(アナトール・フランス)
私か、私が神であったら、アレだ、タダ働きで働いてくれる助手をウチの仲間に加える。
(博士)
午前八時四十分。
あと五分ほどで朝のホームルームが始まろうという時間。上ノ恵は自分の席で頬杖をつき、クラスメイトの様子を眺めていた。大半の生徒は自分の席を離れ、ワイワイと騒いでいる。教師のいない教室は生徒のもの。だから、騒がしいのは当然であるが……。
「うーいーはるぅぅー!」
後ろの席の女子高生、花冠を年中無休被っている友達が、朝っぱらから悲鳴のような声をあげている。
見た目はとても可愛らしい女の子なのに、今は悲鳴をあげる切っ掛けを作った相手にヤンキーのような首の曲げっぷりである。
どうやら教室を入ってすぐ、クラスメイトにスカートをバッッ、と、セクハラを受けたらしい。
つーかさ、初春さん……と上ノ恵は呆れ顔になる。
貴女毎回、一間目が始まる前に、一日の最初にバッッ、と、されるでしょーが。
で、「下着の色を変えないと、毎日同じのを履いてると思われるじゃないですか!」って、問題はそこじゃないでしょうが!
上ノ恵ハル、最近の趣味はツッコミです、というわけでは決してないけれど、エキセントリックなご学友が多い環境だと、、、いや、違う。
彼が私の目の前に現れてからは、周囲には、自分には考えられない事ばかり起きてしまう。それを当然のように住む世界が違うのか、受け入れるのが早い人が多いのである。
適応能力が高くなければ生きていけないのはこの右手に宿った例のあれでもあるのだが、ともあれ、ついついツッコんでしまうようになってしまった。
これが、最近の私の悲しい性(さが)。
「スカートをめくられた位で戸惑うようじゃ、私の国では生きていけないよ初(うぶ)春。私の国や辞典には『スカートをめくるのは親睦を深めるため!』っていう格言があるのさ」
初春さんにそう返しているのが、女子高生の佐天さんだ。発育が中々よろしく、上から下まで女性の理想な体型。
当然、国籍はここなのだが、彼女の国や辞典にはヘンテコな妄言が記されているようだ。うん。んなばかなってね。
さて、初春さんと佐天さんの国際色豊かな茶番の周りでは顔を赤らめていたり、そっぽを向いている、主に男子やらが居たりするのだが、左隣では、このクラスの議長の宇佐…いや紹介するのであれば、彼は金髪ピアスという名の方が愛着が沸くだろう。
金髪でピアスをしている、名の要点はそんだけだ。
クラスに一人くらい、何とかピアスという名の人物が居てもおかしくないだろう。え、おかしい?
で、そんな金髪ピアスはというと、後ろの隅にいる、今学内の話題で持ちきりの人物をチラチラと睨み付けている。
ちなみに、注目の人物との面識は私の、元、家であるのだったりする。
「佐天さん。イチゴおでんって知ってますよね?」
「おでんにイチゴを溶かしてかけた不埒な食いモンでしょう?」
「違います、不埒じゃないですよ。ていうか、私はそれを飲まない日はありません!」
「え、飲むものなの…、で、そのイチゴおでんがどうしたの?」
言いながら、佐天さんはケータイをいじる。
初春さんは、フッと口元を歪めると、続けた。
「実はですね、ゆうべそのイチゴおでんの改良に、私は成功したんです」
「誰も頼んでないよ、そんなこと」
佐天さんはつれない。
「いいから聞きなさい。イチゴおでんにあるものを加えると、とてつもなく美味になったです。それがなにか、佐天さん、知りたいですよね?」
「お、白井さんから返信来た。はい、すげー知りたいです」
「全然知りたそうに見えませんよ、ーーーま、いいでしょう、教えてあげます」
それはですね、と言って、初春さんは一度言葉を切った。もったいぶるような間を取ったあと、続ける。
「……ツナ缶の、油です」
きくとはなしにきいていた上ノ恵は、思わず半眼になる。ど、どうでもいいよ……。なんですか?ツナ缶の油?というか女子高生が油って。
「ツナ缶のツナそのものじゃないですよ。ツナ缶の、油だ。それをイチゴおでんに投入!」
