ガールズ&パンツァー リトルアーミーⅡの小説 作:ドツェドスフエロスキー
「本性を表したわね」
西グロがわざわざ非公式戦を申し込んできた理由、
それは公式戦では使えない自走砲を投入するためだった。
「どうするの?エミちゃん」
「……」
まずはあのどこからか降ってくる砲弾をなんとかしなければならない。
エミは地図を眺めて考えていた。
「ベルウォールの奴らが移動したぞ、次の地点に先回りだ!」
西グロのビショップ隊隊長、イルガチェフが隊員達に指示を出した。
先程の攻撃は、この自走砲隊によるものだった。
ビショップ(司教)と呼ばれているこの自走榴弾砲は、バレンタインの車体に25ポンド砲を搭載したもので、早急に作られたため、その性能は優れたものでは無かった。
主砲がわずか15度しか上がらず、射程範囲が大幅に制限されていた。
そのためイギリス陸軍は土嚢などに乗り上げさせて、車体を傾け無理やり仰角を増やして運用していた。
西グローナでもその運用方法に習い、土手の傾斜を利用して射程距離を伸ばしていた。
さらに土手自体が姿を隠す防御壁の役割も果たすので、自走砲を置くにはこれ以上ない最良の地形だった。
「時間がないぞ、テキパキ動け!」
杭で車体を固定しないと撃てないのが難点だが、それは幾度となく練習を繰り返して克服した。
今だに命中はさせられてないが、次の地点では必ず当てると彼女は意気込んでいた。
「た、隊長!」
「どうした?」
次の地点に移動しようとした矢先、土手の頂上で監視していた隊員の声が聞こえた。
「先程からベルウォールの車両が一輌見当たらないのですが……」
「そんなはずは……」
双眼鏡を受け取って自ら確認するも、やはり一輌発見出来なかった。
その時、二人の目前に巨大な緑の塊が姿を現した。
枝や草で身を包んだその名状しがたいものは、メキメキと冒涜的な音を立てて土手を乗り上げ、彼女達を見下ろしたた。
中から女の頭が表れてニヤリと笑った。
キリマンジァロが異変に気がついたのはしばらくした後だった。
ある時を境にビショップ隊からの連絡が来なくなっていたのだ。
「こちらバレンタイン隊、ビショップ隊応答してください」
通信手が呼びかけるも応答がない。電波障害かとも思われたが、他の隊との通信は正常だった。
「イルガチェフ、聞こえているの?返事をしなさい!」
無線機の向こうには、明らかにこちらの声を聞いている“誰か”がいた。
永劫とも思える沈黙の後、この世のものならぬ、何者かの声がした。
『莫迦め、イルガチェフは死んだわ』
声が聞こえるのとほぼ同時に、周囲からけたたましいエンジン音が鳴り響いた。
ベルウォールの二輌、M10とティーガーが奇襲を仕掛けてきたのだった。
『やっぱり土手に隠れていたわ』
「まあ、そこしかないでしょうね」
エミは千冬に自走砲への襲撃を指示していた。
千冬は相手の無線機を強奪する事に成功し、通信の内容から相手の位置を解析、結果奇襲を仕掛けてる事が出来た。
形勢を立て直すために敵が後退を始めた。フラッグ車を守るため、二輌のバレンタインがエミ達の前に立ち塞がった。
しかしM10の砲撃により二両ともあっさりと撃破された。
『よっしゃ、残りはフラッグ車だけだ!』
ブラックプリンスの方が練度は遥かに上。相手が体制を立て直す前に、速攻で倒すのが最善の手だった。
ついにフラッグ車を追い詰められると思った次の瞬間、一輌の戦車が飛び出して、エミ達の前に立ちはだかった。
『キリマンジァロ様、ここは我々に任せてお下がりください!』
「コピ・ルアク!」
突如表れたその戦車は、騎士の鎧を彷彿とさせる厚さ114mmを誇る重厚な装甲、ヴァリアント(勇敢な、価値のある)という形容を冠した、ヴァリアント歩兵戦車だった。
『我々が来たからには、これ以上好き勝手にさせないぞ!
