記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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再び!
邂逅


 

 

ドサリとまた一人部下が地に沈んだのを見て、屈強な男は顔をこれでもかと歪めて目の前の銀の騎士を睨みつけた。

 

「さて、後は貴方だけですね。無駄な抵抗はやめて投降してください」

「畜生がっ!!俺がいなけりゃ部下が貴族の娘を殺すことに―――」

「そりゃねーな。そいつ等は俺らが斬って捨てちまったからな」

「やあ、ブレイン。人質は無事ですか?」

「まあ、お前が派手に敵を引きつけたからな。今はガゼフの部隊に保護されてるよ」

 

そういって気のない風に肩をすくめているが、もし男がブレインに向かってくるようなら斬り捨てるつもりだ。もはや逃げ場はないと、悟った男は最後の手段にでる。

 

「てめーらも道連れだっ!!」

 

そう言って一つの柱を叩き折ると、地響きが起こる。おそらく住処の自爆装置なのだろう、諸共生き埋めにする気なのだ。

ブレインが舌打ちして踵を返そうとするより早く、全身鎧であるはずのたっちに抱えられて凄まじいスピードでブレインが通った通路を走り出す。

 

「ブレイン!出口はどっちだ!!」

「目印があるからその通りに走れ!!」

 

抱えられながらたっちに怒鳴ると背後が崩落していく。かなりのスピードで、ブレインは急げと叫んだ。

 

「生き埋めになるぞ!!お前は土の中で冬眠できるかもしれんが、俺は死ぬ!」

「私だって冬眠なんかしない!」

 

鼻先まで迫る土砂にブレインは早くしろと銀の鎧を叩く。自分の足であったなら確実に埋もれているスピードはたっちでもギリギリである。道を間違えればアウトだろう。

長くも短くもない間にようやく外の匂いを感じた。

 

 

 

 

 

「おお、無事だったか二人とも」

「無事だったかじゃないぞガゼフ。危うく生き埋めになるところだった」「まあ、いいじゃないか。怪我もないのだから」

 

泥だらけで疲れたようなブレインにいいながら、たっちは息切れもなくノビている今回の首謀者をガゼフに突き出した。

 

「これが今回の事件の犯人だ。護送をよろしく」

 

突き出された男の顔を確認すると、ガゼフは部下に連れて行かせる。

 

「ったく、次から次へと人使いが荒い王様だな」

「そういうな、今回の大規模な改正で今まで甘い汁を吸っていた悪人達があぶり出さているんだ。逃げられる前に片っ端から捕まえなければならん」

「王子達も軍を率いて討伐しているんだ。我々もがんばらないといけないぞブレイン」

「わかっているって―――。しかし、クライム君が参加しなかったのは意外だったな。彼の性格なら一も二なく前線に出るかと思ったんだが」

「悪魔騒動が有った後だからな、今ラナー様の傍から離れるのは心配なのだろう」

 

堅い顔で参加できないことを深々と詫びた少年を思いだし、ガゼフは王都のある空を見上げる。一歩間違えれば死んでいただろう事件の後だ。むしろしばらくは王女の警護に徹してて欲しい。

 

「・・・すまない。少し疲れたので休んでくる」

 

そういうと、たっちはそそくさとその場を離れてしまった。・・・・・・悪魔騒動の話になるといつもこれである。

 

「―――なにがあったと思う?」

「さてなぁ、あいつに負けたって訳じゃなさそうだが・・・。そういえばあの悪魔と初めてあった訳じゃなさそうだったな」

 

ブレインはウルベルトと対峙したたっちを思い出す。凄まじい勢いで飛んで行ってしまったので、戦いは見ていないがウルベルトがたっちを見て笑ったのを思い出す。

 

「昔の知り合いとかかねぇ?ガゼフは聞いていないのか?」

「たっちはあまり過去を語ってはくれないからな、唯一知っているのは昔は人間だったという話だけだ」

「ふ~ん?・・・たとえばあの悪魔に呪いをかけられて蟲にされたとか?」

「―――あり得なくはないな」

 

悪魔にモンスターに変えられ、故郷を追われてしまった。もしくは故郷を滅ぼされたという可能性もある。そして、この王国に流れてきた。

そう考えるとつじつまが合うような気がする。

 

「・・・あまりたっちの前で悪魔の話はやめたほうが良さそうだな」

「ああ」

 

 

 

 

*****

 

 

 

「あ~、意外と王様めんどくさいなぁ」

 

どこに行っても護衛が付いてくるのがうざったい。プライベートがない。ついでに召還した悪魔はバカ。

 

