ガールズ&パンツァー リトルアーミーⅡの小説   作:ドツェドスフエロスキー

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西呉王子グローナ戦
第5話


 ベルウォール戦車道部の射撃訓練場は、しばらく練習をしていなかったせいで、人の腰の高さまで雑草が生い茂っていた。

 そこを一台のティーガーが草花をすり潰しながら走り抜ける。

 砲手席に座ったエミが、喜多ちゃんこと喜多(きた)椛代(かばよ)に指示を出す。

 

「いい椛代(かばよ)、常に『昼飯の時間』を意識して動くのよ。」

 

「昼飯の時間?お昼ご飯を考えて頑張れってこと?」

 

「違うわよ!避弾経始(ひだんけいし)を考えて動きなさいって言ってるの」

 

 ティーガーIこと 鐘虎(ベルトラ)の修理で扱い慣れている瞳とは違い、椛代と優がこれに乗るのは初めてだった。

 エミは他のメンバーが慣れるまでは自分が操縦手を務めようと思っていたが、椛代が動かしたいと志願したので任せることにしたのだ。

 

「え~っと、ひだん……ってなんだっけ?」

 

「装甲を傾斜させて砲弾の威力を減少させたり分散させたりすることよ。

 つまり車体の正面を時計の12時の方向だとしたら、10時半か13時半の方向に敵が見えるように動かすの。」

「ああ、思い出した! 要はブロック崩しの板みたいなアレだよね。」

 

 見た目の割に繊細な技術が必要とされるティーガーの運転が、軽戦車しか操作した事のない彼女に務まるのか心配した。

 しかし椛代の返答は「大丈夫、うちのお母さんトラック野郎だから!」との事だった。

 何が大丈夫なのかは知る由もない。

 

「ちょっと基本中の基本でしょ!本当に大丈夫!?」

 

「いやぁ軽戦車って基本、当たったらそこで終わりだからさぁ」

 

 不安しかないが仕方がない。現在の乗員はエミ、瞳、椛代、優の四名。エミが車長と砲手を兼任しているが、全体の指揮に専念するためには、専属の砲手を見つける必要があった。

 その時、優が通信無線の電波をキャッチした。チャンネルを調整してエミのマイクに繋げる。

 

『おいジャーマネ、聞こえるかぁー?』

 

 ハスキーがかった気怠そうな声が聞こえた。戦車部キャプテンの一人でM10の車長、山守 音子(やまもり ねこ)だ。

 キューポラから顔を出すと、並走しているM10の姿が視認できた。

 屋根のないカクカクした砲塔の縁に、腰かけているのがわかる。まるでオープンカーに箱乗りしているようだった。

 

「聞こえてるわ。そっちの調子はどうよ?」

『まあ悪くねェな。アメ車だけあって足は速ぇーし、見た目がマブい』

 

「あら、鐘虎に乗るのもう諦めちゃったの?」

『バーカ、俺様の戦車を貸してやってるだけだろうが』

 

 

 音子とそんな話をしていると、会話に割り込むように別の声が聞こえてきた。

 

『ちょっと、山守さんは先輩なのよ!?ちゃんと敬語を使いなさいよ!』

『そうだそうだ、姉御と気安くタメ張ってんじゃねぇぞ!オラァ!』

 

 騒がしい声の正体は砲手、坂井 小春(さかい こはる)と装填手の矢野(やの) あきらだった。

 小春は小柄な優等生風の見た目の少女で音子の取巻きの一人。同じくあきらも側近の一人で、常に木刀を携帯し特攻服を着た長身の女生徒。

 

「ならあなた達も敬語を使いなさいよね? 私の方が先輩なんだから」

『ぐっ、や、山守さんに……』

『け、敬語を使ってくださ……い』

「あはは、なんかもう完全に馴染んでるよね、エミちゃん」

 

『相変わらず馬鹿やってるわねぇ』

 

 その時無線からまた別の声が聞こえた。もう一人のキャプテンでⅣ駆の車長、土居 千冬(どい ちふゆ)だった。近くの高台から観察しているようだが、こちらからはⅣ号駆逐の姿は確認できなかった。

 

「えっと、土居先輩……」

『千冬でいいわ。それより模擬戦をするんでしょう?見ててあげるから早く始めなさいな』

「そうね。音子、準備はいい?それじゃあ開始するわよ!」

『よっしゃあ!手加減しねぇーぜ。』

 

 戦車道。それは礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目的に、『乙女の嗜み』として古来から行われてきた武道。

 主に第二次世界大戦中の戦闘車両を用いて、複数対複数のチーム戦形式での試合が行われる。

 このベルウォール戦車道チームもまた、日々練習に励み精進を重ねる“乙女たち”であった。

 

 

