記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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悪魔討伐2

イグヴァルジには夢がある。子供の頃からの夢。

それは英雄になることだ。一度は誰だって憧れて、そして諦める夢である。

しかし、イグヴァルジはいまだ諦めていない。ずっと努力を続けてようやくミスリルクラスまで上り詰めた。しかし、まだ先は長い。夢を叶えるためなら、イグヴァルジはどんな手を使っても良いと思っている。

 

巨大な魔獣を駆って後ろを付いてくる胡散臭い男に、イグヴァルジは顔をゆがめて舌打ちをする。

 

何が"漆黒の英雄"だ。ただ単に運が良かっただけの木偶の坊だろう。伝説級のアイテムを持ち、伝説の魔獣を従えるその姿に嫉妬する。

鎧から元は金持ちのボンボンか何かだろう。財を持ち、たまたま力があった。それだけだ。それだけで英雄を名乗っているに違いない。

 

―――奴を蹴落として、俺が英雄になる!伝説級のアイテムも、伝説の魔獣も奪ってやる!!俺が、伝説の英雄になるんだ!!!

 

 

 

*****

 

 

「殿!乗り心地はいかがでござるか?!」

「・・・・・・うん、悪くはないよ。・・・・・・乗り心地は、な」

 

結局仲間に押し込められて、モモンは巨大ハムスターの上に乗っていた。

あまりの押しの強さに渋々乗れば、今度は仲間達から絶賛の嵐である。その光景は愛息子を乗り物に乗せて写真を撮りまくる親のようで、死にたくなった。おとなしく乗るから!お願いだからもう黙って!!

 

いつまでも城門前にいたらエ・ランテルの住人にも見られるかも知れないので、早く出発しようと急かしたらイグヴァルジに「おまえがウダウダしているから出発が遅れてんだよ」と嫌みを言われた。本当のことなので反論はできない。むしろ社会人として反省しなくてはならない。ションボリしていると、横の方でルクルットが"クラルグラ"のチームに話しかけていた。

 

「あんたらも大変だな、あんなリーダーで」

 

横柄な態度のイグヴァルジに、漆黒の剣のメンバーは嫌な顔をする。まだ白金のプレートのペテル達を見下しているのを隠そうともしないのだ。そりゃ穏やかなダインでさえも口を曲げる。

 

「いや~、悪い奴・・・ではないんだけどな」

「嫌な奴だよな。よくミスリルまでいけたな、・・・もしかしてメンバー何度か入れ替わってんのか?」

「いや、結成以来一人も欠けてないよ。性格はあれだけど能力は確かだからさ」

「ふ~ん」

 

胡乱気な目で、前を走るイグヴァルジを見るルクルット。完全に信用していないと、仲間は苦笑いしていた。

 

 

*****

 

 

 

現場に到着すると、まずレンジャーのルクルットとハムスケがモンスターが周囲に潜んでいないか確かめる。そして、野盗の塒だった洞窟の前までモモンが先行し、中を伺う。入り口付近にいまだ血の臭いがこびり付いているが、生き物の気配はなかった。

その間、イグヴァルジは気がないようで欠伸をしていた。これはモモン達の試験なのだから、モモン達が働くのが当たり前だと到着直前に言っていた。しかし、だからといってこの態度はないとニニャは嫌な顔を向けていたが、全く堪えた風もなく仲間が代わりに謝る始末である。

 

「周囲にモンスターの気配はありませんね。―――不気味なくらいに」

「おい、早く仕事しろよ。この仕事は調査だぞ?中までしっかり確認しろ」

 

そんなイグヴァルジに漆黒の剣は眉をしかめるが、モモンは「そうですね」と素直に頷く。先行はレンジャーのルクルット次にモモン、ペテル。間に入って"クラルグラ"ニニャ、殿にダインだ。

ハムスケも付いてこようとしたが、入り口につっかえてしまい断念。出口を守る役目を貰った。これで下手なモンスターが後ろから・・・ということはない。

 

「・・・・・・さすが野盗の塒、手が込んでるぜ」

 

所々人の手が加えられ、侵入者を迎撃しやすくされていた。未使用の罠の存在も確認した。しかし、使用することもなく悪魔に殺されたようでそこかしこに血の痕が散らばっている。ヒドいところは天井にベッタリと張り付いた人型のナニカがあった。

モモンは常時<暗視>状態なので、明かりがなくてもあたりの状況を見渡せる。注意深く観察しルクルットの後に続いた。

 

「ん?ここら辺から血の痕が途切れますね?」

 

