記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺

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神か、魔神か、

 

ニグンはいったい何がどうなったのか、理解できなかった。

想定より、梃子摺りはしたがガゼフの部隊をじわじわと消耗させ、特にガゼフを集中的に攻撃した。それにより、ガゼフの体力は限界に達し一度倒れた。

しかし、気力のみで立ち上がり、くだらない夢を語って剣を構える男をニグンは嘲笑した。

 

 

そのあとだ。魔法詠唱者(マジックキャスター)が現れたのは。

報告には上がっていたが、たった一人で何が出来るというのか。此方も嘲笑し、無駄なことだと天使に攻撃させた。

―――しかし、何故か攻撃が通じなかった。魔法詠唱者(マジックキャスター)の一撃で散る天使。全員で掛からせたが一瞬で塵にされて、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)の攻撃を片手で受けるとたった一つの魔法で滅ぼされた。

部下たちが恐怖に駆られて攻撃を加えるが一つとして堪えた風もない。恐怖はニグンにもある。何か得体の知れない存在が目の前にいると体が震えた。それでも何とか自分を保てたのは懐にしまっている秘宝の存在である。

 

縋るような部下の声に後押しされるように秘宝の"魔封じの水晶"を取り出す。その時、相手がほんの少し動揺した事実に勇気をもらい。最高位の天使を召還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が輝いた。その神々しさにニグンも思わず感嘆のため息を吐き、部下たちも歓声を上げる。

逆に絶望の色に染め上げられたのはガゼフの部隊である。それもそうだろう。これほど強大で神々しい天使をみたのだから。

魔神すら殺せる天使の登場に、さすがのあの魔法詠唱者(マジックキャスター)も―――と目をむける。―――しかし、不思議そうに首を傾げて天使を見上げているその姿にイヤな予感が走る。

 

「これが、奥の手か?」

 

なんともはや

 

「子供のお遊びだな」

 

その言葉に、今度は此方が絶望の色に染まる番だった。そんなはずはない。そんなはずはないと。自分を励ましながら最上位天使<威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)>に攻撃を命じた。

 

光の奔流が、魔法詠唱者(マジックキャスター)に注がれる。ガゼフが叫んでいるがさすがの奴も――――――しかし、そんな希望は打ち砕かれた。

 

「ふむ、さすがにダメージは受けたな」

 

まるで小雨に降られたかのような軽い調子で言われ、ニグンは目の前の光景を容認できない。あまりの恐怖に歯の根が合わずにガチガチと音を立てる。部下たちも同じようだ。逃げようとしないのは足がすくんで動けないのだろう。

 

「魔、魔神。そうかっ!お前の正体は魔神だろう!!」

「魔神———?」

「で、伝承では、この近くに封じられた魔神が居るという!!封印を解いたのだな?!」

 

そうでなくては説明がつかない。魔神が何故王国の兵に力を貸すのかはわからない。いや、もしかしたら法国の思惑を知り邪魔をしに来たのかもしれない。それとも愚かな王国が封印を解くという暴挙をしたのか。

何にしても世界の危機である。

 

ニグンの叫びに、魔法詠唱者(マジックキャスター)は考え込み「そうかもしれんな」とぽつりとこぼした。その小さな呟きにすべての音が消えた。獣のような息づかいがそこかしこから聞こえてくる。ニグンはやはりと思いながらも違うはずだと相反する思いを抱く。本当の魔神のはずがない。嘘だと言ってくれと祈るような思いだった。

 

「私は、今日より以前の記憶がない。自分が何者で、何処から来たのか―――一切判らないのだが」

 

指を差し向けて一つの魔法を放った。すると光り輝く天使は跡形も無く消え失せ、あたりは闇に包まれた。

 

「どうやら、私の力はお前たちには強すぎるようだな」

 

レベルが違いすぎるとニグンは絶望した。本国に報告をしなければと思うが、その前に自分たちは生きては帰れないだろうと悟る。神に祈る声が聞こえる。すすり泣きも・・・。神よ、何故私たちは―――。

 

「そうなると、お前の言う魔神が私である可能性が高いわけだ」

 

そう言って、目の前の存在は仮面を外した。

 

「さて、伝承の魔神とは私のことか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見て、ニグンはストンとすべてが腑に落ちた。

何だそうか。そうだったのか。

 

天使達がかなわない?魔神も殺せる最高位天使が一撃?そんなこと当然じゃないか。当たり前じゃないか。あの方にとっては子供のお遊びに違いない。部下たちのすすり泣きが消えた。力なく膝を折る者が増えていく。

伝承の魔神?なんと失礼なことを聞いてしまったのか。ああ、私の信仰心もまだまだだった。この方に気が付かなかったとは―――

 

「スルシャーナ様」

 

信仰すべき神がそこに降臨された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

これは・・・、命乞いをされているのだろうか?

