甲鉄城には一人の医者が居る。
はるか彼方の
海の向こうから来ただけあって、そいつの治療法は的確で(的確過ぎて突拍子もない事が多々あるが……)また医者として人体とカバネの研究しているためか人体の弱点を突いてたった一人でカバネを制圧してしまったという実績もあり、甲鉄城で衛生面でも戦闘面でも信頼における人物となっている。
……ただ、
◆
ある雨の降る日だった。
「殺菌ッ!」
「うわっ?!」
伏せた頭の真上を弾丸が通った。当たり損なった弾丸は甲鉄城の内壁に跳ね返りチュインっ!と音を立て辺りに被害をもたらした。幸い(?)なことにここには彼女とカバネリである自分と無名しか居らず、弾が当たれば破裂する蒸気機関の類はなかった。
いや、それでも急に鉄砲を使ってくるのはどうなんだ?
「な、なななにを」
「生駒さん……」
一言もの申そうと彼女に顔を向け、彼女の鋭い眼光に言葉は喉の奥に引っ込んだ。切れ長の目から放たれるそれは医者のするものじゃない。あれは絶対何人か
そもそも。
何故彼女がこうも柳眉を逆立てているのかというと、
「生駒さん……帰ってきた時は手洗い! うがい! アルコール消毒! これらを徹底しなさいと前に言ったはずです。ただでさえこの粉塵まみれの環境下は肺疾患の原因になりうる可能性もありますし、塵に付着したウィルスが密閉空間に放たれることになるのですよ。汚らわしい……!」
これだ。
異常ともいえるほどの潔癖症。
これがこいつの欠点の
「相変わらずだねぇ那知さん。生駒も何度注意されても懲りないしね」
「何を言ってるのですか? 次は貴女です」
「げっ!? あたしちゃんと手洗いうがいしたよ!?」
「では手を見せてください」
兢々と首を横に振る無名に那知は淡々と告げた。
『手』と聞いた無名の顔色は真っ青になる。そういえば蒸気筒の手入れをしていた時に指を切ったとか言っていたような……。
「あ、あはははは……。仮に怪我してたとして那知さんどうするの?」
「怪我の具合に関わらず手を切除します」
「「………………」」
しばしの静寂の後。
「このくらい大丈夫だよぉ! ほらあたしカバネリだし!? このくらいの傷すぐ治るし!? ケガも大した事無いし!!」
「けがの程度を決めるのは貴女ではなく私です。カバネだろうとカバネリだろうと元は人間。自己治癒力が高くともそこから菌が入れば化膿するのも人間と変わらないはずです。さぁ観念なさい手を見せなさい」
甲鉄城の中で一番カバネリの知識を持つ無名を相手に、こうも話を聞かず自身の正論を叩きつけて口を噤ませるのは彼女しかいないんじゃないか?
とにかくこの女傑は医術においてこの甲鉄城で絶対的信頼を置かれてる分、いや、その数倍医術に関して恐れられている。
前線に出ている来栖を始めとした侍たちに対しても、
『カバネの血が付着していますので居住区に入らないように。入ったら場合は殴りますので』
『怪我をしたのですか? では治療の準備を。――患部を切除します』
逞生たち蒸気鍛冶達に、
『病気の原因になりますので、まずは消毒液に浸かりなさい』
『歯車に手を挟んだのですか? ――大丈夫、この程度なら切除すれば問題ありません』
果てに領主の菖蒲さまにも、
『医務室及び甲鉄城
『切るのは控えろ、と? 何を言ってるのです? 切らねば治療になりません』
とまぁ、こんな風に誰に対しても平等に接し、やれ消毒やれ切開と彼女独自の医術を強要するものだから、甲鉄城の乗員は彼女を怖がってる。鰍なんて悪さをする子供たちに『医務室に連れていく』と言い聞かせるほどだ。
「治療をします。手を出しなさい」
「ちょっっっっっとその前に持ってる刃物置いてくれない?」
治療するしないの小競り合いが医者とカバネリの攻防に発展しつつあった。……実を言うと彼女と自分たちカバネリにもちょっとしたイザコザがあるため、無名すら彼女に苦手意識を持っている。そりゃあ、首をもぎ取るのが治療という奴に治療を任せたくないな……。取りあえずは二人を落ち着かせるのが先決か。
「おい、二人ともいい加減に――」
しろ、と言おうとした直後に、鉄の扉が何度も叩かれる音がした。そしてこちらの返事を待たずに扉は開かれる。
「那知殿っ! ――と、生駒に無名殿も居たのか。丁度良かった」
息を切らせた吉備土にただならぬ様子を感じる。丁度良かった、と言っていたが自分たちカバネリの力が必要になる事――それはカバネ退治に他ならないが、今回は違うはずだ。何故ならカバネリはカバネが現れた時に第六感といえる物で察知することが出来る。だが今回は無名も感じた様子も無いし、カバネが現れたわけではないようだが……?
