阿修羅転生   作:サボリ魔ー

8 / 10
一万字飛んで三千字。


九喇嘛

 一つの影が夜道にかかる月明かりを途絶えさせていた。

 流れるように動く影には指向性があり、高く延びている黒の影には、それが人間であることに気づかされる。

 

 アシュラは、老人との会話の後で帰路についていた。

 家の場所を知っているわけではないが、天使の前でがなりたてる老人の側に居ては、いつ天使の安眠を妨害してしまい、最悪の目覚めをさせてしまう、と気が気でなかったのだ。

 故に、老人が、こんな夜分に子供二人は危険だ、と言い募ろうとも、家に誘われようとも、猿とこれ以上一緒の居てたまるか、と全てを断って、夜の道に身を投じた。

 一応、老人は、騒動の後で犯罪を犯そうと思う輩など火事場泥棒以外に居らぬだろう、と判断し渋々許諾するが、そんなこと知ったことかとばかりに聞いちゃいないアシュラに心配が募り、暗部の者を遣わせている。

 因みに、老人は猿飛ヒルゼンと言い、火の里でも最高の立場にある火影に名を連ねた者であり、アシュラらの父、四代目火影が急死した現状で、信頼度が高く、代行として表舞台に立たされる事がほぼ確実に決定付けられた男である。決して猿などと罵っていいような相手ではない。

 

 生まれたばかりの赤子の首はすわっていない。その為、アシュラは横抱きにナルトを抱いて、大通りを歩く。

 知らない景色である。大筒木アシュラの時には見られなかった景色だ。地球に居た頃に見た商店街と似た印象もあるが、その時にはこのような街並みは既に時代遅れとなっていた。

 寂れて、廃れた商店街。空っ風に巻かれて、電柱に張り付くビニール袋は昔を感じさせ、ちょっと上に目を向ければ、いやらしいポスターがデカデカと貼ってあった。文字の消えた看板と落ちたシャッターの灰色は、時の流れを感じさせていた。

 近代化の進む昨今にあって、大きく人を集めたショッピングモールである。華やかな噴水で絢爛に飾り、内装も明るいLED電気で極めて優しい仕様である。

 しかし思うのだ。侘び寂びの和は消え去ったのだな、と。

 確かに日本は、伝統やら歴史やらを大事にする時代遅れな考え方を和と呼んだ。家訓などと馬鹿げた鉄則で心の自由を縛ったり、貞淑を旨として心の自由をなくしていた。成る程、古い。実に古風で薄暗い歴史である。

 しかし、俗に染まった日本は、まるで見様見真似で発展し、その時々で強いものにつく風見鶏のようではないか。

 

 目を前に向ける。

 大通りの道は、アスファルトではない土である。

 どれが出張るでも、引け目を見るでもなく、そこそこに協調性を見せる商店街の装いは、連帯責任という理不尽の中で強く生きた人々の心根を写しているようだ。

 チラホラと見かける、騒動の結果壊れたのであろう壁や電柱は、戦時中の貧しくも歯を食いしばって耐えていた日本の泥臭さを味合わせてくれる。

 古き良き時代を幻視させる風景は、一人一人がしっかと生きているのだと思わせられる。何よりも、生きるのが厳しかった時代を生え抜く者達の魂の輝きは抜群の美しさがある。自立して、個を強く持ちつつも、隣人と身を寄せ合って明日の空を見上げるために生きていく。

 これぞ正しく日本のあり方である。

 

 時流の流れは厳しい。三日前のことは忘れられ、一週間前のことは既に過去の事。これはアシュラの考えであるが、話のタネを見つけるのに困ったら、適当に最近あった面白かった出来事を聞いていた高校時代を過ごしたアシュラには、どうにもそう思えて仕方なかった。

 そんな時間の流れを止めてしまえたら、と思ったことなど一度や二度ではない。絶対的なものであるが故に時間は止められなかったが、こうして過去の情景を今の風物として眺めるのは乙なものだ。

 

「まあ、何時までも感慨に浸っていても、な」

 

 アシュラは言葉の口から小さく吐き出すと、雰囲気を変えた。その変化は大胆なものであった。

 この辺り一帯の自然エネルギーがゴッソリ無くなったのだ。木の葉の里とその近郊とかなりの距離の自然エネルギーが消え去ったのだ。これを仙術に造詣のある者が知れば、その異常性に、世界の滅亡か、と危ぶんでしまうことだろう。

 

(ちっ! やはり時代が過ぎれば自然エネルギーの質も落ちるか……)