 開始の合図と共に、M10が向きを変え、まっすぐこちらに向かって突撃してきた。

 エミは鐘虎を停止させ、落ち着いてゆっくりと照準を合わせた。引き金を引くと車内を強い轟音と衝撃が襲った。真横から黒く焼けた薬莢が飛び出した。

 88mm砲から放たれた砲弾は、M10の横をかすめて、はるか後方に着弾した。

 マズルブレーキから燃焼ガスが排出され、砂埃が高く舞い上がった。

 M10は急転換して、斜めに切り込むように接近する。

 

「側面に回り込むつもりね。椛代、9時の方向に転換!」

「はいよ!」

 

 椛代はたどたどしい操作で車体を旋回させる。その間にエミは砲塔を旋回させて照準を定める。

 M10は捕捉されぬように蛇行しながら、行進間射撃を行った。

 3インチ砲から放たれた数発のうちの一発が命中したが、正面装甲に弾かれた。

 鐘虎もM10に合わせて旋回しながら二発、三発と砲撃した。しかしどれもM10の近くで着弾し、大きな土煙を撒き上げるだけだった。

 

「はっはっー!そんなヘボ弾当たらねェーぜ」

 

 音子は砲弾が当たる危険などおかまいなしに、身を乗り出してエミを挑発した。

 その時、音子の背中を見た二人が、驚いて指さした。

 

「や、山守さん!」

(あね)さん、背中が……」

「……?」

 

 音子は自分の背中から鈍い痛みと熱があるのを感じた。

 背中に触れてみると、手にヌルリとした生温かい液体が付着した。

 

「ぐはぁっ!!」

「山守さん!!」

 

 音子は仰け反るようにして倒れこんだ。力なく横たわる音子の体を、二人が抱きかかえた。

 

「へへ……こんな所でやられるとはな、不甲斐ねぇぜ。お前ら、後の事は任せ……たぞ……」

 

「あ、姉さぁーーーん!!」

「死んじゃ嫌ぁぁぁっ!!」

 

「……だから死んでないって」

 

『車長が模擬弾に当たって戦闘不能、乗員は戦意喪失で鐘虎チームの勝利』

 

 千冬が淡々と判定を告げた。

 

 

 

 

「我らが戦車道チームも、様になったねぇ!」

 

 瞳が戦車倉庫を眺めて、ニコニコとご満悦そうに笑った。

 かつては戦車が一台もなく、不良のたまり場と化していた倉庫には、大小五台の戦車が一列に並んでいた。

 

 あの後、例のゴミ捨て場もとい鉱山を調査すると、なかなかの数の戦車の残骸や部品が埋没している事が分かった。

 とりあえず状態が良くすぐに使えそうなⅡ号戦車(これはかつてチームが使用してたもの)と、やたら発掘されるソ連製部品の寄せ集めで作ったT-34(のようなもの)を新たに加えることができた。

 

「とりま戦車はこれで良いとして、次は乗員を集めないとね」

 

 先程、模擬戦をしたメンバー以外は整備などの裏方作業に回っていた。

 どうやらベルウォールの生徒たちは、機械の制作には興味があっても、乗ること自体にはそれほど興味はないらしい。

 そもそも何かに乗りたければ、族車やら族バイクがそこら中に転がっている。

 エミ達四人も新たなチームメンバーを探すことにした。

 

「クラスの片っ端から呼びかけてみる?まずは工業科から……」

 

「工業科の方は多分もう無理だよ?山守さんと土居さんがクラス中の生徒を呼びつけて、ふるい落としてたから。」

 

「呼びつけたのかよ……。じゃあ普通科に行こうぜ。今日は優も私も制服持って来てっからさ♪」

 

 ベルウォール普通科と工業科の敷地は巨大な壁で隔たれている。それぞれの校舎の正門はたがいに背中合わせにしたように敷地の東西に設置されており、普段の学校生活を送っていて両科の生徒が顔を合わす事はまずない。

 正規のルートで行くと時間がかなりかかるため、生徒が双方を移動する際は、所々に作られた非正規の抜け道を使っていた。

 エミ達もその抜け道の一つ、工業科の壁に空けられた抜け道(生徒達にはコードネームで“シャーリー”と呼ばれていた)を通り普通科へ移動した。

 

 普通科に到着しさっそく戦車道に興味がありそうな生徒を探そうと思ったが、椛代と優は食べたい期間限定の学食スイーツがあるとの事で、二手に分かれて探す事にした。

 

「そういえばこの前ね、有望なそうな子が一年のクラスに入って来たんだよ!」

 

 瞳が廊下をピョンピョンとスキップしながら言った。

 

「それって転校生?その子は戦車道経験あるの?」

「そうなの、なんでも“せいぐろ”から来たんだって」

 

