武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

102 / 140
『退屈』


第102話

「報告します、敵です!相手は人型の妖怪、並の力ではありません!」

 

 自室でぼんやりと椅子に座り頬杖をついたレミリアに咲夜はいかにも緊急事態といった様子で捲し立てた。

 

「敵はスペルカードルールは無視。美鈴が門前で交戦しましたが戦闘不能に追いやられました!明らかな宣戦布告です」

 

「全く」

 

 レミリアは呆れるように呟いた。指先で前髪を弄びながら。

 

「それだけの力を持っているのにいきなり破滅的な行動に走るなんて、やっぱり永い時間に退屈は猛毒ってことなのかしらねぇ」

 

 

 ———十五分前、紅魔館正門前

 

 夜の帳も降りた頃、門番の紅美鈴の前に影のように現れた一人の妖怪。

 

 色素の薄いやや長めの茶髪に灰色の虹彩の眼。女顔とも取れる中性的な顔立ちの少年。現代的な黒の艶のあるレザーの服に身を包み、金属の装飾を多くあしらっている。

 

 幻想郷では珍しく、しかしある意味妖怪としては珍しくはない奇抜な姿の少年。

 

 一目見て美鈴の肌が泡立った。表情は変わらないが飢えた虎のような凄まじい殺気が美鈴に向けられた、この人は危険だと美鈴は直感した。

 

「……ご用件は?」

 

 それでも美鈴は形式として問いかけた。

 

 返ってきたのはあまりに明確な意思表示だった。

 

 少年は一瞬で距離を潰して美鈴の腹を素手で貫いた。美鈴は一切の反応が出来なかった。

 

「がっ!」

 

 生理的反射から当然動けなくなる。はずなのだがそれを無視して美鈴は妖力を纏った右拳を繰り出して反撃した。

 

 しかしその拳が届くより先に無慈悲な少年の膝蹴りが美鈴を吹き飛ばした。勢いよく門壁に叩きつけられた美鈴はその衝撃に耐えられたかった壁と共に崩れ落ちた。

 

 少年は会心の手ごたえに無言のまま蹴り足を戻した。そのまま正門の方に足を進めかけて、足を止めた。

 

 がらりと瓦礫の中から血を流しながら美鈴は体を起こして立った。上腹部は破られ内臓に深刻なダメージ。胸郭には肋骨粉砕と肺破裂のダメージ。いかにフィジカルが強い妖怪とて動けるような状態ではなかった。

 

 されど美鈴の眼の闘気に一点の曇りは無かった。手負いの龍が此処は通さぬと雄弁に語っていた。

 

 少年はなんのためらいなく踏み込みと共に左のパンチを繰り出す。美鈴にはあまりに次元違いの打撃を避けえない。一度見た打撃なら本来捌けるがその最初の一発での被害でもう足が言うことを効かないのだ。

 

 故に顔面を襲うそれをただ右で受けた。容易く右の前腕が滅茶苦茶に折れ殺しきれない衝撃に美鈴の頭蓋が歪む。

 

 しかし美鈴は打撃をガードの上から貰いながら腰を落とし大地の反作用を利用して真下から相手の鳩尾を左拳で突き上げた。会心の角度とタイミングで入り相手の動きが止まった。

 

 この瞬間にしか勝機はないと見極めた美鈴は妖力を集中させた右足で真上に垂直蹴りで顎を撃ち抜いた、凄まじい足の可動域である。そしてそのまま相手を真上に跳ね飛ばした。

 

 宙へと舞った敵を逃さずに美鈴も跳んだ。すぐに相手の横へ並び、空中で横倒しになった自らの体を一回転させつつ、渾身の左肘を相手に落とした。遠心力とともに全身運動と空中での慣性、全てのエネルギーを鋭利に尖った肘に乗せる。それは城門への破壊槌の威力を持った斧の如きもの。

 

 その一撃が直撃すればどんな相手だって打ち砕いたろう。だがしかし、相手の少年は自分の胸を襲ったそれを攻撃の軌道に合わせて自らも回転しつつ上腕で払って容易く流して見せた。大技故に見切るのも容易だったのか、むしろ恐れるべきは先の二撃をモロに喰らいながらもさして効いてなさそうなタフネスだったかも知れない。

 

 そのまま少年は美鈴の首を左手で掴みさらに生きている美鈴の左腕を抱え込み抵抗出来ぬようにして、宙を蹴って真下に跳んだ・・・・・・。

 

 流星の様に地表へと落ちる瞬間に落下エネルギーに乗せて少年は左腕を突き出し美鈴を叩き付けた。

 

 土煙りの中、平然と少年は立ち上がる。少年は一切傷を負っておらずあくまで穏やかな表情だった。

 

 美鈴はもう立ち上がってはこなかった。

 

 少年は軽い足取りで正面から門を破り敷地内へと進入した。

 

 

 

「それで?」

 

 レミリアは咲夜に敵情を問いかけた。

 

