ガールズ&パンツァー リトルアーミーⅡの小説 作:ドツェドスフエロスキー
「おっはよう!エミちゃん、渚ちゃん」
「おはよう」
「おはようございます」
瞳はエミと渚の三人で、いつものように校門で待ち合わせをしていた。
「……渚ちゃん、部活の皆ともだいぶ慣れてきたんじゃない?」
「はい、なんとか……」
「あの濃い面子を見たら、最初は誰だって驚くわよね」
部室へ行くまでの何気ない朝の会話。それが三人の日課になっていた。
「記念杯の組み合わせって、いつ頃決まるのかな?」
「もうそろそろ通知が届くんじゃないかしら」
「初試合だしすごくドキドキするね、渚ちゃん」
「はい……」
大会の話題に変わると、渚の表情は急激に暗くなった。
あれ以降、彼女は練習に積極的に参加していたものの、試合に出る事には躊躇いがあるようだった。
早く試合に慣れて自信をつけてほしいなぁ、と瞳は思った。
キイィィーッゴオォーッ
会話をしながら歩いていると、突如三人の上空に巨大な飛行機があらわれ、爆音をあげながら頭上すれすれを通過した。
「な、何なの!?」
ただ呆気に取られていると、背後から何か巨大な黒い物体が、野獣のような呻き声を上げて、三人に襲い掛かってきた。
「危ない!」
エミは咄嗟の判断で二人を突き飛ばし、ギリギリの所でかわした。
その物体は三人の真横をものすごい勢いで通過し、そのまま校門に激突して止まった。
空から落ちてきたのは一輌の黒い重戦車だった。
「ふぅ、無事到着ね」
戦車の中から颯爽と一人の少女が現れた。
青碧色の制服に身を包む、金髪碧眼の少女。三つ編みを後ろにまとめたギブソンタックの髪型、そしてその手に持つカップとソーサー。
「あ、あなたは……」
「そう!この
彼女は胸に手をかざし、高らかに名乗りを上げた。
「どうしたぁ、校庭から油田でも沸いたのか?」
異音を聞きつけたチームメンバーがゾロゾロと集まり始めた。
「ああ?誰だオメーは」
「あら、ごきげんようベルウォールの皆さん」
彼女はメンバーの方に振り向き、にっこり笑って軽く会釈をした。
「近々お手合わせをする事になりましたので、今日はご挨拶しに来ましたの」
彼女はカップの液体を一滴も溢さずに、ひらりと戦車から舞い降りた。
「お手合わせ? 練習試合なんて組んだ覚えないわよ」
まったく聞き覚えのない話に戸惑うエミの背後で、何か聞き覚えのあった二人が、まるで今思い出したかのように言った。
「そういや、記念杯の組分け決まったんだっけな」
「確かこの前、通知の手紙届いてたわねー」
「ちょっと、なによそれ!?なんで私に言わないのよ!」
それの言葉を聞いたエミは、ものすごい形相で二人に詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。
「わりぃわりぃ、言うの忘れてたんだって」
悪いとは言いつつも、音子に少しも悪びれてる様子はなかった。
「オホホホ、チームワークガタガタねぇ」
三人のやり取りを見ていたキリマンジャロは、口に手を寄せて高笑いをして言った。
「どうやら噂に違わぬ田舎くさいお馬鹿さんの集まりみたいですわねぇ」
その一言で騒ぎはピタリと止まり、その場にいた全員が彼女に視線を向けた。
彼女は笑顔こそ崩さないでいたが、クマができた瞼の奥の、死霊のような濁った目がメンバーを睨みつけていた。
彼女は明らかにこちらに敵意を向けていた。
「戦車道は華道・茶道に並ぶ乙女の嗜み、気品ある競技ですのよ?
