすでに機械油で真っ黒に汚れ、顔にも少し油汚れが付いていた。
「おはよう
「あっおはよう
彼女の友達が様子を見に来ていた。友達が差し入れにジュースを手渡し、二人はしばらく雑談をした。
「調子はどう?」
「まあまあかな。でももう少しで動かせそう」
このガレージで戦車の修理をするのが彼女の日課になっていた。一人でコツコツ修理を始めてかれこれ半年になる。
「あ、そうだ。倉庫まで行って部品を持ってこないと。ちょっと出かけてくるね!」
「先輩たち、今日あそこで戦争するらしいから気をつけなよ?」
友達が少し心配そうに言った。
「大丈夫、いつもの事で慣れてるから!」
彼女は作業着を脱ぎ、着替えてガレージの外へ出かけようとした。それを見ていた友達はさらに付け加えた。
「ねぇ瞳、アンタが一人で頑張る事ないんだよ?来年には先輩たちも卒業する、それからだって……」
「いいんだよ、私が好きでやってるだけなんだから。この子もずっと故障したままじゃ可哀想だし、それに……」
彼女はガレージのドアを開けた。
「この子が動いたら、みんな戻って来てくれる気がするんだ」
「えーと必要なのは、これとこれとこれかな」
彼女は倉庫で必要な部品を手頃な段ボール箱に詰めていた。すでに四個の箱がぎっちり満杯になっていた。
(このくらいだったら一度に運べるかな?ヨイショっと!)
彼女は箱を四段に重ねて持ち上げた。箱を抱えたせいで前が見えない。箱の中には金属部品も含まれており、重さはゆうに30㎏を超えていた。
「っとと、ごめんよー」
おぼつかない足取りで荷物を外へ運び出した。倉庫の前ではすでに喧嘩が始まっていた。
「ちょっと通りますよーっと」
皆が抗争している雑踏の中を器用に避けながら歩いた。周囲では相手を殴る音や罵声が聞こえた。
(みんな元気だなぁ……)
そんな事を考えながら、彼女はユラユラと右に左に蛇行しながら進んだ。
その時、前方から誰かが走ってくる音が聞こえた。彼女が避ける間も無く相手は段ボール箱に激突した。
「うわっ!」
「きゃあ!」
ぶつかった拍子に相手は倒れ込んだ。彼女もバランスを崩し、抱えていた箱を落としてしまう。しかも運悪く、四段に重ねた箱は相手の方へと崩れ落ちてしまった。
「グエッ!」
聞いたことのないような声が聞こえた。
「大丈夫!?しっかりして!!」
彼女は驚いてすぐさま荷物をどかした。だが倒れている相手を見て彼女はさらに驚愕した。
「まさかエミちゃんだったとは!」
エミは気がつくと保健室のベットに運び込まれていた。彼女が寝るベッドの横には、黄色いパーカーにスパッツ姿のいかにも活発そうな少女が座っていた。
彼女の名前は
「まさか、こんなところであなたに会うとはね」
エミは内心喜んでいたが、安堵の表情を悟られないよう素っ気なく答えた。
「日本に遊び来るなら言ってよ〜。なんで来たの?」
「なんでって、今日からここに通うことになったのよ……多分」
「えっほんと!?やったぁ!!」
彼女は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。その姿は、髪型が短くなったこと以外昔と何も変わらない。むしろ髪の長さに反比例して、さらに活発な性格になったように感じた。
二人はしばし思い出をした後、彼女はオファー受けて日本に来た事を伝えた。すると瞳は少し自慢気に話を切り返した。
「えへへ、実は私も勧誘のオファーを出してすごい留学生の子が受けてくれたんだよ!実は今日ここに来る予定になってて……ってあれ!?」
「じゃあ依頼をしたのって……」
「受けてくれたのって……」
「瞳だったの!?」「エミちゃんだったんだ!!」
奇跡のような偶然だった。エミは全国各地にある戦車道の学校の中から、たまたま瞳のいる場所を選んだのだった。
「やったー!すごい!」
瞳は天井に手が付きそうなくらい高く飛び上がった。やはり小学生の時よりも活発さは倍増している。
「ひっとみー!生きてるー?」
その時、カーテンの向こうから親しげな声が聞こえた。二人の生徒が部屋に入ってきた。
声をかけたのは、瞳と同じくらいの背丈の少女。サイドテールに紅葉の髪飾りを付けている。服装は制服のスカートと私服を組み合わせた、いかにもここの生徒らしい着こなしだった。
その後ろにいる長身の少女は、黒のタンクトップを着て頭からゼブラ柄のロングパーカーを被っていた。髪型は黒髪ショートカット。見た目は強面な感じで美少年のようにも見えた。理由は分からないが、エミに睨みを利かせていた。
(もしかして私、ガンを飛ばされている……?)