 

 しかし、多大な自然エネルギーを吸収して尚、アシュラは内心で舌打ちをする。

 典型的な考え方であれば、森を切り開き、山を均したせいで自然エネルギーが減ったと考えるものだが、根本的な問題は、豊富な自然が蓄えた神秘の減少が問題なのだ。

 神秘とは広義的に人間では計り知れない事を言うが、此処では放出される自然エネルギーの質を言う。しかしそれと同時に神秘は、理解が及ばないからこそのものとも言える。

 その為、人間が科学技術を高めたりしてしまうと、自然の理解を僅かながらも増やしたことになり、結果的に神秘が減るのだ。

 馬鹿でいいと言うわけではないが、しかしこうも全く自然エネルギーの質が悪いと、少し修行が必要になる。

 だが、それも一興か、と笑いつつ、マイスイートエンジェルの寝床を探す。

 

「これか……」

 

 仙術の感知を使って見つけた、自分のチャクラと似たチャクラの残滓の残る家は、生活感を保ちながらも、大きく揺れたのか、疎らに破壊痕の残る惨劇の現場となっていた。

 

「転生眼」

 

 しかし、天使が眠る居城となる場所が、いつ落ちた木の破片に刺さるかというハラハラドキドキのホラーハウスであるなど、このアシュラが認めない。

 誰に見られても構わないと惜しまず使い、サイコキネシスのような遠方の物体を動かす能力を使いつつ掃除する。

 まあ、さっきからこそこそとこっちを見ているあの痛い人には見せてあげないけど。本当に何なのだろうか、あの口元のマスクと額当てで隠した目は。いや、厨二病が一杯居た漫画だった覚えはあるけど、ここまであからさまな奴がいてもいいものなのだろうか?

 

「まあ、良いか」

 

 厨二病が多かろうが構わない。

 俺には天使が居て、天使の加護を俺は受けている。天才ごときに到達しうる範囲に天使の翼はない。所詮奴らは、天使という頂に不届きにも手を伸ばし、身を焦がされて落ちていくだけのイカロスであるのだ。

 ふっ、決して才能に嫉妬してるわけじゃない。天使が居るだけで俺は勝ち組決定なのだからな。天才といえども、誰しもが成功を収め、一生を豊かにできるものではない。

 つまり、天使の兄である事実がある限り、俺の一生に損失も赤字も絶望もありはしないということだ。ああ、天才って良いなぁなんて思っては居ない。

 くそリア充共め。

 

 歩く事、二十分。家に何事も起こることなく、到着した。

 道中、 和の深みを何処までも積み重ねた静謐な空気に晒されて歩くのも悪くはないものだと思った。

 そして、夜空に鏤められた無数の星々の照らす天使の輝きは、異世界の景色とはまた乖離した一つの世界を生み出しているようであった。その中心に自分が立てていることに一層の感謝をしながら、今宵ばかりの神への祈りを空へと投げた。

 風流を知ることはままならなかったが、理想郷が此処にあったのは自覚した。鮮やかに迸る奇跡の源流を見た瞬間は目を疑ったが、雫滴る瞳で見た擦り切れた視界にはっきりと写った天使を見て安堵しつつ、「ああ、死んでもいいかな」と独り言ちた。

 

「……やり過ぎたか?」

 

 さて、家に到着したは良いが、ヴァルハラを体現しようとした俺と天使の家屋は、先程の侘び寂びは何処に行ったのか、と問い質したくなるような豪奢振りであった。

 白亜の宮殿と称される宮は数多く、その大半を構成するのは大理石と言われる美麗な光の反射をする石である。そんな石はこの時代の里と呼ばれる自治体の中で使われるなど、思われるどころか認識すらされていないであろう。

 しかし、これを見れば人々は口々に言うだろう。美しい、と。それもそうだ、用途にも寄れど純金に勝るとも劣らない美観を齎すのだから。黄金一辺倒の時代は終わっているのだ。個々が弱くとも、全を見て目を奪う。少し違うが、瞞天過海という奴だ。

 

「ただいま……」

 

 これまた金をふんだんに使ったと思われる扉を抜けて、荘厳な玄関で一つ。返ってくる返事は無い。

 一方で、反響して響いてくる声があるのは少し気持ち悪い。

 目に着くどこかしらには、さり気なく金遣いが荒いと思わせるような物品が置いてある。

 天井は、蝋燭の揺らぐ炎の煌めきを魅せるシャンデリアが大きくを占有し、太陽の眩しさに匹敵する赤外線である。

 