「ああん? テメェわざわざ喧嘩売りにきたのか!?」
一番最初に噛みついたのは、あきらだった。木刀を手に取り一歩前に出る。
彼女は気にも止めず、さらに挑発するように、わざとらしく困ったような顔をして言った。
「お山の猿じゃあるまいし、そんな野蛮な事するつもりはありませんわ。
「……何が言いたいのよ?」
「つまり、連盟を通さずに
その方が
「ざけた事言いやがって、明日の朝刊に載ったぞテメェー!」
あきらは木刀を振り回し、キリマンジャロに殴りかかろうとした。
現在進行形で醜態を晒そうとしている彼女を、他の面々が取り抑えた。
「
あきらとは対称的に音子は挑発に乗るそぶりは見せず、大物の貫禄で彼女に訊ねた。
「あら、貴女たちこそ勝てるとお思いなのかしら?そちらがお持ちのティーガー、少々頑丈なのが取柄のようですけれど、私の“
ブラックプリンス、それが彼女が乗る戦車の名前だった。
ティーガーⅠ倒すために開発されたイギリスの試作戦車、別名“スーパーチャーチル”。
騎士の甲冑にも見える鈍い光を放つ車体には、コーヒーカップとポットを
「面白れぇ、受けて立とうじゃねぇか」
音子はそう答えると、左手に持っていたクルミを粉々に粉砕した。
彼女の意見に異議を唱えるメンバーはいなかった。
「……場所と日程は後日お知らせしますので。ではご機嫌よう」
キリマンジァロはそう言って、戦車に乗り込み立ち去っていった。
その後ろ姿を睨みつけていたメンバー達は、姿が見えなくなると無言で戦車倉庫へと歩き出した。
「な、なにしに来たんだろうね、あの人たち……」
いまいち状況がつかめていない瞳が、一緒に倉庫へ向かおうとするエミに駆け寄り尋ねた。
「決まってるでしょ?ケンカを売りにきたのよ」
「ケ、ケンカはダメだよ!出場停止になっちゃうよ!?」
それを聞いて驚いた瞳は、メンバーの前に立ち塞がった。
しかしエミは瞳の両肩に手を置くと、
「ねぇ瞳、例えばバットを持った人達が皆でグラウンドに集まっていたら、それは何をするんだと思う?……野球をするに決まってるわよね?」
「え……う、うん」
穏やかな笑みをたたえるエミを前に、瞳は肯定せざるを得なかった。
「私達は戦車を持って皆で集まって、戦車道の試合をするだけなの。だから、
「まあ、少なからず血も出るけどね」
「スポーツにケガ人はつきものだからなぁ」
(ええ〜っ!?)
瞳と渚を除いたメンバーは不敵な笑みを浮かべて去っていった。
(はわわ、あの人ベルウォールで敵にまわしたくない人を全員敵にまわしちゃったよ……)
学園が見えなくなると、キリマンジァロはハッチを閉め、車長の席に腰を落ち着けた。
「上手くいきましたね、キリマンジァロ様。柄の悪い不良どもにも毅然とした態度で振舞うお姿、素敵でした!」
頭に大きなリボンを付けた長髪の少女が、彼女に
「少し挑発すれば、すぐ噛み付いてくるのだから、ちょろいものだわ。それよりモカ、コーヒーを一杯頂けないかしら?」
「はいただいま!」
彼女のチームではコーヒーに因んだ
「まさかあの子、こんな所でまだ戦車道をやっているとはね。驚いたわ」
「どうする、作戦を変更するのカ?」
「その必要はないわコナ。何かできるとは思えないもの」
装填手席に腕を組んで座っている寡黙な少女の名はハワイ・コナ。
キリマンジァロと同じギブソンタックの髪型だが、その褐色の肌とすらりした体躯で、エキゾチックな印象を受けた。
「以外に根性あるんですねぇ、まっ戦車の才能は全然でしたけど」
モカは奥の棚からコーヒー豆を取り出し、分量を計りミルに入れた。ケトルの湯が沸くのを待つ間、先に豆を挽いてセットする。
「猫がネズミを嫌いにならないように、娘は誰でもコーヒーが好き」
キリマンジャロはコーヒーを待ちながら、カップの底に残った粉を眺めて言った。
「ヨハン・セバスチャン・バッハの“コーヒーカンタータ”ダナ」
彼女の隣に座って聞いていたコナが答えた。
「でもこれで全ての準備は整ったわ。あとは手順通りに抽出するだけよ」
そして試合当日、ベルウォールと西グローナの面々は、定刻通りに集まっていた。
両校のメンバーが一列に並んだ。西グローナからはキリマンジァロ、ベルウォールからはエミが代表として一歩前に出た。
「ようこそ、皆さん。今日は楽しみましょう」
そう言って彼女は手を差し出した。しかしその目は相変わらず澱んでいた。
「ええ、正々堂々と戦いましょう」
エミとキリマンジァロは握手を交わした。
両校が一礼をした後、各自の戦車に乗り込み、指定の場所へ移動した。
