ガールズ&パンツァー リトルアーミーⅡの小説 作:ドツェドスフエロスキー
あれから、戦いは膠着状態に陥っていた。鐘虎は砲撃を受けて満身創痍、履帯も破損して動けずにいた。
バレンタイン隊も撃破されるのを恐れてか、射程範囲外ギリギリの距離で待機していた。
ブラック車であるブラックプリンスの姿は見当たらなかった。
(攻撃してこないわね……)
エミは砲塔の覗き窓から様子を伺っていた。
敵は明らかに何かを待っている。彼女の勘がそう告げていた。
『マネージャー、聞こえるかしら?』
両者が対峙する中、なんの前触れもなく無線機から声が聞こえた。
「土井さん……!?」
『千冬でいいわ、それより……』
千冬のⅣ駆は、エミ達がいる場所から河を挟んで対岸の土手に陣取り、双眼鏡で現在の状況を観察していた。
『ブラックプリンスがあなたの背後にいるわよ』
「なんですって?」
『貴女からは見えないでしょうけど、河川を通って崖を登ろうとしているわ。背後から確実に仕留めるつもりね。
残念だけど、私が行っても間に合わないし、ここから撃っても撫でつける程度にしかならないわね』
「当てられるの? 2000m以上あるわよ」
『他愛もないわ』
「だったらお願いがあるんだけど……」
エミは千冬にある作戦を伝えた。
(……まったくあの子も意外に無鉄砲よね)
千冬はそう考えながらニヤリと笑った。
「
そう言って彼女は砲手の肩を軽く叩いた。
「うっす」
目を閉じヘッドホンで音楽を聴いていた少女、工業科2年の
「みんな聞いて!これが最後の作戦になるわ」
エミは手を叩き、みんなにこれから行う作戦内容について話した。
「一か八かの勝負だね」
「うわ〜緊張するー」
「……」
「わ、私には無理です。出来ません……」
渚が消えそうな声で言った。
「大丈夫よ、練習では上手く出来てたじゃない」
「無理です。私、試合になるとダメなんです。今日だって一度も当てられてないし、ましてや大一番でなんて……」
渚はうつむき、震えていた。
「その時は私の作戦ミスよ。あなたに責任はないわ」
「でも、こ、今回だけは砲手を代わっていただけませんか?私がいなくても作戦は……」
「ダメよ。そこはあなたの席、あなたの役目を全うしなさい」
「で、でも……」
「あなたは他の人より集中力が高いのよ。一つの事に集中すると、それ以外は何も見えなくなる位にね。
西グロにいた時、バレンタイン戦車に乗ってたんでしょ?」
「はい」
「確かあれって砲手が車長と無線手も兼任するんじゃなかったかしら?」
「へぇ、そうなんだ。大変だね!」
「Ⅱ号だって三人乗りだろ!まあ無線は装填手がするけど」
「きっと戦車との相性が悪かっただけなのよ、砲手の仕事に専念できるこの戦車なら大丈夫よ」
「でももし外したら……」
「もし外したら、私が何回でも撃つチャンスを作る。
優が無線を伝えて、椛代が当たる距離まであなたを運ぶ。
砲弾だって何百発でも装填してあげるわ、瞳が」
「ええっ!流石にそれは厳しいかなぁ……」
エミは渚の両手を握り、彼女の顔を見据えた。
「さっき戦車道を続けるのが後ろめたいって言ったわよね?」
「……」
「一人前の戦車乗りっていうのは、ハートに嘘や建前がないのよ。
心につっかえているもの、全て砲弾に乗せて姉にぶつけてみなさい。
もしかしたら本当に戦車が応えてくれるかめしれないわ」
最後にエミはにこりと笑ってこう言った。
「……優秀な姉を持つとお互い苦労するわよね」
(えっエミさんも……?)