「なんか下品だなぁ……。変えるか」

 

 改装から十分の出来事であった。

 

 ーーーーー

 

 アシュラは、付いてきていた暗部の忍になんらかの術式を使用して気絶させた後、下品な迄の成金臭隠せない家を、一見、雅な家へと変えた。モチーフは寺感を無くした慈照寺である。

 無論、後からあの重症患者が何を喚いても、「それはお前の妄想力の賜物だ。誇っていいぞ」と称賛(笑)するためである。

 

「よし、そんじゃあいっちょ行きますか」

 

 アシュラは、ナルトの被せられていた布をはだけさせて、腹に刻まれた封印の術式を前にして、腕をポキポキと鳴らしていた。

 ナルトの存在を聞いた後は非常にどうでもよかったが、一応、両親が死んだのは九尾なる化け物が暴れたかららしい。

 前世の父が十尾を弄って蒔いた種がコレだとしたら、一応息子であった俺が話をつけるのは、通す筋というものだ。

 まあ、ぶっちゃけそんなのはどうでもいいが、ナルトに危害を加える前に駆逐する。

 ははは、冗談だ。少しオハナシをしに行くだけだ。大丈夫大丈夫。

 

 所で、封印術式への侵入の方法であるが、

 

「やっぱり力技ですかね。天使よ! 済まぬ! 俺にはこの方法しか分からなんだ!」

 

 無論、ゴリ押しだ。

 技巧など知らない。レベルを上げて物理で殴る。それが俺の忍道である。

 おかしな忍道と笑うなかれ。俺にはこれしかないのだ。技術を上げて、巧みに戦闘の流れを掴んで戦うなど、俺のには決して似合わない。寧ろ、そんな芸当が出来るなら俺はきっと螺旋丸以外の普通の忍術も使えたはずだ。

 

「というわけだ。今日、出来たばかりの封印術式。此処でさらばだ!」

 

 仙術を用いて、凄まじい勢いで封印術式にチャクラを送り込む。はっはっはー、これで術式は内部からドカンだ!

 とは嘘で、

 

「今だっ!」

 

 なんかね、あーれーと思わず叫びたくなる。

 炊飯ジャーに吸い込まれている気分だ。

 魔封波! なんつってねー。

 アシュラが用いた技法は仙術による自然との同化である。そもそもこれは自然エネルギーのコントロールに失敗し、自然の礎として自身も自然と一体化してしまうというデメリットであるのだが、ほぼ全てのチャクラを自然エネルギーで賄うアシュラにとって言わせて貰えば、自分との同化と同じ意味である。要するに、一時的にこの封印術式は忽ち自然と化し、アシュラと繋がりを作ってしまうのだ。色んな意味で恐怖である。

 そうして、意識は天使と溶け合っていった。

 アシュラが、ナルトと溶け合うという事に至上の喜びを見出すまでの秒読みが此処に始まった。

 

 ーーーーー

 

 靴が浸かる程度の浅い水が張ってある。

 心象空間と言えるこの場所は、白靄の向こうに何処までも続いているようで、水平線を写さない程度のぼかしに限界を知らない才能の奥行きを感じる。

 背後に映る縦に視界を両断するように聳え立つ数十の円柱。真ん中に渦巻きに重なる鍵穴らしきものがある。

 

 問題はその向こうである。

 厳重な守りを敷いたこの場所に封印されるものが、犬猫などの陳腐な畜生ではあるまい。

 そこにあるのは、神話に語られるような竜や鬼に他ならない。

 

 そして、この檻の向こうで唸り声を上げるのは、中国神話にも語られる由緒正しき妖狐。

 九尾の狐であった。

 

 九尾、九喇嘛は憤慨していた。

 このような檻に閉じ込めておくしかできず、未知に心を開くことも出来ぬ人の脆弱さに憤りを感じているのも確かである。

 しかし、事の次第はそれで済むほど甘いものではない。

 

【マダラァアアアァァア!】

 

 うちはマダラ。

 その圧倒的な瞳術でこの身を縛り、精神をそのままに気の向かぬことを幾度と無く行わせた男である。その何れもが、マダラにとって都合のいいことであり、自分の心の事など一切考える事も無く、捨て駒のように動かしたマダラを九喇嘛は許しては置けなかった。

 次に見えた時は、その肉を食い千切り、皮を引き裂き、骨すら残さぬまでに虐殺の限りを尽くしてやる次第である。

 