モモンに言われてよく見れば、確かに密集するように続いていた血の痕が途切れた。彼らは知らないが、ここで野盗の用心棒をしていたブレイン・アングラウスという男が悪魔と対峙し、そして心を折られた場所である。

 

「前衛が全滅して、残りは奥で待ちかまえたって所かな?イテッ!」

 

クラルグラの一人が思わずそう考察すると、イグヴァルジに蹴られる。余計なことは言うなと睨みつけていた。それに溜息を吐き、ひらひらと手を振って了解を示すと黙り込んだ。

 

その後も、横穴にカーテンを引いただけの部屋などもあったが、特に手掛かりはなかった。―――そしてようやく最奥の広場のような空間に出た。死体は検分のため全て運び込まれてはいるが、生々しい戦闘の後にニニャは顔をしかめて口元を覆う。

入り口を囲うように積み上げられたテーブルやガラクタはバリケードに使ったのがわかる。普通の侵入者であれば、ここで矢の集中砲火で倒れるだろう。しかし、悪魔には何の意味もなかったようだ。バリケードの一部が魔法か何かで粉々に吹っ飛ばされた跡がある。

 

「悪魔は何がねらいでここを狙ったんだ?」

 

組合の話では野盗がため込んでいた金も武器も何も手を着けられていなかった。―――捕らえられていた女もだ。

なら何しにきたのか?だたの獣人だったら人間を食べるためという理由もあるが、相手は悪魔であるし食い散らかされた犠牲者もいない。―――では、ここを襲った理由とは?

 

「・・・それぞれ、別の魔法で殺されていますね」

「うん?」

 

モモンが血の痕を撫でながらそう呟いたので、漆黒の剣とクラルグラが振り返った。

 

「どう言うことですか?モモンさん」

「いえ、血の散り方からそれぞれ異なった死に方をしているのではと思いまして」

 

言われてよくよく観察すると、炎で焼かれた痕もあれば、雷撃で貫かれただろう痕、氷が溶けたような痕、剣で切られたような血の飛び散り方、つぶされたような散り方、周囲に飛び散ったような痕もあった。

漆黒の剣はよくわからないと首を傾げていたが、歴戦を潜り抜けてきたクラルグラの面々は納得したような顔になった。

 

「・・・普通は広範囲魔法で一気に攻撃するもんだよな?なのに一人一人別の魔法で殺した?何でそんな手間を??」

「―――おい、おまえはどう思ってんだよ」

 

仲間が口々に考察し始めたのに舌打ちし、イグヴァルジはモモンに顎をしゃくった。偉そうな態度にまたルクルットがムッとしているが、モモンは気にせずに答えた。

 

「だたの推測ですが―――、試し撃ちじゃないですか?」

「試し撃ち・・・」

「ほら、新しい武器とか手に入れたら試し斬りしたくなるって言うじゃないですか。それと一緒で、人間相手に魔法を撃ち込んでみたくなった―――とか?」

 

イグヴァルジは何も言わずにただモモンを見て、そして視線を外した。

 

「むしろ人間をおもしろ半分に殺したってほうが納得できるがな」

「ああ、まあそうですね」

 

悪魔の性癖は相手をいたぶることである。たまたま野盗に目を付けておもしろ半分に殺した。そちらの方が解りやすい。だが、一人ずつ別の魔法という不可解な点もあるし、拷問などのいたぶった形跡もない。

―――モモンの推測が案外当たっているのかも知れないと、思ってしまい。面白くなく舌打ちする。

 

「いつまでもこんな辛気臭い場所にいないでとっとと戻るぞ!」

 

苛ただし気に戻るイグヴァルジに、仲間は困ったように、漆黒の剣は呆れたように後をついて行った。モモンはグルリと周囲を見渡すと、後に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

しばらく無言で歩いていると、ふと、先頭のイグヴァルジが立ち止まる。若干迷惑そうな漆黒の剣と、どうしたのだと心配するクラルグラの仲間。そして、イグヴァルジの隣まで出たモモン。―――何かおかしい。その時、入り口から悲鳴が上がった。

 

「っ!!ハムスケ!!」

 

出口を見張っていたハムスケの悲鳴にモモンは走り出し、イグヴァルジが舌打ちしながらも追いかける。

 

「ハムスケ!どうしたっ!!」

 

出口の光が見えたあたりでモモンの顔に毛玉が張り付き、思わず急ブレーキをかけた。

 

「な、何だ?!」

「との~~~~~っ!!!」

 

毛玉を引きはがし見下ろしてみて、モモンは驚愕に目を見開いた。

 