顔を見せた後、ひざまずかれてしまった。まあ、強すぎる敵を前に命乞いをするのは判る。・・・判らないのは相手の目が全員イッちゃってる事だ。

すごく怖い!何これどう言うこと?!

 

「―――長く信仰をしておりました」

「あ、はい」

 

何か語り出した。指揮官らしき男がめっちゃうっとりした目で俺を見てるんですけど!?

 

「神の僕として敬虔にそして従順に生きておりました。お姿を隠された後もその教えを信じて、神の意志に沿うよう努力を続けて参りました」

 

ニグン以下の部下たちもぶるぶる震えながら祈りを捧げている。しかし、それは恐怖ではない。驚喜からの震えであった。

 

「何者にも負けない信仰心を持っていると自負をしておりましたが―――間違いでした」

 

つーっとニグンは涙を流した。それは己を恥じる涙であった。

 

「今日、貴方様は我々の前に姿を現された。にもかかわらず、信仰心が足りない我々は愚かにも貴方様に気づかず、御身に危害を与え、あまつさえ魔神などと―――」

 

グゥッと苦しげにうめくと、ニグンは懐から短剣を取り出すとその切っ先を己の首筋に当てた。

 

「神である貴方様に知らぬとはいえ、刃向かった僕の愚かさ!!この命で償いを!!」

「ファッ?!ま、待て早まるな!!」

 

何を言い出しているんだこいつとどん引きして見てたら自害しようとするので慌てて止めた。え?神?誰が?俺が??

 

ただのアンデッドに何言っているんだ?さっきの魔神の方がよっぽど信憑性があったぞ!?けど、こいつらマジで俺を神と信じている。指揮官だけならこいつだけ頭おかしくなったと言えるけど、こいつら全員俺を神だと信じ切っている。・・・なんだこれ。

 

「ううんっ!―――剣を納めよ。えー・・・、敬虔なる私の僕」

 

こいつの名前なんかわかんないよ。でも素直に剣を納めてくれた。とりあえずこいつら何とかしないと―――。

 

「お前たちの高き信仰心は判った。・・・お前たちのすべてを許そう」

「おお、慈悲深きお言葉、ありがとうございます!!」

 

額を地面に擦り付ける姿に若干腰が引ける。騙すのは気が引けるが命は大事にしないとね。

 

「だが、お前たちは王国でしかるべき償いをするべきだ」

「何故です?我々は人類の為に働きました」

 

え?村を襲う事とガゼフを殺すことで人類が救われるの?思わずガゼフを振り返るが、ガゼフにも身に覚えがないようで首を傾げている。意味がよくわからないが、ここで否定してやっぱり神じゃないと攻撃されても困るので何とかごまかす。

 

「・・・お前たちはガゼフを笑ったな」

 

それが何かと見上げてくる男にそれらしい言葉を語る。

 

「人類の救済のためにお前たちは働いている。それは重要なことだ。ガゼフを殺すことで救われる者も、いる、の、だろう。―――だが、だからといって死を覚悟しながらも僅かな人間を救うためにがむしゃらに戦う人間を嘲笑するのか?」

 

目の前の男が息を飲んだ。よし、行ける!

 

「命を燃やして生きる人間を嘲笑する権利がお前たちにあったのか?」

 

人類を救うといつつ見捨てる人間を嘲笑するなんて矛盾しているだろう。

 

「お前たちは僅かな者も見捨てられない者に敬意を示さず侮蔑を送ったのだ」

 

それが、お前達の罪だ。

一斉に平伏し、謝罪の言葉が上がる。神の意志に沿って行動していたのに何故神に怒られたのか、その理由をでっち上げられて安堵のため息をつく。

こういう狂信者は下手に否定すると暴走するらしいから、うまく誘導できて一安心だ。もしかして俺、役者の才能でも有るのかな?

