武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『屍肉』


第107話

「案内をしてくれ」

 

 川上の言葉に仕込杖の男はゆっくりと頷いた。

 

「わかった、里だ。着いてきてくれ」

 

 川上は野太刀を背負った。その間に仕込杖の男は他の二人に軽く目配せをしジェスチャーで何かを伝えた。

 

「いいぞ」

 

 川上がそう言うと仕込杖の男が前に立って歩き始め、川上はその後ろに着いていく。

 

 更に川上の斜め後ろに位置取りし二人の男が歩く。ちょうど川上はトライアングルの真ん中に位置していた。仕込杖の男は川上に対して移動中も油断無く包囲網を固める堅実振りを見せた。

 

 四人は会話も無く一丁程歩いたが、意外な事に川上が口を開いた。

 

「聞いてもいいだろうか」

 

「答えられる事なら」

 

 仕込杖の男に向けた川上の言葉に、男は歩きながら向き直りもせずに答えた。

 

「君は妖怪に誰かを殺されたのか」

 

 川上の素朴ですらある問いかけに後ろを歩く二人の顔に苦渋が浮かんだ。この組織にいる多くの人間が近しい者を妖怪に何らかの形で奪われているのだ。仕込杖の男は川上からは背中しか見えず表情は伺いしれない。

 

「一人娘がいた。殺された」

 

 仕込杖は感情の籠らぬ声色で端的に事実を答えた。彼はもはやその事実に対しては感情が焼き切れてしまったのだろうか。

 

「妻はいないのか」

 

「妻は」

 

 続けて川上は問いかけて、仕込杖の男が口を開きかけたところで川上は鯉口を切りながら後ろに向き直り抜刀。全くの無音だった。鞘離れの瞬間、体を開き大きな一閃が纏めて後ろの二人の首前半分を断ち切った。

 

「じさ」

 

 後ろの二人が膝が折れて崩れおち始めたところで、川上は剣を逆八艘に取り上げながら前に向き直り、言葉を続けていた仕込杖の男を背後から左袈裟に斬りさげた。刀は男の左肩口から胸郭までを斬りさげて深々と入った刀は胸に抜けていた。

 

 後ろの二人が血しぶきを上げながら地面に崩れ落ち終わったところで川上は男の背中に蹴込みを放つ。食い込んだ刀が抜けて男は地面に前のめりに叩き伏せられた。仕込杖が転がり、すぐ血溜まりを広げた。

 

 三人を即死させて、川上は刀の血脂を死体の衣服になすりつけて拭うと刀を改めた。何時もと違い刀を二本差しにした腰から抜き放ったのはほぼ直刀の無銘だった。

 

「…見事」

 

 川上はそう嘆息した。体幹を斬りさげたが強く粘る刃はいささかの瑕疵もない、しかし特筆すべきは刃味だろう。自重を持って自然な操刀で斬っただけだが、まるで裂けやすくなった古袈裟を裂くかの如く人体を断った。もとより刀工多々良小傘により斬れ味の工夫として打たれた刀だが習作などとは思えぬ斬れ味。

 

 彼らの死因は川上が刀の試料を求めていた時に出会ってしまった、ただそれだけの不幸な巡り合わせである。

 

 川上は刀を納めて、しゃがみ込み死体の懐を探り銭を抜いた。闖入者の声がかかったのはそんな時だった。

 

「おぉ!凄い、今日は大収穫だ」

 

 川上はとうに気配には気付いていたのだろう、声に構わずに二人、三人と銭を抜き立ち上がった。

 

 そして川上が目を向けた先には一匹の妖怪が嬉しそうに佇んでいた。

 

 赤髪を両サイドで三つ編みにして黒いリボンで括り、前髪は切り揃えている、髪の中から黒い猫耳がピンと立っていた。鮮やかな赤い虹彩の瞳はつり目だがきつさは無く、全体的に幼い印象で可愛らしい顔付きに、人懐こそうな表情を浮かべている。

 

 黒地に緑の細かい意匠の入った、ややゴシックロリータ調の上下に身を包み、あちこちに赤いリボンをあしらっている。小柄であり身長は140cm台だろう、腰から黒い二股のしっぽが伸びている。しかし顔付きや小柄な体格からは想像出来ないが、服の上からでも胸の大きさがわかり足腰も丸みを帯びている。

 

 幼さを匂わせる少女のような体躯だが、体はまだ少女らしさを残しながらも乳房や足回りが女性に成熟している。ともすればアンバランスとなりかねないが、その二つを美しい域で絶妙に両立していた。

 

 通称ネコとも呼ばれる一輪車を携えた赤と黒の色のメリハリが印象的な妖怪は火車と呼ばれる妖怪。火焔猫燐であった。本人が長い名を嫌う為通称はお燐と呼ばれる。

 

 彼女は幻想郷における地底のとある妖怪のペットであり灼熱地獄後にて管理の仕事もしている妖怪でもある。

 

「お兄さん、この死体貰っていっていいかい?」

 

 高く活発そうな声色でお燐は川上に対して人懐こく聞いてきた。彼女の仕事は死体集めであったが、それは仕事だけではなく多分に趣味も含んでいた。つまり彼女は死体愛好者(ネクロフィリア)である。

 