だからその、「ツナ缶の」と「油」の間のタメはいったいなんですか、どんだけ油を主張したいんですか女子学生。
「どうでもよさそな顔ですね、佐天さん」
初春さんな不満そうに目を細める。
「そんなことないって。今度、魔が差したら御坂さんにやって見よっかな」
「何という最低な社交辞令……」
初春さんはため息のあと、「白井さんとメールですか」と、佐天さんの手元に視線を移した。
「何を話してるんですか?」
「ああ、これ?白井さんに良さそうな写真でも送ってあげようと思って」
「なるほど。ただ、一つ気になるんですが、それ、私の写真ですよね?」
「うん、朝の初春のスカートをバッッ、とした時に撮った写真を白井さんに見せてあげようかと」
「なるほど、良いですね。ーーーって佐天さん!!!」
身を乗り出して、佐天さんの肩をグイグイ揺らす初春さん。
と、そのとき、教室の引き戸がガラリと開けられた。
「遅刻ギリギリじゃねーか」
と、教室に入る人物を呼び掛けたのは先程の金髪ピアス。
金髪とピアス、更にはここ最近、風潮容姿通り、ヤンキー口調になりつつも、関西のほうの方言がたまに混ざりつつあるこの男。なんの人徳があってか、クラスの議長であり、割りと男子には人気がある。
「金髪ピアス。今朝も一段とそのチンピラ見たいな、高校デビューしてみた見たいな中途半端なピアスと金髪がうっとうしいですぜ」
うおっ、と、金髪で眩しいなと無関心ながら手をかざす相手に、冷ややかにこう返す。
「朝っぱらから迷惑なテンションだな、木原よ。それから、なんべんも言ってるけど、これ地毛だからな?小さい頃から髪は金髪だ。あとなんだその金髪ピアスってのは」
「ま、でも高校生で金髪でピアス何て付けてたら目立つし、いじられても文句は言えねーでしょ、きんぴらうさぎ?」
「なんだ、そのきんぴらごぼうみたいなのは、チンピラと金髪と俺の名を混ぜんな」
「じゃあ、『キンタマ』なんて呼び方を採用してみては?」
「冗談言うなよ、殺すよ」
「ダメですか。では、『ウサリン』というのはいかがでしょう?」
「栄養ドリンクの成分みたいだな。ていうか、殺すよ」
「これもお気に召しませんか。では、『うさたん』というのは?こう甘えた感じで」
「この世の終わりだな。普通に宇佐って呼べよ、ていうか、殺すよ」
「ダメですか。ではいっそ『カス』で……」
ここが金髪ピアスの限界だった。
「しつこいんじゃああぁぁぁ!」
怒声とともに立ち上がり、金髪ピアスは木原君の顔面を殴った。バシッではなく、バカッという硬質の音がしたのは、木原ピアスが雑誌の角を使ったからである。
「ちよっ!痛っ!角!カス!角!死ぬから!紙も凶器になるから!カスやめろ!」
哀れな木原くんは、教室に入って三分で血祭りに上げられましたとさ。
しかしまあ、上ノ恵もいちいち同情はしない。
金髪ピアスと木原くんのこのバトル。毎朝似たようなことが行われているのだ。
そして、ギャグパートのように木原くんは何もなかったかのように無傷で毎回戻ってくる。
「レベルファイブになり損ねたからって暴れないでくだせえ」
「まだ決まってねえよコラ、あと眩しそうにすんのやめよーな」
宇佐もとい、金髪ピアスはこの学校では珍しいレベル4の位置にいて、木原君もとい、木原恥芽(はじめ)君は私と同じでレベル0である。あと、何か可哀想な名前である。
「なあ木原」
と呼ぶ金髪ピアスはクールに腕を組んで、低い声音
「なんです、眩しいですよ」
と返す木原くんは通路に足を投げ出して、ケータイをいじっている。声も軽い。なんか初春さんと佐天さんのようなやり取り。
「例のあれなんだが、あの転校生」
「ん、隅にいるあのサングラスですか?」
「ああ、あのサングラスで、眼帯をしてるあいつだ」
木原くんはケータイに夢中だが、金髪はまたチラチラと今、話題のある人物を見る。
「実はな、前に上ノ恵の家の中でアイツを見たんだよ」
「普通じゃないっすか。上ノ恵アキの家で本人見ても…」