 エミは最近その言葉に聞き覚えがあった。日本の戦車道を知るために『月刊戦車道』のバックナンバーを読み漁っていた時に何度も出てきた名前、“聖グロ”すなわち“(セント)グロリアーナ女学院”の事だ。

 

「それって強豪校じゃない、早く行きましょ!」

「あ、エミはちゃん待って!」

 

 エミは瞳の手を取り一年生のクラスへと走り出した。

 

「……本当にあの子で間違いないの?」

 

 二人は教室の中を覗き込むと、すぐに彼女を発見した。

 瞳の情報によると、彼女の名前は白鳥 (なぎさ)で担当は砲手。

 しかし彼女は不安げな表情でただ机の一点を見つめていた。

 一言で表すなら小動物、もしくは迷子の子犬。彼女が強豪校チームのメンバーだとはとても思えなかった。

 

「本人に直接聞いてみるしかないわね」

 

 エミは瞳の制止も振り切り、教室の中へ入っていった。

彼女は知らない教室でも遠慮せずに入室できるタイプの人間だった。

 エミは彼女の前に立ち塞がると、片手で机をバンッと叩いた。

 

「ひいっ!」

「あなた、戦車道やってるんですってねぇ?ちょっと顔貸しなさいよ!」

「ちょっとエミちゃん、白鳥さんが怖がっちゃうってば!」

 

 瞳の言う通り、渚はヘビに睨まれたカエルのように完全に硬直していた。緊張により瞳孔は開き、眉一つ動かせず、息も止めているかもしれない。

 

「怖がらなくていいよー、これエミちゃんの病気みたいなものだから」

「病気!?」

 

 瞳は彼女が怖がらないように、エミを羽交い締めにした。緊張を解いてもらうため、まず自分たち二人の自己紹介し、事情を説明することにした。

 

「あなた、聖グロで戦車乗ってたんですってね?」

「は、はい……でも、」

 

 渚は消え入るようなか細い声で答えた。

 

「この学校は戦車道はなかったはずじゃ……」

「今月から再開する事になったのよ」

 

「私この学校には戦車道がないと思って転校してきたんですけど……」

「いやぁ〜、運命だね〜!」

 

「部活動って自由に選べるんじゃ……」

「だから勧誘してるんじゃない」

 

 渚は明らかに困惑しているようだった。もしかしたら前の学校で、戦車道で嫌な事があったのかもしれない。

 二人と目線を合わせられず、ただおどおどした表情で机を見つめるだけだった。

 瞳はもうひと押しとばかりに勧誘を続ける。

 

「優しい先輩達が懇切丁寧に教えてくれるし、大砲も撃ち放題だよ? 今入ればなんと、ティーガー戦車にも乗れちゃう!」

 

 黒い会社の求人広告のような、怪しいうたい文句だった。見方を変えれば嘘ではないが、真実からもほど遠い。

 エミはこれ以上続けても彼女を困らせるだけだと思い、切り上げようとした。しかしその時、

 

「ほ、本当ですか?」

 

 喰いついた。彼女の目が生気を取り戻し、きらきらと輝いている。

 ドイツの学校に居たエミには気づかなかったが、重戦車を持っている学校はそれほど多くはない。

 たとえ持っていたとしても乗れるのは一部の三年生か、エースクラスの実力者のみ。

 その中でもティーガーは『月刊戦車道』でも度々特集が組まれる程の人気戦車、戦車道女子憧れの的だった。

 

「あっでも……」

 

 渚は再び困惑した表情に戻った。戦車道をやってはいけない家庭内の事情があるのかもしれない。

 実家が戦車道の家元で破門されかけてるとか、決勝戦の思わぬ事故で試合放棄をしてしまって負けたとか。

 しかし戦車が好きということに変わりはない。エミは渚にある提案をした。

 

「とりあえず試しに戦車に乗ってみて、入るかはその後に決めてもいいんじゃないの?」

「そうだよ、一緒に乗ろーよ!」

 

瞳が渚の手をつかんで熱心に懇願した。

 

「わかりました。少しだけなら……」

 

渚はしばらく考えた後、はにかみながらゆっくりと(うなず)いた。

 

 

「うわぁぁーーーーっ!!」

 

 気がつくと彼女は、砲塔から身を乗り出し、張り裂けんばかりの大声で叫けんでいた。

 車体が大きく揺れるたびに、まるでジェットコースターに乗って遊んでいる子どもように、キャッキャッと黄色い声をあげた。

 彼女が鐘虎に乗ってからというもの、終始このような状態だった。

 

「渚ちゃん、すごく楽しそうだね」

「迷子の子犬かと思ったら、とんだ野生児だったみたいね」

 

エミは飽きれたように言った。

 