 しかし、今はこの身が惜しい。

 縛られ封印されることにはもはや感慨はない。何度も何度も人間の本質を見てきたのだから、こんなことしか出来ないほどに人間は臆病で脆い事を知っているからだ。

 だからと言って、人間を許す気など毛頭無い。

 少し自分達の生活が脅かされるのでは、と危惧すると、根絶やしにする勢いで命を刈り取りに来る。その癖、反撃を受けると、自分達がさも正しいかのように一致団結し、更に数と質を高めて襲いかかってくる。こっちは襲われたから反撃したというのに。しかし一方で、強過ぎる獣には、貢ぎ物を捧げて怒りを鎮めようと画策する。……まあ、それも寝首をかこうという魂胆でしかないのだが。

 そんな人間の強いものに媚び諂い、剰え裏切ろうという考えが嫌いだ。人間の理不尽な癇癪で、自然での生き方を教えてくれた仲間を殺されたから大嫌いだ。

 そして、他の尾獣も自分と同じ扱いをされていると考えると、絶対に相互理解の余地は無いと思わせられる。いや、ワシが理解したくもないし、たとえ、理解しても憎悪は絶対に消えないだろう。どんな御託を並べても、言葉でどうにか立ち回ろうと逃げ回る弱腰を前にしたなら、一層の怒りを覚えることだろう。

 

 本当に人間というのは……。

 

【なあ、ジジイ……】

 

 それでも九喇嘛は、希望を捨てられなかった。

 どれ程嫌悪しようと、どれ程拒絶しようと、どれ程憎悪しようと、遥か昔の心暖ったあの時間を忘れることが出来ない。

 そして、父のように慕っていた六道仙人の告げた言葉は何処までも自分の根幹にあった。それこそが、今この時も人間への思いを捨てずにいる理由であった。

 無関心にはなれなかった。無意味と断じきれなかった。無価値と笑えなかった。それは、六道仙人の信じたことであったから。

 

【……。】

 

 少し感傷に浸ってしまったか、と思う。

 いや、唾棄すべき男に千回は殺してやりたい程吐き気のする事をされたのだ。今日くらいはいいか、と苦笑いする。

 

 その時、サラリとした風が九喇嘛の髭を揺るがせた。透き通るように毛並みを整えていく風は気持ち良いが、自分が吸う吐く以外でこの場に風が吹くなどあり得ないのだ。

 何故、と首を傾げかけた直後だった。

 

【ッ!!!】

 

 何だこれは、と驚愕する。

 自分と繋がっているのは産まれたてのガキではなかったのか、と考えつつも、この異常事態を把握する為に目を凝らす。

 

 先ず分かったのは、その量。

 普通、尾獣である自分を操り、うちは最強を冠したマダラや忍の中でも特に並外れて強大だった柱間のような極少数の極めて稀な例外を除いて、尾獣の力は絶対だ。それこそ常識が崩壊するような凄まじさである。例え、先の例外と言えども、尾獣の恐ろしさはその身の髄まで味わっていることであろう。

 そして、その強さの中でも重要な要因として上げられるのはチャクラ量だ。これが多くあるだけでも牽制に使えたり、相手に恐怖心を植え込んだり、と色々な効果が見られる。

 その中でも、忍術という技能ではこれを消費する事で発動できるのだが、基本的に使えば減る。金のようなものだ。使い続ければなくなる。当たり前だ。

 ならば、それが無尽蔵とも思える程の夥しい量であったら人はどうなるであろうか。

 金額の高いものが効果が高く見られたりするように、そんな多くのチャクラを使う切り札級の忍術を乱発出来るのだ。

 それはそれは、一々が破壊を呼んで止まないだろう。

 そして、尾獣が畏怖される最たる原因がそれである。逆に言えば、無尽蔵なチャクラ量による大規模滅殺忍術を使えなければ、普通の動物と相違ない豊かな自然での生活を許されたかもしれない。それ程に尾獣とはチャクラ量が多いのだ。『尾獣』のアイデンティティーと言い換えても良いかもしれない。

 その中にあって、九喇嘛は特にチャクラ量が多いはずであった。何故なら、自分は六道仙人がその息子であるアシュラの仙術チャクラの化身としての力を大きく持っているのだから。自然エネルギーを使う技術まで教え込まれて、チャクラ量が少ないなど絶対にあり得ないのだ。

 

