記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

17 / 27
再降臨

 

 

 

 

 

「法国の特殊部隊はもう送還してしまいました?」

 

別室に移動して早々、モモンの言葉にガゼフはギョッとし、スッと半眼になるとモモンを隙無く睨みつけた。

陽光聖典の存在については、ごく一部の者にしか知らされていない機密である。あれらの立場はかなり特殊な立場であり、法国との戦争を引き起こしかねない。国力も衰え、帝国との戦争を繰り返している王国はさらに法国まで敵には回したくない。

そのため、村の襲撃やガゼフの暗殺未遂を不問にするから不可侵条約を結ぶよう交渉中である。・・・バカな貴族達が知れば法国との戦争を押し進めるだろうから最高機密にまでなっているはずだった。

―――なのに、この冒険者は陽光聖典の存在を知っている。

 

「・・・何の話ですかな?」

 

スパイの可能性も考え、いつでも剣を抜けるようにしていたら―――モモンはおもむろにヘルムを消してその素顔を見せた。

広間でみた人間の顔ではないそれにガゼフは固まるが、ようやく思い至り肩の力を抜いた。

 

「魔法詠唱者殿だったのか!」

 

カルネ村でその陽光聖典の捕縛に協力したアンデッドの御仁なら特殊部隊のことを知っているのも当然だとガゼフは納得した。しかし、まさか戦士のふりをしているとは思わなかった。

 

「驚いた。魔法詠唱者殿は剣も扱えたのか」

「魔法詠唱者殿って―――、ああ、そう言えばまだ名前を伝えてはいなかったか」

 

あのころは名もない魔法詠唱スケルトンだったから、ガゼフが今のアインズの名を知らないのは当たり前である。

 

「もしや、記憶が戻りましたか」

「いや、残念ながら。今はとりあえずの名を名乗っています。冒険者ではモモン、カルネ村の魔法詠唱者としてはアインズ・ウール・ゴウンと」

「アインズ・ウール・ゴウン・・・法国風の名前ですが」

「持っていた荷物の中にその名を冠するアイテムがあったのでそこからですね。法国出身かは何とも言えません」

 

それは残念ですなとガゼフが悲痛そうな顔をするが、アインズは気にするなと手を振る。

 

「思い出せないものはしょうがありませんし、過去がなくて困ることもありませんから」

 

その言葉に嘘がないことを認めるとガゼフは頭を振ってため息をこぼした。しかし、今は世間話をしている場合ではないと表情を引き締めると話を戻した。

 

「・・・今回の件、ゴウン殿でも解決は無理ですか?」

「悪魔を殺すことに関しては簡単です。が、なにぶん広範囲に悪魔が散らばっているので時間がかかりますし、広範囲の魔法も使えますが、市街地で使うのは・・・」

 

アインズの言葉に、ガゼフは頭をかきむしる。アインズがいることで勝機が見いだせるかと思ったのだが・・・。

 

(馬鹿者め、ゴウン殿にばかり頼ってどうする。お前は王国戦士長だろうが)

 

自分のだらしなさを叱咤し、ガゼフは前を見据えた。協力をしてもらえるだけでも感謝せねばと向き直ると、「それで」とアインズは言葉を続けた。

 

「彼らの協力を得られないかと思いまして」

 

アインズの彼らというのが誰なのか、一瞬解らなかったのだがガゼフは最初の会話を思い出し「あ」と声を上げた。

法国特殊部隊陽光聖典。天使を召喚し、ガゼフを追いつめた者達。そして天使は悪魔の天敵だ!確かに彼らの力が使えればこれほど心強い者はない。―――しかし。

 

「法国の秘密部隊が、他国に協力するだろうか?」

 

しかも、ガゼフの暗殺未遂をしたのだ。たとえ王の頼みでも断られる可能性が―――。しかし、それも大丈夫だと・・・あまり気が進まないようにアインズは言う。

 

「神様の言葉なら彼らも聞いてくれるでしょう・・・騙すのは気が引けますが」

「―――ああ、なるほど」

 

アインズの考えを理解し、彼らは喜んで協力するだろうと頷いた。なら後は彼らを牢から出す許可を王から貰って来るだけだ。

 

「じゃあ、私が彼らと話を付けてきますので、諸々の手続きはお願いします」

 

そう言うと、アインズは装備一式を以前の物へと変えるとその場から消えてしまった。それに驚くこともなくガゼフは許可をもらいに走り出した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「―――どういう風の吹き回しなの?」

 

たまたま王国に訪れていた法国の神官達という紹介をされた秘密部隊の隊長にラキュースは訝しげな目を向けた。因縁の相手と言える女が目の前に立つのをニグンは不愉快そうに顔を歪めたが、すぐに表情を消して地図上の部隊の配置を再度確認する。無視されたとムッとするラキュースにじゃまだとばかりにニグンは手を振る。

