記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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おいでよ!カルネ村
カルネ村の戦い


 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、クライム・・・」

「ラナー様」

 

目の前でハラハラと泣く太陽のような王女に、クライムは自分のふがいなさに唇を噛んだ。

王の様子がおかしいと気が付いたのはラナーだった。確かめたいからと、クライムを連れて王と謁見したのだが、王は悪魔に成り代わられていた。

あの時の悪魔が王国に入り込んでいたことにクライムは驚愕し、ラナーを逃がそうとしたが、ブレインでさえも歯が立たない相手にクライムは僅かな間も持たなかった・・・。

 

もはや殺されると覚悟したとき、クライムの前にラナーが立ちはだかり悪魔と対峙した。逃げてくださいとクライムの懇願にもラナーは首を縦に振らず、悪魔をにらみつけた。

そんなラナーを面白そうに見ていた悪魔は、二人に枷を付けた。

 

悪魔にとってラナーの頭脳は利用価値があった。そして、ラナーの優しさにつけ込んだのだ。

 

「その枷は、互いに連動しています。どちらかが私に反旗を翻せばもう一方の枷が爆発します。無理にはずそうとしてもそれを感知しますので、爆発しますよ。―――まあ、相手を見捨てれば、自分だけは助かりますがね」

 

邪悪な笑みを浮かべる悪魔にクライムは震えた。枷は、クライムの首に食い込んでいたが、何よりクライムが悔しいのは、ラナーの左腕に食いついている枷の存在だった。

 

「ラナー王女は利用価値がありますからね。殺しはしませんが腕の一本は吹っ飛ぶでしょう」

 

互いを人質に取られてしまい。クライムは血が滲むほど拳を握りしめた。

 

ラナーだけでも助けたいとクライムは自分の命を投げ出そうとするが、ラナーに泣いて止められてしまえば、もうどうしようもなかった。

ガゼフ達や"蒼の薔薇"にも話せば相手の枷が爆発する。クライムは自分のふがいなさに涙が溢れたが、ラナーはそんなクライムを慰めるように抱きしめた。

クライムはラナーの優しさに触れて、慟哭し、たとえ何を課してもこの方を守ると決意した。

 

 

 

 

 

 

―――しかし、そんなクライムに見えない位置で、ラナーはこれ以上ないくらい愉悦に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラナーの奴は、わざとか?」

「否定は出来ませんね、あの方ならやりかねないならなおさらです」

 

疲れたように互いにソファに沈み込むザナックとレェブンは、裏切り者に悪態を付く。

 

「さては悪魔ともグルじゃないか?アイツの望んでいた通りになっているぞ」

 

以前、ラナーにクライムとどうなりたいか訊ねた際、今の関係のまま首輪を付けて飼い慣らしたいと言っていた。

現在クライムの首には首輪のような枷がはめられていて、以前以上にラナーの身辺警護に力を入れている様はまさしくご主人様を守る犬である。

クライムから見えない位置でご満悦に微笑んでいた妹にザナックはゾッとした。

 

「あの方だったら我々にも気付かせずに上手くやりますから、おそらく悪魔とは手は組んでいないでしょう」

「・・・・・・だなぁ」

 

そうなると悪魔さえ手玉に取っているのだろうか、あの化け物は。

しかし、それは後でいい。今はあの化け物より父に成り代わっている悪魔である。ザナックはため息を吐き宙を見上げた。

 

「俺もお前も人質を取られてしまって動くことはできんな」

 

まあ、人質を取られていない状況でも、どんな抵抗も無駄だろう。

悪魔は協力するので有れば身の安全の保障をしようと言ってきた。約束を守るとも思えないが、抵抗するすべを持たないのだから今はおとなしく言うことを聞いておくのが利口だろう。

 

「―――アダマンタイト級の冒険者達ならあの悪魔を倒せるか?」

「無理でしょう。戦士長殿と同等の実力を持つあのブレイン・アングラウスでさえ歯が立たなかった。数で何とかなるとも思えませんし、何よりラナー王女が向こう側に付いていますからね」

