今日もなにも変わらないと、デミウルゴスは己の持ち場で直立不動で考える。
このナザリック地下大墳墓が、どことも解らない世界に転移させられてからどれほど経ったのだろう?
その間に至高の方に配置された持ち場から離れたのはただの一度だけだ。
それ以後は、依然と変わらず己の階層に敵が来れば迎撃する仕事に戻っている。己の創造主と至高の方々がお与えになった仕事を全うすることが、己の、我々僕達の生き甲斐であり、使命である。
しかし、己の持ち場はあまりにも深いため、滅多なことでは侵入者も入ってこないため、今はただ立つことしかしていない。
だが、それを退屈とも面倒とも思っていない。なぜなら、至高の方が与えた私だけの仕事だからだ。―――それを完璧に全うすれば、あの方々は帰って来てくださるかもしれない。
他の僕達も気付き始めている。けれど、誰もそのことを口にしない。口にしたら最後、それを受け入れなければならない。受け入れて、その後どうなるというのだ?命を絶つことなど許されない。与えられた仕事を放棄することも許されない。―――絶望のまま同じことを繰り返すしかない。
だから皆必死に見ない振りをしている。様子を見に来るオーバーロードを至高の方と見立てて笑顔を見せる。
茶番だ。けれど必死に己の役を演じなければならない。
「――――――我々はいつまで」
ふと、こぼれ落ちてしまった言葉を飲み込んだときだった。聞き慣れない軍靴の音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。
侵入者ではない。だが、己の領域に踏み込んだ者は自分は知らない僕であった。
「何者かね?」
「・・・あえて、はじめましてと言わせていただきましょう」
仰々しく軍帽を取りお辞儀をしたドッペルゲンガーにデミウルゴスはただ見つめる。
「私は宝物殿領域守護者、至高なる方々の頂点であり統括であるモモンガ様より生み出されたもの。名を、パンドラズ・アクターと申します」
「モモンガ様の―――、なるほど、あなたがそうでしたか」
見たことはなかったが、初めて会ったわけではないパンドラに、デミウルゴスも精錬された優雅さでお辞儀を返した。
「"初めまして"、私はアインズ・ウール・ゴウン最強の
挨拶をしながらも、なぜパンドラが"元の姿のまま"ここに来たのか思考を巡らせていた。僕達を安心させるためにナザリックを歩き回っていることは知っていたが―――。
「単刀直入に言わせていただきます。モモンガ様が見つかりました」
「!!」
宝石の目を見開き、パンドラを凝視したデミウルゴスは「いま、なんと?」と耳を疑った。
「我が創造主であり、このナザリックの正当なる主である。"本物の"モモンガ様が見つかったと、申しました」
「っ!今どちらにいらっしゃるのですか?!」
「それは今はいえません」
パンドラの答えに、デミウルゴスはその悪魔の腕をドッペルゲンガーの喉に食い込ませた。
「言えっ!!!モモンガ様はどこにいらっしゃる?!」
ギリギリと喉を締め付けられたパンドラだったが、表情が変わらぬドッペルゲンガー故か、涼しげにデミウルゴスを見下ろしていた。
「―――言えぬ理由を、あなたは察せられると思いますが?」
「―――っ!?」
どこから出しているのか?喉を絞められながらも諭したパンドラに、デミウルゴスは一気に冷静になった。そして己を恥じながらパンドラを解放し謝罪した。
「取り乱して、申し訳有りません」
「いえ、仕方がないことでしょう。それに統括殿に比べればずいぶんと紳士的でしたよ」
あの方とお会いしたときは問答無用でワールドアイテム乱れ撃ちだったと語れば、それも当然だとデミウルゴスは思う。
「至高の御方のお姿を騙る者が目の前にいれば、私だって八つ裂きにしますよ。―――まあ、アルベドが許容していたのでだいたいの察しはつきましたが」
僕達の心の慰めに、パンドラは今まで創造主の姿でナザリックを守ってきた。それを知りながらデミウルゴスとアルベドは見て見ぬ振りをしてきた。しかし、それもモモンガ様がお戻りになるかもと思えば、もはや目をそらす必要もない。
「それで、モモンガ様は無事なのですか?」