すると吉備土は、
「線路の横の岩肌が雨で崩れて、甲鉄城の後方に岩が落ちたんだ! ……運が悪い事に見張りが岩にぶつかってしまってな、那知殿を」
「今すぐ向かいます」
言い終る前に真っ白い布と肩掛けの鞄を準備してさっさと
「……それで俺達は何を?」
「――あ、ああ。落ちた岩に足を挟まれた奴が居てな。岩を
「了解。行くよ、生駒」
「わかってる。急ぐぞ」
◆
岩の撤去は迅速に終えた。
途中にまた岩が降ってきたこともあったが無名と共に救出組を助けて事なきを得た。
落石の被害を受けた見張りは3人。その内の一人は、運悪く拳より大きい岩を頭に受けて即死。残り二人はまだ生きていた。一人は落石が当たり肩を骨折。そしてもう一人は――
「ひぃいぃぃ! いてぇよぉ!! 足がぁ!!」
足を挟まれた男は足首から下が見るも無残に押しつぶされている。その激痛に男はみっともなく泣き叫び、暴れないよう彼の仲間がしっかりと羽交い絞めにして押さえつけていた。
「落ち着け! 興奮したら余計に血が出て死ぬぞ!? もう医者は来てる!」
そう言い聞かせるが余計に拘束を抜け出そうと暴れてしまう。
「嫌だ! あの人斬りに任せるのは絶対嫌だ!」
その言葉に同意したいのは山々だ。
それはそうと、肝心の那知は何処だ? 先に現場へ向かっていたはずなんだが……?
「――お待たせしました。患者は何処ですかっ?」
と考えていたら当の本人が現れた。その腕には出て行った時に持っていた布ではなく鍋――結露が付いてるから相当冷えているものだ――を抱えている。
「おいこっちだ! 足が潰れてる!」
そう聞くや否や那知はこちらへ駆け寄り、怪我した足を紐できつく縛る。
「ぐ、ぎぃぃぃっ!」
「医者殿、こちらは」
「そちらは折れているだけですので、冷水に浸かった清潔なタオルを患部に巻いてください。この人を医務室に連れていきます。早急に」
語気を強め、銃口をこちらにを突きつける那知。
本来なら武士に対してそんな事をすれば手討ちにされても文句を言えないが、今、この状況下では彼女の言い分は逆らえない。皆その事を理解している。
男を数人がかりで担ぎ上げ、生活区の車両を抜けて医務室のある車両へ移動した。那知曰く雨に含まれる雑菌を防ぐためだとか。相変わらず彼女の医の知識は理解しきれない。
「先生……こいつどうなるんだ……」
骨折していた、見張りの仲間が恐る恐る那知に尋ねた。
激痛が絶え間なく続いているのだろう、見れば苦悶の表情を浮かべ、叫んでいた声も今は枯れてしまったようで聞き取りにくいかすれた声に変わってる。この男の片足が振り子のように揺れているのを見れば、もう足は使い物にならないのは確かな事。放っておけば失血によって男の顔色はどんどん変わっていくだろう。
対し、那知は淡々と、
「右足首の挫滅、当然切ります」
――そう感慨も無く告げた。
彼女の言に文句を言おうとしたのは担がれた男だ。足がもとに戻らないのは頭でわかっていても、足を切ると言われれば納得できないというもの。……その文句が言えなかったのは那知が男の顔を殴ったから。おい。ケガ人になんて事をっ。
「ふざけた事を言っていると殴りますよ?」
もう遅いだろ! とこの場に居た全員が思った事だろう。それを誰も指摘する勇気は無いが。
那知は男の顔を強引に覗き込む。
「手足が2,3本無くなった所で衛生環境が整っている場所であればそう死ぬことはありません。――幸いにも菖蒲さんのおかげで医務室はいつも清潔です。だから安心なさい。
表情も変えることも無く、気を使った様子も無く、事務的に事をこなそうとする彼女の姿は狂気を感じる。
そんな狂気渦巻く言葉を掛けられた男は気を失った。
あの怪我で、血が流れ続けていたのだからすぐに意識を失ってもおかしくなかった。むしろ今の今までよく持ったと言える。
男が大人しくなったのを確認した所で足が止まる。
目的地に着いたからだ。
「患者の搬送、ありがとうございます。これから治療に入りますので医務室に入ってこないよう努めてください」
と言って、那智は一回り大きい男の首と膝裏に腕を入れて持ち上げる。
どうやら役目はここまでのようだ。後は彼女の仕事。
多少不安はあるが恐らく大丈夫だ。
あの男が気を失った時、那知に身を任せるように目を閉じた。
たとえ足が無くなってもあの男は納得して現実を受け入れるだろうから。
◆
これまでの行動でそいつが如何に変わっているか分かったと思う。
潔癖症で人の話を微塵も聞かなくて医術に狂う鋼鉄の女。その評価はおおむね合ってる。
それでも甲鉄城の全員が彼女に命を任せられるのは、彼女が本気で治療しようとするからだろう。
那知……本名をフローレンス・ナイチンゲール。
やっぱりあいつは変わり者だ。
那知さんはサーヴァントではなく普通の人間です。渡来してきました。
史実的な年代も大体合ってるし、ゾンビものだったらFateナイチンゲールってすっごく輝くと思うんです。
因みに那知の由来はナイチンゲール=なちみたいな安直なネーミング。いや、金髪メカゴーグルなマックスウェルさんが鈴木でしたしこんな感じかなと。
婦長はカバネを普通に鎮圧できます。人体理解Aですから押し倒してメスを関節の間に挟んで動きを封じる的な。
カバネリの世界では病んでる人も多そうですし、婦長がズバッと切り捨ててトラブル起こしそうですね。
しかし生駒のセリフが最初しかないのはいかがなものか?