「・・・アイツまで敵に回るとは悪夢以外の何者でもないな」

 

ザナックもレェブンも深くため息を付く。―――どうにかあの悪魔に気付かれないように戦力を集めなければならないと頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あの悪魔、王国をどうしたいのだ?」

「いや・・・、他国から見れば十分圧制を敷いているのですが、なにぶん前の貴族達の圧制の方がひどかったので・・・」

 

最悪からマシになったので感覚が麻痺しているらしい。国民に二人は頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、どういう事だ?」

 

村にマッハで戻ってきたアインズは、村の所帯が増えていることを声を低くして訊ねた。

 

「少し見ない間に、ゴブリンどころかオーガまで増えてるように見えるが?」

「あー、旦那に相談無く決めたことは謝りますが・・・、なにぶん連絡が取れなかったもんで」

 

そこを指摘されてしまえば黙るしかない。それに、村の代表となったエンリが決めたことに口を出す気はないので、アインズは深くため息を付いた。

 

アインズが王都へ行ってしまってすぐに、村に傷ついたゴブリンがやってきた。東の森がなにやら騒がしくなり、オーガやトロールに追われて逃げてきたそうだ。それを薬草を探しに来ていたエンリ達が見つけて保護したのだ。そして、話を聞いて村にも影響が及ぶ可能性も有ると話し合い、エ・ランテルの冒険者組合に相談に行った。

アインズに連絡しなかったのは、<伝言(メッセージ)>のスクロールが安くない値段であることを聞いて、そこまでせっぱ詰まっていない現状で連絡するのが憚られたのだ。

まあ、すぐにどうこうなるとは思っていなかったのが失敗だった。

 

トロールがカルネ村を狙って襲ってきたのだ。

カルネ村は外敵から身を守るために塀を作ったり演習を行ったり―――言ってみれば軽い要塞化がされていた。そんな良い住処をトロール達が乗っ取ろうと考えてしまうのは当たり前だろう。

良かれと思ったことが逆に敵に狙われてしまい本末転倒である。慌ててアインズに連絡を入れようにも繋がらず、エ・ランテルの冒険者を呼ぶには時間が無かった村人は覚悟を決めて、戦うことを選んだのだ。

幸いデスナイトやゴブリンと言う心強い用心棒も居るので、撃退は成功。トロールが一体村に進入したが、危ないところをハムスケが助けに入ったので軽いけが人のみで、死者は出なかった。

 

そう話したエンリの隣にはンフィーレアが座っているのだが―――、近い、近すぎるぞ小僧!と黒いオーラを発しながら睨みつけるアインズ。

 

「ハムスケさんがいなかったら僕死んでたかもしれません」

「もお!笑い事じゃないわよンフィー!」

 

エンリを逃がしてトロールと対峙したンフィーレアには軽く包帯が巻かれており、エンリが心配そうに見ている様に、・・・アインズはイヤな予感がバリバリであった。

 

「・・・ズイブン、仲良くなったようだが」

 

アインズの言葉に、二人は顔を見合わせると照れたように顔を赤く染めて俯いた。そして、意を決したエンリが照れながら・・・、アインズを絶望にたたき落とした。

 

「その、私たち付き合うことになりまして」

 

多分目の前にエンリがいなかったら絶望のオーラⅤを垂れ流しにしただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり王都になんか行くんじゃなかった!!」

 

うわぁん!と酒場で漆黒の剣にグチを垂れ流すモモンに周りは興味ありげにチラチラとこちらを見ている。

酒も飲めないのに自棄酒に来たモモンに漆黒の剣は苦笑いを漏らすだけだ。

 

「まあまあ、エンリちゃんも年頃だししょうがないって」

「変な男に引っかかるよりンフィーレア氏で良かったであるぞ?」

「モモンさんも子離れしないと」

「味方がいない!!」

 