「好きに、いや」

 

 川上はお燐に答えかけて、何かに気付いたように言葉を止めると横に目線を送った。

 

 なんだろうと、視線を追いお燐もそちらを見た。しかし何も居らず別に何も変わった様子はない。

 

 お燐が視線を正面に戻すとそこには先程までいた川上が消えていた。ほんの僅かに目を離した隙に煙のように。

 

「はて?」

 

 忍者か何かかなと首を傾げ。まぁともかく死体は回収してよさそうだと考えた。今日はこんなに新鮮な死体が三つも手に入ったと嬉しくなる。

 

 しかし、死体をネコ車に乗せようとした所。彼女の耳がピクリと動く、人の気配が近づいてくる。

 

 果たして現れたのは四人組の刀や槍で武装した人間だった、仕込杖の男の指示で里に戻った男と共に来た増援であった。

 

 男達は倒れ伏せた三人の死体と傍らにいる妖怪、お燐を見つけ顔色を失った。すぐに一人が気色ばみお燐に向けて怒鳴った。

 

「てめぇ!やりやがったな!」

 

 もともと妖怪を憎悪している連中である、すぐに皆鬼の形相になって武器を抜いた。

 

「え?あたいじゃないよ」

 

 お燐はその様を見てもきょとんとした様子を見せて事実を告げるだけだ。

 

「ふざけんじゃねぇ!」

 

「乱暴だねぇ、あたいはわざわざ殺したりしないよただ死体を貰おうと」

 

「待った!皆、清水が居ない」

 

 お燐の言葉の途中で最初に清水を見つけ、皆を呼びに言った若い男が言った。

 

「三人とも清水と話し合うつもりだった」

 

 状況を冷静に見る事が出来るのか若い男は言った、一人が半ば恫喝するようにお燐に聞いた。

 

「てめぇがやったんじゃねぇのか!?」

 

「違うよ」

 

 一言で否定されて四人のうちの一人が慌てて近づき取りすがって仲間の死体を調べる。

 

「刀疵だ、これは」

 

 男は傷を見て言った。しかも皆一太刀でやられている。これはまるで……

 

 男は顔を上げて何故か恍惚とした表情を浮かべているお燐に聞いた。

 

「お前!刀を持った若い男を見なかったか、黒い洋服だ」

 

「見たも何も」

 

 お燐は何を言っているのかという表情で指を真っ直ぐ指す。男の後ろを。

 

 男は立ち上がり後ろに向き直り、そこで昏い三白眼と眼が合った。

 

「へ?」

 

 それが男の遺言となった。川上の無銘が一閃し、男の首が飛んだ。血飛沫をあげて胴体は崩れおち、首はクルクルと宙を舞い、落ちてきた所をお燐が両手でキャッチした。

 

 お燐は慈しむような表情で男の生首を掲げて見て、ゆっくりと生首の唇に口づけした。

 

 川上もまた想像以上の試しを行えた、血脂に濡れてぬらりとした刀を掲げて満足げにそれを眺めていた。

 

 四人は全滅していた。一人が仲間の死体を調べてる僅かな間に接近し、気付かれる前に三人とも切った。おそらく四人共に自分が死んだ事に気付かなかっただろう。

 

 戦闘になる前に一方的に殺害を完了としてしまう。無音殺傷術(サイレントキリング)、川上が学んだ流派の技術であり彼の得意手の一つだ。

 

「お兄さん、ありがとう!」

 

「あぁ」

 

 お燐は生首を恭しく猫車に納めながら川上に礼を言った。対する川上は刀を懐紙で丁寧に拭いながら、何故礼を言われてるのかわからなかったがとりあえず適当に応じた。

 

 人間の死体が大好きな彼女からすれば死体を作ってくれる人は余りいない為貴重だ。彼女は妖怪に殺された人間は余り興味を抱けないのだ。しかし、川上が斬った死体は一太刀、無駄も無理もない刀疵による死体達にお燐は美学を感じた。

 

 お燐は手を伸ばして死体に働きかける、すると死体達はマリオネットのような不自然な動きで皆立ち上がった。死体を猫車に乗せる為に死体自らに動いてもらう、お燐は死体などを操る事も出来る生来の死霊術師(ネクロマンサー)でもあった。

 

「待て」

 

「?」

 

 不気味な動きで立ち上がる死体を見て待ったを掛けたのは川上だ、訝しんだお燐の前で川上は立ち上がったまま奇妙な体制で動かない死体各4体の懐から銭を抜いた。そして一体が帯びていた脇差も取った。

 

「いいぞ」

 

「はいよ」

 

 お燐は金になぞ興味もないので黙って待っていたが、川上の声に死体を動かし始める、まさに文字通りゾンビの如く生気のない動きで——実際にないのだが——皆猫車に自ら殺到したが。

 

「嬉しいんだけど全部載せきれないねぇ」

 

 系7体の死体を猫車に積めば山盛りもいいところである。お燐は嬉しい悲鳴をあげる。

 

「なら何回かに分ければいい」

 

「そうするしかないね」

 

 何気ない川上の口出しにお燐は頷き。猫車に死体を載せて上手く安定するように作業を始めた。

 

 川上は煙草に火をつけながら空腹を覚えて、戻る為に歩き始めた。

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