「違う、そうじゃねえ。上ノ恵ハルの家の中でアイツを見たんだよ」
「親戚なんでしょ、普通じゃないですか?」
「いや、そうなんだが……」
「何もヤマシイことがあるわけじゃあるまいですし、というか、何で上ノ恵の旦那の家の中事情を知ってるんですかい?」
「いや、それは……」
何やら余計な事を言ってるなと、聞き耳している上ノ恵ハルは変な噂がたたないか心配しているが、金髪の言葉が途中で途切れた。
「ところで木原。お前さっきから誰とメールしてんだ」
「ああ、これですか?出会い系サイトでさぁ。ま、こんなものやる奴は馬鹿か不細工って相場が決まってるんでしょうが、暇潰しにと思いましてね」
「なるほどな、ただ一つ気になるんだが、それ、俺のケータイじゃねえか?」
「そうですよ。だって出会い系サイトですぜ。こんなもんに自分のケータイ使いたくないでしょう」
「なるほど、そりゃ道理だな。ーーーって殺したろうかァァァ!!」
デジャブを感じる。
「てめっ今度は自殺系サイトにアクセスしてんじゃねえか!」
「あれ、金髪、前に『一度でいいから本物の彼岸花を見てみたい』って……」
「言うかァ、そんなこと!どんな望みだ、それは!」
逃げる木原くんを追う金髪ピアス。
「肉体強化の類いで死ねないって行ってたじゃないですかい」
「それで死にたがるやつかあるかァァァ!!」
そして、二人のバトル・ロワイアルに応化するようにクラスの中は更に賑やかになり、この騒ぎっぷりにダメだ……と上ノ恵は心中にそう呟いたときである。
教室の前の引き戸がガラリと開けられた。
現れたのは一人の女。
緑の和風溢れる浴衣のようなモノに上から白衣を身につけた、黒髪のミニマムなサイズの女。
その人物は、周りを見渡しこう言った。
「朝からうるさいぞ。思春期盛りのガキ共」
「先生、もう一間始まります。遅刻ですよ」
「うるさい、単位落とすぞ上ノ恵女のほう」
ここの、小萌先生の代わりに短期間だけ担任教師を務めるーーー博士、その人であった。
☆
なんというか、まあ、アンチテーゼに満ちた教師ではある。博士という教師は。
教室だろうがどこだろうが、平気で教師にとって不穏な発言。野放図というか、破格というか、PTAの信頼度ゼロというか、とにかく教師の典型が逸脱した人物である。あと、小萌先生程ではないが少し小さい。
あと、魔術師である。
急になんだ、と思われるかも知れないが、まあ、大事な事なので付け加えておいた。
赴任したばかりで求心力を備えており、こうして今、教室に登場しただけで、あれだけ騒いでいたクラスメイトが、とりあえず席に着き、彼女の方に注目している。
博士は出席簿をポンと教卓に放り出すと、けだるげな声で言った。
「私の容姿が気になるなら一番↑にある作者のまーぴんから、その他、画像一覧の手順を行うように、というか今ちゃんと見とけ」
「博士、何を言ってるのかわかりません」
少し間を置き、またけだるげな声で言った。
「んじゃ、ホームルーム始めんぞー。日直、いや、めんどいから上ノ恵の女のほう、号令」
フルネームで呼べば?と、軽く発言し、指示通り号令を掛けようとする。
「はい。きりー……」
と、上ノ恵が言いかけたところで、博士が待ったをかけた。
「あー待て、今日から号令はしなくていい。もう一間目が始まってしまうからな」
「それは博士、……先生が遅刻しなけれ良いのでは?」
はい、反論しない。と、あっさり言われ、けだるげな感じで続ける。
「えーではぁ、さっさとホームルームの議題に入る」
と、やっとホームルームが始まると思われたが、クラスメイトが区切り、発言をする。
「先生の自己紹介はしなくていいんですか?」
そーだ、そーだ。と、周りも感化されていくが、博士はというと。
「バカだなお前達。それは私の担当科目の国語のときにするに決まってるだろう。あれだ、自己紹介で授業丸々潰せるんだぞ?」
おお、と頷く生徒もいるが、単にサボりたいだけだ。