「えっ?ハム、スケさん??」

 

固まったモモンの手には毛玉、小さくなったハムスケがいた。普通のハムスター・・・いや、モルモットサイズに縮んだハムスケは涙目でじたばたしていた。

 

「な、にが・・・」

「敵でござる~~~!!拙者縮められたでござるよ殿~~~~!!」

 

ハムスケの言葉に、出口に目をやれば逆光で顔はよく見えないが誰かが立っていた。しかし、それが何者かなど全員が瞬時に理解した。頭から捻れた大きな角が二本。

 

「はじめまして、罠にかかったネズミの皆さん」

 

優雅にお辞儀をしたのは、組合から、ブリタから聞いた悪魔、バフォメットであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

その悪魔を見たとたん、全員の背中に悪寒が走った。今まで、これほどまでに強力な悪魔など見たことはない。今までの知識や経験ではなく、本能が逃げろと言っていた。

 

「全員奥へ!!早く!!」

 

モモンの怒声に我に返ると洞窟の奥へと逃げ出す。正直、逃げ場のない奥に逃げるなど愚かな事だが、だからといってあの悪魔の横をすり抜ける事などできない。幸いにも、この洞窟は外からの攻撃を防ぎやすくするために曲がりくねった構造になっている。攻撃を避けながら、何とか反撃を伺うしかない。と、振り返った先で悪魔の指先に電流が迸っていた。

 

「じゃまだどけっ!!」

「っつ?!」

「ニニャっ!」

 

イグヴァルジに突き飛ばされたニニャはバランスを崩し壁に激突した。その横をすり抜けるように<雷撃>が壁に穴を開けた。ルクルットがすかさずニニャを助け起こして奥へと急ぐ。しかし、悪魔の追撃は終わらず、続いて<火球>が飛んできた。が、それはモモンが斬り落とす。

「ほうっ?」と感心したような悪魔のため息に続いて、少しづつ強い魔法を放ってきた。それをモモンが防いで行くのを見て楽しそうに笑った。

 

「なかなか骨がありますね?ここを住処にしていたネズミよりよっぽど遊べそうじゃないですか」

 

ニタリ、と笑うバフォメットに、モモンはない眉間の皺を寄せる。だが、何をいう訳でもなく。油断なく後退した。

 

「鬼ごっこですか?いいでしょう3分時間を上げますので、せいぜい楽しませてくださいよ」

 

そういって、ポケットから懐中時計を取り出してその場から動かなくなった。完全にお遊びモードだなと、モモンは言いしれない気持ち悪さから悪魔から目を背けて仲間の元に走り寄る。

皆大きな怪我はないようだとホッとするが、その場は険悪な雰囲気だった。ペテル、ルクルット、ダインがニニャを突き飛ばしたイグヴァルジに嫌悪の目を向けていたのだ。

 

「最低だなあんた」

 

歯をむき出しで睨むルクルットに、イグヴァルジは見下した目を向けた。

 

「じゃまだから突き飛ばしただけだろ」

 

はっと鼻で笑うものだから一触即発の雰囲気だ。

 

「喧嘩している場合じゃないでしょう?早く反撃を考えないと皆殺しに合いますよ」

 

まさに殴りかかる寸前にモモンに言われて、ルクルットは渋々と拳を納める。しかし、敵意は隠す様子もない。モモンは悪魔の様子を伺いながらイグヴァルジに助言を求めた。

 

「どうしますイグヴァルジさん」

 

驚いたのは漆黒の剣だ。なぜこんな奴にという顔だが、同じように驚いたのがイグヴァルジ本人である。目を見張り、モモンを見て半眼になる。

 

「何で俺に聞く」

「なぜって、貴方に聞くのが適切だと思ったからですよ」

 

この中で経験豊富なのはやはり"クラルグラ"の面々であり、そして適切な判断ができるのはリーダーであるイグヴァルジだとモモンは思ったのである。口をへの字に曲げて「おまえ等の試験だろ」と突き放した物言いをしたがモモンはめげない。

 

「状況を判断し、対処できる人に指示を仰ぐのは基本ですよね?」

 

確かにその通りである。使える物は何だって使うのが生き残るコツだ。自分のプライドを優先して命を捨てるのはバカのやることである。イグヴァルジは一度目を閉じると深いため息をつく。

そう、今は自分もプライドを捨てるべきなのだ。

 

「―――野盗どもの持ち物がほぼそのままだ。使える物は使うぞ」

 