 

さて、おとなしくなったし後は丸投げしようとガゼフを振り返ると、動揺した顔が此方を凝視していた。

 

「―――神?」

「そっちまで信じないでください」

 

神な訳ないじゃないですかと向こうに聞こえないよういえば、視線をさまよわせた後「そうか」と納得がいっていないような声が漏れ出た。

 

「後はそっちで何とかしてくださいよ」

 

そういって満身創痍のガゼフに下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を投げ渡す。部下の方はそこまで重傷者はいないようだから今はいいだろう。

 

ガゼフが数人の部下を連れて敵を捕縛しに向かうのを眺めていると、ガチャリと背後から金属音が響いた。振り返る必要はなかった、その音を皮切りに周囲でも同じ音が鳴り、ガゼフの部下に囲まれた。

 

まあ、仕方がないかとカタカタ震えながら剣を向ける人間を見て、諦めた気持ちになる。

自分の正体が知れるかもしれないと、後先考えずにアンデッドの顔を晒したのだ。当然強いアンデッドに敵意を持たない者はいないだろう。

ふと、人間に剣を向けられるのは初めてではないなと、何となく思った。

 

此方の事態に気がついたガゼフが目を見開いている。彼もやはり自分を殺すべきと考えるだろうか?

―――しかし、予想とは裏腹に激怒した顔で怒鳴った。

 

「何をしている?!」

 

部下たちの体がビクリと揺れる。それでも剣を下げないことにガゼフが苛立ち、叫びながら駆け出そうとして―――全く別なところから怒号が響いた。

 

「愚か者どもがっ!!貴様等は誰に剣を向けているのだ!!」

 

さっきまでおとなしかった指揮官が鬼のような形相で怒鳴り散らしている。そしてその部下も先ほどとは比べものにならないほどの敵意を膨らませていた。

 

「そのお方をどなたと心得る?!本来なら貴様等異教徒ごときが目を合わすことすら恐れ多いと言うのにその御身に刃を突きつけるとは!!」

「異教徒め!!」

「やはり殲滅を!!」

「あの方をお助けしなければ!!」

 

膨れ上がる敵意に、剣を突きつけていた者達が飲まれようとした。

 

「やめよ」

 

しかし、静かな声にピタリと止んだ。

 

「静まれ、お前たちの信仰心嬉しく思う。しかし、自重せよ」

「し、しかしスルシャーナ様」

「良いのだ。信仰心高いお前たちならいざ知らず、異教の者にはこの姿は恐怖を与えるだろう。恐怖にかられ、剣を取らねば心が砕けるだろう。か弱い存在を私は許す」

 

その言葉に再び平伏したが、王国兵に対する敵意は収まらなかった。が、大人しくなったのでとりあえずはこれでいいと神様もどきは投げた。それにどうせ周りは大したダメージを与えられないだろうから気楽である。

 

騒ぎが収まり、慌てて戻ってきたガゼフは謝罪し、部下たちを捕縛に回した。心配そうな部下の尻を蹴り、再度深く頭を下げた。

 

「恩人の貴方に重ね重ね無礼を」

「いや、普通のことでしょう。むしろあの指揮官の方がどうかしてる」

 

本当ならガゼフ等と協力して此方を攻撃してもおかしくはないと言うのに―――。怖いから早く連れてってほしい。

 

「―――貴方は人間ではなかったのだな」

「みたいですね」

 

まるで他人事のように言うのでガゼフか訝しげな表情なる。

 

「言ったでしょ?何も覚えていないと、今だって変な話アンデッドという自覚が薄いんですよ」

 

むしろガリガリに痩せたオッサンのイメージが自分の中で定着している。そのためアンデッドであることを忘れそうである。

 

 

 

 

 

 

 

捕縛もすみ、村に引き返せば歓声を上げて村人が迎えてくれた。アンデッドの姿を見ても驚かない村人にガゼフは目を見開き、そして彼を受け入れている村にすべてを悟る。人間だ、アンデッドだなど関係なく、この人は信頼を勝ち取っている。いや、むしろ当然だろう。彼の働きを見れば。

 

「そういえば報酬の話がまだでしたね。あれはまだ有効ですか?」

「もちろんだとも」

 

笑顔で答えれば、アンデッドだから無効と言われなくてホッとしたようだ。

 

「では、私をそっとしておいてくれませんか?」

 

言われた意味をはかりかねて眉を寄せると、彼は自分を指さして言う。

 

「私はこの通りの体なのでお金等は必要ありません。しかし、望むだけの報酬を頂けるのなら、私のことは誰にも言わずに忘れて頂きたい」

 

あれほどの働きをしておきながら何の見返りもせず忘れろと言うのか!驚いた顔をすれば困ったように首を傾げて見せた。

 

「人に危害を加える気はこれっぽっちもないんです。ですから放って置いて欲しいんです」

 