 

「私に構っていないで作戦の準備をしていろ」

「・・・・・・私は貴方たちを信用していない」

 

罪もない亜人の村を襲撃してきた集団の力を借りるというのは、納得できないとラキュースの感情が反発しているのだ。

 

「視野の狭い女だな蒼薔薇」

 

褪めた目を向けるニグンにラキュースはグッと体を跳ねさせた。

 

「所詮、神より授かった世界しか知らん小娘だ。感情を優先し、己の使命を忘れるなど・・・戦場では許されん」

 

ニグンは部隊の特性故戦場、敵地のまっただ中の任務などザラである。特に竜王国の任務は獣人たちの侵略から民を護るという任務が多い。その時いけ好かない相手との合同任務だってあるのだ。一時の感情で連携がとれず、己の命だけならいざ知らず、部下や救うべき民を殺すことなどもっとも愚かなことである。なにが大事であるか見極めて、即座に不要な物は切り捨てる、プライドもその一つだ。それが隊長に求められるものである。

 

ラキュースたちも理解はしている。が、完全に殺しきれない幼さがある。それが戦場で戦っている者との意識の違いである。

 

「我々は神の僕だ。その神のご意志に添うためなら、我々は喜んで貴様の足の裏も嘗めてやろう」

 

うっとりとした表情に狂信の光を目に湛えるニグンに、ラキュースはドン引きした。―――だめだ、話が通じない。

まったく別の世界の生き物に向けるような目をするラキュースにニグンは鼻で笑い地図に目を落とした。

 

「・・・たとえ私が信用できずとも、我々の力は信用できよう?」

 

一度は戦った相手だ。ニグン等の強さは蒼の薔薇がよく知っている。そして先ほどの指揮官としての実力も目の当たりにした。ラキュースだって解っていた。自分が意固地になっていることを。

深く息を吐くと、ラキュースは右手を挙げてニグンに差し出した。感情の整理は出来ないが一時休戦の意味での握手である。それが解ったようで、ニグンも黙って握り返した。―――ただし、顔は嫌そうに歪めていたが。

 

「なによ、その嫌そうな顔は」

「それは貴様もだろう。戦いには協力するが貴様が嫌いなことには変わらん」

 

気が済んだらさっさと作戦行動に入れと追い払われた。ラキュースはやっぱりあの男嫌いと、不機嫌に仲間の元に戻った。―――が、その未熟なところをイビルアイに苦言された。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

作戦内容はラナー王女が提案したこととあまり変わらなかった。ただ変わったことは一つだけ、"悪魔を一カ所に追い込む"ことだけだ。

王都内に散らばっている悪魔を撃破、あるいは所定の位置に追い込む。追い込んだ後はモモンが持つ第八位階魔法が封じられている魔封じの水晶で一網打尽にする。冒険者のみであれば厳しい作戦だったが、天使を召喚できる神官部隊に、伝説級の魔法の切り札があったことで可能となった作戦である。

 

―――ちなみに、切り札を見せて魔法狂いの再来にあった。どこにでもいるのかよ!二度と高位魔法の切り札は持たん!!とモモンは涎まみれの水晶を拭いながら決意した。

 

「神から授かった秘宝に無礼な・・・」

 

ちなみに陽光聖典には魔封じの水晶は神から授かったと嘘を教えている。アインズの時に、モモンという男に秘宝を預けているので協力するようにと言っておいたのだ。でないと魔封じの水晶の出所を勘ぐられるだろうし、下手に正体がバレたら精神が持たない。・・・牢屋での会話だけでも疲れるのに。

 

 

 

 

 

 

作戦はスムーズに進行した。召喚した天使数体で悪魔を追い立てる。時折強い悪魔に天使がやられるが、すぐさま次の天使を召喚。悪魔が召喚する神官をねらっても、冒険者がそれを阻む。ほんの数秒時間を稼げれば召喚された天使が悪魔を撃破する、完璧な布陣である。

神官一人につき冒険者チームが数組つくという念の入れようで、徐々に包囲網を縮めていく。

 

言ってみれば陽光聖典はこのような事態のプロであった。獣人に襲撃された国の救出要請に応えるのは、対亜人種部隊の彼らだ。竜王国で行う任務と何ら変わりがないので手際がよい。

ただ、相手が悪魔であることと奴らも召喚されている事が厄介だった。獣人と悪魔の違いは筋力の差と魔法を使うことである。下手な獣人以上のパワーも厄介だが、悪魔の魔法は距離を取っていても此方に届くのだ。冒険者が悪魔に操られることもある。だから少しだって気を抜けない。

そして、問題は悪魔を召喚している者の存在だ。まだ判明していないそいつを倒さなければ、まとめて葬っても意味がない。たった一撃しか許されない為、今は諜報が得意な者が探っていて、発見しだいそちらに悪魔を追い込む手筈となっていた。