コンチクショウ!とモモンはヘルムを被ったまま嘆いている。酒は頼んでいるけど飲む気配がないモモンの心情を察した男達は、同情的な暖かな視線を英雄に送っている。

 

モモンさんも人の親なんだなぁ、俺の子もいつかは羽ばたいて行っちまうんだろうなぁ。とホロリとする者多数である。

 

「ううう、あんなモヤシ認めてなるものか~~~」

「そんなこと言ってると、またネムちゃんに怒られるぞ」

 

お姉ちゃんの邪魔しちゃダメと怒られたばかりである。ネムがいなかったらンフィーレアの暗殺計画も立ち上がる勢いだった。とんだモンスターペアレンツである。

 

「まだ早い~まだ早い~」

「いやいや、もう16だろ?結婚してもおかしくない年だって」

「そうですよ、行き遅れるよりいいじゃないですか」

「である」

 

ぴぃぴぃと駄々をコネる漆黒の英雄に仲間は呆れ気味である。男連中だったら同意してくれると思ったのに、裏切られたとモモンは突っ伏する。

ニニャはツアレの付き添いでカルネ村に行っている。エ・ランテルよりはカルネ村の方が住みやすいだろうからだ。落ち着くまではしばらく二人村に住むことになっている。

 

「うう、俺の気持ちなんて誰も分かってくれない」

「何やってんだお前等」

 

いじけているモモンに"クラルグラ"のイグヴァルジが顔をしかめて声をかけた。酒場で湿っぽい話なんてしてんじゃねぇとモモンの鎧を小突いてくるが、モモンは獲物を見つけたようにイグヴァルジにグリンっと振り返った。

 

「聞いてくださいよイグヴァルジさん!!」

「うわっ!なんだうっとおしい!」

 

グチる相手を見つけたモモンがイグヴァルジにすがりつくが、相手はつれない態度である。ペテル達がヤレヤレと笑っていると"クラルグラ"のメンバーの一人がモモンはどうしたのかと訪ねてきた。

 

「あーと、娘?に恋人が出来たって泣いてんの」

「モモンさん娘さんが居たのか」

 

純粋に驚き、そして苦笑いするのは漆黒の剣に同情しているからだろう。ルクルットの肩を叩いて言葉もなく激励している。

 

「まあ、年頃の娘を持っている男なら皆一緒だな。・・・モモンさんの娘さんてどんな娘だ?」

 

興味本位に聞いてくる男に肩をすくめながらも大ざっぱに説明した。―――最初は笑っていた男の顔がだんだんと強ばっていった事にペテルは首を傾げてしまう。

そしてイグヴァルジは未だにモモンに捕まっている。

 

「―――そうか、モモンさんの娘だったのか」

「? 会ったことでも?」

「いや、この間エ・ランテルに来たらしいんだ」

 

検問所の兵士に知り合いがいて、その娘の持っているマジックアイテムのことでちょっとしたトラブルがあったらしい。

 

「ただの村娘が持つにはあまりにも高価なマジックアイテムだから、村娘に変装した魔法詠唱者(マジックキャスター)かと疑われたらしいんだ」

 

結局涙目になった娘が、モモンと知り合いですと言ったのでその場はいったん落ち着いた。本人が依頼で街を出ていたから確認がとれなかったが、これで本当にモモンの知り合いなら悪印象である。なので、目的をしっかり聞いた後に通した。もちろん秘密裏に兵士が監視していた。

 

たとえ知り合いでも、ただの村娘に高価なマジックアイテムを与える事に疑問が残るし、それに村からエ・ランテルまで一人でやってきた事にも魔法詠唱者(マジックキャスター)の疑惑が深まっていた。―――で、結局は何事もなく娘は帰っていったわけだが、一体何者だったのかと兵士の間でもっぱらの噂だった。

 

「モモンさんの娘だったら納得だわ」

 

