武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『』


第1話

 その森で男は目覚めた――

 

 

 男は身体を起こすとまだ覚醒仕切らないのか、眠たげな半眼で辺りを見渡し呟いた。

 

 

 「何処だここは?」

 

 

 眠たげな目をしているが別に目が覚め切らない訳じゃなかった、単にそういう眼付きなのだろう男は状況を理解していた。

 

 

 ――異常な事態に巻き込まれたと。

 

 

 

 男は年の頃20才前半か、身長は175㎝程度、身体は一見、線が細く見えた。顔はどちらかと言うと整ってはいるが中性的でやや前髪が長めで無造作に切った髪。印象的なのは眼で、眠たげで黒目の下方向にも白目が見える三白眼は眼が坐ったどこか酷薄さを匂わせ、彼の印象を陰気に見せていた。

 

 男は目を巡らして自分の近くに幾つかの荷物が落ちているのを見つけた。

 

 

 

 少し考える素振りを見せ男は慎重に荷に手を付け調べた、結果的に荷は彼の所有物だった。

 

 

 彼が愛喫している銘柄のノンフィルターである両切りタバコのゴールデンバット、ライター、アナログの腕時計とりあえずはこれさえあればいいかと思える彼の必需品だった。

 

 

 

 そして彼が愛用している武器が幾つか。

 

 

 

 刀袋に包まれた長物が二つ、一つは身の丈に迫る長さだった。

 

 

 一つは刃長二尺三寸程度、素朴な黒塗りの鞘と柄巻の打刀拵に入れられた変哲のない刀だった。刀工は良業物の一工、奥州政長の作。

 

美術的価値が大してある訳ではないが彼は試斬等で酷使しても刃零れも起こさず曲がりもせず何でも手応えなく斬れる切れ味と頑牢性を信頼していた。

 

しかしもう一つの包みの中はそれよりインパクトがあった。

 

 

 それも先ほどの刀と同じく簡素で実用的な拵えに入れられた刀には違いなかった。しかしその尺が問題だ、柄も入れたら全長は5尺――150㎝を軽く越す程の長大な刀だった。

 

時代は南北朝時代、刀工不明、無銘。かつて合戦等で用いられた野太刀、大太刀等と呼ばれる長刀。

 

 

 他にもナイフ、手裏剣等の暗器の類いも幾つかあった。彼が扱える武器は他にもいくらでもあったがその中でも彼が好んだ刃物類が自分と一緒にこの森にあった。

 

 突然目が覚めたら何故か森にいる。人によっては混乱の極みに陥るか逆に茫然自失とするかしそうな状況で彼は静かに呼吸し考えた。

 

 

 

 何故自分はこんな場所にいる?身に覚えはなし。誰かの意思?いや、どうやって?それは考えるべきではない。この世に100%と0%はあり得ない。誰かによってこの状況が作られた可能性もある、愛用の武器があると言うのも余りにも意図的だ。

 

 彼はそこまで考えて仮に思う誰かの意思なのだとしたら、何故自分に武器も与えた?それは使わせる為、男にとっては使う必要がある事を示唆している。

 

 

 ――状況は極めて危険な可能性あり。

 

 

 彼は包みに入れたままの刀を左腰のベルトに差す、流石に剥き出しで差す事ははばかられたが、これなら刀袋の柄側を解いて柄を露出させればすぐ抜けるだろう。

 

 

 大太刀もやはり包みに入れたまま紐で背中に背負った。

 

 

 その他の荷も装備。彼は大きな木に背を預けどう行動すべきか考え初めた。

 

 

 ‥‥少し考え彼は動く事に決めた行動方針を決めようにも分からない事だらけだった。このままいても武器を使うような危機に以前に森を抜けられぬまま遭難、死ぬ可能性もある。この森の規模も分からないのだから。

 

 

 

 太陽は幸いまだ出ていた。といっても比較的深い森だから薄暗いが、彼は太陽にアナログ時計の短針を合わせる方法で方角を割り出した。危険を承知でも動くしか彼には選択肢はなかった。

 

 

 男は指を一舐めしその指をかざすと。

 

 

 「‥‥サバイバルはあまり得意でもないからな」

 

 

 そう呟き東へと歩いていった。


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