白子と黒猫の誓い   作:ニルドアーニ四世

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第2章 白子と黒猫
儚げな氷


 

 

 

 

 

 

 

 

この薄汚れた血の中で『俺』が目覚めて何日がたっただろう。僕の頭からチョロチョロと滴り落ちる血は小さな水溜りのようだった。血塗られた両手を見ると共に僕の罪は許されるだろうと醜い僕と正反対の美しき空を見上げる。ふと周囲を見渡すと小さな赤い小河となっていて血溜まりは僕の足を掴む程の血流が流れ始めた。その事に驚いて浅瀬へ一目散に走っても走っても浅瀬は遠のいていく。立ち止まって息を整える頃には僕は地平線の見えない大河のど真ん中にいた。その頃には僕の太ももまで浸かっている。ようやく僕は血からは逃がれられぬと悟った。踏ん切りが尽くと血の水位は少しずつあがり血海へと変化し、僕は血海の底に沈んでいた。いや、正確には罪から目を背けるのを止めたのだ。やがて血は凍り僕という存在を覆い尽くした。穢れた世界で薄れゆく意識の中で僕は息絶えた。

 

 

 

 

 

 

そして『俺』は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

この世は誰も信用してはいけない。全てを隠せ。俺という存在を血の氷で覆うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

<隠密機動部隊本部訓練場>

 

 

 

「ぐぬぬ...。」

 

四楓院朝霧の娘である四楓院夜一は誰にもぶつけようのない怒りをちいさな拳に握りしめていた。夜一の目線には現役の隠密機動部隊の隊員に素手で次々と薙ぎ倒す純白の男の子がいる。その隊員達は男の子を囲むように襲いかかるが男の子はまるで儚い雪のように一瞬で消え、氷柱のように鋭い攻撃を加えて、次々と戦闘不能に追い込んでいく。まるで美しい絵画のようだ。

 

一人一人倒されるごとに見物している者達が担架に乗せて運び、日陰で看病をしている。よく見ると倒れている者の命が関わらない程度の急所を一撃で撃ち抜いている。自分が同じ立場であれば到底不可能な芸当である。

 

それだけならまだいい...。だがこの男の子がやって来て隠密に関わるスキルを教わってから二週間も経っていないのだ。それに比べて自分は物心つく前から護廷十三隊二番隊隊長及び“隠密機動総司令官”である父に厳しく鍛えられてきた。幼き少女の人生の大半をかけて培ったモノをたったの二週間足らずでひっくり返したのだ。

 

そして父が初めてその子を屋敷に連れてきた時は純白さと容姿の美しさに見惚れたが、大人びている態度を子供ながらに警戒してしまい、話しかける事が出来なかったのだ。だが弟の夕四郎はその男の子にいち早く近づき、その才能を目の当たりにして憧れているようだった。

 

 

そしてなにより二週間前には自分を天才だと崇めていた者達が自分ではなく、男の子を褒め称えるのが気に食わなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「噂以上の吸収速度じゃの。簡単な“白打”はマスターしておるしの。ならば“瞬歩”を教えるとするか...。夜一こっちに来い。」

 

朝霧は夜一を呼び寄せると軽く“瞬歩”の説明をした。瞬歩とは歩法の一つで極めれば一瞬で移動する事が可能である。そして白打とは素手による体術の事である。夜一は嫌な顔を一瞬したが父の命には逆らえず父の元へ移動した。

 

「夜一には瞬歩を覚えさせてある。リオ...。お前の目標は“鬼事”で一週間以内に夜一を瞬歩で捕らえる事だ。それでは始めッ!」

 

鬼事とは尸魂界のおにごっこのようなモノである。夜一は少し悪巧みをした。歩法の最高難度の技の瞬歩は並みに使いこなせるまで、夜一は半年かかった。それをたったの一週間でこなせと言うのはいくらこの少年でも酷である。そしてここで力の差を見せつければ多少はこの大人ぶったリオの鼻を挫けるかもしれないと...

 

そう考えつくと同時にリオが目の前にいた。夜一は反射で辛うじて躱したが、冷汗をかいた。リオは不満そうな顔をしたが、すぐに体勢を整え、夜一を捕らえようとした。

 

 

(あり得ぬ!たった一度見ただけで瞬歩もどきのレベルに辿り着くなどッ!)

 

 

夜一がリオの才覚に気づいた時からリオの瞬歩もどきを躱すために瞬歩で間合いをとるが、一歩、また一歩と繰り返す度に少しずつ間合いが縮まっていく。

 

 

(なんじゃ此奴はッ!儂が本気で躱しておるのに、どんどん距離がッ!

 

ん?此奴...。儂を見ておらん!儂の両足を見ておる...。霊力の配分、タイミング、強弱を図ろうとしておるのかッ!)

 

 

すると、夜一の目の前からリオが一瞬で消え、気づいたら真横にいた。そして手で夜一を掴もうとするのを紙一重で躱した。

 

「...油断したね。」

 

リオはそう冷たく言い放つと夜一を全てを見透かすような瞳で見た。

 

「ふん!この程度で捕まるような儂じゃないわッ!主にはまだまだ捕まらん!」

 

夜一は精一杯の見栄を張るが、心の奥ではリオを恐れていた。自分では勝てないという負の感情に...

 

「いや、もうコツは掴んだ。」

 

だがリオはそれをも見透かすようにつぶやくと、顔が無表情になり、集中力を研ぎ澄ませる。

 

「は?なにを...ッ‼︎」

 

夜一は突然、自分の肩を掴まれた感じがした。振り向くと目の前にはリオが自分の肩を掴んでいる。

 

「捕まえた。案外簡単だったな。ただの歩法の応用だから、基礎さえしっかりしていれば容易い。」

 

その様子に夜一は何も言い返せなかった。リオは二週間前は歩法に関しては全くの素人だったはず、それなのに今では歩法の極意とも言える瞬歩を僅か数分で自分のレベルを遥かに上回るレベルまでモノにしたのだ。

 

「........んぞ。」

 

夜一が何かを呟いたのを聞いて、リオは首を傾げて夜一を無表情で見た。

 

「儂は絶対に認めんッッ!この真っ白のバケモノがッッ!」

 

すると夜一は大声を出して、素早く瞬歩で稽古場から逃げだした。使用人達は夜一を連れ戻そうとしたが、朝霧が手で制した。

 

「済まぬなリオ。娘の代わりに詫びよう。」

 

朝霧は頭を深々とリオに下げるとリオは今すぐにも壊れそうな儚げな顔で夜一の去った方角を悲しげな顔で見つめながら静かに口を開いた。

 

 

 

「いいえ...。構いませんよ。」

 

 

 

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