「政治関連はザナックに丸投げしてるし、軍事面はバルブロが張り切ってるし、俺のやることなんか読めない書類整理ぐらいなんだよな」

 

それも、テキトーにサインして判押してたら、レェブンが真っ青になってた。それから整理する書類が減ってたから、たぶん選別してから渡してるんだろう。

 

「なのに自由がない!ストレスでハゲるわ!!」

 

バタバタとベッドの上で暴れるウルベルト、今も寝室の扉の前には護衛の兵が張り付いていて防音魔法をかけなければいけない。

今日は体調悪いからお休み!と言えば医者が集団で遣ってくるし、ちょっと散歩と言えば近衛がゾロゾロとついてくる。今のところプライベートが保たれているのは寝室のみである。

 

「メイドもな~、服着るのも風呂はいるのにもメイドを使うって・・・ないわ~。聞いてるうちは羨ましいとか思っちゃってたけど実際やるとハズいわ~」

 

こうも自分の時間がないと、遊ぶことも実験することも出来ない。

 

「―――癒しが欲しい。遊びに行きたい」

 

そう思うと、ウルベルトは起きあがって己のダミーを作り始める。

もう我慢しないと決め、欲望に忠実な悪魔になったウルベルトは城を抜け出すことを決めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「う~ん、あまり依頼がありませんね」

「まあ、アダマンタイトに頼む仕事なんてそうそう有りませんからね」

 

組合の掲示板に貼られるのはせいぜいミスリル級の仕事である。

 

「そういえば指名された依頼が有りましたけどあれは?」

「―――貴族の護衛の依頼だったので」

「ああ・・・」

 

貴族嫌いのニニャがいる時点で断る案件である。まあ、どうせ貴族の見栄でアダマンタイト冒険者を雇うというだけである。だったらオリハルコンのクラルグラでも十分だろう。

貴族の依頼を断るとやっかいだが、そこは交渉が意外と得意なモモンによって穏便にクラルグラを紹介させてもらった。

 

「じゃあどうしましょうか?モンスター狩りにでも行きますか?」

「いえ、狩りすぎも良くないです。ここ一帯のモンスターが居なくなると別のモンスターが縄張りを求めてきますので」

「なるほど・・・、じゃあ、ドラゴン狩りは?」

「まだ諦めてなかったんですか、だめですよ。さすがにドラゴンは」

 

元々数は少ないし、下手をしたら竜王達の怒りを買いかねないとペテルは首を振る。いまだドラゴンステーキを諦めきれないモモンはガッカリする。

 

「アイスクリームでも十分いけますって」

「寒くなったらそうもいきませんって、・・・あー、新しい料理でも考えなきゃだめか」

 

オーガやゴブリン達の報酬に頭を悩ませているモモンにペテルが苦笑いをしていると、ふと、前の集団に見覚えのある顔、というか鎧を発見した。

 

「あっ、たっちさんだ」

「え?あ、ホントだ」

 

相変わらず銀の鎧に赤マントという派手な出で立ちは目立つ。すでにこちらに気が付いているらしく、足取りも軽くこちらに向かってきていた。

 

「こんにちは、モモンさん、ペテルさん」

「お久しぶりです。エ・ランテルに何かご用事でも?」

 

基本的に王都を中心に活動しているたっちが、エ・ランテルまで来るのは珍しい。よく見れば、遅れてこちらに向かってくるガゼフとブレインもいた。

 

「近くまで来ましたので、皆さんの顔を見によりました」

「それだけじゃねぇだろ。国に反抗する犯罪者集団を捕縛してな、その収監にエ・ランテルまで来たんだよ」

「なるほど」

 

ブレインの補足に、モモンは後ろの集団を眺める。確かに縄で縛られた男達がいた。だが、さらにこの町によった理由が有ったらしくガゼフも会話に参加した。

 

「それと、ゴ―――、ごほん。モモン殿達も知っておられると思うが、ズーラーノーンの幹部二人の事についての話も聞きに来たのだ」

 

国にとっても有事であるカジット達の襲撃の件は書類だけではわからないこともある。だが、悪魔の爪痕が残る王都に二人を護送しても収監する場所がないのだ。なので、王国戦士長直々に話を聞きに来たのである。

 

「―――とは言っても、聞ける事なんてほとんどないと思いますけどね」

 

本人達はもちろん、襲撃時にいた衛兵も記憶を消されてしまっていて手がかりとなるものはなにもなかった。一応は、アインズになって記憶を覗いてみても、なにもわからないので尋問で得られるものはないだろう。

そのあたりのことも、それとなくガゼフに伝えれば落胆した色が目に宿った。

 

