――幻想郷にそびえ立つ紅魔館の一室。
その部屋に妖怪の中でも最高クラスの力を持つとされる種族、吸血鬼であり、またこの紅魔館の当主である少女はいた。
珍しく日中に起きてるその吸血鬼の少女はカーテンの閉められた窓辺に立っていた。その背中に纏う空気は――異質
「美鈴がやられたか、あの男そこそこやるようだな‥‥」
吸血鬼の少女は呟く、その声は幼い女の子の甘さを含んだ声、しかしその口調は声質からは考えられない程の重圧を醸し出している。
「ククク‥‥しかし美鈴はこの紅魔館のメンバーの中では最弱‥‥あいつを倒した所でまだ私には咲夜を初めとした強力な戦力が‥‥」
「何、悪役ごっこしているのですかお嬢様?」
何かいかにもな悪役のセリフを紡いでいる吸血鬼に対していきなり現われた銀髪が特徴的な一人のメイドがツッコむ。
「じゃあ逆にあの男を悪役にして私達が正義の味方役をやる? それも面白そうじゃない?」
現われたメイドにまた別のごっこ遊びを提案するこの館の当主である吸血鬼――レミリア・スカーレット。先ほどまでの悪役然としていた威圧感は既になくそこには何処か楽しげなレミリアがいた。
「なるほど‥‥物語などなら本来悪役としかなりえない我々吸血鬼側が寧ろ悪役と戦うヒーローな訳ですか。かなり斬新な設定、流石はお嬢様です」
そして何故かメイド――この屋敷におけるメイド長である十六夜咲夜はレミリアの提案に心底感心したという風だった。
「そうよ、咲夜、さぁ! あの男を貴女の正義のナイフで貫き悪を挫くのよ!」
「わかりました、あの男が館に入っていたら不法侵入の悪として処分させて頂きます」
やたらノリノリのレミリアの言葉に咲夜は大真面目に頷く。
「え? いや殺しちゃ駄目よ、それじゃつまんないし」
「どっちなんですか‥‥」
コロコロと変わるレミリアの言葉に咲夜はげんなりと応じる。もっとも咲夜もレミリアにはこういう所があると知っていたが。
「まぁ、あれは見た所外来人だしわざわざここに殴り込みに来たって訳じゃないでしょう。それに魔理沙も一緒みたいね、害は特にないわよ。」
「まぁ、それも確かにそうですね」
確かにお嬢様のいう事も最もだ。まさかあの男がたった一人で紅魔館を攻め込みに来たとは考えにくい、咲夜はそう思った。
「単に魔理沙に拾われた外来人が一緒にくっついて来ただけよ。でもあの男中々面白そうだから後で私の所に連れてきて頂戴」
「わかりました、そのように」
そういい失礼します、と咲夜は退室した。
そして廊下を歩きつつ咲夜は考える。
確かにあの男にはこの館への明確な敵意はないと見ていいだろう。しかし慢心していて本気も出しきれなかったとはいえ――いや、むしろその慢心を的確に突き本気を出させなかったあの男の手腕を評価するべきか――美鈴を呆気なく戦闘不能に追い込む手際。
そしてあの男の斬撃、あれは完全に相手を殺しにきていた。美鈴のように武術の心得等がある近接戦闘術に優れた者でなければいくら妖怪でも真っ二つになって死んでいただろう。
――そして咲夜が何より脅威的に感じた事は、あの男の斬撃は確実に殺すつもりで放たれていたにも関わらず攻撃を行う男からは殺気だとか殺意だとかの匂いがまるでしなかった‥‥‥例えるならまるで包丁で大根でも切るのと同じような気軽さで美鈴を殺しにかかっていた。
あの男は世間一般で言う[まともな人間]ではない。むしろあれは命を奪う意味も分からずに破壊の能力を行使していた妹様に近いものがあるか?咲夜はそう思った。
あの男に我々への敵意がないのも確かだろう、だがあの男が[危険な人間]か[安全な人間]か、どちらかと二択で考えるなら考えるまでもない。はたしてあんなのをお嬢様に引き合わせてもいいものか?
そこまで考えて咲夜は思う。まぁそう難しく考える程のことでもないかと。
仮にあの男がお嬢様に刃を向けるような事があれば私が殺せばいいだけの話だ。
さて、と、思考が一段落した所で咲夜は足を館の外に向ける。男にやられた美鈴はまだ毒で麻痺して倒れているのだ。門番が館の前でぶっ倒れていては紅魔館の体裁に関わる、美鈴を回収する為に咲夜は門の前へと急いだ。