開始時刻まであと五分。車内には会話をする者はおらず、ただエンジン音だけが響いていた。
車長席のエミは、前方に座っていた渚の肩を、ポンと叩いた。
「ひゃいっ!」
渚が驚いて、すっ
「緊張しすぎよ。少し落ち着きなさい」
「……は、はい」
渚は自信なさげにうなずいた。やはりまだ動揺が収まりきれていないようだった。
エミは渚の耳元まで顔を近づけ静かにささやいた。
「いい渚、余計な事は考えないで。あなたは撃つことだけに集中しなさい」
「はい」
そしてついに試合が始まった。
一時間ほど前、ベルウォールチームは控えのテントで、試合の準備に取り掛かっていた。
メンバーは砲弾を車内に運び入れたり、エンジンを暖気したりしている。
「久々に暴れてやるか!」
「よっしゃ殺る気出てきたー!!」
「楽しみ〜」
士気は最高潮に高まり、試合を今や遅しと待ち望んでいた。
「渚ちゃん知らない?さっきまで居たんだけど」
「近くにいないの?」
「さっき顔を真っ青にしてたし、トイレかな?」
「しょうがないわね、私が探してくるわ」
先日の騒動以来、渚の様子は目に見えておかしくなっていた。挙動は明らかに不自然になり、練習でもミスを連発する事が多くなっていた。
(緊張でお腹でも壊したんじゃないでしょうね)
そんな事を考えながら、雑木林の中の道をしばらく歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
そこには渚と、なんとあのキリマンジァロ姿があった。
「……私、戦車道が好きなんです!どんなに下手くそでもやっぱり諦めたくない!」
渚が震える声で叫んでいた。あの気弱な彼女が勇気を振り絞って、全力で訴えているのがわかった。
しかしキリマンジァロは表情一つ変えずに、彼女を平手打ちした。
(……!!)
「そんなだから愚妹と言われるのよ。それであの不良達とつるんで戦車道ごっこ?
いい加減、あなたも白鳥家の一員である事を自覚なさい」
「お姉さま……」
「これが公式試合じゃなくて、本当によかったわ。
渚、あなたはすぐに転校の準備をなさい。今度こそ戦車道のない学校にね」
「ちょっと、待ちなさい!!」
エミは飛び出して、彼女の前に立ちはだかった。
「ウチの渚に何してんのよ!?ここからは私が相手になるわよ!」
「あらあなた、盗み聞きしてたの?」
キリマンジァロは呆れた顔で、エミに視線を向けた。
「これは家庭内の問題よ。部外者は黙ってて」
「だからって、あなたに辞めさせる権利なんてないはずよ!」
「だから家の権限を使って、強制的に辞めさせると言っているんです。転校でも何でもさせてね」
そう言うとキリマンジァロはフフッと笑った。
「笑えないわね……」
「エミさん、やめて下さい!」
エミは拳を握りしめ一歩前へ歩み出るが、渚が腕を掴み引き留めた。
「何も分かっていないのね」
彼女は呆れ顔で言った。
「戦車道は乙女の嗜み、言い換えれば、単なるお稽古事なのよ。
『学生の頃、大会で入賞するほどの腕前だった』とでも言えば世間体が良いし、家柄も良く見えるでしょ?やる理由なんて、その程度のものなのよ」
「そんなの嘘です!」
渚が叫んだ。
「だって言ってたじゃないですか、ダージリン様と戦ってみたいって!」
(ダージリン?それって聖グロリアーナの……)
「まったく、不要なことをペラペラと」
キリマンジァロは手に持つカップを見つめていた。
「確かに私はダージリン様に憧れていた。初めてお目にかかった時に思ったわ。あの方の側に仕えたい、私もあの方のようになりたいってね、でもそうはならなかった。」
「世の中にはね、生まれ持った宿命っていうものがあるの。才能や運、家系、血筋……。
自分の意思じゃ、どうにもならない事がたくさんあるのよ」
「……あなたには分からないでしょうけど、名家の娘も大変でね。来年からは家業を手伝う事が決まってるの。
将来は結婚して家督を継いで、家を大きくしていかなくてはならないのよ。
だから私の戦車道はこれで終わり。この大会を終えたらきっぱり引退するわ」
彼女の濁った目が一層澱みを増したように見えた。
「……確かにあなたの立場なんて何も知らないないわ」
わずかな沈黙の後、エミが先に口を開いた。
「でもね、あなたが崇拝するダージリン様も、あなたと同じ事を言うのかしら?」
「なんですって?」
彼女の澱んだ目が鋭く光った。
「戦車道にそんなもの関係ない。それを私達が証明してみせる」
エミは湧き上がるような感情を抑え、震える声で言った。