でも、学校の生徒は授業が潰れるのが嬉しくないわけがない。当然、私もね。
あと、白衣を着てるのに国語かよ、と、誰もツッコまないので、私が心中で言っておいた。
で、ホームルーム。
休み明けテスト
と書いて、博士は生徒たちに向き直った。
「が、ある。来週からな。この休み明けテスト、お前ら一科目でいいから八十点以上取るように。じゃないと、再来週以降、私の授業、全部マラソンにするから」
ええーっとクラスがどよめいた。
「以上」
と言って、博士はそのまま教室を出ていこうとする。
「ちょっ、ちょっと先生」
佐天さんが慌てて止めた。いくらなんでも、今の言葉では足りなさすぎる。佐天さんもクラスの皆の思いを背負い、さすがに声をあけだ。
「どういうことですか?八十点以上?」
「そーだ。じゃなきゃ再来週以降、お前ら全員ランナーズハイな」
「いや、先生、国語の教師でしょ。なんで自分の授業をマラソンにできるんですか!」
「じゃ、マラソンしながら『万葉集』でも詠んでもらおうかな」
「難度アップしてんじゃないですか!つーか、それどういうことですか」
「先生『万葉集』じゃなくて『古今和歌集』にしてくだせぇ」
異義を唱える木原くんに、
「どっちでもいいよ!ていうかどっちも嫌だし!」
佐天さんはツッコんでから、博士に向き直った。
「先生、事情を説明してくれないと納得いきませんよ!」
「しょーがないなぁ」博士は頭をぽりぽりとかいてから、教卓に戻った。
「実は、今朝校長室に呼ばれてよ……」
話し始めた博士は、そこで一度言葉区切ると、
「つーか、話すのめんどいから、回想シーンにまとめるわ。時間ないし、ちょっと魔術使うけど内緒でな」
ちょっっ、博士!?と上ノ恵の叫びは虚しく、魔術の回想シーンへ。
クラスメイトはポカーンとしているのが幸いです。
☆
特になんの変哲もない校長室である。
部屋の中心に応接用のソファーとセンターテーブルがあって、窓を背負う位置に校長のデスクがでんとある。
デスクにいるのは第なん代目かの校長である。
そして、隣には、肩まである長い黒髪をカチューシャでまとめていて、何故かヘソが出ているスーツに身に纏っている、先輩キャラのような教頭。
午前八時半。職員室での朝礼のあと、博士はこの校長室に呼び出されているのだった。
「ーーま、単刀直入にいうとだね、新しく赴任してきた博士…先生」校長が口火を切った。
「君が短期間の間、小萌先生の変わりに見る、クラスの生徒って成績があまり宜しくないのよ。え?これテストの点数?若手芸人の平均年齢じゃねーの?みたいな平均点を叩き出しとるわけなんですね、テストのたびに」
肘を教卓に置き、口を握りしめた手で覆い隠しながら、言う校長に、
「待遇があまり宜しくなさそうですね。私、か弱い赴任教師なのに」
そう返す博士は、ソファにふんぞり返り、テーブルに置かれていた来客用のお菓子を食べている。
「ていうか、それ校長の話をきく態度じゃないよね」
校長が静かに怒ったあと、教頭が軽く一喝した。
「赴任の先生、真面目にききましょ」
「わーってますよ」
そう返すと教頭は、博士の迎えのソファに寝そべり、テーブルに置かれていた来客用のお菓子を摘まむ。
「雲川芹亜教頭もなめてるよね、完全にね」
遊びで期間限定で教頭やってるんでね、と、包みのお菓子をポケットに入れ、デスクの前に立った。
「教頭、清々しいほど大っぴらに盗むのね。新人教師も勝手にお茶注がないでね。……ま、それはいいとして………」
校長はコホンと小さく咳をすると、話を続けた。
「とにかく、これ以上、貴女が担当する生徒の学力が落ちると、他のクラスの士気にも関わるんじゃよ。同じ学校なのに、あいつらだけバカじゃね?ていうか馬鹿じゃね?むしろ莫迦(ばか)じゃね?みたいにね」
「じゃ、どーしろっつーんですか、店長」
「校長ね。……ま、ここは一つ、強硬な手を取らせてもらおうかと思っとる」
「強硬な手って、まさか成績が落ちたら……」
雲川教頭はゴクリと唾を飲みながら、言った。
「シッペとか?」