リーダーの指示にクラルグラの面々がすぐさま散る。罠の状態をチェックしたり、一室から油やら蝋燭やら、様々な物をかき集めてくる。それを見て、漆黒の剣は顔を見合わせたが、同じように使えそうな物を探しに走る。

 

「おい、てめぇの切り札。中身は何だ?」

「―――残念なことに爆裂系です」

「ちっ、役立たねぇな。使ったら生き埋めじゃねぇか」

 

よりによって洞窟に不向きな魔法にイグヴァルジは興味をなくした。後はラケシルに貰ったスクロール数枚にざっと目を通す。幸いにもこちらは使えそうだ。

そのほかに、かき集めたガラクタを見てイグヴァルジは考えをまとめる。その間、モモンは懐に入れていたハムスケに目を落とす。

 

「お前ぐらいだったら逃げられると思うぞ?」

「何をおっしゃるでござる!拙者、殿と運命を共にする覚悟でござる!!」

 

フンスとドヤ顔を披露するハムスケに「そうか」と頭を撫でてやる。―――そして、先ほどの悪魔を思い出し、気持ち悪い感覚にモモンはヘルムの下の動かない骨の顔を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろいいですかね?」

 

パチリと時計の蓋を閉めると、悪魔はまるで散歩でもするかの軽い足取りで洞窟の奥に向かった。

 

何の警戒もなく進んでいけば、野盗どもが設置したのだろうトラップが発動する。自動的に矢が放たれる罠が火を纏って飛んでくる。避けるのは造作もないと、足を引くと突然地面が噛みついた。

ベアトラップ、此方はさらに毒のおまけ付きだ。ベアトラップにより動けなくなったところに火矢が降り注いだが、悪魔は特に感情を動かさずに服に付いた火の粉や埃を払う。

 

この程度のトラップなど、ダメージらしいダメージは受けないし、何だったら全て避けることが出来るのだが―――、せっかくのおもてなしだ。全て頂いて上げよう。どうせレベルは大したことはない、ならばハンデくらいはあげようじゃないか。

 

絶対的強者の高慢な自信故に、悪魔は次々と罠にかかる。しかし、大したダメージなど食らわない。せいぜい1ポイントくらいだろう。

さて、あのネズミ達をどう料理してやろうかと歯をむき出しにして考えていると最奥に着いてしまう。

このさらに奥に脱出路があるのだが、すでに塞いであるので逃げられるはずもない。思った通り、奥で固まる獲物を見つけて微笑むが―――一人足りない。

 

その瞬間、横っ面に剣の切っ先が迫ったが、悪魔は慌てずに鉤爪で受け止める。魔法職ゆえ、接近戦は苦手なのだがレベルの差が大きいのか危なげなくはじくと、シゲシゲと目の前の人間を見た。

 

「―――やはりあなたが一番の強者、と言ったところですか」

 

巨大な二本のグレートソードを操る漆黒の戦士に、悪魔は舌なめずりをする。最後の砦といえるこの人間を目の前で殺して見せた後の人間たちの絶望の顔を思い描いて愉悦に浸る。

 

「では踊りましょうか、死の舞踏を」

 

鉤爪を強化させて、悪魔は目の前の戦士の肉を抉ろうと襲いかかる。

 

 

 

 

 

剣と爪から火花が散る。戦士の鎧が思ったより堅く、肉までは抉れないが鎧は着実に削れていく。耐久性も徐々に無くなっていく。

一方悪魔の方も細かい傷を負っていたが、なめれば治る程度の浅さだ。一番深くて血が滲んでいる腹部のみ。

そこに少し不機嫌になるが、仲間の援護射撃をうまく使っての不意打ちだったので仕方がないと自分を慰める。むしろそこだけしか傷らしい傷を付けられなかったのだ。それにすぐさま無詠唱化した<魔法の矢>をたたき込んで仕返ししたし。

 

苦手な接近戦も飽きてきたし、そろそろ決着でもつけてやろうかと頬をつり上げたときだった。

奥からまた魔法が飛んできて、無駄なことをと払い落とした―――瞬間、洞窟から人影が飛び出した。奥ではなく後ろの通路から出てきた人間に驚く事なく、悪魔は振り返った。隠れている存在は知っていた。やり過ごして仲間を見捨て逃げるつもりかと思ったが、意外と勇敢だった。残念だ。入り口に置いておいた僕に殺される絶叫を聞けなかったと、悪魔は眼前に迫った剣先を優しく摘んでやった。さあ絶望の顔を見せてくれと人間の顔を見ようとして、腹部の衝撃に目を見開いた。

 

顔を狙った剣はフェイク、その影に隠すように腹を突いた剣が本命か!