モモンガを発見しておきながら、居場所を言えないということは、モモンガの身に何らかの問題が起きているということだ。
デミウルゴスなどの僕が接触することで主に不都合が生じることだろう。御身の無事を訪ねはしたが、パンドラの落ち着きから彼の創造主が危機に陥っているわけではないと解る。
しかし、パンドラはかの方の無事を訪ねられてわずかに動揺していた。そのことがデミウルゴスを不安にさせた。
「―――ご無事、ではあるのですが」
「何ですか、はっきり言ってください」
言いづらそうにしているパンドラに苛立ちと不安が沸いてくる。そしてパンドラは意を決して、デミウルゴスに告げた。
「モモンガ様はご記憶を無くされております」
*****
報告を受けたパンドラズ・アクターは宝物殿に戻ると行動を起こした。
つい先ほど、ナザリックに侵入者があり、迎撃に成功との報告が上がってきた。しかし、侵入者は生きてナザリックから逃げ出したとも聞かされた。
「―――まあ、ユグドラシル時代のまま行動せよと言ってしまった訳ですし、階層を越えての追撃は"前は"出来なかったですからね。それを忠実に守ったのですから階層守護者を責めるいわれは無いんですがね」
ただし、久しぶりの獲物を長く味わおうといたぶり遊んでしまったが為に別階層に逃げられたことはシャルティアの落ち度である。侵入者を逃がしたことについてはアルベドが嫌みたっぷりに叱っていたが、命令した"制限"故ナザリックの外まで追いかけることはしなかった。
「あの頃のままのナザリックを維持すると決めた手前、ユグドラシルでしなかったことを強要することは出来ませんが、侵入者の動向ぐらいは確認させて頂きましょう」
逃げた侵入者が、大軍を率いてナザリックにこないとも限らない。容易く撃退できるだろうが、このナザリックに土足で入られることは不快なのだ。パンドラは独り言を呟きながら懐から一冊の手帳を取り出した。
「ぷにっと萌え様秘伝のらくらくPK術、情報収集編はと」
これは本来で有ればモモンガの所有物であるのだが、持ち歩いていて盗み取られたり、ドロップしてしまうことを恐れてパンドラに持たせていた。自室に置いておくことも考えていたようだが、るし★ふぁーに悪戯を仕掛けられ荒らされてから、大事なものを自室に置くことを止めていた。
さすがに他人のNPCの持ち物を漁るとも考えられないし、宝物殿はギルドの指輪がないと入れない仕様なので一番安心な場所だと思ったのだ。
まさかその金庫が自分でそれを取り出すとは想定していなかった。
「よし」と手帳を閉じると己の創造主のモモンガの姿を取り、いくつもの魔法を発動させる。相手の<発見探知>を懸念しての対策である。
そうしてようやく<遠隔視>を発動し探索にはいった。
「さてさて、それほど遠くには行ってないはず―――いたな」
初めは侵入者を探し出すのに手こずったパンドラだったが、程なく報告された侵入者の特徴を持つ人間たちを発見する。傷ついた体を引きずり、近くの村に向かっている集団をパンドラは観察する。
「―――拠点ではなさそうですね。この村の報告は無かったですが・・・まあ、小さな村ですし見落としても仕方がない」
しかし、ゴブリンやオーガを従えていることを知るとパンドラはほんの少し顔をゆがめた。
「レベルはそこまでじゃないとしても、調べる必要のある村じゃないですか。デスナイトまでいますし、後で調査させるべきか―――?」
村人に拘束されているのを眺める。しかし、配置を動かすことに抵抗が有るパンドラは、いっそのこと自分がいこうかと考えていると。そこに<転移門>が出現した。どうやらこの村には高位の
白磁のような肌に赤い灯火、粗末なローブを着ていたがその絶対的なオーラ。それより何よりパンドラだけはその方の姿を見間違えることなど絶対にあり得なかった。
「もももももも、モモンガしゃまああああああっっっ!!!」
壁側を向いて探索していた為宝物殿の壁を叩き割る勢いで激突したパンドラだったが、目にはもはや己の主人の姿しか映らなかった。