「わーい、ノスタルジック。ていうか、お前の脳味噌にシッペしたいわ。そうじゃない」
校長は苛立たしげにデスクを叩くと、説明を始めた。
「次の休み明けテストで、クラス全員が一科目でもいい、八十点以上取ること。それがクリア出来なかった場合はーー」
「シッペ」
「じゃねえって」
「じゃ、デコピン」
「違うって。お願いだから最後まできいてドSコンビ」
校長は居住まいを正してから、続けた。
「クリア出来なかった場合は、全員、土日も登校して補習!」
ア~ンド、と言って、校長は博士に指を突きつける。
「博士先生、あんたの給料を二十パーセントカットだ!」
「ーーー!に………」
博士は両目を剥くと、
「二十パーセントカットだとぉ!」
怒りに任せて校長の髪の毛をちぎり取った。
「いででで!なぜちぎる!てか二十パーセントじゃなくて百パーセントカットされてるから!わしのカツラ、……じゃなくて髪の毛が百パーセント……」
額から鮮血を溢れさせながら、校長は喚いた。だが、博士はそれを無視して、
「冗談じゃない、赴任してまだ二日で給料カットなんて」
「仕方がないだろう」呼吸を静めながら校長は言った。
「こうでもしないと小萌先生が担当していたクラスは学校のお荷物になってしまう。只でさえ、超能力者も少ないんだし、赴任して早々悪いけども、小萌先生には出来なかった事を代わりにやってもらうために君を採用させてもらったんだし」
「…………」
博士はしばし黙った。そして、ややあって頷くと、校長に言った。
「もう決まったことなんですか?」
「そうじゃ」
「てか、これ、校長が決めたことなんですか?」
「そうじゃ。だって、ワシ校長だもんね。偉いんだもんね」
「……上等だよ、血まみれ校長」
「いや、血まみれにしたのアンタじゃん」
「一科目でいいから八十点?いいよ、やってやりますよ。赴任して、すぐ偉そうにやらせてやりますよ。土日の補習?給料二十パーカット?そんな中途半端なペナルティーなんざ、ちゃんちゃらダメですね」
博士は不敵に笑い続ける。
「土日だけじゃなく平日の放課後も補習&給料十パーセントカットにしてやってもいいですよ、私は」
「いやいや、さりげなく自分のペナルティー軽くしてもバレてるから」
校長をジトッと博士は睨む。
「しかし、どうでしょう校長」とここで教頭が口を挟んだ。
「せっかく新人教師からご提案があったんですから、平日の放課後も補習ということにしたら?小萌先生的には助かるだろーし」
「どうかね、博士先生?」
校長は値踏みするような視線を博士に向けた。、
「構わないですよ。その代わり私の給料カットは十パーだけってことで」
「そこは譲れないのね。てか生徒よりも、まずは自分の給料なのか、君は」
「あたりまえですよ。こっちはかみじょ、、じゃなくて上ノ恵アキの貯金が底を見せてきたせいで研究も出来やしない。金は貰えるだけ貰いますから」
「わかった。ではまとめるぞ。来週の休み明けテスト。君のクラスの生徒全員が、一科目でよいから八十点以上取ること。それがクリアできなければ、生徒は全員毎日補習。そして、担任の君は給料十パーセントカット。
これでよいね?」
「いいですよ、ミスター・ブラッド」
「や、だから、ブラッド流させたのはアンタだからね」
校長は額の血をハンカチで拭うと、窓の外を眺めながらこう言った。
「まあ、クラスの評判を上げるというならば早い話、学年首席レベルの点数をとれば良いわけだが、あのクラスでは無理でしょう。小萌先生のクラスは毎度、問題児ばかりでね。評判が落ちる一方ですよ」
「問題児だからこそ可愛げもあるでしょう」
「いやはや、あのツンツン頭の問題児が居たときは怪奇な事も起きた。窓や器物は百歩譲って、何故か校舎は半壊するし、問題だけ残して消えてしまうし、ホント、一回でいいから大人をナメんなよと、言いたかった」
そう、しんみり校長がツンツン頭の話をしながら涙ぐむと
「何故、雲川君は私の脛(すね)を蹴るのかね?痛い!