キリマンジァロ様には指一本触れさせは……グハッ!』
車長がセリフを言い終わる前に、鐘虎と衝突してしまった。
真横から激突されたヴァリアントはそのまま横転、戦闘不能になる。
「やばっ急に飛び出すからぶつかっちゃったよ……」
操縦席の視界は狭いため、いきなり飛び出してきた敵戦車に、椛代は対応しきれなかったのだ。
「結果オーライよ、先を急ぎましょう!」
横転した敵戦車の隊員たちはケガもなく出てきたの で、エミ達は再びブラックプリンスの後を追った。
ブラックプリンスは重厚な装甲と強力な大砲を装備したために、移動速度はチャーチルよりもさらに遅い。
かなり離されていたが、すぐに追いついた。弾が当たる距離まで迫ったその時、
「止まって!」
エミは声を張り上げた。二輌は前方へ一回転しそうなほど傾きながら急停止した。
「んだよ、今度はどうした!?」
危うく砲塔から転げ落ちそうだった音子が、不機嫌そうに聞いた。
「あそこに何かあるわ」
顔を出したエミは前方の茂みを指差した。
「ただの茂みしか見えねぇぞ、どうしてわかる?」
「いかにもただの茂みに見えるからよ」
エミは双眼鏡を覗きながら言った。
(何か作戦を考えないてと……)
「このままつっ立てても拉致があかねぇだろ!」
そう言うが早いか、音子は飛び出して一直線に茂みに突撃して行った。
「ちょっと、車種も数も分かんないのよ!?無茶よ!」
『コソコソ隠れてる待ち伏せヤローなんかに遅れは取るかよ、お前らは先に行け!』
無線で制止をうながすが、音子はまったく取り合わなかった。
「あ〜もう!!」
エミは悪態をつくと、すばやく車内に潜り指示を出した。
「榴弾装填!目標は11時の藪!狙いは適当でいいわよ!!」
「は、はい!」
M10を支援するために砲撃を指示した。
榴弾が茂みの手前で炸裂すると、茂みの中から数輌の敵戦車が飛び出してきた。
それは平たい車体に長砲身を備えたオープントップ式の自走砲だった。
敵は突然の砲撃にひるみ、撤退を始めた。
「待ちやがれぁーッ!」
M10は猛烈な速さで荒地を駆け抜けた。
敵戦車も砲撃をしながら逃げ、M10は応戦しながら追跡した。
しかし互いに走行しているため、照準がブレてなかなか当たらない。
「なんだあ?」
音子は敵戦車の様子がおかしい事に気づいた。
敵は前を向く暇がないので、バック走行で逃げ続けているのだが、
にも関わらず、素早い操作で障害物をたくみにかわし、悪路を走り抜けていたのだ。
それはまるで、背中に目が付いているかのような動き、……というよりも、本当に運転席が逆に付いていた。
このアーチャー(射手)という名の対戦車自走砲は、砲と車体が反対向きになっていた。
これはバレンタインの小さな車体に、17ポンド砲を無理やり載せた結果で、
戦場では不利になると考えられたが、“方向転換をせずにすぐ逃げられる”という利点をもたらした。
さらに西グロでは、駐退機を固定できるように改造し、発射の反動をそのまま推進力として利用していた。
そのおかげで最高速度が飛躍的に上昇、時速40kmまで加速することが可能になった。
砲撃の反動で飛び跳ねながら、素早く加速して逃げるアーチャー自走砲。
「……なんかエビみてぇだな」
音子はボソリとつぶやいた。
「今回はサイフォン式で淹れてみました!」
モカは慣れた手つきでフラスコからカップに注ぎ手渡した。
サイフォン式コーヒードリップの魅力は、その科学実験のような抽出方法だ。
器具は主に、フラスコと漏斗形の容器の二つで構成されている。
アルコールランプの熱によって、フラスコが加熱されると、中の水が気化してフラスコ内の圧力が高まる。
圧力が一定まで達すると、熱湯はフラスコに差し込んでいた漏斗形の容器へと押し上げられ、容器内に入れていたコーヒー粉と混ざりあう。
2、3分ほどよく攪拌し加熱を止めると、フラスコが冷えて収縮し、今度は液体を吸い戻そうとする力が働く。
間にはフィルターが仕込んであるので、固形物だけが漏斗内に残り、フラスコには抽出されたコーヒーが出てくる。
ガラス製の器具は非常に割れやすく、お手入れもドリップ式に比べ手間がかかる。
戦車の中でサイフォン式をここまで上手く使いこなせるのは、おそらくモカだけだろう。
「……まったく、あの子には本当に手を焼かされたわ」
手にしたカップを持ち、彼女は言った。
「要領が悪いし、鈍臭いし、試合では全然役に立たなかった。
そのくせ残って自主練習したいとか言い出すし、もう恥ずかしくて、見ていられなかったわ」
彼女は妹について愚痴をこぼした。乗員たちはやや遠慮がちに相槌をした。
「ソレハ、悪いことカ?」
「……コナ?」
コナが珍しく口を開いた。彼女が自分から話しかけてくるということは滅多になかった。
キリマンジャロは少し動揺しつつもきっぱりと答えた。
「別に努力をするのが悪いとは言ってないわ。
身の丈に合わないことをするなと言っているの!」
「ソウカ?」
「いくら努力して模倣したって、持って生まれた天性の才能までは真似できない。本物には決してなれないの。
……身の程をわきまえなければ、ただの道化師。無様なだけよ 」
「……」
「はっきり言って渚に戦車道の才能はないわ。
このまま続けてたって、卒業まで不良どもの小間使いにされるのは目に見えてるもの。
愚かなことをする妹を止めるのは姉の役目よ」
「……ソウカ」
「そ、そうよ!それともなに?