「まあ、聞くだけ聞いてみよう。ブレインとたっちはのんびり観光でもしていてくれ」

「ついて行かなくていいのか?」

「いや、俺だけで十分だ」

 

最近は仕事ばかりだし、たまには息抜きしてくればいいとたっちの肩を叩く。なら案内をしましょうとモモンが申し出た時だった。

 

「モモンさん」

 

後ろから声をかけられ、振り返るとデミウルゴスが笑顔で立っていた。

 

「あれ?デミウルゴスさん、来てたんですか?」

 

帝都で忙しくしているはずの商人がエ・ランテルに来ていることに驚くモモンの後ろで「デミウルゴス・・・?」と訝しげな声が聞こえた。

 

「新しい事業で忙しいとおっしゃってたから、しばらくエ・ランテルには来れないかと―――」

「ええ、忙しい日々ですが息抜きは必要ですから」

 

ニコニコしながらモモンににじり寄るデミウルゴスに、若干引いてしまう。

 

「ええっと、デミウルゴスさん近くないですか?」

「いやぁ、もう精神的に疲弊してしまって・・・。モモンさんで癒されようかと」

「私なんかに癒されるんですか?」

 

ただのゴツい鎧なのにといえば、癒されますともと頷かれてしまう。まあ、本人がそういうならと納得しかけると、―――後ろからとても低い声が聞こえた。

 

「アンタなにやってんだ」

「げぇっ!?」

 

ようやくモモンの後ろにいる集団に気が付いたデミウルゴスが、とっても不機嫌なたっちを見つけて顔を歪めた。

 

「あれ?お二人ともお知り合いですか」

「「違います」」

 

息ぴったりに返事をし、にらみ合う二人にモモンは首を傾げてしまう。

 

「ここでなにしてんですか、今度はなにをしようとしてるんだ」

「うるせぇ、偶然だよ。てめぇこそなにしてんだよ」

「アンタには関係ない」

 

ガルガルとにらみ合う二人に、全員目を丸くする。特に、たっちのこんな姿など始めてみるガゼフとブレインは余計珍しいものをみた顔だ。

その中で、モモンだけは冷静で、この二人との手紙のやり取りから大体を察した。

 

(ああ、喧嘩したっていう友人か)

 

まさか、文通していた友人二人も友人だとは思わなかった。世界って狭い。

 

「お二人とも、落ち着いてくださいよ」

「モモンさん、何でこいつと一緒にいるんですか」

「コッチの台詞ですよ。モモンさん彼とあまりつきあわない方がいいですよ」

「んだとコラ」

「何ですか」

 

バチバチとにらみ合う二人にモモンは少し悲しそうな声で言った。

 

「―――友達が喧嘩していると私は悲しいんですが」

「すいませんモモンさん、ちょっと大人げなかったですね!」

「大丈夫!ただの挨拶みたいなものなんで!悲しむ必要ないですよ!」

 

コロッと態度を変えた二人にガゼフ達はあっけにとられてしまうが、モモンだけは慣れたように「そうですか」と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてここにいるんですか?」

「ほんとーに偶然だって、友達になったモモンさんに会いに来ただけだ。―――まさかお前までモモンさんと友人関係になっているとは思わなかったけどよ」

 

ちょっと話があると、裏路地で二人顔をつきあわせてたっちは警戒心も露わにデミウルゴスと名乗っているウルベルトを睨む。

王都であんな事をしでかしたのだ。エ・ランテルでも何かするつもりかと疑うのは当然である。しかし、モモンを友達と言う悪魔のばつの悪そうな顔を見て、本当に偶然なのだとたっちはちょっとホッとした。

 

「で?お前はなにしにきた訳よ?」

「・・・ここの近くを荒らし回っている犯罪者集団を捕縛してたんですよ」

 

ああ、そういやそうだった。とウルベルトは思い出した。

いろいろと国をかき回したから、各地で犯罪者どもが騒ぎ出したので討伐に向かわせてたんだった。

 

バルブロに全部任せたから、誰がどこに向かったまでは把握してなかったが・・・。しかし、最強三人を分けずに一つの部隊にまとめるって、いや、まあ、自分で手柄をあげたいんだろうな。

 

「相も変わらず、国家権力になってるんですか」

「一応、門外顧問的立場ですよ」

 

知ってるよ。

などといえないウルベルトは「へー、そう」と当たり障りのない返事をする。

 

「―――それで?ウルベルトさんは今なにをしてるんですか」

「まあ、いろいろかな。別の国で貿易業を営んでますよ」

 

あと王国の支配なんかもやってるけど。

そんなこと言えば問答無用のPVPになるから黙る。腕組みし、強い視線を送っているのがわかる。王都を襲撃したことが引っかかっているのだとわかる。が、あえて無視して戻ろうと提案する。