どうして、新人教師は私に銃口を向けるのかね?撃たないでね」
そのあと、何度かアザが出来た校長は「ま、結果を楽しみにしておくよ」と言い、
博士は、その言葉になにも返さず、校長室をあとにした。
☆
「ーーーーてなことがあったんだよ、ついさっき。以上」
博士は言って、教室を出ようとする。
「以上じゃないでしょ、以上じゃ!」
「何勝手な約束かわしてんすか!」
そうだぜ!そうだよ!出席日数ガチで足りてないの何て、上ノ恵くれーだろ!なんとかして!と、教室のあちこちで非難が殺到する。
「大体、先生よぉ、あんたちゃっかり自分だけペナルティー軽くするのに成功してるじゃないですか!」
金髪ピアスくんが言い、木原くんもあとに続く。
「そうだぜ、先生。俺たち平日まで補習の対策になってんじゃねーか」
「そうです。私の育った国や辞典には『平日の補習なんてノンノンノン。嫌いな色は黄緑です』っていう格言があります」
「というか、ちゃっかり転校生の名前出てましたが、転校生の貯金ってどういうことですか?紐ですか?」
ふざけるな!校長に抗議しろ!ていうか、こんな約束反故しろ!この小萌先生のパクり!ロリ!とあるアニメ化しろ!……等々、生徒からのブーイングはどんどんエスカレートしていく。いつ果てるとも知れないその声に、博士はしばらく無言だったが、やがて。
「シャーラプだ、お前たち」
田舎のヤンキーのような首の曲げっぷりで凄んだ。
「お前らは、どこの被害者の会だコノヤロー。地味なスーツ着て記者会見でも開く気か、」
冷えきったその声音に、ブーイングの嵐はひとまず終幕する。
博士は教卓に両手をつくと、溜息をついてから言った。
「いいか、お前たち。胸に手を当てて考えてみろよ。女子は胸に手を当てるな、腹が立つから」
せんせー、胸がないからってやめてくださーい、と女子生徒たちが抗議する。
「とにかくだ」女子の言葉を一喝するようにチョークをポキッと片手で握り潰しながら博士は続けた。
「こうなったのは、お前達のオツムに原因があるんだろうが。転校生何て、何も悪くないのに転入早々ペナルティーが付いて、更には私の生活も養ってるんだからな」
急に名指しにされた上条当麻、こと、上ノ恵アキは注目を浴びて居心地が悪そうに目をそらす。
「ていうか、助手の上ノ恵アキ、お前は空気なのか?今まで黙り混み過ぎて居るのかわからなかったぞ」
え、同棲?上ノ恵ハルの親戚と同棲?どういう関係?と、また少しザワザワするが、
「でも先生」と、偽りの親戚という事で注目を浴びている上ノ恵は控えめに言ってみる。
「校長先生に抗議するとか、もっとハードルを下げてもらうとか、補習はせめて土曜日だけにしてもらうとかーーー」
上ノ恵の言葉が終わる前に、
「情けないとこ言ってるようだダメだぞ助手二号」
博士はぴしゃりと言った。あと、助手というワードでまたザワザワする。
「いいか、おまえたち」博士は言った。
「全科目じゃないんだ。一科目でいいんだよ。八十点くらい根性でどうにかなるだろ」
無理です!無体です!できっこないす!人間には出来ること出来ないことがあって、これは後者です!と、即答する生徒たち。
「無理じゃない。まだ、初対面と言っても可笑しくないくらい面識がないが、私はお前たちを信じてやる」
博士は言って、ひとつ頷き、さらにこう続けた。
「いいか………お前らは腐ったミカンだ!あ、じゃなくて、腐ったミカンじゃないんだ!」
本心出てるぞ!一番間違ったらダメだろ!謝ってこい、武田鉄矢に謝ってこい!
今朝も一番のボルテージで生徒たちのツッコミが爆発した。
「あーうるさいうるさい。とにかくだ!」
赴任して来て早々疲れた顔をした博士は生徒たちを睨み付けた。
「お前ら、小萌先生はな、お前らの成績のせいで上から言いように言われまくって、使えねえからしばらく私に一任してきたんだぞ。お前らが良い成績を取れば無事に小萌先生は帰ってこれるんだぞ」
生徒にはかなり効果がある論破であった。
「あと、赴任してきて早々の私が可哀想だろ」
これは、そこまで効果はなかった。
「アレイスターとのドンパチも控えてるのに、こんなところで時間は食えないんだ」
何を言ってるのか生徒は理解してなかったが、後ろの席のツンツン頭は微動していた。
「帰りのホームルームで緊急のテスト対策会議を開く。何なら、私の持つ科目でも開く。対策はある。以上」
言うだけ言うと、博士は「やべ、言わなくていいのまで」と呟きながら教室を出ていった。