「さあ、いくわよ!」
そしてメンバーが配置についた。
「隊長、トラジャから通信です。敵のM10を撃破するも被害が甚大、支援に向かうのは難しいそうです」
ブラックプリンスの通信手が報告した。
「そう、わかったわ」
「まさかここまで手こずるとは、上喜撰たった四杯で夜も眠れずね」
「……?」
コナは首をかしげた。
「あっ 私それ知ってます!ペリーさんの言葉ですよね!!」
モカが手を上げて自信満々に答えた。
「惜しいけど、違うわモカ」
キリマンジァロが残念そうに言った。
「でもこれでフラッグ車を孤立させる事ができた。最後の一杯、一気に飲み干して差し上げるわ」
キリマンジャロはバレンタイン各車輌に伝えた。
「攻撃開始」
「来たよ!」
バレンタイン戦車が動き出した。六門の砲が一斉に襲い掛かる。
砲弾があたりに飛散したちまち泥塗れになった。
敵は横陣を保ちながらこちらに近づいてくる。
「砲撃で牽制して奴らを近づけさせないで!」
「わかりました!」
渚も砲を撃って必死に応戦し、瞳も懸命に弾を装填する。
被弾の衝撃で車内が激しく揺さぶられる。
激しい攻防の最中、優が千冬から無線を受けた。優はエミにハンドサインで千冬からのタイミングを伝える。
(4、3…2…1…)
「今よ!」
合図と同時に、砲塔側面の発射装置から発煙筒弾を発射した。
煙幕が空中で放出された。
白煙は瞬く間に広がり、鐘虎とバレンタインの間には白い巨大な壁が出来た。
「椛代!」
「はいよ!」
椛代が操向レバーを思いっきり引いた。
片方の履帯が回転し、ゆっくりと旋回し始めた。
後方では、ブラックプリンスが今にも崖を這い上がろうとしていた。
車体底面の半分までが姿を現し、天に掲げた砲身が今まさに、こちらに向けられようとしている。
そしてついに登り詰めて、車体の重心が大きく移動する瞬間、接地面積が極限まで減り、履帯にかかる負担が最大限に達したその時、
遥か彼方から飛んできた一つの砲弾が、ブラックプリンスの履帯を弾き飛ばした。
力を失った片方の転輪は崖を滑り落ち、横腹を見せる形で頓挫した。
その衝撃でキリマンジャロはカップを落としてしまった。
「しまった……!」
ブラックプリンスはそのまま砲撃を試みるが、車体が大きく傾いて俯角が取れない。
残った片方の転輪を動かし脱出を試みるが、底面が崖の縁に引っかかり、なかなか抜け出せない。
そうしている間にも、鐘虎の照準がこちらに向きつつあった。
『全車攻撃しなさい!誤射しても構わないわ!!』
彼女はなりふり構わずに大声で叫んだ。
バレンタインが白い煙幕の壁に向かって一斉に攻撃する。
砲弾のいくつかが鐘虎とブラックプリンスに当り弾かれた。
その内一つが鐘虎の機関室に直撃した。
エンジンが停止し、旋回が止まってしまった。
「チャンスよ、早く砲撃を!!」
ブラックプリンスが不安定な姿勢のまま砲撃をした。。
しかし鐘虎の砲塔にかするだけで、撃破には至らない。
一方、エンジンが止まった鐘虎の車内では……
「「うおおおっ〜〜!!!」」
キュキュキュキュ……
砲塔の旋回ハンドルを回していた。
ハンドル2回転で旋回1度、30°動かすには60回転。
11tにもなる砲塔を、五人で力を合わせて必死に動かす。
「渚、これがラストよ!決めなさい!!」
「はい!!」
88mm砲の照準は、少しずつだが確実に目標へと向けられていた。
ブラックプリンスはまだ脱出できずにもがいていた。エンジンが雄たけびを上げ、排気口から黒煙が噴き出す。
履帯が泥を巻き上げて、車体は泥まみれになった。
(ああ、なんて無様な姿。あの方なら決してこんな戦い方はしないはず)
このままでは確実に負ける、キリマンジァロは思った。
その時、彼女の脳裏にある考えが閃いた。それは勝つことへの執着心が生んだ悪魔のささやき。
恋愛と戦争では手段を選ばない。利用できるものは何でも利用する。
……例えそれが姉妹の絆であっても。
砲弾が飛び交う中、彼女は砲塔のハッチを開け外に出た。
「何をする気!?」
『渚、私を撃つことができる?』
無線を介して彼女はそう言うと、両手を大の字に広げた。
「自分の身を盾にするつもり!?」
「なんて卑怯な……!!」
「違います!これは……」
渚はすぐに理解した。
これは姉が私に与えた試練だ。
私を倒せないようならば、この先の戦いで勝つ事など到底できない、という姉からのメッセージ。