「ああああああ、なんと言うことだ!我が神がこんな所におわしたのですね!本当は身近にいた幸せ!我がブルーバード!!今すぐあなたのもとに―――ーなにしてくれてんじゃゴラアアアアアアっっ!!!!我が創造主を見て嘔吐するとはなんたる不敬!!今すぐその首跳ねて―――ー、ハアアアアンッ!落ち込まれた我が創造主も美しいいいいいいいっっ!!!!!」
ドッタンバッタン暴れるパンドラの奇声は宝物殿に響きわたったが、ここにはパンドラしかいないのでドン引かれることはない。
「ふうふうっ、いけないいけない。あまりのことに醜態を晒してしまった。これではモモンガ様が望まれた"かっこいいパンドラズ・アクター"とはほど遠い」
ようやく落ち着いたパンドラは、己の激情を何とか押さえ込み冷静さを取り戻そうと必死になった。乱れた軍服を正し、息を整えてぴしっとカッコいいポーズを取る。―――もしこの場に記憶があるモモンガが居れば悲鳴を上げて精神鎮静を繰り返していただろう。・・・だからといって先ほどの醜態を受け入れる事もないが。
「―――どうやらモモンガ様もこちらの世界にとばされておられたようだ。いや、もしかしたら私が認識できていないだけで、ここはデータが引き継がれた新たなゲーム世界という可能性もあるか?」
パンドラはユグドラシルがゲーム世界で、自分たちがただのデータであることを知っている。宝物殿でのモモンガの独り言を拾い集め、その頭脳でつなぎ合わせたことで導き出したのだ。
「しかし、だとしたらモモンガ様がナザリックにお越しにならないのはおかしい。―――やはり、異世界でしょう。それならモモンガ様も、ナザリックがこちらに来ているとは思われないのも仕方がないこと」
誰もいないというのにパンドラの独り言は止まらない。これもまた創造主から引き継がれた性格なのかもしれない。
「迎えに―――いや、現在のモモンガ様の状況を把握してからがよろしいでしょう。我々の存在が負担となる可能性もありますし」
気遣いが出来るパンドラは確かにモモンガの子供である。
*****
「そうして、私はモモンガ様が記憶を無くされたことを知ったのです」
村に侵入したパンドラは、影渡りが出来るギルメンに擬態し村人の話を総合し、時には魔法を使って情報を引き出したりした。
「では、すぐさまモモンガ様の御記憶を取り戻せるよう―――」
「それを、現在のモモンガ様は望まれておりません」
村人を一時的に支配下に置き、直接本人の意向を確認したのだ。記憶を無くされたとは言え、至高の御方の意志に反することは出来ない。
それを言われてしまえば、デミウルゴスは黙るしかない。
「・・・モモンガ様は息災でしょうか?」
「ええ、今は小さな人間の村を支配下に置いているようです。その村はモモンガ様を崇拝しており、モモンガ様に仇なす者を即刻排除しようとしましたので、なかなか忠誠心も有りますよ。まあ、我々にはかないませんが」
「当然でしょう」
くいっとメガネを押し上げて、デミウルゴスは思う。モモンガ様はもはやこのナザリックに戻られない。だが、その存在を生存を知れるだけで、今までとはずいぶんと違う。我々を思い出していただかなくてもいい。我々僕など歯牙にもかけなくてよい存在である。―――ただ、許されるので有れば、影ながらお役に立ちたいと、デミウルゴスは考える。
しかし、その思考をパンドラが遮って意外なことを言った。
「ところで、ご相談なのですが。このナザリックをモモンガ様に献上したいと思うのですがどうでしょう?」
パンドラの言葉に一瞬呆気にとられた。献上もなにも、このナザリックはモモンガ様、至高の御方々の所有物である。なにを今更―――。
しかし、デミウルゴスは一瞬で理解する。なるほど、そういうことかと。
「今のモモンガ様にはご迷惑ではないでしょうか?」
「それでしたら、自害をお命じしていただきましょう。モモンガ様のお役に立てないなら私はそちらの方がいい」
「たしかに」
役に立たずにただ存在する僕など何の価値もない。ならば至高の方の命で消滅したいと全ての僕が考えているだろう。
デミウルゴスの心は晴れ渡り、子供のようにウキウキと気持ちが高鳴った。モモンガ様に我らを献上する。なんてすばらしいアイデアだろう。
さっそく使者を選別しなければ。守護者がよいだろうが全員は無理だ。そして誰もがその使者を望むだろう。話し合いで済めばいいが―――と、思考を巡らせていたらまたもやパンドラに止められた。