 

「くっ、まだか!」

 

神官が呟くと、また天使が一体天に還ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

人影が一切ない家屋の横を、悪魔を追い込んでいるのとは別の部隊が走り抜ける。彼らは救出隊である。悪魔に浚われ閉じこめられているかもしれない市民を捜すための特別隊だった。メンバーはブレイン、クライム、盗賊、そして陽光聖典の神官一人である。

 

 

 

クライムが救出隊の編成を要請したのだが、ニグンははじめ良い顔をしなかった。悪魔に浚われた市民の生存ははっきり言って限りなく低い。貴重な戦力を危険度が高く、そして無駄に終わるかもしれない活動に裂く余裕はない。

大を生かすために小を切り捨てるのは指揮官として当然の判断である。クライムも解っていた。しかし、自分一人だけでもいいから行かせてくれと言う熱意に、鼻で笑いかけてニグンは神の言葉を思い出した。

 

わずかな人間も見捨てられずに命を懸ける者を笑う権利などない。

 

慌てて顔に手をやり、その神の意志に背く行為を止める。―――そして、クライムを見て悩んだ。この少年兵を見捨てることを神は許さないだろうか?

現在の状況を省みれば見捨てても仕方がないと、神は許してくれるだろう。しかし―――、とニグンは目を閉じる。

 

「おい、お前は救出任務に何度か付いていたな」

「はい」

 

隣にいた部下の一人に声をかける。モンスターに占領された人間の街で、少人数の救出活動を何度も経験している彼はブレインよりも年が上のように見える。

 

「部下を一人付ける。ただし、こいつが無理だと判断したらすぐさま指示に従うことが条件だ」

 

獣人と悪魔では勝手が違う。長年の経験が役に立たない場合もある。それでも、この部下を付けることで生存確率は格段に上がるだろう。

クライムが顔を紅潮させて頭を下げるが、ニグンは部下が一人抜けた穴を埋めるための考えを纏めるので、軽く手を振るだけで済ませた。

 

「以前の失態を雪ぐ為には期待以上の働きをしなくてはな」

 

ニグンはそう言って、救出隊の許可を出したのだ。

 

 

 

 

 

 

家屋には人の気配はおろか悪魔さえいない。おそらく王都の中心部に向けて襲撃しているため、背後が手薄になっているのだろう。盗賊とブレインが周囲の気配に注意を払い。クライムは神官のアドバイス通りに道を進む。

 

「殺した形跡がないのなら一カ所にまとめて閉じこめられている可能性はある。悪魔も人間を食料にするのなら新鮮な状態で食べたいだろうから生きてる可能性は高い」

 

神官の生々しい物言いにクライムは想像したのか、ウッと顔を陰らせる。しかし、神官は構うことは無く地図を眺めて経験上どの位置に食料をため込むか考えていた。

 

「やはり倉庫に閉じこめるだろうか?野外に置いても逃亡の可能性があるし、管理するならやはりまとめた方が奴らも楽だろうし・・・、しかし逃亡防止で足を切られている可能性も―――」

 

ブツブツと地図を睨みながら危なげなく走る様はまさになれている歴戦の猛者のそれだ。クライムは彼が法国の神官であるとしか聞いていないが、ただの神官にしては戦いの場に慣れているようだ。

一体どんな仕事をしているのだろうと気になったが、今は彼の詮索をしている場合ではない。建物の影に身を潜めながら進んでいると、空を悪魔が飛んで行くのが見えて慌てて隠れた。が、逆に神官は悪魔の存在をみとめた瞬間屋根によじ登り、悪魔の向かう先を追いかけた。

見つかるのではとハラハラしたが、巧く建物の影にとけ込んでいて発見はされなかったようだ。そして暫く屋根の上に潜んでいたが、降りてくると地図に大きな×印を付ける。

 

「ここだ。間違いない、悪魔が捕まえた人間をこの倉庫に放り込んだ」

 

どうやらあの悪魔は人間を浚ってきたようだ。被害が拡大していることは口惜しいが、おかげで捕らえられた人たちの場所もわかった。

クライムたちは慎重にしかし素早く目的の場所に急いだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

悪魔に対する包囲網が狭まるにつれて、悪魔の攻撃も激化していった。それもそうだろう、包囲が狭まると言うことは今まで散らばっていた悪魔が集合することになるのだ。しかも途中取り残されていた市民を見つけてしまえば放って置くわけには行かず、避難誘導のために冒険者がいくつか抜けてしまったりもするのだ。

 

悪魔の出現ポイントから発生場所を特定し、誘導場所が決まったがそこまでが遠く険しい。天使の召喚数はもはや自身の最高記録までいったという隊員は少なくなく、皆疲労困憊である。

ニグンの召喚した"監視の権天使"の視認距離には入っているので、多少は楽にはなったが、やはり戦況はよろしくはない。天使は悪魔にとって天敵であるが、天使にとっても悪魔は天敵である。