モゴリと何かを言い掛けようとしたが、言葉にはできなかった。出来ることなら王国に連れ帰り、報酬を与え、可能なら宮廷魔術師の地位を推薦しただろう。しかし、アンデッドである事実が邪魔をする。

この大恩人に報いる方法が見て見ぬ振りをするだけだとは―――、何ともやるせないとガゼフは唸った。ならばせめて、間違っても討伐されないように手回しするぐらいしかない。・・・討伐できる人間などいないだろうが。

 

「わかった。誰にも貴方のことは言わない。部下にも言い聞かせる。―――だが、困ったことがあったら私を訪ねてくれ。名前を使ってもらってもいい。貴方はこの村を、我々を救ってくれた大恩人なのだから」

 

両手で骨だけの手を堅く握り、深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これからどうしようかとガゼフ達を見送った後空を見上げた。

結局自分が何なのか判らないままだ。一番可能性のあるのは封印された魔神であるが、別に人類に害をなそうなどと言う感情はない。むしろ訳の分からない場所に放り込まれ頼る者がない心細さを感じる。

 

力はあるがそれで何かしてやろうという欲望もない。では自分が何者か知りたいかと、自分自身に問いかけるが知りたいとは思わなかった。自分がつまらない人間だと言うことが判るからだ。きっと、思い出しても思い出さなくても、大した差はないのだろう。

 

そうなると目的が何もない。何をしたいとか、どこに行きたいとか。自分には何もない。正しく空っぽだ。

 

どうしようか、とにかく村には何時までも留まる訳にはいかないだろうが、だからといって別の人間の街に行ったところで受け入れられるはずがない。

 

村のすぐ側の森を見て、森の中で暮らそうかと考える。家も水飲み場も食料もいらないから何処でだって生きていける。モンスターがでるだろうが自分の強さなら問題はないだろうと決めようとしたが、突然胸がギュウッと締め付けられた気がした。

 

 

―――たった一人で居るのはもうイヤだ―――

 

 

何かが頭をよぎった。が、すぐに泡となって消えてしまい首を傾げた。だが、もう森で暮らすという選択肢はなくなった。

 

「・・・村の外れにでも置いてもらえないか聞いてみるか」

 

いくら恩人でもアンデッドが村を彷徨くのは嫌がるだろうが、役に立つからと説得してみよう。それがダメなら、村が見える辺りに小屋を建てて眺めさせてもらおう。

 

そう決めて、村長の家に向かった。

 

しかし、予想とは反して盛大に歓迎され、アンデッドは村に受け入れられた。これにより、カルネ村は例を見ないほど発展することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

ゴトゴトと護送される馬車の中、心配げな部下の声がニグンの耳に届いた。

 

「よろしいのでしょうか?死の神を他国の異教徒に預けて」

 

本来なら本国に連絡しすぐさま迎え入れるべきだと考えている部下を視線だけで見て、ニグンは首を振る。おそらく神はそれを望んでいない。

 

「本国には伝えるが、今はまだ迎えられんだろう」

 

何故?と部下全員の視線を感じ、ニグンは自分の予想を語った。

 

「おまえ達も知っているとおり、スルシャーナ様はあの八欲王共に殺された。しかも、死の神であるあの方が復活できぬよう何らかの封印までしてだ」

 

それは法国の神官の誰もが知っていることだ。500年も前にあったこの世界の歴史である。

 

「しかし、しょせんは我らの神の力が上だった。500年の時を越えて復活されたのだ」

 

ニグンの熱のこもった声に部下たちからも感嘆の声が上がる。しかし、ニグンは苦虫を噛み潰したように忌々しいとばかりに口を歪めた。

 

「だが、八欲王の呪いは解けきってはおられないようだ。かの神はすべてをお忘れになっている」

 

自分が何者か判らない。そう言ったのだ。我らの信仰心に応えてはくれたが、我らと共に来ては頂けなかった。刃を向けた自分たちの罪は重い。

 

「あの方の呪いを解く方法を見つけてからでなければ我々の失態は拭えまい」

 

目覚められてすぐに刃を向けた者の国にあの方が来てくれるはずがない。我々の失態を許すと言われた神の慈悲に甘えるだけではいけないのだ。

 

「幸いにも、あの村はあの方に救われ、形は違えど信仰するようになった。異国とはいえ、同じ神を信仰する者達だ。特例地として本国に報告しよう」

 

神を迎える際には召し上げる事も検討するべきだ。

 

「いいな?我らの命を懸けてでもあの方の呪いを解くことが使命としれ」

 