エミは出来るだけ目を合わさないようにした。
「保健室に担ぎ込まれたって聞いたから心配したよ。抗争の巻き添えになったんだって?」
「違うよ〜、ぶつかって転んだだけ!」
瞳とサイドテールの子が親しげに話している。彼女もやや不良風の見た目だったが、その会話を聞いているだけで、すごく人懐っこい性格なのが分かった。
「その子友達?」
「うん、幼なじみなんだ~♪」
会話はエミの話題に移った。彼女はエミの方をを向くと手を差し出して言った。
「アタイの名前は
椛代はヤンキーみたいな喋り方でおどけたように自己紹介をした。
「こちらこそ、よろしく」
エミは彼女の手をぎゅっと握った。
(この子とは仲良くなれそう……)
エミと椛代が話していると、後ろにいた強面な感じの少女が前へ出てきて、エミを見下ろした。
「な、なに?」
彼女は背丈が高く、目の前まで近づかれるとベッドに座っているエミはほぼ真上を見る状態になった。
「……お見舞い」
彼女はそう言うと、パーカーのポケットからいちごオレの缶を取り出し、エミに手渡した。
「あ、ありがとう」
(あれ、もしかしていい人?)
「しばらくおっきな
一通り話が終わると、椛代と優は保健室から出て行った。エミは、先ほど倉庫の前で争っていた集団は何者なのか訊ねた。
「先輩たちだよ。いっつもあそこで喧嘩してるんだよねー」
「ケンカ道部かなにかの?」
「違うよ、戦車道部だよ」
薄々勘づいていたが恐れていた通りだった。戦車道部は不良の溜まり場と化していたのだ。
(……前言撤回、やっていく自信がなくなった)
今からでも留学し直したほうがいいかもしれない、そう思った。エミはうなだれて表情が暗くなる。それを察した瞳は別の話題を切り出した。
「そうだ、うちの学校の戦車見てみない?実はすっごい戦車があるんだよ!」
もう大丈夫だと保健医の先生にお墨付きを貰ったエミは、瞳に手を引かれとあるガレージに案内された。
学園の敷地の外れにある戦車倉庫、そこからさらに奥に進んだ所にその小屋はあった。
「ジャン、ジャジャーン!レディース アーンド ジェントル メーン!それではご紹介しまぁーす!!」
瞳はガレージの前に立つと、まるでサーカスの司会者かのように、うやうやしく身ぶりで手ぶりを交えて言った。
「これが
瞳がガレージのシャッターを勢いよく開けると、そこには一台の赤い戦車があった。ティーガーⅠ重戦車。88mmの強力な火砲と100mmの厚い装甲を持つ、ドイツを代表する車両。
修理中なのかハッチの扉や無線機などの一部は外されていた。表面をよく見ると被弾と補修を繰り返したせいで、デコボコと酷く歪んでいた。
「これは後期型……、いや初期型か」
長年に渡って
砲塔はスライド式ハッチ、転輪も鉄製転輪だったが、砲塔の形状やベンチレーターの配置、排気フィルターなどは前期型のままだった。
車体に刻まれた無数の弾跡、どこも傷だらけで、欠けていない部品は一つもない程だった。
しかしそれは、この戦車が今まで潜り抜けてきた歴戦の証しだった。
エミはこれよりも強力な戦車はドイツでたくさん見てきたが、この戦車からは何とも言い表しがたい
(確か日本には、物に魂が宿るって考え方があったわよね……)
「どうかな?」
瞳がたずねた。
「まあ、悪くはないんじゃない?」
エミはいつのまにか微笑んでいた。