恋人が出来たくらいであの嘆きよう・・・。溺愛していることは請け合いだ。高価なマジックアイテムの一つや二つ、与えてそうである。

―――そしてもう一つ、"あの"漆黒の英雄であるモモンの娘がただの村娘であるはずもない。つまり、村からこの街まで、その腕っ節一つで遣ってきたのだ。魔法詠唱者(マジックキャスター)か、もしかしたら剣を隠し持っていた可能性もある。実際少なくない武器や防具も買っていったらしいし。

 

そう思うと、兵士達の対応は正解だった。下手したらモモンを敵に回していただろうし、最悪、その娘に叩きのめされていたかもしれない。

 

「後で教えておかないとな」

 

男は一つ頷いた。お互いのためにも知っておいた方がいいだろう。

しかし、彼の厚意によりエンリの噂は瞬く間に兵士達に広まり、よけいな推察も混ざり巡り巡って"血濡れのエンリ"なる人物が出来上がってしまった。

 

 

 

 

そして、そんな噂を聞いた悪魔が、部下に確認に向かえと指示を出す。

 

「で、噂の真相はどうだ?」

「はい、実力は確認は取れませんでしたが、ゴブリンやオーガを従えておりました」

「まじか」

 

ちょっと力が有る程度の村娘かと思ったらモンスターを従えるほどの実力があるらしい。もしかしたらモンスターを服従させる特殊能力でもあるかもしれないとウルベルトは考える。それがどの範囲まで及ぶのか―――

 

「ゴブリンとオーガだけか?だったら亜人種のみかもしれないな」

「ほかには魔獣が一匹に、デスナイト一体です」

「監視の悪魔を撤退させろ。いや、もう洗脳されてる可能性有るから消せ」

 

魔獣はともかく、アンデッドのデスナイトを服従させるとは前代未聞である。下手に手出ししたら不味いとゾッとした。とにかくこちらの地盤が固まるまでは放っておこうと決めた。

 

――――――――――――こうしてエンリの伝説が始まった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

などと村の外で自分がとんでもないことになっているとは思っても見ないエンリはいま、多くのギャラリーの中料理を作っていた。

 

事の発端は、外から来たゴブリンを村に置いておくのは危険だとアインズが言ったことだ。

 

「召還されたジュゲム達ならいざ知らず、野生のゴブリンだぞ?いつか暴れ出すぞ」

「それに関しては、ゴウンの旦那がチョイト脅かしてくれればいいと思ってたんですよ」

 

強者に従うのがゴブリンやほかの野に生きる種の本能だ。一応はエンリが強者だとは言い聞かせているが、アインズの強さも見せれば絶対に逆らわないだろうとジュゲムは思っていた。

しかし、アインズは頭を振る。

 

「力で従わせても長くは持たん。俺が弱体化したら途端に牙を剥くだろうし、エンリが本当は強くないと知った時、奴らは下克上を狙うだろう。―――そんな奴らはこ・・・追い出した方がいい」

 

エンリをチラリと見てアインズは言いきる。疑心暗鬼すぎるかもしれないが、ゴブリンは人間より力が強い。戦いに慣れていない村人を殺すのは雑作もないことだ。アインズが村にいる限りはそんなことはさせるつもりはないが、どうしても村を空けなければならない事もある。

そんな不安の種を置いておくのは反対なのだが―――、しかし、エンリは納得いかずむくれ顔でアインズを睨むのだ。

子供に弱い自覚のあるアインズはため息を付き、一つの提案をした。

 

「なら、アイツ等に人間に味方するメリットを提示するしかないな」

「と、言いますと?」

「つまり、従っていればおいしい思いをすると分かれば、その報酬目当てにエンリ達を助ける。つまりは給金を支払って用心棒になって貰うという事だな」

「なるほど、でもゴブリン達にはお金は何の価値もないし、財政が不安定ですからいつも同じ額を用意できないですよ」

「何もお金で給金しなくていい。現物支給にすればいい」

「現物・・・、つまりは食料ですか?」

「それじゃ、人間から奪う方が効率がいい。それよりも人間にお願いしないと手には入らないものだ」

 