 

「人を待たせてるんですから、長話はやめません?」

「・・・そうですね」

 

薄暗い路地で二人っきりというのもイヤなので、ウルベルトはさっさと踵を返した。

 

 

 

*****

 

 

 

その後は、モモン達の案内でエ・ランテルの観光をしていた。たっちは王都からあまり出ないので物珍しく見て回り、ウルベルト―――デミウルゴスは帝国との文明の差を冷やかしたりしていた。

二人ともまだギクシャクとした空気をまとっていたのだが、不思議とモモンが間にはいることでそれが緩和された。

軽い喧嘩や会話もふつうに出来るようになり、懐かしい雰囲気に二人は顔を見合わせた。

 

「やっぱ似てるよな?」

「ウル、デミウルゴスさんもそう思いますか?」

 

ユグドラシル時代、あの頃も二人はよく喧嘩をしていたが険悪な空気になりかけると決まってギルドマスター、モモンガが二人の仲介に入ってくれて、決定的な決別を回避してくれた。

そのタイミングや雰囲気、仕草までもが重なり二人の苛立ちがフッと鎮静された。

 

「なんつーか、・・・モモンさんの前だと喧嘩が遣りづらいわ」

 

あの人を思い出すから、・・・あの人に後ろめたさがある二人はモモンを困らせたくはないのだ。

そう言ったデミウルゴスを見て、たっちは彼さえいれば大丈夫なのではと思った。

 

(モモンさんがいれば、ウルベルトさんは悪さをしないかもしれない)

 

あの頃の、人間だった頃の心を保てるかもしれないとたっちは安心した。

 

 

 

―――だが、元々王都襲撃の原因はモモンを誘拐して、それを元にモモンガを作ろうとしていたと知ったら、喧嘩どころか最終決戦になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ガゼフと合流すると、問題が発生したという。

この近隣に犯罪者集団が隠れ家を造っているという情報が有ったらしい。しかし、そこへ向かうには部隊は疲労していて若干の不安がある。それでは冒険者の力を借りればいいのではと、ブレインとたっちが提案するが、組合と国とで決められていることがある。

 

「国が冒険者を兵として徴集する事は出来ない」

 

そう言う取り決めが、昔からされている。あくまで対モンスター専門家であり人間との争いに関わらないとすることで、冒険者は戦争にかり出されることはないし、国は兵力をモンスター討伐に極力裂かなくても良くなるのだ。それでも、様々な問題はあるがこれによって保証されていることもある。

それを無理に破らせれる事は出来ない。同席していた組合長も許可することは出来ないと渋い顔をした。王都の悪魔騒動は異例中の異例である。

それには納得できないと、たっちが渋い顔をしているがガゼフがなだめた。―――どこでも管轄争いというものはあるのだ。

 

「―――ところで組合長、一つお聞きしたいのですが護衛の依頼中に人間の盗賊が襲ってきた場合。撃退することは出来ますよね?」

「ん?―――ああ、そうだよモモン君」

「もし、護衛対象が盗賊のアジト内に入った場合。盗賊を殲滅するのは仕方がないことですよね?」

「君にはかなわんなぁ・・・」

 

人間の争いには関わらないというルールは有るが、何事にも例外は有るのだ。その穴を指摘されて、組合長は困った顔をした。

 

「組合長だって、街の近くに犯罪者を住まわせたくはないでしょう?ちょっとだけ目を瞑ってもらえませんか?」

 

手を合わせて小首を傾げる仕草は、鎧の男がするには似合わないのだが―――なぜかモモンにはしっくりくる不思議である。

責任者としてはここで許してしまえば、今後も同じような事が続く恐れもある。う~っ、と髪をかきむしりながら悩んだ末。アイザックは今回だけだと消え入りそうなほど小さな声で許可した。

 

 

護衛対象はガゼフ・ストロノーフと付き添い二人のブレインとたっち。部隊の戦士達はエ・ランテルにて待機する事になる。

これは個人の護衛なら許せるが、さすがに部隊の護衛となると誤魔化しきれないと組合長に言われたのである。

 

内容はカッツェ平野の視察を漆黒の剣が護衛する。―――まあ、その途中に寄り道することになるが。

 

「私も同行しても宜しいですか?」

 

そう言ったのは商人であるはずのデミウルゴスである。ただの一般人には危険な道のりだと反対したが、「私、実は凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)でも有るんです」と笑って見せるので、どうしたものかとたっちを振り返ればいいんじゃないですか?と特に反対もしなかった。

 