 しかし、このチャクラは何だ。圧倒的で絶大な量だ。

 尾獣とか人とかそんな次元ではない。身に感じる圧だけでも、息が詰まりそうだ。体もいつもの二倍くらい重く感じる。

 こんな馬鹿げた量のチャクラなど存在し得ていいのだろうか。いや、出せる人間に心当たりはある。

 それは自分の父である六道仙人だ。

 しかし、このチャクラ量はどう考えても自分と自分の他の尾獣のチャクラ量を素直に加算しても届かない程の量だ。これを六道仙人が出せたとは思えない。

 いや、全盛期では出せたのではないだろうか。いや、全盛期でこれほどのチャクラ量を誇っていたのなら、自分達を十尾から作り出した時にあそこまで疲弊し、倒れる寸前までチャクラを削ることなどなかったのではなかろうか。

 だとするならば、六道仙人ではない。

 

 次に分かったのは、その質。

 チャクラの質というのは、密度のようなもので、そのチャクラ量あたりのチャクラの濃さを指す。

 チャクラの濃さはあまり認知されていないが、濃ければ濃い程にチャクラ量が少なくとも忍術を行使できるようになる利点がある。金の概念で言うならば、通貨だ。ジンバブエ・ドルとユーロの為替を思い浮かべれば分かりやすい。

 量と同じで、濃さとはそれ自体に重さがある。濃い程に威圧し重圧をかける効果があるため、チャクラ量が多いと出来る戦法と似た効果があるが、此方はやや威圧の効果が大きい。

 しかし、質にも実はベクトルがある。純度が高い場合と、濁った淀みの濃い場合だ。

 とは言っても前者は殆ど無い。何故ならこれは、空気中から酸素だけを狙って吸収するように、完全に原色に染まった強いチャクラを練り続ける所業を続けなければ至らない境地であり、そんな気の狂いそうな事に手を出す輩はおらず、定義した六道仙人ですらもそんな事はしなかったくらいだ。はっきり言って、存在するかどうかすらわからないレベルである。

 逆に後者は多い。当たり前だ。復讐心、憎悪、怒り、これらを筆頭とした負の感情で何処までも伸びるのだから。暗く、表に出せない感情を精神に塞き止め、それが精神エネルギーに浸透していつの間にか質が高まる、といった事である。

 

 初めは我が目を疑ったが、これは真実なのだろう。先程の説明で言うなら、このチャクラの質はこの上なく澄み渡った綺麗なものだったのだ。いや、綺麗すぎて金色に輝き、神々しさすら覚える美しさを放っている。輝きの色は虹を頭の中で掠ませ、太陽の光を凌駕して余りある眩さは肌を焼くような赫きだ。

 ぶっちゃけた話、これをやった奴は馬鹿だと思った。それと同時に、暇人だとも理解した。

 こんな、原色のチャクラ全てを混ざらないように融け合わせてできた純度の高過ぎるチャクラを如何して使えるのかなんて、やっぱりあの行動を取り続けたのだろう。だとするならば、余程何もすることがなく、それを苦に思わない精神の図太い馬鹿であったのだろう。

 こんなのは六道仙人のものではない。

 

 しかし、何故だろうか。

 このチャクラはジジイのチャクラに似ていて。

 

【ジジイ……これが、そうだったのか……?】

 

 懐かしい。

 

 九喇嘛はほんの少しだけ笑った。

 

 そして、九喇嘛の笑顔を作ったチャクラの奔流の原因が姿を現した。

 

【ツゥッ!!】

 

 先ず分かったのは人間ということ。

 だが、細部まで見ようとする前に、体が叩きつけられた。

 何のことはない。ただ、あの神が如きチャクラの奔流は、この人間にとって全くの本気ではなかったというだけだ。

 

「おいコラ、狐」

 

 続いて分かったのは、幼いということ。

 先程は、溢れかえるチャクラの壁で歪み、全く年齢が分からなかったが、高くブレのない定まった声を聞いて少年、それもまだ五,六歳の幼年であろうと判断した。

 

(あ、あれ? それってマズくね?)

 

 九喇嘛は混乱していたのかもしれない。

 しかし、それも仕方あるまい。幼年がこんなチャクラを出す。それは即ち、大人になったらきっとエゲツない事をやらかす可能性が非常に高いという事なのだ。例えば、世界征服とか月の破壊。もしくは、太陽爆殺でも可。

 洒落にならない、と思うもしかし、マダラには浮かんだ反骨心すらも浮かばない。

 何だよこの化け物は、と昔、自分に遭遇して生きる事を諦めていた人間の呟きを思い出した。

 今なら分かる。これは抗う気力も湧かない。そもそも抗おうという考えすら論外だと思える程に恐怖で身が竦み、活路を見いだせるかもしれない策も思いつかない視野狭窄に陥っている。

 ああ、ワシの生もこれでおしまいか、と思いながら、九喇嘛は内心で六道仙人に、約束を守れなくてごめん、と謝罪する。

 憎悪がどうとか、嫌悪がどうとか、マダラ殺すとか、言っていた九喇嘛がこうも直ぐに諦観するとは。

 実に怖いものである。

 

 しかし、それはすぐに本物の恐怖となった。

 

(っあぁあぁぁあ!!)