 

してやられた事に顔を歪めるが、そこまで深く刺さっていない。その首を跳ねてやろうと手を振りかぶった。

 

「行け!ハムスケ!!」

「お主に命令される筋合いはないでござる!!」

 

男の背から飛び出したのはモルモット―――ではなく縮められたハムスケである。その背にはスクロールを背負っており、飛び上がると目の前で広げた。

 

「<雷撃>!!でござる!!」

 

獣がスクロールを使えるとは思ってもみなかった悪魔は一瞬虚を突かれた。見た目は巨大ハムスターだが、ハムスケはこれでも数百年生きた森の賢王である。―――置いてきたが、アインズから貰った死の宝珠だって使えるくらい魔法の力は使える。

しかし、雷撃程度の攻撃など―――。だが電撃が腹に刺さった剣に向かっている事に気が付き、顔を大きく歪ませた。

 

「―――っ!!ゴミ共が」

 

言い終わる前に青い閃光が洞窟内部を照らし、悪魔の身の内を焼いた。表面はダメージを軽減される。ならば柔らかい内部からならと―――男、イグヴァルジは距離を取る。すると思った通り、悪魔は大ダメージを受けてよろけていた。

 

「に、人間ごときがあああぁぁああぁああっっっ!!!!」

 

今まで余裕を崩さなかった悪魔が、身の毛もよだつほど山羊の面相を歪めて睨みつけてくる。イグヴァルジも勿論、足下にいたハムスケも毛を逆立てて固まってしまった。

これほどの殺気を受けることなどこれまで無かった。死を感じて動けなくなるほどの圧力だったが、その横から鎧の腕が伸びた。

 

「お前の相手は私なんだろ?」

 

鎧の男モモンが悪魔に突き刺さったままの剣を握ると、そのまま力任せに押し込んだ。

 

「っ!?なぜ俺の殺気の中動ける?!」

「種を教える気はない。―――ここで死ぬ奴には余計にな」

 

押し込んだ剣を今度は力任せに上に引き上げれば、悪魔の体は肩まで真っ二つに避けた。

 

「ぎゃあぁああああぁぁぁあああぁっ!!!」

 

断末魔の声を上げる悪魔のその大きな口にもう一度剣で貫くと、固まっているイグヴァルジとハムスケをひっつかんでモモンは奥へと跳んだ。

その先にはスクロールを広げているニニャがいた。

 

「<電撃球>!!!」

 

ラシケルが渡した中で、もっとも強力な魔法を発動し剣を避雷針に悪魔にたたき込んだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「あ"――――っ、生きてたわぁ・・・」

 

これは死んだと思ったが、何とか生き残ったとクラルグラのメンバーは洞穴の外で胸一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。

血と腐臭で鼻がバカになっている気がすると、鼻をこする。そしていまだ夢醒めやらぬ風の漆黒の剣の背を叩いて気付けをしてやれば、まだまだ細い背中がビクンと飛び上がる。

 

「よく頑張ったな」

 

先輩冒険者の言葉に、「あ、ありがとうございます!」と漆黒の剣も頬を染めて頭を下げる。イグヴァルジは苦手だが、ほかのメンバーはとてもいい人だ。そのイグヴァルジにはモモンが話しかけていて少しハラハラするが、先輩は苦笑いを漏らすだけだった。

 

 

「ありがとうございました」

 

モモンの感謝の言葉に、イグヴァルジはあり得ない言葉を聞いた気がして目を見開いたが、顔を歪めてそっぽを向いた。

 

「イグヴァルジさんがいなかったら全員で生き残ることは出来なかったと思います」

「―――お前、よく俺のこと信用できたな」

 

悪魔と対峙するさい、イグヴァルジはモモンに「死んでこい」と言ったのだ。作戦はすでに伝えてはいるが、もっとも危険な役をモモンに任せた。冷静に考えて、この中で一番防御力が高いのはこいつだからだ。

死ぬ確率の高い役に漆黒の剣が反発する中、モモンだけは素直に頷いたのだ。

 

「命、お預けします」

 

そう言って離れていく背中を見て、イグヴァルジは髪をかきむしり仕方ねぇから助けてやると悔しげに呟いた。

 

 

「命捨てろと言われて何であんな素直に聞けるんだ?しかも俺相手に」

「そりゃ、クラルグラの皆さんがあなたを信頼してるのがよくわかったからですよ」

 

