武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第106話

 夕刻、霧の湖

 

 四人組の男がいた。

 

 和服に身を包み、四人は各々帯刀している。一様に一方を見て何か小声で相談し合っている。

 

 四人組が見ているほうには木に背を預けて地面に腰を下ろして、夕陽を反射して紅く煌めく湖面を見ているのかいないのか咥え煙草でぼんやりした様子の一人の男。

 

 礼服姿のその男は20代前半。腰に二振りの刀を二本差しにし、傍らに長寸の野太刀を置いていた。艶はあるが無造作な印象の黒髪に、特徴的な半眼で三白眼となった不吉な眼。

 

 紅魔館使用人、川上であった。

 

 

「どう思う?」

 

「九分九厘だな」

 

「同感だ間違いねぇ」

 

 四人組は川上を観察しその特徴から、自身の組織における尋人だと相談しつつもほぼ確信していた。

 

 四人組は反妖怪派抵抗組織の構成員だった。

 

「尾けて住処を暴くのはどうだ?」

 

「いや、落ち着け。おそらく気付かれる。いや、どうもすでに気付かれてるように思う」

 

「確かに深追いはヤベェかもな」

 

 四人組の一人は尾行を提案してたが。冷静さと勘の良さを合わせ持った男が制した。男は帯刀はしていなかったが艶のある飴色の仕込杖を突いていた。そしてそのままその男は提案した。

 

「ここで、話を付けよう」

 

 その言葉に他の三人は一様に驚愕を示した。

 

「そっちのほうがヤベェだろ、相手は数十人を一人で斬るような奴だぞ」

 

「だけど…どういう性格かまではまず話てみない事にはわからないのは確かかも」

 

「そりゃそうだが危険だろう、それに見た感じ空気がどうも良くない。最悪いきなり切りかかられるかもしれん。話通りなら四人でも危ないぞ」

 

 皆口々に仕込杖の男に意見した。それを目で制して口を開く。

 

「危険は承知だ、だが向こうも馬鹿ではあるまい。お前」

 

「僕か?」

 

 男は四人の中で一番若そうな一人を指名した。

 

「お前はすぐ里に戻れ。清水と思しきを見つけたと伝えたら。誰か数人連れてまたここまで戻ってこい」

 

「え、それは」

 

「出来ればあの男を立見さんの所まで連れていき話を聞くように交渉する。」

 

「これからするのはあくまで話し合いだが。一応保険だ、頼む」

 

 仕込杖の男が頭を下げると、頼まれた方も否やとは言えなかった。

 

「わかった」

 

 そう言って若そうな男は里の方へと歩き去っていった。

 

「話し合いは俺だけでいい、お前達は控えていていい」

 

「いや、もしかしたらやばいだろ。俺も行くぜ」

 

「人数がいるだけでも話し合いは有利に運ぶだろう。俺も助力する」

 

「わかった」

 

 そうして三人は川上へと歩み寄っていった。

 

 三人はわかりやすいように少々大げさなくらいに足音を立てていたが、川上は前方、湖面の方を向いたまま目線も動かさなかった。もう彼我の距離は5メートルもなく気付いていないはずはないが。

 

「すまない、兄さん。ちょっといいか」

 

「なんだ」

 

 仕込杖の男が先頭に立って声を掛けた。後の二人はすぐ後ろで控えていた。川上は立ち上がりもしなかった、ただ顔だけ向けて三人を一瞥だけして返答をした。

 

 その石ころでも見るかの如く何の熱の込もらない視線になぞられた男の中の一人がぶるりと身震いをした。如何に湖のほとり、夕刻とは言え、震えるような気温ではない。

 

「貴方は清水ではないか、最近野盗の徒党を数十人切った」

 

 単刀直入な問いかけに他の二人に緊張が走った。しかし当の川上は短くなった煙草を落としながら、目線を切り。そのまま視線は何かを考えているのかふらふらと中空を彷徨った。数秒で得心がいったというように目線が戻ってきた。

 

「多分そうだが」

 

 自分の事なのに多分とはおかしな話だが、それには触れず男は釘を刺した。

 

「早まった事は考えないでくれ。一応言っておくがもう仲間の一人が貴方の事を組織の人間に伝えに行っている。それにこちらは貴方の事をどうこうしようというつもりはない」

 

「貴方の情報もある程度集まっている、紅魔館だろう」

 

 機先を制した男に川上はやはり腰を下ろしたまま動かさなかった。紅魔館を出したのはただのカマかけだ。ただ、阿求を囲んだ仲間がやられた日に里で紅魔館の銀髪のメイドと共にいたという目撃情報があった事と、今の場所も紅魔館にほど近いという根拠とも言えぬ根拠。しかし川上は否定も肯定もしない。

 

 後ろの二人はひとまず安心というように胸を撫で下ろした。

 

「では何の用だ」

 

「話がしたい」

 

「聞こう」

 

 あっさり呑んだ川上に対して、仕込杖の男は自分達の組織の理念を整然と説いた。川上は男たちの方もみずに夕陽が沈み征く湖面の方を向きながらそれを聞いていた。

 

「つまりは、妖怪はルール違反さえしなければ人間を食ってもいい。食われたこっちは文句は言えない」

 

「このルールが正しければ、それも仕方ないと言えるかも知れないが。そもそもルールを提唱したのは妖怪側だ、妖怪に都合よく出来てるのはもちろん抜け道だらけだ」

 

「そうだろうな」

 

 ルールの不当性を説く男に川上は感情の読めない相槌をうつ。

 

「実質、里の人間は妖怪からすれば家畜小屋の豚に過ぎないという事だ。管理されていつでも食える。しかし、里の人間の大半は現実を見ようとはせず、現状に甘んじている」

 

「貴方は外の人間だろう?外がどのようなものかは知らないがこれ程人間が軽んじられる世界ではあるまい?」

 

 男の問いかけに川上は答えない。逆に問い返した。

 

「それを聞かせて俺に何をしろと」

 

「…出来れば同じ人間として協力して欲しい。妖怪と本当の平等を勝ち取る為に」

 

「もちろん、無理にとは言わない。最初に言ったように俺達はあんたをどうこうするつもりはない」

 

 川上は日が沈み切った湖面の方をむきながら煙草を取り出して火を付けた。まもなく夜の帳が降りるだろう。

 

「ともかく一度俺達のリーダーに会っては貰えないだろうか。話しを聞くだけでもいい。協力してくれれば話し合い次第でリーダーも貴方の要求なりも聞くはずだ」

 

 そう冷静に語り終えた男に川上はゆっくりと一服し、紫煙を吐いた。やがてポツリと呟いた。

 

「…ちょうどいいか」

 

 川上はまだ二口しか吸って居なかった煙草を落とすとおもむろに立ち上がった。思わず後ろの二人は一歩後ずさったが、それには目もくれずに言った。

 

「その人物の所に案内してくれ」


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