「せっかくなので私としてはドラマチックに献上したいのですが、聞くだけ聞いていただけますか?」
「フム、聞きましょう」
「まず、このナザリックの存在を人間達に教え、攻略した者が支配者になれると触れ込みます」
ぴくりと、デミウルゴスのコメカミが疼いたが、先を促した。
「当然、このナザリックの攻略など不可能!人間達は誰もがこの墳墓の恐ろしさ、すばらしさを世界中に宣伝してくれるでしょう!!難攻不落のナザリック!誰もが攻略不可能と考える中、颯爽と現れるのは我らがモモンガ様!!どんな強者も恐れるこのナザリックを容易く攻略し、我らを服従させるのです!!そして世界中にモモンガ様の偉業がナザリックを踏み台として轟くのです!!」
「すばらしい!!」
なんとすばらしく完璧な計画だと、デミウルゴスは涙が浮かぶ思いだ。
はじめは神聖なナザリックに人間たちの泥足を入れるのかと不快に思ったが、モモンガ様の偉業を轟かせるための必要な事と理解した。そして何より、我々僕が、モモンガ様の名声のために役立てるところが素晴らしい。
「ガラスの靴をお渡しするより、王として剣を抜いていただく方がよろしいかと」
「シンデレラとアーサー王だね。・・・しかし君は脚本家として素晴らしいな」
「私はアクター(役者)ですから、舞台を整えるのも朝飯前ですよ」
それは役者の仕事ではないが、ツッコむつもりもないデミウルゴスはさらに素晴らしい舞台を用意するために思考を巡らせた。
「やはり侵入者は殺さずに広告塔としていくらか逃がすべきですね。雑魚よりは強者の方がよりナザリックの恐ろしさを理解し、宣伝してくれる」
「どの階層までは許しますか?やはり第3階層までで?」
「それではナザリックのすばらしさが伝わらない可能性もあります。至高の御方々が手ずからお造りになられたナザリックが第3階層までで理解できるとは思えませんね」
「たしかに、―――では転移トラップを応用するのは?ほんの一部だけ見せてその場で倒してしまいましょう」
「それもいいですが―――捕らえて牢獄に連行するときに見せるのもいいですね」
「おや、捕らえては広告の意味はありませんよ?」
「牢獄まで連れて行った後は逃がしますよ。設定にナザリックの支配をもくろむ僕が居りますから」
「ああ、エクレアでしたか?妙な設定を入れられていると思いましたが―――、もしやこの事態を見越して至高の方々がお造りになったのでは?」
「その可能性は高いですね。いやはや、御方々の知謀は我々より遙か彼方にありますね」
「まったくですね」
至高の41人を称えながら、パンドラとデミウルゴスは延々と草案を練り続けていた。それはとても有意義な時間であった。
「ところでなぜこの話をわざわざ私のところまで持ってきたのですか?」
「―――統括殿は、貴方ほど冷静に聞いていただけるとは思えなかったですし・・・・・・・・・・ファーストコンタクトがトラウマでして」
パンドラの遠い目を見て、デミウルゴスはそれ以上なにも聞かなかった。
*****
「じゃあ、あの二人の記憶を戻すことは不可能なんですか?」
ペテルの言葉に申し訳なさそうにアインズは頭を掻いた。
「そうですね。高位の記憶操作魔法だと思うんですが、元に戻すというのは行使した本人でも出来ないです」
その言葉に、ペテルも残念そうにしたがそこまで気落ちはしていなかった。ズーラーノーンの情報は惜しいが、被害が最小限だったのだし、それより気になることもあった。
「モモンさんも記憶操作の魔法を使えるんですよね?なぜ
「・・・この魔法、魔力消費が激しいんですよ。あの人数全員に使うなんて無理です。―――あと、人の頭をイジるのはちょっと怖いんですよね。下手すると廃人になりますし」
「別にいいと思いますけどね」
「―――ペテルさん、なんか
「いえ、そういうわけでは・・・、仲間の家族がいる村を危険にさらしたくなかっただけで」
「ああ、ツアレさんを心配なされたわけですか」
「いや!その!ツアレさんだけじゃなく村の皆さんの事も心配してますよ
!」
「わかってますよ。ペテルさんは優しいですね」