冒険者は命の預け合いだ。本当に性格の悪い男に人はついていけないし、それにモモンはこの男の素直じゃない優しさに気がついていた。

 

「それに、ニニャを助けてくれましたし」

「ありゃ逃げるのに邪魔だっただけだ」

 

間髪入れずに返すイグヴァルジにモモンは笑う。悪魔と遭遇し、奥に逃げようとしたとき、雷撃がニニャを狙っていたのだ。それをとっさに突き飛ばしたのに、そのことを誇るわけでもなく悪態をつく。

 

本当に嫌な先輩というのは何が何でも出来る後輩をたたき落とすものだと、モモン―――いや、失われた記憶の中の鈴木悟が知っている。

仕事をするために生きる世界は、文字通り仕事が出来なければ生きていけない弱肉強食の世界だ。仕方がないこととはいえ、足を引っ張りまくって自分が生き残ろうとする。時には憎悪が蔓延るほど最悪である。

 

そんな世界を覚えていないとはいえ、もはや魂に刻みつけられているモモンにとって、イグヴァルジは少し意地悪だけど後輩を気にしてくれる良い先輩である。嘘を教えて自爆させようという気は全くないようだったし。

 

そのイグヴァルジは、常にないほど感謝されて口をへの字に曲げていた。―――ここまで素直に慕われて、嫌う方が難しいと嫌々自分の負けを認めた。

 

(ああ、認めてやるよ!お前は確かにミスリル―――いや、英雄級だよチクショウ!!)

 

器のでかさを見せつけられて、頭をかきむしる。全くなんて新人だよと、悔し紛れの嫌みを吐き出す。

 

「それよりてめぇ、力任せに剣を振り回してるだけじゃねぇか。それでミスリル級なんていえるか」

 

しかし、思った以上のダメージだったらしく、モモンは肩を落としてションボリした。

 

「・・・・・・ですよね。やっぱり我流じゃだめですね。あの悪魔にもほとんど通じなかったし」

「―――相手が前衛職だったらお前殺されてたな。でも、まあ、善戦は、したか、いや、認めてやる訳じゃねぇけど!」

 

本気で落ち込んでいるので、思わず慰めの言葉を言ってしまった。そんな柄じゃねぇのにと視線を外したら目をまん丸にした仲間が視界に入って、さらに顔を歪ませた。

 

「・・・イグヴァルジ、頭でも打ったか?」

「うるせぇよ!!」

 

別に良いだろ!たまには!!その言葉に、ならたまには俺らも労ってくれと笑われた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら倒されたようだな」

 

カップを傾けながら、繋がりが切れるのを感じて山羊の頭を持つ悪魔が視線を遠くに跳ばした。

 

「―――しかし、出来が悪いな。そりゃ性能は低く設定したが、頭まで落とした覚えはないぞ」

 

チッと舌打ちした悪魔は、「やっぱり自分で造るのは無理か」とため息をついた。

撤退後、自分の存在が気付かれたおそれがあったので、急遽ダミーを造ってあの洞穴に配置したのだ。ワールドアイテムを持った相手がそのダミーを倒して死を偽装する計画だったのだが、普通の冒険者風情でも負けるほど、お粗末な失敗作だった。

力も能力も自分の半分以下、頭も悪いし品もない。自分を模した存在だというのに―――あまりにも不愉快で造って早々自分で処分しようかと本気で悩んだ。

 

「まあ、これで人間を襲った悪魔は死んだことになるわけだし、それなりに使えたってことだな」

 

悪魔はうんうん頷いて喜んだ。アレには意外と手間が掛かったのだ。手探り状態で悪魔を一から作成し、外装や能力を設定。調整が難しく、何度投げ出そうかと思ったことか。それに時間も無かったから色々と手を抜いてしまった感もあったが、目的が達成できたのだから良しとしよう。

 

「―――けど、あいつを作り出すにはまだまだ時間が掛かるってことだなー」

 

作り出せないことは無いことは証明されたが、今のままでは完璧に再現できないと、悪魔は寂しそうにした。

 

「・・・理解者が欲しい。一緒に遊んでくれる奴が欲しい」

 

この世界に飛ばされた時、悪魔は一人だった。昔遊んだゲームキャラの姿で、ほとんど丸腰ではあったが魔法は問題なく使える状態に、悪魔はとても喜んだ。あちらの世界では常に自分を殺し続けなければならなかった。本当の自分を出せるのはゲームの中だけだった。

 

だから此方では、何の我慢もせずに遊ぼうと凶悪な顔で笑ったのだ。

 