弱い悪魔はすべて灰となったが、残っているのは強い悪魔ばかり。天使の数も減ってきている。

 

それでも、全員の胸にあるのは神の言葉だ。再び現れた神のから授かった言葉が芯となり挫けることはない。

 

これは神が与えもうた試練である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

ブレインは自分はここで死ぬのだろうと直感した。

人々が捕らえられている倉庫に向かう途中、悪魔と遭遇した。それもただの悪魔ではない。ブレインが野盗の塒で遭遇し、心折られた桁違いの悪魔がそこに立っていたのだ。

 

「―――ふうん?来たのは君たちだけですか・・・」

 

期待はずれとばかりに肩をすくめる悪魔に、ブレインは全身の毛を逆立てて震えた。あの瞬間刻み込まれた恐怖がぶり返し、本能が逃げろ逃げろと叫んでいる。クライムたちはまだこの悪魔の恐ろしさに気が付いておらず、戦闘態勢に入っているが―――間違っている。なりふり構わず逃げることが正解なのだ。

クライムが一番先頭にいた。天使を召喚できる神官を護るような立ち位置になっているからだが、そこはすでに断頭台の上。

 

「あてが外れたな。彼が来るかと思ったのだが―――まあ、そう上手くは行かないな」

 

攻撃態勢をとられていても余裕の態度を崩さない悪魔に、怪訝な顔をしているクライム、ブレインは逃げろと叫びたかった。しかし、声をあげたらあの悪魔の視線が此方を向きそうで怖かった。

脂汗が流れる、刀がカタカタと震えて切っ先が定まらない。そんなブレインの異常に気が付いた盗賊が心配そうな目を向けているが、そんなこと気にしていられない。

 

「まあ、居場所は常にわかる状態だ。性格上この王都から逃げ出すこともないだろうし、ゆっくり探せばいいか」

 

そう言っておもむろに片手をあげたので、ブレインは意を決して声を上げた。

 

「お前等の目的は何なんだ」

 

ぴたりと止まった悪魔の手は、流れるようにクライムの顔数センチ前まで持ち上げられていた。クライムは目を白黒させながら勢いよく後ろに後ずさった。

一体いつの間に、目の前まで接近を許してしまったのか、クライムにはわからなかった。そして、神官の男も滝のような汗を掻いて悪魔を凝視し、荒い息を吐いている。・・・ブレインは気が付いた。すでに召喚されていたはずの3体の天使がもうドコにもいないことに―――。あの瞬きするだけの時間で天使を殺していたのだとわかり、ぞっとした。

 

3体の天使がいたからクライムは今生きているのだと―――。

 

「・・・おや、どこかで見たような顔と思えば、野盗の用心棒じゃないですか」

 

名前は、何だったかな?意外なことに悪魔はブレインの事を覚えていたらしい。名前どころか、存在すら視認していないと思っていたのに・・・、ブレインは少しだけ心が浮き上がった。

クライムがそんなブレインを凝視している。それもそうだろう。野盗の用心棒などをしていたという事は悪党の一人だったという事。しかし、ブレインは否定も反論もしない。事実でしかないし、言い逃れするつもりはない。

俺はお前やガゼフのように清廉潔白には生きられない男なのさ。

 

「ブレイン・アングラウスだよ。―――ウルベルト・アレイン・オードル」

 

忘れることがなかった悪魔の名を口にした。今の今まで口に出さなかったのは、名を出せばこの悪魔が現れるのではと怯えていたからだ。

 

「あー、そんな名前でしたね。貴方も運がない、せっかく私から逃げ切れたのにまた会ってしまうとは・・・」

 

悪魔、ウルベルトは肩を竦める。逃げたブレインのことは頭の隅にあったが、特に問題ないと放っていたのに、この王都に逃げ込んでいたとは・・・、不運な男だ。

 

「ふむ、まあ二度も私の前に現れたのだしこれも何かの縁でしょう。私に忠誠を誓うというのなら特別に貴方だけ助けて上げても良いですよ?」

 

山羊の口元を大きく歪めて、悪魔はブレインを誘う。もし乗るのなら、残りの三人を殺すよう命じるつもりだ。拒否をしても"悪魔の呪言"で操るし、生き残るために三人を殺しても、結局最後には実験材料にするつもりだった。

やはり、ぶっつけ本番で"彼"を使っても失敗する確率は大きい。なら何度か人体実験をして練習しなければならないから、それなりに強い素体が欲しいと思ったのだ。しかし、ブレインの答えはNoだった。

 

「どうせ玩具にされるのが目に見えていて、素直について行くと思うか?」

「―――まあ、間違いではないですね。だが、運が良ければ人では到底到達しない力をその身に宿すことが出来ますよ」

 