「昔、冒険者のまねごとをしてて、久しぶりに腕を振るいたいと思いまして」

「―――ちなみに使える位階はどれほどですか?」

「3位階までは問題なく使えますよ」

 

おおっ!と周りから感嘆の声が上がるなか、訝しげなたっちがデミウルゴスに聞く。

 

「貴方超位魔法まで使えるじゃないですか」

「しっ!この世界では達人でも第3位階、最上位でも第6までしか使えないんですよ。周りに合わせ―――って、まさか貴方、考えなしに高位魔法バカスカ使ってないでしょうね?」

「私はいつでも全力です」

 

デミウルゴスは頭が痛そうにする。いや、まあ異形種だからとごまかせるだろうが、周りと足並みをそろえて欲しい。―――たっちとしては人助けに全力を出さずにいつ出すのだという考えだろう。

 

「では、移動は馬ということで」

 

馬、という言葉にビクリとするのが一人、困った顔をするのが一人、興味深そうなのが一人いた。

 

「馬ですか、私乗ったことはないんですよね」

 

そう興味深そうに言うのはデミウルゴス。現実でも乗馬など出来るはずもないし、ユグドラシルではもっぱら<飛行(フライ)>で移動していた。生きている馬というのも初めてである。

 

「私は馬に怯えられるんですよね。いつもは走ってついて行くんですが」

「いや、さすがにそれは・・・」

 

騎馬の集団に着いてこれる人間を見たらさすがに警戒されるとルクルットは首を振る。ですよねと困った顔をするたっちにペテルが明るい顔をした。

 

「大丈夫ですよ!モモンさんが騎獣する魔獣ならたっちさんも乗せられると思いますよ!」

「ぺ、ペテルさ」

 

ペテルの提案に動揺するモモンを余所に、魔獣に興味が集まる。

 

「そう言えば噂で聞きましたな、何でも森の賢王を従えたとか」

「へー、俺もいろいろな魔獣と戦ったがそんな伝説級とはお目にかかったことねぇな」

「どんな魔獣なんですか?」

「蛇の尾を持つ白銀の四足獣です。見たら驚きますよ」

 

なにやら得意げな漆黒の剣に楽しみだとたっち達が笑うが、その影で頭を抱えているモモンには誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

魔獣を連れてくる間に、デミウルゴスに乗馬を教えていたが結局は乗りこなすことは出来ないようだった。

 

「まあ、ハムスケさんは大きいし、一緒に乗らせてもらえばいいんじゃないですかね」

 

ハムスケとは誰だと思いながらもそうしますとデミウルゴスは笑うが―――その数分後、盛大に後悔することになった。

 

 

 

*****

 

 

 

「こ、これが―――」

「「「森の賢王」」」

「お初にお目にかかるでござる!拙者元森の賢王こと我が主モモン殿の騎獣ハムスケでござる!」

 

モモンが連れてきた大きなハムスターに全員呆気にとられてしまった。

 

「え?ハム、スターですよね?」

「モモンさんコレに乗ってたのかwww」

 

初見ではないデミウルゴスが笑いを堪えている。でかいハムスターを連れているなとは思ったが、まさか騎獣しているとは思わなかった。

想像するとアンバランスさにむしろ可愛い気がする。まあ、モモンだからそう思えるのかもしれない。ついでに骸骨のモモンガが乗っているところも想像した。たぶんギャップ萌のタブラは大喜びするかもしれない。

 

「いや、さすがに―――」

 

「すげぇ、こんな強大な魔獣マジでいるのか」

「え?」

「コレを屈服させるとは、すごいなモモン殿は」

「お前なら勝てると思うか?」

「う~む、装備を万端に、しかもありとあらゆる想定をしておいたらあるいはいけるかもしれんが・・・一人では厳しいな」

「だよな、見ろよあの堅そうな毛皮。生半可な剣じゃ通せそうもないぞ」

「しかも賢王と呼ばれているのだ。あの知性有る瞳を見ろ。おそらく魔法も使えるのではないか?」

「そうだな。強大な姿で知性を持ち魔法まで使えるか・・・、けど、男としては一度はあんな魔獣を従えてみたいよな」

「ロマンだな。俺ももう少し若かったら挑戦してみたかった」

「なに年寄り臭いこと言ってんだガゼフ、まだまだこれからだろ」

 

でかいハムスターを恐れながらも、輝く目で見る二人に―――デミウルゴスとたっちは驚愕した。強大?知性?・・・・・・・どこが?