ンフィーレアが首を捻るので、アインズは自信満々に胸を張る。

 

「美味い料理で奴らの胃袋をガッチリ掌握だ!!」

 

 

 

 

そんなこんなで、ゴブリン達の胃袋掌握大作戦!が始まり、エンリの苦難が始まった。

美味しい料理といわれても、日常的に簡単な料理しか作ったことのないエンリは、どうすればゴブリン達が満足する料理が出来るのか分からない。

そのため、街の料理を毎日口にしている漆黒の剣のメンバーに、ゴブリン代表のジュゲム(彼らの間ではすさまじい争奪戦があったらしい)それとンフィーレアが試食する事になったのだ。

エンリの肩にはカルネ村の命運がかかっているのだと言われるとすごく逃げ出したい。しかし、いつもゴブリン達に何か恩返しできないかと考えていたエンリだ。頬を叩いて気合いを入れ、料理に取りかかった。

 

ちなみにアインズは料理の手伝いだ。味覚どころか舌自体ないから美味い不味いの問題ではない。

 

「エンリ、あまり気に負うな。失敗しても全部ンフィーレアが食べてくれる」

「ええ?!」

「どうせ、恋人の作る料理は何でも美味いって言うに決まってるんだ。お前の役目は料理を残さず食べる係だ」

「あー、確かにそこらへんはンフィーレアさんあてにならないわな」

 

彼氏の彼女の料理は美味いは一番信用ならない。そこはルクルットも賛同する。幸せリア充は爆発しろ。

そしてンフィーレアもエンリの顔を見て美味しくないとはどうしても言えないだろうと分かっていた。

 

「じゃあ、処分係も決まったし、張り切っていくか!」

 

覚悟を決めたエンリは腕まくりをするとエプロンを付けたアインズとネムと共に料理に取りかかった。――――――が、

 

「きゃーっ!!ゴウン様鍋から火がでてますよ?!」

「はっ!!アンデッドなのに意識が飛んでた!?」

「テーブルまで切っちゃダメです!」

「なぜだ?!なぜ卵すら割れないんだ俺!?」

「おねーちゃん!ゴウン様転んで材料ぶちまけたよー!」

 

 

 

 

 

 

 

「ゴウン様、台所立ち入り禁止」

ションボリ

 

なぜか料理をしようとすると大惨事を起こすアインズに、さすがのエンリも仁王立ちである。正座してションボリするアインズは材料すらさわらせてもらえなくなった。

 

「じゃ、ンフィーお願いね~」

 

ネムがぐちゃぐちゃになった料理をンフィーレアに押しつけるのを見た漆黒の剣。

 

(わざとか?)

(わざとじゃね?)

(わざとである)

(わざとだろ~な~)

 

顔を青くしながらも、料理を食べるンフィーレアの姿に漆黒の剣は同情的である。意地悪な舅だなぁと呆れ顔だが、わざとではない。

 

「おかしい、何で野菜すら切れないんだ??」

 

料理スキルを持っていないアインズは首を傾げるばかりだった。

 

ちなみにアインズの調理中に竈が大爆発したが、アインズから貰ったエプロンのおかげでエンリ達は無傷である。汚れどころか爆炎からも守る最強エプロンだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「そういえば、トブの大森林で何があったんだ?」

 

仕方なく、料理が出来るまでのつなぎトークをすることにしたアインズはずっと気になっていることを聞いた。

 

「たしか、森の東の主が入れ替わったって言ってましたね」

 

青い顔をしながらも料理を平らげたンフィーレアが確認するとジュゲムが頷いた。

 

「大森林は基本的に3匹の主がいるらしいんですよ。西に魔蛇、東に巨人、で、南はハムスケさん」

「つまりハムスケレベルの主が森の奥に居るって事か」

 