「そ、そういうわけでは・・・、えっと、エルフの娘たちは今は?」
「まあ、心の傷もありますからツアレさんに任せてますよ。結構タフな娘たちで、よくゴブリン達と森で狩りをしています。―――ただ、私に恩義を感じすぎていて、背中を流しますと風呂場に来られたときは悲鳴を上げましたよ」
速攻女湯に追い返して、代わりにエンリを磨いてくるよう命じた。そうして出てきたエンリはピカピカに磨かれていたが、なぜか真っ赤になってポカポカ殴られた。
「と、それより新しい東の森の主の話ですよ」
「モモンさんより強いんですよね?大丈夫ですか」
「まあ、動きは西の森のナーガに見張らせてますからすぐわかりますがね。実際戦うとなると厳しいものがあります」
配下のオーガ達は問題ないが、主の
「まあ、いざとなったらたっちさんに助けを求めようと思っています」
「ああ、たっちさんなら心強いですね」
今や王国屈指の剣士とうたわれるたっちとアインズであれば大丈夫だろう。あの強さはデタラメである。
「ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウス、たっち・みーはいまや王国最強の三剣士と言われてますからね」
「有名になるのはいいんですが、いつか人間じゃないとバレそうで怖いですが―――」
もう少しおとなしくしていた方がいいと思うのだが、あの正義感を止めるのはさすがに難しい。
「・・・王国民が異形種を受け入れることを祈りましょう」
「それしかないですね」
諦めたように二人でため息を吐くとペテルは席を立った。
「それじゃあ、ツアレさんのところにいるニニャを拾ってエ・ランテルに戻りますね」
「了解です。私は村の話し合いをしてからエ・ランテルに行きますね」
一度徹底的に人間不信を話し合わないと、今後も似たような事件を起こしかねない。あと報・連・相もしっかりさせないと。
「で?姉ちゃんとペテルどうよニニャ?」
「変態」
「何でよ?!」
「微笑ましいことである。姉上はペテルのことをなんと?」
「まあ、まだいい人止まりですね。たっちさんのことまだ引きずってますから」
「まー、あの人?に比べられるとペテルも大変か」
「ルクルットに比べると遙かにいいんですけどね」
「お前、最近俺に当たり強くね?」
「ルクルットはニニャに対してデリカシーがないのが問題である」
「だって今更じゃん」
「だからモテないんだ。―――そういえばモモンさんはまだ気づいてないんですかね?」
「あの人も鈍いよなー。ペテルってわかりやすいと思うけどな」
「カルネ村に頻繁に通うようになったである」
「モモンさんが心配だからとか、村が心配だからとか―――、理由を付けては来るよな」
「いっそのこと拠点を移します?私はその方が姉といれて嬉しいですけど」
「まー、金の心配はないけど。依頼はいるとちょっと不便だよな」
「決めるのはペテルである。今は見守るのが仲間の勤めである」
「あれ?みんなここにいたのか」
「おー、ペテル。モモンさんと話し終わったのか」
「ああ、―――あとはエ・ランテルに戻るだけだけど」
「せっかくだし、ニニャの姉ちゃんに挨拶しておけよ」
「そうだな、うん、そうする」
「はやっ、もう行ったぞ」
「恋とは偉大である」
「うまくいって欲しいですね」
ほっこりする漆黒の剣だった。
*****
「弱ったな~」
そういって串焼きにした獣の肉をバリバリ食べながらため息を吐いたのは東の森の新しい主である
「ただ雨風が凌げる場所を借りたかっただけなんだけどな~」
せっせと串焼きを作るゴブリンを眺めながら健御雷はもう一度ため息を吐いた。
よくわからない世界にゲームキャラでとばされた健御雷は、森をさまよい。どこか身を置ける洞窟でもないかと探していたら、トロールの住処に入ってしまい。何とか交渉しようとしたら、縄張りを奪いにきたと勘違いされ、返り討ちにしたらなぜか森の主にされてしまったのだ。
いや、俺は住める場所が欲しかっただけなんだけどと言っても聞いてくれず。トロールやオーガに奉られる。仕方なくまとめる立場になったが、献上品としてゴブリンや人間を持ってくるのはやめて欲しい。食べないから!