 

「え?あの、ふつうに可愛くないか?」

「―――は?」

「たっち・・・、いや、お前は普通の人間の感性はわからないよな」

 

呆れたが、仕方がないかと諦めたようなブレインに、自分は間違っているのだろうかとたっちは真剣に悩んだ。

――――――それよりなにより、重大な問題が二人を待っていた。

 

「それでハムスケさん、あの二人も乗せることは可能ですか?」

「全然よゆーでござるよ!」

「「――――――え?」」

 

 

かくして、巨大ハムスターにおっさん3人が乗ることが決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

荘厳なる玉座の間に、一人のアンデッドが気だるげに目の前でひれ伏すもの達を見ていた。

そのもの達は多種多様で、ある者は冷気を纏ったバーミンロード、またある者は幼きダークエルフの双子、またある者は美しき吸血姫、またある者は炎の気配を纏う悪魔、そして―――漆黒の羽を持つ美しい女性が口を開いた。

 

「―――このナザリックを制圧した貴方様こそ至高なる王でございます。ナザリックは貴方様の強大さを称えます。貴方様の知性を称えます。貴方様の美しさを称えます。貴方様の慈悲深さを称えます。貴方こそがこのナザリックの正当なる支配者でございます」

 

アンデッドを見上げた女の金色の瞳には恍惚の光が宿る。

 

「貴方様の望みを叶えましょう。貴方様の敵を屠りましょう。私は貴方の僕でございます。貴方の奴隷でございます。―――そう!私のすべてを貴方様に捧げま―――」

「カットォッ!!統括殿台詞が違います!!貴方だけじゃなくてナザリックすべてを捧げてください!!」

「ごめんなさい、ついうっかり本音が」

「こんの大口ゴリラ!!モモンガ様に直接口上を述べることが出来るにも関わらず!自分だけ忠誠を誓おうなんて―――!!厚かましいにもほどがありんす!!」

 

美しき守護者統括アルベドの口上をパンドラが遮ると、シャルティアが牙をむき出しに怒り出す。ほかの守護者も不満げにアルベドを睨んでいた。

 

「―――何度間違えればすむのかね?アルベド。こうなると代表者を変えることになるのだけれど?」

「あら、私以外につとまるのかしら?」

 

デミウルゴスの嫌みに、にっこり笑顔を返すアルベドだが、その手にはワールドアイテムが握られている。

・・・変更しようものなら乱れ打ちをするきであるこの女。

 

そんな守護者達を丸めた台本で肩を叩きながら眺めるパンドラは呆れきっている。振り返れば、モモンガを精巧に模した石像も呆れかえっているように見える。

 

「はあ、モモンガ様をお迎えする為の練習ですよ?まじめにやってください。このままではいつまでも本番が迎えられませんよ」

「そうだよアルベド!そんなんじゃモモンガ様が帰って来て頂いた時に呆れられちゃうでしょ!!」

「モ、モモンガ様が、僕たちを使ってくださるかの大事な時ですし、しっかりれ、練習しないと―――」

「ムウ、備エ有レバ憂イナシダ」

 

そう守護者が言い争っているのは10階層の玉座の間、ではなく、第六階層の闘技場内である。聖域である9・10階層の僕の立ち入りは基本禁止である。モモンガに忠誠を誓うときには玉座の間に入るが、ただの練習で聖域に入ることなど出来ない。

なので、ここに玉座の間のレプリカを作り練習中なのだ。

 

大事な場面で失態などもってのほか。特に、演技が下手なコキュートスにどもりやすいマーレが練習に積極的である。なのに、アルベドが何度も台詞を間違えるのである。―――というか、ここぞとばかりにモモンガにアピールしようとしているのが丸わかりである。

 

「ねぇ、パンドラズ・アクター、台本を少し変えてもらえるかしら?そしたらまじめに演技するわ」

「―――ふざけていたことは認めるんですか」

「私がどれほどモモンガ様を愛しているかを主張したかったのよ。守護者統括としての言葉以外にもモモンガ様を愛するアルベドとしての台詞を追加して欲しいの」

「ちょ!ずるいでありんす!!パンドラズ・アクター!私も台詞追加して欲しいでありんす!!」

 

ギャイギャイと争い出す二人の女をしばらく眺めていると、パンドラはため息を吐いて「わかりました」と了承した。

 

「王には后が必要ですからね。イベントとしてどちらかをモモンガ様に選んで頂きましょう。コレなら文句はありませんね」

「ありがとう!食品サンプルを選ぶことはまず無いから大丈夫よ!」

「あ"あ"ん?賞味期限切れをモモンガ様が選ぶわけ無いじゃない!!」

「んだとヤツメウナギ!!」

「やんのか大口ゴリラ!!」

「・・・・・・・・・別に喧嘩をなさるのはいいんですが、その分モモンガ様がお越しくださる日が遠のきますがそれでも宜しいので?」

 