アインズはふ~んと軽い相づちだが、伝説級が他にもいる事は普通の人間には恐ろしい事実である。漆黒の剣も強くはなっているがどこまで通じるものか・・・。

 

「で、その巨人、トロールだったわけですが、他の奴に負けて住処を追われたって訳ですわ」

 

まあ、自然の摂理で仕方がないことだ。ボスが他の強く若い雄に蹴落とされるのなんて珍しくもない。ただし、カルネ村を襲ったことを許すつもりはないが。

 

「で、新しい主もトロールか?」

「いや、元部下のオーガ達に聞いたら見たことない奴だったそうで」

 

でかくてつよい。キバはえてた。こわい。

 

「アイツ等の説明じゃ全然わからねぇんですよ」

 

肩をすくめるジュゲムに、アインズはフムと拳を口に当てた。

 

「後で調査しておくか」

 

ハムスケなら東の主の縄張りも知っているだろう。

 

 

*****

 

 

「どうですか?」

「うん、美味しいよエンリ」

 

間髪入れずンフィーレアが絶賛するが、アインズがチョップを入れて黙らせる。恋人の評価は当てにならん。

ジュゲムも「美味いですぜ」ととりあえず褒めるが、じっくりと味を見てゴブリンやオーガの味覚に合うか考えている。漆黒の剣も真剣な顔で料理を食べていた。

 

「う~ん、美味いけど素朴な味だよな?」

「味の濃い街の料理に慣れてるせいかもしれませんけどね」

「素材そのものの味が出ているのである。ただ、体を動かす者にとっては薄味である」

「・・・ゴブリンやオーガにとっちゃもっと濃い方がいいかもなぁ」

 

その言葉にエンリは落胆してしまう。けれど、みんなの意見を聞いて次はああしようこうしようと思考を巡らせる。

 

「ゴブリンって普段なに食ってんだ?」

「まあ、基本雑食ですからねぇ。木の実とか、動物の肉ですよ。ただ、料理っちゅう概念がないから生で食うのが普通かね?」

 

だから香り付けとかされても正直邪魔に感じるのだと、ゴブリン代表に言われると納得する。人間と違って野生の獣に近い食生活で、よくて焼いたりするくらいだろう。―――ゴブリンの王国はどうか分からないが。

 

「じゃあ、ゴブリンさん達が美味しいと思うのは何ですか?」

「う~ん、基本的には全部美味いんですよ?強いて言えば体が暖まる肉入りのスープですかねぇ」

 

やっぱり肉か・・・、と全員頷く。体を即感的に暖めるスープも冒険者としては分かるし、ボリューム満点のお肉は皆大好きである。ただ、それだと特別感はない。

 

「誰でも作れるものだと、簡単に引き抜かれて裏切られる可能性もあるからな・・・、特別な料理・・・、特別な肉・・・、ドラゴンステーキ?」

 

キュピーンと目を光らせるアインズだが、さすがにそれはやめて欲しい。山脈の向こうにいるフロストドラゴンが、報復にこちら側にやってくるのは勘弁して欲しい。

 

「美味い料理ねぇ」

 

ドラゴンステーキを却下されてアインズは天井を見上げて考える。フロストドラゴンの肉もうまそうなんだがなぁと、何となく姿を想像していて、ふと、ある食べ物が浮かんだ。

 

「アイスクリームとかどうだ?」

「あいす?」

 

アインズの言葉に全員首を傾げる。知らないのかと、アインズも首を捻りながら知識の中のアイスクリームを語った。が、誰も思い当たる物がなく首を捻るばかりだ。

 

「簡単な作り方なら解るが―――」

「ゴウン様は台所に立たないでください」

 

入れたら最後、大爆発と共に家が吹き飛びそうだ。かといって、この中で現物を知っているのはアインズだけである。

だが、調理も、味見すら出来ず、曖昧な作り方だけでその"アイスクリーム"とやらが出来るのか。不安である。

 