帝国に入り込み、皇帝を脅して贅の限りを尽くした。オーダーメイドで衣装を何着も作らせ、それに弱いが付加魔法を付けたり、旨い物を幾つも運ばせたり、日がな一日ゴロゴロしたり、狩りに出かけたりと欲望のまま過ごしていた。

 

―――しかし、ふと、ここに仲間がいたらもっと楽しかったのにと気付いてしまったのだ。

 

すると、今まで楽しかったはずのことがとたんに色あせて仕舞ってつまらなくなった。切っ掛けは、自分を師事するフールーダが、自分を慕ってくれていた友人と重なったのだ。彼もまた、ワールドディザスターの自分に憧れ、教えを請うていた。彼らと一緒に冒険した日々を思い出し、悪魔はかきむしるほど寂しいと感じるようになった。

あの胸くそ悪い男でも良いから此方に来てないだろうかと考えるが、探しには行かなかった。・・・・・・これで見つからなかったら、この大きな穴は一生塞がらないのだと絶望することになるからだ。

 

だが、今はそんな場合ではない悪魔は頭を振り、立ち上がった。

 

「さて、"私"を倒した冒険者とやらの顔を拝みに行きますか」

 

そう言うと、悪魔の体は黒い空間に消えた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

"黒い"山羊のような悪魔の頭を持ち帰ると、冒険者組合は大騒ぎとなった。

全く見たことがない悪魔なのだ。また現れるとも限らないのだから大急ぎで調査が始まった。

 

冒険者が持ち帰ったのは頭部だけだったが、それだけでも様々なことが解る。魔法組合長のラケシルもコレは大発見だと大興奮した。

そこに前回の生き残りの冒険者に、間違いなく当時の悪魔だと確認も取られた。

 

ただ、その時ブリタもレンジャーの男も少し不思議な顔をした。"黒い山羊"の頭に、確かにこいつだと思ったのだが、変な違和感を覚えたらしく互いに顔を見合わせていた。

 

 

 

 

組合は今回の件で冒険者のランクアップは確実だと話し合いがされた。

 

 

 

*****

 

 

 

モモンは人々からの賞賛から逃げて、一人噴水に座り込んでいた。

 

思い出すのはあの気持ち悪い悪魔のことである。なぜだか、モモンはあの悪魔を見たとき、怒りが沸いたのだ。

まるで、大事にしてきた物に泥を塗られたような?いや、大事な物を粗悪にまねされたような胸くそ悪さを感じていて、可能であれば本性を見せて徹底的にぶちのめしてやりたかった。

けれど、アンデッドの特性で精神鎮静が起こり、何とか冷静さを取り繕っていた。でなければ漆黒の剣に迷惑をかけていたのは間違いないだろう。

 

しかし、あの悪魔を殺した後もこの嫌なもやもやは晴れることはなく、いまだにくすぶっていた。

 

「―――どうして、こんなに胸が痛いんだろう?」

 

骨だけしか無い身だというのにと、ボロボロな鎧の上から胸をさする。

ふと、地面を見つめていた視界に誰かの足が入り込んだ。誰だろうと視線を上げると、線の細い男がそこに立っていた。

 

「はじめまして、モモンさん」

「はじめ、まして―――?」

 

誰だろうと小首を傾げていると、目の前の男は黒い髪を揺らしてお辞儀をした。

 

「私、帝国にて商いをしているデミウルゴス、と申します。ご偉業を成し遂げたモモンさんと是非お話ししたいとおもい、声をかけさせて頂きました」

「はあ」

 

にっこりと笑うデミウルゴスと名乗る男に、モモンは困惑する。偉業などというが自分一人の力ではないと言えば、謙虚ですねと嬉しそうに笑った。

 

「モモンさーん」

 

その時丁度漆黒の剣がモモンを見つけてやってきた。それにちょっとホッとすれば、ペテルがデミウルゴスを見て目を丸くしていた。

 

「モモンさんのお知り合いの方ですか?」

「いえ、初対面です」

「そうなのか?同じ南方の人種・・・いや、同じ黒目黒髪だからてっきり」

 

スケルトンに人種も何もなかったと思い出したルクルットが訂正する。幻術で見せられた顔は確かに南方の人間の特長であるが、つくった顔なら意味がなかったと頭を掻く。

 

「あれ?デミウルゴスさんは帝国の商人さんだと―――」

「・・・・・・まあ、生まれは南方ですよ。モモンさんもそうなんですか?」

 