 

 少年の目は真白であったが、その上には、碧瑠璃に輝く龍が己の尾を呑み込まんとしていた。

 九喇嘛は少年の目を見て何とも言い難い感情を覚えた。かつてない程に身が震えているのを感じ、恐怖と認識するよりも頭が真っ白になっていく。

 心の中で発狂してしまった。しかし、それすらもまだまだ序の口。この無限の龍の口から逃げられないのだ。

 だが、その苦しみから九喇嘛は不意に解放された。

 

「クソ狐コラ。おい話聞けや。てめえ何処向いてやがんだ。

 ん? もしかして九喇嘛って呼んだ方が良かったり?」

【え?】

 

「そんな子供みたいなことは流石に言わないか、アッハッハ」と少年は笑うが、九喇嘛は先程までの恐怖はどこに行ったのか驚愕で一杯だった。いや、先程までの事はまるで夢幻だったかのように消え去っていた。

 自分の名前を知っているのは自分と六道仙人のみ。だというのに、前で覇王然とした覇気を迸らせる少年は自分の名前を言った。

 淀みなく、それでいて自信の篭った呼び掛けだった。偶然や確信のない推論などではなかったのだろう。予め知っていた、と考えるのが高い可能性を持つだろう

 だが、九喇嘛は言わない。人間を信用していないからだ。ならば、知っているもう一人の男しか居ないのだが、六道仙人はとうの昔に死んでおり、伝える手段などない。

 そういった事を書いた書を残していたとなれば話は別だが、それも九喇嘛が聞いた限りではあり得ない。息子らは喧嘩し合う仲だったと言うし、そもそも妻の名前を忘れているし、下手に大筒木の者に教えては母のことが何かあったときに怖いから、と多くの使用人にも口を閉ざし、で疲れたように、伝えられる人間はいない、と言っていたのを今も覚えている。というか、九喇嘛が六道仙人と過ごした日々を忘れるわけがない。九喇嘛、ファザコンだから。

 

 ならば、何故知っているのか……、と考えて、少年は自分の様子に気付いたのか、その理由を答えてくれる。

 

「俺がお前の名前を知っている理由はな、単純に俺がお前の人柱力だからだよ」

【は?】

「だーかーらー、俺はお前の人柱力。アンダースタン?」

 

 いや意味がわからない。だってワシはここに居るもん。

 九喇嘛は、訳が分からないよ、と言いたかった。だが、言われてみると感じる、少年のを除いた生命の鼓動九つ。

 少年の生命の鼓動が星と同じように感じるのはこの際どうでもいいとして、単一の個体に複数の生命の鼓動を感じるなど、そこに正しく生命活動をする生物が存在しない限りあり得ないのだ。

 この世界で、体に霊を取り憑かせたり、意識だけを対象に移したりする能力があるのは知っているが、そのどちらもが、生命体が対象の生命体に入り込むわけではない。霊、一生命体の意識のみ、というこれらは、体を保有しないアストラル体のようなものだ。

 しかし、人柱力は違う。確固たる個を持った生命体である尾獣をその腹に飼う人間なのだ。そして、中に存在するだけであって、混じり合っているわけではないのだ。正しく考え、正しく言葉を口にする個体としてここに居るのだ。故に、人柱力は生命の鼓動が二つ聞こえるのだ。

 ただ、例外もある。木の葉の油女一族は、体のチャクラを蟲に食わせる代わりに、体の中に蟲を巣食わせているなどである。

 そうした例外もあるが、やはり個体には個体差と呼ばれる、「同じ物などこの世に二つと存在しない」という言葉を額面通りに体現した差がある。まあ、これがなければ、世界などクソつまらないであろうが。

 この個体差は数々あるが、ネズミと人間で心臓の大きさが違うように、生物には皆、生命力に違いがあるのだ。

 それ故に、先程の蟲は言って仕舞えばチンケな蟲の集まりであり、即ち、戦争でいう一般市民を数で勝るように戦場に出しているだけだ。

 一方で尾獣は、先述のチャクラ量もさる事ながら人が生きるには長過ぎる時代を生きる為に過ごしてきて蓄えた高い霊格と経験値がある。そんなもんの生命力となれば想像するのも容易いだろう。当たり前だが、蟲ごときには負けないし、人間如きで褪せるようなものヤワなものでもない。対比するなら、戦争に核弾頭を持って行っているようなものだ。