私が渚を虐めているように見えるとでも言うの!?」
「そんな事は言ってナイ」
「……」「……」
「と、とにかく、渚のことは姉である私が一番よく知っているのよ。あなたは口出ししないで!」
「……ワカッタ」
そして彼女はいつもの寡黙な彼女に戻った。それ以降彼女が口を開くことはなかった。
一方、エミ達はM10を残してブラックプリンスを追跡していた。
姿を完全に見失っていたので、残した履帯跡を頼りに進む。
河川越えは狙われてやすくトラブルも起きやすい。
全員で周囲を見張りながら、慎重に川へと戦車を進めた。
「昔、お姉さまに聞いたことがあるんです」
渚はエミだけに聞こえるぐらい小さな声でささやいた。
「どうすれば戦車道が上手くなれるのかって。そしたらお姉さまは、
“自分とまっすぐ向き合うことかしら。そしたら戦車が応えてくれるのよ”って」
「私、きっと後ろめたいんです。お姉さまを差し置いて自分だけ戦車道を続ける事が」
「……」
「オラァ!これでトドメだ!!」
M10が最後のアーチャーを撃破した。
「全部やっつけましたね!」
「手間取らせやがって……」
周囲には大破した敵の残骸が転がっていた。
「どこなんスか?ここ」
「さあな」
撃破するのに予想以上に手こずり、かなりの距離を追跡していた。
「ダメー、無線が切れてて繋がんない」
「ったく、何やってんだアイツら」
音子は地図を広げ、顔を近づけたり、遠ざけたり、回転させたりした。
「……全然わからねぇ」
彼女が地図をにらむ横で、敵戦車の一つが微かに動いた。
西グロの隊員たちが、砲をこちらに向けようとしていた。
「ヤベ……」
敵の砲弾がM10の横腹を貫いた。
エミ達は河川を渡り終え、さらに轍を辿っていくと野球場に辿り着いた。
野球場と言っても、コンクリート製のベンチと観客席があるだけの簡易的なものだ。
そしてそのマウンドには、ブラックプリンスがいた。
キリマンジャロが砲塔から顔を出しこちらを見ている。
こちらも無線を西グロの周波数に合わせた。
『無線機を奪うなんて、あなたも意外とやる事がえげつないのね』
キリマンジァロの声が聞こえた。
「それはお互い様でしょ?批難される筋合いないわ」
エミも砲塔から顔を出した。
『そうね、でも私たちが一枚上手よ』
彼女が合図を送ると、周囲に潜んでいたバレンタイン戦車が姿を現した。
「またバレンタイン!?いったい何輌持ってるんだ」
「なんかおかしくない?こんなに動かせる人、西グロに居ないはずだよ」
「きっと撃破された隊員達が先回りして、新しい車輌に乗り換えたんでしょうね、……おそらくこちらが本当の主力部隊」
エミが言うとおり、今包囲しているのは、6ポンド砲もしくは75mm砲を搭載して火力を強化したバレンタイン後期仕様だった。
『戦いは地獄のごとく黒く、死のごとく強く、恋のごとく甘く。それが私たちの戦車道よ』
バレンタインが一斉射撃を始めた。先程の2ポンド砲とは比べ物にならない、高火力の砲撃がエミ達を襲った。
鐘虎の装甲はかろうじて耐えているものの、これだけの数で攻撃されれば、そう長くは保たない。
エミは後退を指示、包囲網からの脱出を試みる。
集中砲火を浴び、激しく火花が飛び散りつつも、鐘虎は全速力で後退する。
弾が一発命中する度に、耳元で鐘を叩かれたような轟音が響き、衝撃で車内の部品が落下した。
そしてついに敵の包囲網を突破し、徐々にバレンタインから距離を離した。しかし、
「停止!」
エミは、突如止まるように指示を出した。
背後には崖が広がっていた。河川の支流が道を塞いでいたのだ。
(なら、正面突破でブラックプリンスを倒すしかない……!)
覚悟を決めて、前進しようとしたその時、パキン!と甲高い音が聞こえ、鐘虎の動きが止まった。
長時間の走行による金属疲労で、片方の履帯が切れたのだ。
(しまった……!!)
鐘虎は走行不能に陥ってしまった。