姉は幼い頃からいつも私を見守っていてくれた。
私の事をいつも一番に考えて、私のすべき事を指し示してくれていた。
……よく考えれば、転校させたのも私を思っての事だ。
姉に依存していた私を独立させるためだったのだ。
しかし私はそれがわからずに、また不純な動機で戦車道を始めてしまった。
姉が怒ったのは戦車道を続けていたからじゃない、私にまだ甘えがあった事を見抜いていたからだ。
しかし姉はまたこうして私に指し示してくれている。自分の力で進まなければダメなんだと。それに、
私の姉がこんなに卑怯なわけがない。
彼女が時間稼ぎをしている間に、ブラックプリンスは脱出することに成功した。
車体が水平に戻り、モカはすばやく砲の照準を鐘虎に合わせた。
相手が撃つよりも一瞬早く、彼女が引き金を引いた。
(……勝った)
キリマンジァロは確信した。しかし、
「う、撃てません!不発です!!」
「なんですって!?」
「姉さまーー」
渚は引き金を引いた。
鐘虎の砲弾が放たれ、ブラックプリンスの車内側面に直撃した。
弾薬庫に誘爆し爆発、その衝撃でキリマンジァロが外へ投げ出された。
「やった、倒した!!」
エミ達は歓声を上げた。
「お姉さま!!」
渚はすぐさま外へ飛び出し、姉のもとへと駆け寄った。
彼女は倒れてうつ伏せになっている彼女を抱きかかえた。
「霧姉さま、しっかりしてください!」
「……目が醒めるような素晴らしい一撃だったわ」
彼女はうつろな目で渚を見て言った。
「きっと、この学校で良い
「もういいです!もう喋らなくていいですからっ!」
渚は叫んだ。
「心残りは何もないわ。安心して休む事ができる」
「そんな、嫌……」
「……これでもうコーヒーを待たされずに済む」
その言葉を最後に、彼女は渚の腕の中で静かに眠りについた。
「霧姉さまぁぁっ!!」
渚は力尽きて動かなくなった彼女の身体を、力強く抱きしめた。
「……だから死んでないってば」
「一同、お互いに礼!」
「ありがとうございました〜!!」
両チームのメンバーが声を合わせて一礼をした。両者とも体力を限界まで使い果たしていた。
「……最大の誤算は、あなたを見くびっていた事。あなたの才能を見出せなかった私が原因ね」
彼女は言った。
目のクマが取れて少し穏やかな表情になっていた。
「あの私、霧姉さまには戦車道を続けて欲しいです。だから……」
「それ以上言わなくていいわ、あなたはあなたが見つけた道を進みなさい」
彼女は次にエミへ視線を向けた。
「中須賀 エミ」
「な、なに?」
彼女に突然名前を呼ばれ、エミは身構えた。
「うちの妹をよろしくお願いします」
そう言うと、彼女はエミに深々とお辞儀をした。
「ええ、もちろん!任せなさいよ」
エミの返事を聞いた彼女は、寂しげに少し微笑むと、何も言わずに立ち去って行った。
「結局、戦車道は辞めちゃうのかしら?」
「きっと霧姉さまはもう大丈夫です!」
渚は立ち去る彼女の背中をいつまで見つめていた。
挨拶が済み、キリマンジャロはチームの所へと戻ってきた。その姿を見つけたメンバー達が彼女のもとに駆け寄ってきた。
「至らない隊長で申し訳なかったわね」
彼女はバツが悪そうな様子で、彼女を取り囲むメンバーに言った。
「……結局、私はダージリン様のような優れた隊長にはなれなかった」
「そんな事ありません!!」
最初に声をあげたのはモカだった。
「私達はダージリン様にお仕えしたいのではありません。確かに、ダージリン様はとても素晴らしい方です。けれど、私達はキリマンジァロ様にお仕えしたくて、ついて来たんですよ?」
他のメンバーもモカの意見に同意した。チーム全員が同じ気持ちだった。
「……ありがとう」
(無理だと思って勝手に諦めてたみたいね。道なんていくらでもあるのに)
「決めたわ!」
彼女が言った。
「私、お父様にワガママを言ってみるわ。契約書に“妻が望む時にはいつでも戦車に乗ってもいい”って書いてくれる相手じゃなきゃ結婚しないって」
「結婚するノハ、だいぶ先になりそうダナ」
コナの言葉を聞いてメンバーが笑った。
「やったね、初勝利だよ!」
「言うほど大した事なかったな!」
「あら、あなた最後にやられてたじゃない」
「るせぇ!」
「大勝利アル!」
二人のもとにベルウォールのメンバーが走り寄って来た。
「よっしゃ!大洗に乗り込むぞっー!!」
「おおっ〜!!」
メンバーが勝どきの声をあげた。