「相手は美鈴を破った後館内には攻め入らずに正面の庭から動かずにこちらを伺ってます」

 

「なるほどねぇ」

 

 レミリアはテーブルの上で手を組んで言った。

 

「こちらが打って出るのを待ち構えてる、か。随分大きな態度ね」

 

「紛れもなく大妖怪クラスです、こちらの残存戦力では今反撃に出られるのは…」

 

 メイド妖精は論外である。パチュリーも魔術師としての実力は高位ではあるが彼女はフィジカルも弱く決して戦闘向けとは言えない。

 

 残るは咲夜自身と川上。しかし咲夜は大妖怪に対しては火力不足を自覚していた、自身の能力は極めて利便性が高いが攻撃手段はナイフである。極めて強靭な肉体と生命力を誇る大妖怪相手に決定的なダメージを与えうる自信が無かった。

 

 咲夜は川上も同様と考えた。彼の技術はそもそもが対人用の殺人術なのだ、大妖怪相手にダメージを与えるような絶対的な攻撃手段・・・・・・・・がないはずである。

 

 フランドールは戦力としては数えてはいけない。確かに敵を容易に滅ぼしうるが、あれは天災の如きものだ。コントロールのできない脅威を戦力としては使う事はあってはならない。

 

 ならば…

 

「私が出るわ」

 

「お嬢様」

 

 レミリアはそう軽く言って静かに立ち上がった。城に攻め込んだ敵に対して王キング自らが前に出て迎撃するという、チェスでもあるいは戦場の戦略でもまずありえぬ一手。

 

 しかしこの夜の王にボードゲームや人間の戦略論は通用しなかった。

 

「相手は身一つでこの館に攻めて来た。ならばこちらも館の主人として私が迎えるのが筋というものよ」

 

「お嬢様、しかし…」

 

 しかし、何と続けようとしたのか。咲夜は首筋が粟立つような怖気に続けるべき言葉を忘れた。

 

 レミリアが嗤っていた、口の端を吊り上げるように。

 

「それに、私のモノ(美鈴)に手を出したのだから、それが決して安い買い物ではないという事を分からせてやるわ」

 

 この口調は怒りなどでは無く、闘争への予感からとろけるような甘い、甘い愉悦に染まっていた。

 

 その()()を見て咲夜は思い出した。平穏な日々が続き忘れかけていたレミリア・スカーレットという闘争に生きた夜の女王、戦鬼の徒という本質を。

 

 震えかけた身体を律して咲夜は言った。

 

「ご武運を」

 

 そしてレミリアは敵情を確認した。

 

「相手は正面の庭だったわね」

 

「はい」

 

 レミリアは少し考えて笑顔で咲夜に問いかけた。

 

「どこから登場するのが一番かっこいいかしら」

 

 

 

 

 少年は待っていた。

 

 館の真正面、庭の真ん中に陣取り動かずに。

 

 からなず打って出てくるはずだ、立て篭り籠城戦を決め込む程度の相手ではない。そう信じてすらいた。

 

 果たして、紅魔館の門が開かれて夜の闇の中から滲み出るように人影が現れた。

 

 その人物はレミリア・スカーレットではなく一振りの刀を差した川上であった。

 

 少年は表情に少々怪訝そうな色が浮かぶ。打って出てくるとは思っていたが、出てきたのはただの人間なのである。

 

 いや

 

 少年は気づいた。違うと。

 

 この人間はこちらに何の関心を抱いていなかった、一瞥だけしてスタスタ歩いてくる。

 

 咲夜は川上に一つ頼んだ、それは門前で負傷して倒れている美鈴の救出である。

 

 レミリアが敵の殲滅に出る事が決まり、咲夜はパチュリーとともにすぐに治療が出来るように用意し、その間に敵の場所を川上に教えて、美鈴を地下図書館まで運んでくるように伝えた。

 

 結果川上は美鈴を回収に向かっているのだ、()()()()()()()()()()()()

 

 咲夜は慌てていた為かミスをした。彼女が敵の場所を教え、川上に頼んだのは川上の隠形能力を買ってである、つまり敵に気づかれぬように美鈴を救出して欲しかった。

 

 しかし、咲夜は敵の場所と美鈴を救出という事しか伝えなかった。川上は認識がズレてる事が多い事を把握している咲夜は普段なら敵に見つからずという意図が伝わるように言えただろう。

 

 少年は歩いてくる川上を見ていたが、やがて視線を切った。

 

 お互いそこにないものと思っているかのように、立ち尽くしている少年と歩いていく川上がすれ違った。

 

 川上は正門へと消えていった。

 

 それでも少年は動かなかった、しかしそこに澄んだ声が降り注いだ。

 

「今晩わ。今夜は綺麗な三日月ね」

 

 少年はゆっくりと顔を上げた。

 

 屋上の縁でレミリア・スカーレットが笑みを浮かべて立ち、少年を見下ろしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。