その誘惑に、正直ブレインは惹かれる。強さを求めながらも人間の限界を知り心折れたブレインは悪魔の甘美な誘惑に思わず喉が鳴った。―――が、それはほんの数日前のブレインだったならの話だ。あの頃のどんな手を使っても強くなりたいという欲求はなく。今欲しいのは、死なせたくない奴らを護る力である。

 

ブレインが答える代わりに刀を構えれば、ウルベルトは目を細めて肩を竦めた。この世界で目の前の男ほどのレベルに到達できるものは少ない。その数少ない素体を殺さねばならないのは少々もったいない。

・・・少しばかり力の差というものを見せつけて、抵抗する気力をなくさせようと、魔法で剣を創造する。

 

「遊んで差し上げよう」

 

悪魔がにたりと笑った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

最後の最後で抵抗が激しいとニグンは舌打ちをした。

所定の場所までは誘導できたが、その場に押しとどめるためにはもうわずかに包囲の輪を縮めたい。しかし、大きな悪魔がその豪腕を奮って冒険者を、天使を薙払う。

ほかの隊員も自分の役割で精一杯で、もしソコに穴があけば網はすぐさま崩壊するだろう。やはり、一人だけとはいえ外したのは痛かったか。

 

「・・・崩れるのも時間の問題。なら今、発動するべきか?」

 

ニグンは迷う。このままアイテムを発動したところで十二分に悪魔を押さえ込めるとは思えない。おそらくわずかな歪みから悪魔が抜け出すだろう。しかし、このままでは悪魔どもが包囲を食い破り、また国中にあふれるだろう。

それは法国にとっても不味い事態である。ただでさえ、異形の者たちと戦争中だというのに、背後に悪魔が蔓延る国が有っては人間に勝ち目などない。そうならないようにニグンたちの部隊は人間の領土内の亜人種を早めに狩っていたのだ、まだ人間同士で戦争してもらっている方が増しである。

 

「仕方がない合図を―――」

 

ニグンが隊員に合図を送ろうとしたとき、大きな悪魔に刺突鉄鎚が叩き込まれた。怒り狂った悪魔の叫びが聞こえるが、それを塞ぐような女の叫ぶ声が聞こえた。

 

「超技!暗黒刃超弩級衝撃波ォオ!!」

 

凄まじいエネルギー波により、悪魔は消滅こそしなかったが大きな傷を負って後退した。

 

「各員!発動!!」

 

その隙を見逃さずにニグンは叫ぶ、すると陽光聖典隊員は一斉にカード型のアイテムを発動した。その瞬間空中に光の檻が現れて悪魔たちを包み込んだ。悪魔は当然それを壊そうとしたが、強い悪魔でもビクともしなかった。

 

実はこれは神から授かったアイテムで光の護宝剣という。光の剣が一定時間壁となり相手の攻撃を無効化するコラボアイテムだ。普通なら一方向しか防御できない微妙系アイテムだが、隙間無く包囲する事で光の檻として悪魔を閉じこめることに成功した。

 

悪魔が出てこられないことに冒険者達に歓声が上がるが、喜んでいる暇はないと、ニグンは鋭く叫んだ。

 

「冒険者達は負傷者や取り残されている住人を直ぐに救援、待避だ!!この檻もそう長くは持たんぞ!急げ!!」

 

冒険者達はすぐさま負傷した仲間を抱えたり、荒らされた住居に入って生存者の確認を急いだ。ニグンの部隊はアイテムを発動しているため動くことは出来ない。共に戦った者に「戻ったら奢ってやるからな!」と激励しながら冒険者達は安全区域まで離脱していった。

 

「―――防衛ラインでの指揮を命じていたはずだぞ蒼薔薇」

「あら、でも助かったんじゃないの?」

 

貴族の娘がしないような笑顔を向けるラキュースに、ニグンはチッと舌打ちをする。まさかコイツに借りをつくるとは・・・。

 

「あちらが壊滅していたら目も当てられんぞ」

「心配しなくても戦士長殿が来たから問題ないぞ」

 

ガガーランの男臭い笑みにニグンはチラリと後方に目をやった。

 

「奴は王宮の護衛ではなかったか?」

「正確には王の護衛よ」

 

ラキュースの誇らしげな顔に、ニグンはどういう状況が起こったか悟る。国王自ら戦場に出てくるとは―――。勇敢ともいえるが、愚かでもある。あの王が死んだり力を失った場合、この王国はすぐさま崩壊することをニグンは知っている。それをねらってのガゼフの暗殺計画だった。

―――法国にとっては悪魔を掃討し、更にあの王が死亡するのがベストなのだろう。そうすれば法国は安心して異形種との戦争に専念できるのだから。しかし、欲張りすぎるのもいかんと頭を振るとラキュース達にも早々に戻るよう指示を出した。

 

「モモンさんは?」

「まだ来ていない。<メッセージ>も通じない状態だ」

 