その言葉に、二人は顔を見合わせる。ばつが悪くなって、互いに小声で謝罪した。

 

「パンドラって喧嘩の仲裁がうまいよねー。あたしだったらただ見てるだけだわ」

「上手いってほどではないでしょうがね」

 

役者故に相手の気持ちを理解し、落としどころを見つけられているのか。それとも癖の強いギルメンをまとめ上げたモモンガの性格を受け継いでいるためか。どちらにしてもモモンガ様のおかげであろうとパンドラは特に気にしない。

 

「ところで、后イベントはアウラ殿も参加ですからね」

「ぅええええっ?!な、なんでよ!?」

「なんでって、至高の方のお后候補が二人だけなどあり得ないでしょう?」

「そ、そりゃそうだけど―――あ、あたしなんかがモモンガ様が」

「ないとも言い切れないでしょう?」

「フム、そうだね。ありとあらゆる想定は必要だ。もしかしたらコキュートスを選ぶ可能性だって0じゃないしね」

「ブホッウ?!ナ、ナゼソウナル!?」

「ユグドラシルでは同性間の婚姻も普通だっただろう?モモンガ様はそうではないと誰が言えるかね?」

「タ、タシカニソウダガ―――ッ」

「そうなると台本も大幅に書き換えねばなりませんね。―――忠誠の議の練習はまた後日にしますか」

 

ブシュブシュと茹で蛸になっている守護者を余所に、パンドラはデミウルゴスを振り返る。

 

「デミウルゴス殿は確か作品造りが得意でしたね。后を決めるためのティアラ制作を依頼しても宜しいですか?」

「いいですよ。モモンガ様の后となる者がつける冠ですからね。腕によりをかけましょう」

「っ!こうしちゃいられないわ!!セバスに言ってウェディングドレスを仕立てさせないと!」

「あ、あたしも!!」

「セバス殿ほかメイドの皆様は任務中ですよ」

 

セバスやプレアデス達はある任務の為にナザリックから離れていた。一般メイドや使用人たちもモモンガをお迎えするために張り切って隅々まで掃除しているのだ。あまり負担をかけるものではないとたしなめる。もはやナザリックは舐めても問題ないほどツルツルピカピカである。

 

「いいんじゃないですか?体力だけは有り余っている竜人ですし呼び戻しても」

「・・・どうしてこうお二人は仲が悪いのか」

 

パンドラはつるりとした頭を抱えてため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「皆様!拙者の乗り心地は如何でござろうか?」

「あー、えー・・・、乗り心地は、いいですよ。ねぇ?」

「俺に話しかけるな、今、無になってんだよ」

「――――――なんかすいません」

 

ただいまカッツェ平原へおっさん三人を乗せた巨大ハムスターが爆走中である。はじめは拒否したのだが、周囲の謎の押しによりあれよと言う間に乗せられてしまった。降りようと思っても周りの絶賛にもうどうにでもしろとやけくそになったのだ。

・・・モモンはデジャヴを感じた。なんでこんなに乗せたがるんだこいつ等。

 

「―――やはり様になるな」

「まあ、あいつが普通の馬で収まるわけねぇからな。しかし、出来すぎな絵面だよな」

 

ガゼフ達としては、自慢の仲間をカッコいい魔獣に乗せてみたいという思いだった。ブレインとしてはガゼフにも乗ってもらいたいと密かに思っていて帰りに頼んでみようと考えている。

漆黒の剣は自分のことじゃないのに少し自慢げだ。うちの漆黒の英雄すごいでしょと顔に書いてある。

 

―――本人達の気持ちは置いてけぼりである。

 

「モモンさんはいつもハムスケさんに乗ってるんですか?」

「・・・遠出するときだけです。普段は森に放してます」

 

たっちの質問にモモンは消え入りそうな声で答える。漆黒の剣は普段から乗り回して欲しそうだが、そんなことすれば精神が死ぬ自信がある。

 

「デミウルゴスさんは大丈夫です?捕まるところもないですし、つらかったら言ってくださいね」

「モモンさんが支えてくれてますから問題有りませんよ」

 

モモンにはにこやかに答えるデミウルゴス。しかし、座りが悪いので密かに<飛行(フライ)>を使っていたりする。

別に<飛行(フライ)>が使えるからとハムスケを辞退することは出来た。しかし、そうなるとモモンとたっちが相乗りすることに気が付いて口を噤んだのだ。そんなことになるなら我慢する。

 

座り順としては、前にデミウルゴス間にモモンを挟んで後ろにたっちとなっている。こいつの隣は絶対イヤだとそろって訴えたための処置である。

 