 

 だからこそ、違和感がある。

 無論、少年自身のチャクラの超絶な事は尾獣すらも縮み上がるレベルだが、生命の鼓動も少年と比べて死にかけているように小さいのは何故だろうか。

 

(あっ)

 

 そうか、この小僧がデカすぎるんだ。そうだそうだ、いくら尾獣といえどもこの星に溢れる自然全てを密集させたような生命力を持つ奴に勝てるかってんだ。

 そうかそうか、納得納得。

 

 ホントこいつ何なのマジで。

 

「感じたようだな。まあ、簡単に言うとな。影分身の馬鹿どもがそれぞれ一から九全部を手懐けていたらしいって事だ」

 

 いやもうちょっと分かりやすく、っていうか、ワシがここに居る意味がわかんねーんですが?

 九喇嘛は混乱の極致にいた。いや、もはや九喇嘛の思考は混沌としている。

 

(ワシはここにいるのに奴の中にいる?いや、あの男がワシの半身を持って行ったのは確かだろう。じゃあ、あの男が如何にかして此奴に渡したのか?いやいやそれこそあり得ない。ワシが封印されたばかりとはいえ、半身の封印の移し替えに気付かんなどあり得んしそもそも相対した時点でわかる。そしてワシ自身が感じるのだから小僧が尾獣を持っているのは事実だろう。九割九分九厘まで同じチャクラを持つ尾獣を小僧から感じるのもまたワシ自身が真実だと確信している。だがそれではワシがここにいるのが矛盾してしまう。でもワシが思う故にワシがあるんじゃ。いやワシがーーー、)

 

 息もつけぬ程にグルグルと回る思考。一息入れようとして仕舞えば、自分の中の何かが壊れてしまいそうだったのだ。

 自分が自分である為に、と努力するも、結果は無残に打ち砕かれる。

 

【よう、異世界のワシ】

 

 ーーーーー

 

 (・ω・)(^ ^)

 九喇嘛の顔である。

 俺の体の中にいる九尾から話しかけられてからずっとこれだ。可愛くてよろしいが、俺はそんな事で天使から鞍替えするような安い男ではない。分かったら、そんなニャロメロン先生の作品のデフォルトみたいな顔はやめてくれ。

 因みに、俺の中にいるという尾獣は本当にいるだけでしかないく、まだ産まれて一ヶ月という状態で俺を人柱力として腹の中に居候し始め、その後すぐに宿主である俺の影分身が死んだ為、生命力ごと帰還するついでに付属でついて来たものだ。

 すぐに宿主を決めた所為で、尾獣共は生存競争に揉まれたわけでは無い為、全くと言っていいほど強く無い。まあ、十尾の分割体とはいえ生まれて一ヶ月のガキに強さを求めるのも難儀なものだ。俺自身十分強いと自負している以上は別に尾獣の力など必要もなく、ましてや、才能でどうのこうのまではありでも、降って湧いた力なんて気に食わないから使いたくもない。まあ、魔眼はオッケーだけどね?

 これらの事から、奴等には俺の腹の中で力を貸してもらうなどの条件もなしで、基本的に自由にさせている。と言っても、俺の生命エネルギーがデカ過ぎる所為か尾獣の生命エネルギーがゴミみたいなものなので、九尾の名前を九喇嘛と俺の中の狐が教えてくれるまで気づかなかったのは悲しい現実である。

 

「分かったか? 俺もお前と出会えて分かったけど、多分異世界の人間だ」

【クークー】

 

 アシュラは、自分の身の上話を九喇嘛に打ち明けた。大好きになってしまいそうな程に理解してくれたあんちきしょーな兄をフルボッコした事から、なんか死にかけの時が一番「あ、こいつも生きてたんだな」って思えた父親の事など、全てを語った。固より隠し事が得意なタチとは言えない。と言うよりも、情報の取捨選択をするのが面倒くさくてしたくない故に、最初から此方側に引きずり込んで置いて、こちらの都合にそぐわない行動をしたら、適当に殴って月まで飛ばせばいいや、という実に杜撰でいい加減な考えである。

 