切り札を持った存在がいないことに訝しげなラキュースにニグンは素っ気なく答える。悪魔に殺された可能性もあるが、神が使命を与えた冒険者だ。そう簡単にはくたばらんだろうとニグンは考える。

 

「戻る途中で見つけたら直ぐに来いと伝えろ」

 

光の檻に捕らえた悪魔達を隙無く睨みながらニグンは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「なかなかやるじゃないか」

 

ほんの少し短くなった髭を撫でながらウルベルトは感心したようにブレインを見た。仲間との連携が有ったとはいえ、傷一つ付けられなかったウルベルトの髭を切り落とした。―――髭ごとき、などとウルベルトは考えない。ここはゲームではない、それほど時間がたっていない間にこれほどの成長だ。才能あふれる人間なのだろうとウルベルトは目を細めた。

だがそれだけだ。今現在はウルベルトにとっては大したことのない、ただの人間で、実験動物でしかない。

 

歓喜を隠しきれない表情をしていたブレインは、ウルベルトの気配が変わったことに気がつき、クライム達に逃げるよう叫んだ。

遊びは終わり。まずはうっとうしい周りを消して、ブレインの心を砕き従順に教育しようとゆっくりと手を持ち上げた―――その時だった。

 

 

 

 

 

棚引くマントを翻し、目の前に降り立った存在にウルベルトは一瞬呆気にとられた後、醜悪なほど顔を歪ませて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人に化けられるとはいえ、制限時間の有るたっちは作戦部隊とは別行動をしていた。包囲からこぼれた悪魔や強すぎる悪魔の掃討、取り残された民衆の誘導、救助などを行っていた。

だいたいが終わった後はクライム達に合流しようと屋根伝いに走っていた。陽光聖典達の手伝いもしたかったが、イビルアイから彼らが異形種を嫌っていることを聞いていたので断念したのだ。

救助隊にも隊員がいるので、影ながらサポートという形ではあるが―――。

 

クライム達が今ドコにいるかはわからない為、たっちは虱潰しに走り回る。人助けが趣味だったたっちにとっては王都は庭のようなものである。だいたいの見当はついていると、取りこぼしの悪魔を見つけては切り捨てながら向かっていた。

 

そうしてようやくクライム達の気配を感知した瞬間、たっちの足が止まった。

 

「―――まさか」

 

彼らの気配の近くに、知っている気配を感じ取ったのだ。初めてその気配を感知したのに、知っているとたっちの感覚が訴えていた。ゲームでは味わえなかった感覚なのに、何故彼だとわかるのかたっちにもわからない。

 

嬉しいと思う反面不安に思う。なにせ初めて存在を感知したのだ。本当にそうであると確証はないのだ。・・・・・・そしてもう一つ、何故彼がここにいるかという疑念が湧く。―――いや、この事件の真相がわかったような気がしてたっちはギリッと拳を握りしめる。

 

「違う。きっと私の勘違いだ」

 

そう口にはするが、蟲の体は正直に警戒音をガチガチと鳴らしていた。彼ではないと口にしながらも、脳裏にはあの時代の彼の言動を思い出す。

"悪"に徹底的にこだわる悪魔、世界の一つぐらい征服してやろうと仲間達と話をしていた。ただのロールだろうと思っていた。けれど、本心からの言葉だったら?

―――もし違うとしても、もしかしたら彼は飲み込まれてしまったのでは?と握りしめた拳を見つめながら思う。

この体になってから、時々人としての理性を無くしそうになる。健全な精神は肉体から、なんて言葉も有るくらい精神は体に引っ張られるモノだ。たっちだって時々飲み込まれそうなのを何とか踏みとどまっている。

 

 

 

 

もし、彼が異形の心に飲み込まれて人でなくなったとしたら―――。たっちは覚悟を決めなければならないだろうと拳を強く強く、握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いをその目で認識した瞬間、彼らは凄まじい勢いでぶつかり合った。

一瞬火花が散ったように見えたが、魔法職と戦士職の根本的腕力が違うため、ウルベルトが後ろに吹っ飛んだ。それを追いかけるたっちの耳には、クライムの声は届かず、目の前の悪魔だけを見ていた。

 

「あはははっ!懐かしい!懐かしいなぁたっちさん!!」

「―――こういう再会はしたくありませんでしたよ。ウルベルトさん」

 

<飛行>の魔法を使ったのだろう。ウルベルトは空中で止まるととても愉快そうに笑っている。対して、たっちの表情は伺うことが出来ないが、顎のあたりから警戒音が鳴っていて、更におもしろいとウルベルトは笑う。

 

「ゲーム時代は表情固定でしたが、現実になると何ともおもしろいですねぇ」

 

蟲そのものの威嚇音に、ウルベルトは喉を鳴らす。

しかし、たっちはただウルベルトを睨み付けるだけで、なにも言うことはない。ウルベルトも一通り笑うと、表情を消してたっちを見下ろした。

 