仕方なく人間は逃がし、ゴブリンは身の回りの世話をさせた。人間とかゴブリンの肉は好かない。動物にしてくれと言えば、それからは現実では絶滅した鹿とかウサギ、熊なんかを捕ってくるようになった。
健御雷としてはそっちの方が珍しくて喜んだら、それらばかり持ってくる。―――しかし、串焼きもそろそろ飽きた。味噌とか醤油が恋しい。岩塩を見つけたからまだましだが、調味料が欲しい。
「う~ん、何とか人がいる村に調味料を分けてもらえないかなぁ」
しかし、この姿を見て驚かない村などあるだろうか?捕まえた人間を逃がすんじゃなかったかなぁと後悔した。
「というか、森の主もやめたいんだけどな」
唯一話が通じそうだったナーガを逃がしてしまったのは惜しかった。聞けば西側の森の主らしい。だったらそいつにこいつ等を押しつけても何の問題もなかったのに。
「話をしに行くって言っても部下達が縄張りを奪いに行くって勘違いするし―――、あーもー!何で主なんかになっちゃったかなぁ俺!」
考えるのもめんどくさくなった健御雷はふて寝を決め込んだ。
*****
変わってこちらは薄暗い神殿の中、<道具創造>で作った立派な玉座に座り、邪神と崇められているタブラ・スマラグディナは信者にひれ伏されながらも退屈そうにもたれ掛かっていた。
(ひまだな~、やることないってホントに暇)
仰々しく信者の報告を聞きながらも、目の前の男の設定を考えながら暇を潰していた。しかし、もはや大半の信者の設定を作り終えたタブラは白く濁った目を眠そうにしていた。
(邪神がそうホイホイ行動しちゃいけないけどさ。実際なってみると退屈で死にそうだ。ゲームや物語の魔王はよく我慢できるものだ)
願いを叶えてもらうため、信者は必死であるがタブラはつまらない願いを聞く気は全くない。
(あ―――、あのカジットとかいう男の望みは叶えてもよかったかもな。あの顔で「お母さんを生き返らせたい」ってすごいギャップだよ。すごいな、何十年もがんばる理由が母親って。まあ、ズーラーノーンからはずしたから無理だけど)
そういえば、女の方はどうなったかなとタブラはふと思う。思ったよりも早く襲撃がバレて慌てたため、女の記憶をゴッソリ削ってしまった。ズーラーノーンの記憶がなくなればそれでよかったが、削りすぎた気もしなくもない。
エ・ランテルの警戒網が強化されたから確認にもいけないが、まあ、大丈夫だろうとタブラは気にしないことにした。
(それにしても暇だ・・・。イベントでもないかなぁ?)
そしてふと思いついた。
(そういえばカジット達を倒した漆黒の剣って奴らは強いらしいし、ズーラーノーンに招待してみようか?コッチのレベル的には30ぐらいだろうけど、信者達と戦うのならちょうどいい。―――邪神を倒しにくる勇者達。うん、おもしろそうだ)
ズーラーノーンが壊滅したらそれはそれでいい。また別なところに行けばいい話だとタブラは信者に仰々しく頷きながら思った。
*****
「うわーんっ!!あんちゃんやまちゃん会いたかったよ―――っ!!」
「茶釜っちもコッチに来てたんだね!会えてよかったよ!!」
「<
「再会したら長距離でも<
「なんでもいいよーっ!!あたし一人かと思って心細かったよーっ!!」
「そういいつつ茶釜っち?後ろにあるのはなに?」
「・・・・・・バカな男からの貢ぎ物、エヘv」
「強奪品でしょ。もー、噂のローレライって茶釜っちのことでしょー」
「しょーがないじゃん!この格好じゃ町にも行けないもん!ちょーっとくすねるくらいいいじゃん!」
「根こそぎでしょ?まあ、仕方ないけどさ」
「ところでそっちの女の子誰?」
「ああ、旅の途中で拾ったの。なんか娼館から逃げてきたらしくてね。とりあえず保護したの」
「―――いっちゃぁ何だけど、絵面が怪物と非常食だよ」
「わかってるから言わないで」
「それで名前はなんて言うの?」
「リリアって言うの。まだ私たちが怖いけど行くとこもないらしくて・・・」
「ありゃ~、まあ、あたしは全然かまわないよ?女の子が増えるのはうれしいし~」
「茶釜っちおやじ臭い」
「ほっといて!」
「でもこうなると、ほかのメンバーも来てそうだよね。やまちゃんの妹さんとか、茶釜っちの弟君とか」
「あやつはいらん。見つけても基本無視で」
「も~素直じゃない」
「あっ、でもモモンガさんには会いたいな~。メール来てたけど行けなかったし」
「そうだね。私も行けなかったから会ったら謝らないと」