「まあ、とにかく作ってみますか」

 

エンリの前向きな姿勢にその場全員頷いた。

試行錯誤の末、たまたまニニャとのぞきに来たツアレの手によってそれっぽい物が完成した。実はツアレの料理スキルが高かった為、アインズの曖昧な説明でも"アイスクリーム"を再現出来た。

 

アインズが味見する事が出来れば、もっとなめらかなクリーム状だったとか、少し甘すぎるなどの評価が出来ただろうが、残念なことに現実世界では商品にならないアイスもどきであった。―――が、そんなアイスもどきでも、冷たくて甘い食べ物に皆目を丸くして驚いて、味見と称して次々と手を伸ばした。

 

「あま~~~い!」

「うむ、氷のように冷たいというのに柔らかく、口の中ですぐに溶けてしまうのである」

「牛の乳ってどうかと思ってたけど、うめーなこれ!」

「俺も初めて食べますよ!―――モモンさんてもしかして結構上流階級の出なんじゃ?」

「ぅおお、美味すぎますぜ旦那」

 

皆大絶賛に、満足げに頷きならちょっぴり羨ましいアインズ。骸骨の身が恨めしい・・・。

ジュゲムが言っていた物と正反対だが、物珍しいだろうし、とにかくこれで報酬足り得る食べ物が出来たと見ていいだろう・・・、ドラゴンステーキも早々に確保しようと、未だ諦めていないアインズに山向こうのフロストドラゴン達の背中に悪寒が走っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

結果として大絶賛であった。

ゴブリンやオーガは食べたこともない物に驚き警戒したが、族長のエンリが食べてみせることで危険はないと理解させた。

そして、自然界では得ることが出来ない甘みに興奮し奪い合いまで始まりそうになった。しかし、欲張りすぎる者には罰が下る魔法がかけられており(ただの頭がキーンとする現象)おとなしく与えられた分を舐めるように食した。

 

「この村のために働いたものには褒美としてこのアイスクリームを与えよう!」

 

アインズの言葉に、歓声を上げた新しいゴブリン達やオーガ達は仕事をくれとエンリに殺到するが、ジュゲムが止めて手筈通り仕事の割り振りをする。思っていた以上に成功して大満足だが、今はまだ暖かい季節だから成功したにすぎない。冬までに何とかフロストドラゴンステーキをと不穏な空気を出すアインズをンフィーレアが呼びに来た。

 

「ハムスケさんの準備できました」

「わかった。すぐ行く」

 

村のことが一段落したら、東の森の調査に行くことにしていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

どさりと、衛兵がまた一人地面に沈んだ。

あまりにも静かな襲撃に、カジットは冷や汗を流しながらも「やはり・・・」と悟ったように目の前の存在たちを睨みつけた。

 

ズーラーノーンの高弟達が、我々を見逃すはずがない。フードを深くかぶった者達の顔は見えなくても、長らく同じ者を師と仰いでいたのだ。見えずともその正体はしれた。

隣の檻のクレマンティーヌはぼんやりと奴らに目をやるが、興味なさげに視線を外した。別に侮っているのではない。心を折られてしまったため何もかもがどうでもよくなっているのだ。あの怖い存在に会うくらいなら死んだ方が楽かもしれないと考えるほどには心が衰弱していた。

けれど、何かの気配に気がついたのか目を見開くと、カジットの檻にすがりつく。カチカチと、小さな歯のぶつかる音が響き、カジットの袖を引きちぎらんばかりの姿に、カジットは訝しげに眉を寄せた。

 