「たっちさん、貴方なにをしにここに来ましたか」

 

昔の友人を見つけて懐かしくなってダイナミックハグをかました訳ではないことはウルベルトもわかっている。正義大好きなこの男のことだ。事件を解決しに来たのだろう。

ウルベルトがなにをしているのかも解っているようで、敵意を隠しもせずに向けてくる。しかし、ウルベルトは素知らぬ顔で肩をわざとらしく竦めてみせる。

 

「ま、その様子を見ればだいたい解りますがね。・・・相変わらずヒーローゴッコがお好きなようで」

 

何年も会っていなかったというのに、するりと出てくる嫌みにウルベルトは内心笑ってしまう。たっちの不機嫌さが更に強くなるのを感じながらも、懐かしさばかり感じる。

そう、ウルベルトは嬉しいのだ。喧嘩ばかりしていた相手とはいえ、自分一人しかいないのかもしれないと思っていた世界で友人に会えたことに。だから、昔では考えられない言葉がウルベルトの口からするりと出た。

 

「また一緒に遊びましょうよ」

 

当時はクエストの誘いすら嫌々だったというのに、まるで子供のように無邪気に誘った。―――ただ、遊びの内容はたっちには顔をしかめる物だったが。

 

「人を玩具にするのはやめてください。私たちと同じ人間なんですよ?」

「同じ人間?」

 

一瞬意味が分からないという顔をしたウルベルトは、考えるように口元に拳を置いていたが、思い至ったのか「ああ」と顔を上げた。

 

「たっちさんあなた勘違いしてますよ?彼らは人間ではありません」

 

生徒に教師が教えるように、ピッと人差し指をたてると悪魔は言った。

 

「私も便宜上、彼らを"人間"とは呼んでいますが、あの世界の人間とは全くの別物ですよ」

 

帝国の宮廷魔術師のフールーダを取り込んでいるウルベルトは、この世界の成り立ちを調べ、この世界の人間とは自分たちとは全く別の進化の過程を得た生物だと結論づけていた。

まあ、言うなれば凄まじく人間に近い見た目のチンパンジーと言うところだ。

 

「まあ、勘違いするのも仕方が有りませんがね。よく考えれば解ることですよ。元の我々は魔法を使えないが、彼らは魔法を使える。これは大きな違いですよ?根本的に体のつくりが違うんです」

「・・・・・・」

 

驚愕したたっちの気配を感じて、ウルベルトは笑う。これが、相手の血が緑だったらもっとわかりやすかったのだが、あいにく両者を隣に並べても見た目だけでは解らない。だが、身体能力は自分たちとは比べものにならないとウルベルトは思う。もし、両者が同じ世界に存在していれば、間違いなく自分たちの人間が淘汰されるのが目に見えた。自分たちは幸運だ。100levelのゲームキャラの姿でこちらに来れたのだから。

 

「―――だからと言って、この世界の人間を殺していい道理にはならないでしょう?!」

 

ふむ、結局はソコに行き着くかとウルベルトは頷く。たっちは正義感溢れる人間だったからな、むしろそこで納得したらそれはそれで正気を疑ったろう。

しかし、結局二人の問答など、実験に使われるモルモットが可哀相だ何だというようなものだ。たっちだって、必要なら仕方がないねと言って躊躇無く殺すだろうとウルベルトも解っていた。

 

「要するに、あなたヒーローゴッコがしたいだけでしょう?」

 

現実の世界で出来なかったことをこの世界で実現すること。たっちもウルベルトと何の変わりもない。この世界を自分の理想に利用しているだけだ。

 

その瞬間、たっちの殺意が膨れ上がりウルベルトに斬りかかった。とっさに避けなければ危なかったとウルベルトは思う。ギチギチギチギチと警戒音が絶えず鳴り響いている。―――昔だったら、もう少し我慢できたと思ったが、体が異形になってから本能が理性を上回りやすくなっていた。

そして、ウルベルトもさすがに失言だったと―――口には出さなくても内心反省していただろうが、たっちの反応に愉悦を感じて口をつり上げて更にたっちを煽った。

 

「何でしたら、私が悪の親玉でもして上げましょうか?あなたのだぁいすきな正義の味方には欠かせない相方だ。今だって肩身の狭い思いをしているのでしょう?」

 

異形種と言うだけではない。力が有りすぎる存在とは排斥される。ましてやバカしかいない王国は余計にだ。しかし、強大な敵が現れれば嫌でもたっちの力を認めるしかない。頼らなければ自分たちは滅びるしかないのだから。

 

たっちから答えはない。ただただ、ウルベルトに向かって攻撃してくるだけだ。―――殺す気はないようだが腕の一本や二本は穫る気らしい。魔法を展開しながらウルベルトは守りに徹した。