「たっちだけだったら爆笑してスクショ撮りまくってたのに」

「聞こえてますよ?モモンさんに失礼でしょう」

「・・・大丈夫です。見た目さえ目をつぶればいい騎獣なんですよ。馬に乗れなくて手綱が無くても意志疎通できますし、野伏(レンジャー)の能力持ってますし、―――見た目さえ気にしなければっ」

 

ぐふぅっと肩を震わすモモンに二人は無言で肩を叩いた。

 

「―――待てよ?目立たないために馬で移動になったが、ハムスケに乗ったら意味なくないか!?」

 

デミウルゴスの指摘に皆ハッと振り返った。

 

「―――ちょっと作戦変更しましょうか?」

「なんで早く気づかないんですかアナタ」

「おめーに言われたくはないわ!てか、ただ恥かいただけじゃないか!!」

 

アジトに到着する前に気づいて良かった。

 

 

 

*****

 

 

「で?結局は気づかれないように徒歩で移動するのか?」

「我々はそれぐらいの距離なら苦にはならないが―――」

「まあ、目的地まではそこまでじゃないですし、我々も大丈夫なんですが―――」

 

チラリと不機嫌なデミウルゴスに全員視線を巡らせる。どう考えても体力がなさそうである。

 

「大丈夫ですよ。コレでも体力有りますから」

「なんでしたら、私が抱えましょうか?」

「喧嘩売ってんのか?売ってんだよな!買うぞコラ!」

 

仲の悪い二人を後目に、さてどうしようかと話し合いを始める。

 

「さて、一人も逃がさないように一網打尽にするんですよね?」

「囲い込むにも人数足りねーけどどうするよ?」

 

ペテルとルクルットの言葉にガゼフはうなずき、地図を広げた。元々は洞窟が有った場所に、犯罪者達がアジトに作り変えたと説明する。

 

「ベースが洞窟で、出入り口がいくつ存在するのかは―――」

「ここなら俺が知ってる。新しく出口を作っていないなら全部で5つの出口がある。―――ただ、一つはカッツェ平野に出るし、もう一つは確か沼地が広がっていた。・・・まあ、使うとしたらそこ以外の3っつだろうな」

 

ブレインの答えになるほどと周囲が頷いた。野盗時代にアジトを探していて、この場所もチェックしていたのが役に立った。

 

「じゃあ、三チームに分かれるのか?作戦は?亀の頭を引っ張り出す感じでいいか?」

 

漆黒の剣の定番の戦法をルクルットが提案するが、ガゼフは顎に手をやり考える。

 

「・・・いつもであれば、たっちがアジトに突っ込んで行って、逃げ出してくる者達を捕縛しているのだが」

「ああ、追い込み漁戦法であるか」

「それパス。それでこの間生き埋めになりかけたろ」

 

ブレインが拒否をするので、ガゼフはなら漆黒の剣の戦法で行こうと頷いた。

 

「1チームが囮となり、ほかの2チームが逃げ出す者を捕縛だな」

「囮は誰がやります?」

「たっちだな。あいつ見た目も行動も派手だから大体囮にしてるんだ」

「囮は危険な役回りだが、たっちなら問題は無いからな」

 

たしかにと振り返れば、まだメンチの切り合いをしていた。

 

「しかし、たっちさんを見て逃げ出しませんかね」

「強いったって一人だと何とかなると思いこむバカが多いからな。そこは大丈夫だ」

 

なるほどねとモモンは頷く。たしかにたっちほどうってつけの人物はいないだろう。

 

「じゃあ、たっちさんにはハムスケさんに乗って突撃してもらうと言うことで―――」

「まって、なんでハムスケを?」

野伏(レンジャー)の能力持ってますし、魔法も使えますし、支援にぴったりじゃないですか。ついでにさらに派手になって視線を釘付けに出来ますし」

「そうですけど・・・」

 

ハムスケに乗るたっちを想像して、なんかイヤだとモモンは思う。たっちさんは格好良くいて欲しいという妙な願望があるのだが、しかし、この場合は仕方がないかとため息を吐く。

 

「ではデミウルゴスさんは私と一緒に行動してもらいましょう。魔法を使えると言いますが、やはり本職ではないでしょうし」

「そうですね」

 

たっちとハムスケのチームとモモンとデミウルゴス、ペテルダインのチーム、ガゼフとブレイン、ニニャルクルットの3チームに分かれようとほぼ話し合いが終わり、いまだ喧嘩中の二人に声をかけようとしたときだった。

 

「殿!強い気配を感じるでござる!!」

 

毛を逆立てたハムスケの警告に、全員振り返った。

 

 

 

*****


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