少し悩む、これで同郷だと色々突っ込まれても困るのだが、もしかしたら自分のルーツの可能性もあったので、ヘルムをとって幻術の顔を見せた。

一瞬目が見開かれ、すぐに笑顔になったデミウルゴスに首を傾げた。

 

「・・・人が良さそうなお顔だと思います」

「気を使って貰わなくて結構です」

 

少しバカにされた気がしてさっさとヘルムを被るが、デミウルゴスは笑顔のままだ。

 

「いえいえ、私は好きな顔です」

「え?そう言う趣味の人なんです?」

 

ルクルットが茶々を入れれば意味深な笑顔を返されて、「マジか・・・」と距離を取った。そんなルクルットをペテルは殴る。

 

そんなとき、向こうから悲鳴が上がり土煙が此方に向かってくるのが見えた。

 

「殿―――っ!!」

「ハムスケ?!お前外で待ってろと言ったろ!?」

 

突然現れた巨大な魔獣の姿に街の人々は怯えている。悪魔を倒したとき、ハムスケの呪いも解けて元の大きさに戻ったのだ。・・・その際、モモンの頭に乗っていて押しつぶしたのはご愛敬である。

登録は済んでいるとはいえ、巨大ハムスターを連れ回すのはさすがに精神に来るので置いてきたのだが・・・結局我慢できずに来たらしい。

 

街の住人は恐ろしい魔獣が屈強な戦士に従うのを見て安心し、尊敬のまなざしをモモンに向けている。そのことに、少しばかりホッとした―――が、

 

「ブハッ!!ちょ、でかいハムスターじゃん!!」

 

デミウルゴスが盛大に吹き出した。その瞬間モモンの恥ずかしさは天元突破し、強制的に鎮静された。

 

「すごいギャップ!かわいいかわいいwwww」

「・・・・・・もしかして、南方の人は変わったセンスをお持ちなんでしょうか?」

 

腹を抱えて笑うデミウルゴスにペテルはモモンを振り返る。他国人の感性であれば、モモンのセンスとペテルたちのセンスが合わないのも納得である。

 

そして、モモンは南方の国には絶対に近づかないぞと心に堅く誓った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

最初は、ダミーを倒した冒険者を殺すつもりであった。偽装のために必要だったとはいえ、自分を模した存在を殺した相手は少なからず不快だったからだ。事故にでも何でも見せかけて殺そうと伺っていて、一番目を引く存在を見つけた。

 

「・・・どっかの誰かを彷彿とさせる奴だな」

 

全身鎧に赤いマント、色は違えどよく口論していた相手の姿に似ていると幻術で作った眉を寄せた。・・・しかし、しばらく観察していて全く別の人物を彷彿とさせられて、悪魔は知らず口を緩ませた。

 

「我が主、ご命令をください。あの冒険者たちをすぐに血祭りに上げてご覧に入れましょう」

 

耳障りな小悪魔の言葉が聞こえたが、悪魔は目もやらずに握りつぶしてやった。そして、しばらく考えると仲間の輪から離れていく男の後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしたら―――なんて旨い話はないか」

 

モモンたちと別れて、デミウルゴスと名前を偽った悪魔は残念そうにため息をついた。あまりにも、友人と重なるので話しかけてみたのだが―――反応が薄いと感じた。

自分の今の姿は現実での人間の姿を模していた。オフ会で顔を合わせているから、あの人だったら何らかのアクションがあると思ったのだ。デミウルゴスの名にもあまり反応が無かったので、他人の空似であったかとがっかりした。

 

―――顔も、声も、仕草も、性格もそっくりだというのに・・・。

 

しかし、悪魔はならばと笑みを浮かべる。

 

「あの人間を元に、あの人を造ってみるのはどうだろう?」

 

きっと寸分違わぬあの人が出来るに違いないと、心が躍った。それはとても良い考えだと悪魔は笑う。彼と一緒ならきっと楽しく遊べるだろう。

 

友人と息子を造り、一緒に遊ぶのが楽しみだと悪魔は足取り軽く、そのための準備に歩き出した。

 

 

 

 

 

「ひょぇ?!」

「どうしました?モモンさん」

「―――骨なのになんか背筋に悪寒が」

「スケルトンでも風邪引くのであるか?」

「ポーションで治りますかね?」

「むしろダメージ負いますよ」

「負のエネルギーで回復するんだっけ?じゃあ、墓場いくか?」

「何で回復スポットのように言うんですか、遠慮しときます」

 

仲間たちに囲まれて、モモンは村に帰って風呂に入ろうと腕をさすった。

 

 

 

 

 

 


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