たっちの武器はあのころに比べれば粗末な物だ。基が良くても鉄の棒を振り回しているようなものだ。が、対するウルベルトも同じようなものだ。人間に作らせた衣装は弱い付加魔法しか耐えられず。そこいらのフルプレートの方がマシという防御力だ。それでもこだわりを穫ってしまったのは、弱い存在しかいなかったため・・・、まさかたっちと再会して喧嘩することになるとは思っていなかった。

 

「この世界に我々を理解する者なんていませんよ?同郷の者同士仲良くしましょう」

 

のんびりと、危機感無くウルベルトがそう言ったときだった。

王都の一角に眩い光のドームが出来るのを二人は見た。

驚いたのはウルベルトだ。この世界の常識ではフールーダが使う第六位階の魔法が個人で扱える最上位だ。

なのに、目の前で展開されている光は超位魔法特有の光だった。

法国ならまだ理解できた。しかし、ここは魔法詠唱者を軽視する王国だ。そんな切り札が有るなどと考えもしなかった。

 

「っ!術者を攻撃しろ!!」

 

放っていた悪魔にそう思念を送る。超位魔法だろうと発動前に止めてしまえばいい話だ。――――――しかし、想定していたより早く超位魔法が発動した。

 

「<失墜する天空>―――っ、課金アイテムも有るのか!?」

 

ウルベルトはギリッと歯をかみ砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し戻る。

ニグン達陽光聖典が悪魔達を足止めしていたが、肝心のモモンが姿を現さない。<メッセージ>も通じず、いったいなにをしているのかとニグンが苛立たしげに舌打ちをしたときだった。

 

「モモンには別の指令を与えた。奴は来ない」

 

そう言って背後に立った存在に、ニグンは目を見開いてその場にひざまづいた。

 

「我が主!なぜこちらに―――?」

「改まらずとも良い、・・・奴に渡した魔法では力不足と感じたのでな」

 

悪魔を押さえている隊員も跪こうとするのをとめると、まがまがしいローブを羽織ったアインズが悪魔達を見据えた。

 

モモンの切り札としていたのは第八位階の爆裂系の魔法だ。低位の悪魔だけなら一撃でしとめられるだろうと予想していたが、思った以上に強い悪魔が紛れており、これではダメだろうと予定を変更したのだ。

被害がでるだろうからと、冒険者を下がらせたのは正解だった。さすがに他の者にこの姿を見せるのは戸惑われる。

 

「私の魔法でここ一帯を焼き払う。お前たちは巻き込まれないよう待避しろ」

 

そうは言っても、悪魔を押さえているのだからギリギリまでは離れられないだろう。光の檻が消えて範囲外に出るまでは撃てないだろう。タイミングがずれればすべてが水の泡だ。陽光聖典達の間に緊張が走る。

 

「では、準備に取りかかるか」

 

そう言って魔法陣を展開したアインズに、ニグン等は神々しいと恍惚の表情を浮かべる。それを内心ドン引きしながらアインズは懐から砂時計型のアイテムを取り出す。時間的に、檻が消えるのが早い。帳尻を合わせるためにはこのアイテムが必要だ。

 

悪魔が暴れ始める。奴らは超位魔法を知っているのだろう。術者であるアインズをどうにか攻撃しようと躍起になっているが、神に指一本でも触れさせてなるものかと隊員たちが力を込める。

残っている天使をアインズの前に展開し守りを固め、自分たちもジリジリと距離をとる。

 

―――そして光の檻が消えた。

 

その瞬間隊員は一目散に待避するが悪魔達はそれに見向きもせずにアインズに殺到する。しかし天使の壁に阻まれもはやどうにもならない。

さあ、チェックメイトだとアインズがアイテムを砕こうとしたときだった。

 

全く別の場所から悪魔が飛び出しアインズに襲いかかった。どうやら網からこぼれ、今まで身を隠していたらしい。天使の壁を横目に悪魔がその鉤爪を振り下ろした―――。

 

「させんぞっ!!」

 

躍り出たのはニグン、アインズに襲いかかる悪魔の爪をその身ですべて受け止めて見せた。悲痛な隊員の声が聞こえたが、足を止めるなと怒声を放つ。悪魔が瀕死のニグンを無視して再びアインズに襲いかかろうとする。が、それをニグンが許すはずもなかった。

 

「下賤な悪魔がごときが・・・我が神に触れられると思うなっ」

 

光の粒子になりかかっている監視の主天使が悪魔の脳天を砕くのを不適な笑みを浮かべ―――ニグンは倒れた。目は白く霞み、即死しなかったのが不思議なほどだが、力強い腕に受け止められたのが解った。

 

「―――よくやった」

 

ガラスが砕ける音と共に、空が落ちてきた。ニグンは最期に神の御技をその目に映すことを幸福と感じながら闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

*****


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。