 しかし、それはここに来て、九喇嘛には途轍もない効果を発揮したのだ。

 先ず、アシュラが転生した事実を聞くと、二十メートルくらいあった体長が十メートルほどにまで縮小した。

 次に、アシュラが真理眼なるあかんもんを見せると、五メートルほどまで縮小し、アシュラが全ての仙術を習っていると知ると、一メートルサイズ迄小さくなった。この時点で、格子の隙間から出れるほどの小さかった。

 最後に、アシュラが六道仙人の息子である事を伝えると、手乗りサイズの縫いぐるみと見紛う容貌になり、こうして【キューキュー】か【クークー】としか鳴かなくなった。

 なまじ頭が良かったり、色んな事を経験して勘も鋭かったりした分、イレギュラー過ぎるアシュラの話は頭が追いつかなかったのだろう。まあ、予想外の事態を前に、幼児退行してしまうのは仕方のないことだ。キング・オブ・ハートだってやった由緒正しい必殺技だ。

 

 さて、此処で九喇嘛と出会ったことで、アシュラは、未来に来たのではなく、異世界に来たという事を理解した。いや、夜の暗闇を遮るが如く薄く貼った窓ガラスに反射した自分を見れば一目瞭然であった。

 なんとイケメンになっていた。(´・ω・`)()この顔である。

 それは冗談としても、俺は、地球の時に学校で最高に無駄と思えた校長室の内装よろしく、目覚めた執務室には奥から順に初代、二代目、と歴代火影の写真が額縁に入れられて飾ってあった写真の中の、四代目火影に似ていたのだ。モノクロではない所に時代錯誤感を感じたが、言わぬが花と思い言わなかったし、色がなければここまでよく理解していなかっただろう。

 切れ長で知的な光を灯したマリンブルーの瞳。漫画補正の髪の毛にしてはかなり現実的な髪型と、月にも負けず劣らずの優美な金色の髪。すうっと正中線を通りバランスを保った高く形の良い鼻梁。表情を豊かに彩るように目を引きつける唇。感嘆の息すら聞こえぬ綺麗に焼けた白寄りの小麦色の肌。絵画と見比べても遜色ないフェイスライン。

 わー、チョーイケメン。でも、一番奥の初代も笑顔が似合う割とイケメンだし、隣の二代目に至っては初代と兄弟と思えない位に剣呑な雰囲気があるけど、鋭い剣のような面差しは男前といってもいいね。イケメン、イケメン、一つ飛ばしてイケメン。途中の猿はバッカみたい。え? お前かよ。あっそう、若い頃の話なんか聞いてねえよ。で、このイケメンが俺の父さん?

 お父上でした。上はその時の会話だが、気にしないでくれ。

 で、ここまで具に説明したのが、俺がこの父上と瓜二つであるのだが、まだ五歳であるから、あどけなさと幼さが先だって似てると思えるかは人にもよる。しかし、俺はこれをとても似ていると判断した。

 俺は三度目の人生にして漸く(´・ω・`)(テライケメン)になったのだ。

 

 で、それはどうでもいい。俺にとって、天使以外の顔なんて皆カツユと同じだ。いや、カツユは可愛いから褒め言葉か。

 まあ、それは置いておくにしても、大切なことは顔が変わっていたことだ。真理眼で体を退行させ、時代を飛んだかと思いきや、体は変わっていたのだ。

 なんという事でしょうか。初めから分かっていたことをもう一度確認出来ました。

 

 はい、以上が狐が言葉のキャッチボールを再開できるようになるまでの時間稼ぎでした。

 

「九喇嘛、分かったか?」

【ああ、なんとかな……】

 

 しかし戻らない体。

 やはり精神的ダメージが大きかったのだろうな。理解し、納得しても以前の状態に戻れない。

 あ、もしかして本当に、一度聞いたら引き返せない状態まで引き込んじゃった?

 

「御愁傷様です」

【何のことだ?】




頻発される(´・ω・`)。可愛いよねー。
そして、途中の謎の情景描写。作者はまだ十代。
そこに勝手な、質に関する捏造設定。まるで珍百景。
更に九喇嘛の心情描写。ファザコン九喇嘛はマスコット。
最後に、いきなり飛び出す、異世界設定。これしか作者の能力では思い浮かばなかった。

という色々を盛り込んだ話だったわけですが、ルビの自由過ぎる使い方には目を瞑って頂きたいです。縦書きだからこそ成せた技と言ってもいいですからね。
なんか凄い変な文章は思い浮かぶのに、話を進めることが出来ないダメ作者。もう嫌。

あーあ、リハビリ目的でアホみたいな作品でも書こうかな?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。