 倉庫に戻ると、すでに椛代と優が先に戻っていた。

 椛代がエミにピースサインを送る。なんと四人も勧誘する事ができたらしい。

 彼女の話によれば、学食の杏仁豆腐パフェを食べていたら意気投合し、チームに参加してくれる事になったという。

 

「T-34を義勇軍仕様にしていいなら参加するって!」

「かなりマニアックね……。あの二人が許可するといいけど」

 

 

「……最後にワタシが中文研(ちゅうぶけん)部長の(みなみ) 陽子(ようこ)ネ!推しは59式戦車、ヨロシク!」

 

「よし合格」

 

 音子と千冬がほぼ同時に答えた。二人は言葉を重ねられた事に腹を立てて、また睨み合っている。

 

 椛代が連れて来たメンバーは、南、北都、東、西園寺の四人。全員大の中国好きらしく、独自に中国文化研究会を立ち上げていた。

 特に部長の南は、根っからのカンフー映画マニアで、いつもチャイナドレス風の上着を着ていた。

 

 中文研の四人と、渚が仮入部として新たに加わり、動かせる車両の数は計四輌。なんとか試合ができる頭数にはなった。

 戦車倉庫にはメンバー全員が集まり、今後の活動目標についてのミーティングが行われた。ホワイトボードにエミが今後の予定や練習メニューを書いていった。

 そして最後に、エミはベルウォールの最終目標を発表した。

 

「私達が目指すのはただ一つ、『記念杯』優勝よ!」

 

 その言葉に倉庫内がざわめく。

 

「ほぉ大きく出たじゃねぇか」

「大きな大会じゃない、できるの?」

 

 ーーー記念杯、正式名称『戦車道大会優勝記念杯』。毎年12月に行われる大会で、夏に行われる『戦車道全国高校生大会』に並ぶ戦車道三大大会の一つ。

 この大会の特徴は、その年の戦車道大会優勝校の地元で開催される事だ。一昨年は黒森峰の地元 熊本、去年はプラウダの青森、そして今年は、

 

「たしか今年の優勝校って茨城の・・・」

 

 大洗女子学園、無名の弱小校でありながら破竹の勢いで勝ち進み、王者黒森峰を打ち破り優勝を果たした、『大洗の奇跡』と呼ばれる伝説を打ち立てた学校だった。

 そしてその伝説の立役者こそ、エミと瞳のかつての戦友(幼なじみ)、“西住みほ”だった。

 

「やるからには優勝(てっぺん)よ」

 

 エミはチームメンバーの反応など意に返さず話を続けた。

 

「いくらなんでも目標高すぎじゃねーか?」

「私たちにできるかな〜」

 

 エミはざわめくメンバーをゆっくりと見渡し、挑発するようにわざとらしい口調で言った。

 

「まさかベルウォールの生徒とあろう者が、ビビっちゃいないわよね?」

 

「おいおい……」

 

 間入れず一番最初に立ち上がったのは音子だった。

 

「誰にモノ言ってんだ? 優勝してやらぁ!!!」

 

 彼女の声に触発され、その場にいた全員が立ち上がった。おおーっ!と大きな鬨の声を上げた。

 

 

 

 

「はふぅ、今日も疲れた……」

 

 練習を終えて、エミはお風呂に浸かりながら、明日の練習メニューについて考えていた。

 明確な目標と戦車を手に入れたベルウォール戦車道部の当面の課題は、新たな相棒となった戦車を手足のように使いこなす事だった。

 エミは個々の練度を考えて、それぞれに合った練習メニューを考えた。

 

(……明日は行進間射撃の練習をして、それから)

 

 毎日の練習メニューやスケジュール、戦車の整備、備品の発注にいたるまで、あらゆるものを自分たちで考え、一からチームを作り上げていく。

 気力も体力共にハードな作業だったが、エミはかつて経験した事のないほど充実した日々を送っていた。

 

(……)

 

 物音一つしないせいで、広い風呂場がさらに広く感じられる。

 充てがわれた寮の部屋は、エミには持て余すほどの大きさだった。

 留学生だからと特別に配慮されたのか、それともこの学園ではこれが普通なのか。今エミが使っているバスタブさえも大人一人が悠々と入れるほど広い。

 元いたドイツの学校なら、四人部屋として使えるだろう。

 

(……ドイツにいた時の私って、なに考えていたっけ?)

 

 エミはふとドイツの学校の頃を思い出していた。朝から晩まで続く厳しい練習、日々繰り返される熾烈な選抜争い。強き者がのし上がり、弱者は蹴落とされる。

 自分の事で精一杯で、周りはなにも見えなかった。仲間の顔さえ覚えていない。

 実力こそが戦車道の全て、強きことが正しき道だと信じていた。

 

(……)

 

 エミは考えるのをあきらめ、湯船の中に潜った。

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