ニグンの言葉に部下たちも深く心に刻み頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

王都に帰還し、報告や様々な厄介ごとを処理したガゼフは王都を歩きながらあの村の事を思い出していた。

 

 

夜も更け、村に一泊することになったガゼフ等は法国の特殊部隊を見張りながら朝を待っていた。部隊の奪還を警戒するより部下たちはアンデッドの御仁を警戒していたが、ガゼフはその夜、その御仁が村を歩いているのを見かけた。

 

何をしているのか聞けばアンデッド故に睡眠は必要無いため、一応の見回りと村人にこれを使っていたと手のひらサイズの香炉を見せられた。それは恐怖を和らげる効果のあるマジックアイテムだという。

 

「村を襲われて、恐怖で眠れない人が多いみたいで、少しでも心を落ち着かせようと思って」

 

その言葉になんと気が回る御仁だろうと感動した。自分たちは敵を警戒するのが精一杯で、村人の心の傷までは気が回っていなかったと恥じる。

 

優しさとは人だけが持つものではないのだと痛感した。

 

その話を部下に言い聞かせ、かの御仁のことは絶対に口にするなと厳命した。半信半疑の部下もいたが何も言わずに頷いたので大丈夫だろうと部下を信じた。

 

それからガゼフの世界は変わった気がした。人の事ばかり考えていたが、人でない者にも素晴らしい人物がいる。その素晴らしい出会いに心が軽かった。

 

 

 

知らず知らず笑みを浮かべて、機嫌よく歩いていたその時、悲鳴が聞こえた。

 

すぐさま踵を返し裏路地に飛び込むと、数人の柄の悪そうな男たちと女性が一人。しかし、男たちは地面に転がり白目をむいていた。女性は破かれた衣服を抱きしめながらガタガタと震えていた。

 

「どうしたんだ?」

「ば、化け物が―――っ」

 

恐怖にヒキツった顔でガゼフにすがりつく女性は興奮状態でまともな会話が出来なかった。何とか落ち着かせて悲鳴を聞きつけた衛兵に女性を託すと―――ガゼフは路地の奥の方に進んだ。

 

しばらく歩き続けるとそこにはローブをまとった人物がいた。

ガタイから男だろうと判別する。うなだれているようで、此方を振り返りもしない。

 

「あの女性を助けた方ですな?」

 

警戒することもなくそう声をかけると僅かばかり振り返ろうとして、すぐさま戻した。その一瞬、人ではない肌が見えた。よく見ればローブから覗く足も人ではない。

 

「無辜の民を助けていただきありがとうございます」

 

そう感謝を言葉にするとローブの男は気配だけで此方を伺っているようだった。

 

「もし、よろしかったら私の家でお礼をしたいのですが」

「―――すみません。事情がありお誘いは嬉しいのですが」

「事情というのは―――人間ではないからと言うことですか?」

 

バッと振り返った顔はやはり人間ではなかった。表情は伺えないが困惑しているようだと気配で分かった。

 

「どうして・・・」

「私の知り合いに優しいアンデッドがいまして、人ではないからとむやみに敵対すべきではないと思ったのです」

 

ガゼフの言葉にしばらく無言であったが、ローブの男は震えるような声を発した。

 

「わ、私は人間なんです。信じてもらえないかも知れないけれど、本当は人間なんです」

「・・・何か事情があるようですな」

 

路地が騒がしくなってきた。衛兵が集まってきたのだろう。

 

「私の家へ行きましょう。話はそこで聞きます」

 

そういって手を差し出すと、おそるおそる異形の手が伸ばされた。

 

 

 

to be Continued......?

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。
おそらく解り辛くて「なにこれ?」と思う方もおられると思います。
ので補足をさせて頂きます。

ユグドラシル終了と同時にモモンガさんは記憶を失い、異世界の大気圏あたりに飛ばされました。墜ちた衝撃で失ったわけではありません。

モモンガさんは異世界に全く違和感を覚えていません。
なぜならモモンガさんの基本世界は現実からユグドラシルになっていた設定です。なので、ユグドラシルのシステムと基本変わらない異世界に普通に溶け込みました。

モモンガさんの性格がちょっと違くない?と思うのは、モモンガさんは周りに合わせる人だからです。ナザリックにいればナザリックの支配者にふさわしい自分を演じますが、基本お人よしなので周りに望まれると自分の身が危ないとわかっていても助けてあげようと思うのです。

そんな感じで、こちらの物語は進みます。
お付き合いいただければ幸いです。

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