クレマンティーヌがここまで怯える存在など、ズーラーノーンにいただろうかと正面を見据えると―――高弟達が道を開けてひざまずいた。

そしてようやくカジットも気がついた。その奥にいる存在に。

ゆっくりとこちらに歩いてくるその姿を見て、カジットは全身に鳥肌が立った。言葉は発せられず、はくはくと口を開閉する事しかできない。一歩一歩近づくたびに、クレマンティーヌの怯えが痛いくらい伝わってくる。怯える少女の手を取り、震えながらも握り返す。・・・偽りでも、安心させることが出来ればいいと思って―――。

 

カツリ

 

檻の前までやってきたその存在をカジットは震える声で表した。

 

「邪神―――さま」

 

呼ばれた存在は笑ったようだった。そして格子をすり抜けるように入って来た。カジットには逃げる場所はない。クレマンティーヌは邪神が近づいてきてもカジットから離れようとはしなかった。

 

「・・・死の宝珠はどこだ?」

 

水死体を思わせる目がギョロリと此方を伺っている。カジットはカラカラになった唾を飲み込みながら答える。

 

「ここには、ない。制御できる者に託した」

「―――ほう?」

 

シュルリと触手がカジットの頬をなでる。その気持ち悪さに顔色を悪くしていると、隣からわずかな殺気を感じた。みれば、震えながらも邪神を睨みつけるクレマンティーヌがいた。余計な刺激を与えるなと引っ張るがカジットを邪神から離そうというのか逆にギュウギュウと引っ張られてしまう。

 

「では、誰に渡した?」

「―――お前に言うつもりはない」

 

目が覚めもはやズーラーノーンに戻るつもりなど欠片もないカジットは、邪神を睨みつけてやる。もうこれ以上他人を不幸にするつもりはない。

あの方であればあの呪われた石も正しく使えるはずだ。邪神に、渡すわけにはいかなかった。

 

このまま殺されようとも構わないと睨みつけていると、邪神はため息を吐くと「まあいい」とあっさりと諦めた。

 

「まあ、ちょっと興味が有っただけだ。問題ない」

 

シュルリと触手が引いていきホッと息を吐いたのもつかの間だった。水掻きのついた異形の手がカジットの頭を掴んで持ち上げた。

 

「がっ?!な!?」

「カジッちゃん!!」

 

掴んでもびくともしない青白い手にカジットは己の運命を悟る。人の命を弄んできた自分に相応しい最後だろうと他人事のように思った。

 

「カ、ジッちゃんをはなせぇぇえっっ!!!?」

 

どこに隠し持っていたのか?クレマンティーヌが短剣を邪神の目玉にめがけて投げつけるがあっさりと触手にキャッチされてしまった。

 

「っ!バカ者め!!」

 

すぐさま触手に捕らえられ首を絞められるクレマンティーヌにカジットは必死になって邪神に訴える。

 

「そ、その娘は助けてやってくれ!!もはや心折れて何も出来ないただの幼子と変わりないのだ!」

 

必死に言い募るカジットを見て、そしてヒィヒィと泣くクレマンティーヌを見る。さっきまでの威勢はどこへやらで、怯えて震えている。

 

「カ、ジっちゃん、カジ、ちゃん―――っ」

 

親にすがるような目をカジットの向けているのを見て邪神は「フム」と一つ頷いた。

 

「が?あ、ア"ア"ア"ア"―――ーーっっ?!」

「カジちゃっ!!やだああああああっっ!!」

 

邪神が何かの魔法を使用したらしく、カジットは頭の中をぐちゃぐちゃとかき回されるような不快感に悲鳴を上げた。逃れようとバタバタと手足をバタつかせるが、何の抵抗にもならず、やがて手足がだらりと力なく垂らされ、床に捨てられた。

 

再び、娘を見ればそこに怯えなど何処にもなく、あるのは憎しみに歪む醜い顔だった。

 

「コ、ロス絶対殺す殺してやる殺してやる絶対絶対みんな殺してやる」

 

呪詛を吐き続ける娘に邪神はゆっくりと頭を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「おい、姐さんに知らせてこい!村に向かって武装した集団が向かっているって!!」

 

 

 

 

 

to be Continued...?


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