「それはいいけど、そろそろまともなところで休みたくない?せめて屋根と壁が有るところ。洞窟は不可、お風呂が有ればなお良し!」
「だね~、でもこの格好じゃ人間の町に入れないよ・・・」
「南の方に獣人の国が有るらしいし、そっち方面に行けば異形種が暮らしている国とか有るかも?」
「―――あんまし屋根と壁に期待が持てないなぁ」
まあ、とにかく行ってみようと奇妙な集団が南下を始めた。
*****
そのころの南にある国では―――
「貴様はわかっていない!」
「なにを言う、それこそ貴様こそだ!!」
「今度はなにを騒いでいるんだ?」
「あっ!ニグン隊長!何とかしてください!!またあの異形種とアダマンタイト冒険者が―――」
「犬耳ゴスロリが竜王国女王に似合う!!」
「これだから異形種は!女王にはネコミミチャイナこそ至上!!」
「ビーストマン撃退成功の女王に戴く褒美について争っていまして」
「バカなのか?というかあの異形種は人間に欲情するのか?」
「女王も竜の血が入ってますから―――」
「どちらにしても、我々が来れない間に愚かになってないか?何なんだあの頭の悪い会話は」
「主にあの鳥の異形種のせいらしいですね。凄まじい力を有しておきながら、女王を着せ替え人形にすることを愉悦に感じているようです。・・・それでも手を出してこない分"閃烈"よりましだと言ってました。しかし、その"閃烈"の欲望にも火をつけているようで―――」
「もういい、耳が汚れる」
「あ!ニグン!あんたはどっちがいいと思う?!やっぱ犬耳でゴスロリが女王に似合うと思うよな!!」
「バカめ!まともな感性ならネコミミチャイナよな!!」
「巻き込むな愚か者ども。だいたい私は身も心も神に捧げた身だ。そんなものに興味はない」
「え?あんた神様に犬耳ゴスロリを着てもらって「ご主人様v」って言われたいの?ひくわ―――」
「我が神を邪悪な妄想で汚すなああああああああっっ!!!!」
*****
「今回はさすがに死ぬかと思ったなザリュース」
「そうだなゼンベル。だが、すべての族長にブループラネット先生も居たんだ。勝てないはずもないだろ?」
「まあな。しかしあのでかいトレントも強かったよなー。何だっけ?ざいとる?」
「ザイトルクワエだ。世界を滅ぼす魔樹だとピニスンが説明しただろう?」
「なげーし、舌噛みそうだからよ。―――それに世界を滅ぼすって言ったって、ブルー先生の方が怖かったろ」
「ああ、・・・なぜかわからないが先生はあのトレントが気に入らなかったようだ」
「見たことないくらいブチギレてたもんな。俺もしばらくは先生と手合わせは遠慮しとくわ」
「ピニスンにはあんなに優しいのになぁ?」
*****
「―――やはり伝承の通り、"ぷれいやー"が各地に現れているようだ」
そう言って法国の神官長は窓から国の町並みを眺めていた。
「おそらく陽光聖典が接触したのも"ぷれいやー"だろう」
彼らには"ぷれいやー"の詳しい話は伝わっていないので、神だと信じ切っているようだ。しかし、説明することは出来ない。すれば、我々が信仰している神の正体を明かすことになるからだ。
「・・・世界破滅の原因はやはり、100年の揺り返しなのだろうか?」
法国にも"ぷれいやー"が一人流れてきている。死獣天朱雀と名乗った異形種だったが、幸いなことにすでに予知されていた出会いだった為何とか取り込むことに成功していた。
彼は保護という名目でここに軟禁状態にしている。彼の知識はこちらにとって貴重である。そのおかげで、土の巫女姫の爆死を回避できたともいえる。
破滅の原因は彼ではないだろう。ならば、ほかの"ぷれいやー"のどれかが世界を破滅に導くのだろう。―――いまはまだ、原因特定には至っていない。
「今は"絶死絶命"に監視の任に就かせているが、いつ気まぐれを起こすことやら―――」
法国の蔵書を読みあさっているのでしばらくは大丈夫だろうが、ほかのぷれいやーの話を耳にすればここから去ることは確実である。
まだ完全に容疑が晴れたわけでもなく、さらに他の"ぷれいやー"に対抗できる貴重な存在なのだ。
―――いっそのこと秘宝ケイ・セケ・コゥクを使って?いやいや、なにがあるかわからないと神官長は首を振る。
「・・・本当に、やっかいなことだ」
そう、疲れたように・・・深くため息を吐いた。
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*****