武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第108話

 紅魔館の庭では大きな面積の花壇があり、色とりどりの晩夏の花が咲き誇っていた。

 

 その花の咲き誇る中でカン!という小気味良い音が響く。

 

 二人の人物が木剣で切り結ぶ音だった。

 

 一人は上背のある黒髪にダーススーツの青年。

 

 一人は短身にセミロングの黒髪。メイド服姿の女の子。

 

 紅魔館の使用人である川上とアニスであった。

 

 川上は全長三尺三寸、一般的なものより細身で反りもなく軽い赤樫の木剣。アニスが用いるのは同じ体配の木剣だが一尺七寸ほどの小太刀だ。

 

 二人は稽古をしていたが、所謂一般的な型稽古ではなくむしろ立合いに近かった。アニスに自由に攻めさせて、川上はそれを捌く。アニスは容赦なく当てに行くが川上は寸止める。

 

 危険である。受け切れなければ川上は大怪我を免れず川上が寸止めを失敗すればアニスが大怪我ないしは死ぬ。川上の技量ならどちらもありえないのだろうが、それにしてもまだ未熟なものにこのような型破りな稽古をさせるのは本来なら言語道断であろう。

 

 上背がある川上は突っ立つる姿勢で高いところから太刀を送る。アニスの課題は身長的にも得物からもリーチが違い過ぎる相手に対して入り身にて懐を盗む事だ。

 

 低い相手には腰を落とすのが一つのセオリーだが川上はあえて腰を高くして分かりやすくしている。

 

 下段で軽く角度をつけた川上の剣先をアニスは小太刀で払って入ろうとしたが、川上の剣先はビクともしなかった。逆にアニスの小太刀に川上の剣先がくっついてきて、アニスが小太刀を引いても離れなかった。なんとか小太刀を引こうとしていたらアニスはいつのまにか剣先で小手を押さえられた。

 

 ヒュッ!と剣先が返り切り落としてきたのをアニスは咄嗟に一歩下がって躱す。

 

「真っ直ぐ下がるな。押さば回れ」

 

 叱責しながら川上が送った低い袈裟斬りをアニスは打ち払いながら入り身して小太刀を流して鼠蹊部を切りつけてくる。川上は落とされた刀をすぐ戻して受けた。

 

「そうだ」

 

 いいつつ、距離をとろうと川上は下がるがアニスは突き放されんと小太刀で川上の刀を抑えながら回りこむように付いていく。

 

 ——引かば斜めに。

 

 アニスは至近距離から膝で川上の脛を蹴ろうとするが川上は膝を上げてこれをカットした。

 

 しかし、川上の足を浮いた瞬間を意図してか、たまたまかわからぬが捉えて川上のさらに懐に入りつつアニスはフリーの左手で川上の木剣の握る右手。自身の細い指を滑り込ませ強く握らず緩んでいる川上の右側人差し指を握り。指を逆関節に極めながら背負い投げのように低く背中を密着させるように入り込むと、自身の左肩を出すようにしつつ体を落として指を折りつつ投げに入った。

 

 小さい関節は鍛えようがなく、そういった所を狙えばアニスのような小さなものでも相手を制するのは可能だ。川上は指を掌握された時点で相手に逆らわず、アニスが体を落とす瞬間に自らアニスを飛び越えるように前返り受身をして指を壊されるのを防いだ。

 

 受身のまま座構えになりアニスからみて背を向けている川上に、アニスはここを好機とみたのか踏み込んだ。

 

 ——だが

 

 川上が後ろを向き直りもせずにノールックで放った左片手打ちの剣先がアニスの左脇腹で寸止められてた。

 

 右側で小太刀を握り、追撃に気を取られ体が開いたアニスに左から襲う刀は全く反応出来なかった。

 

「今日は終わりにしよう」

 

 そういって川上は刀を納めるように左腰、左手に木剣を持ちかえ一礼。アニスも小太刀でそれに習った。

 

「ありがとーございました」

 

 キチンと礼法を守るアニスに川上は頷きタバコを取り出して火を付けた。

 

「安易に深追いはするものではない、死を招く」

 

 そしてフィードバックとして、稽古の反省点を告げた。

 

「だが入り身してから指を狙い捕手に行ったのは見事だった」

 

 そしてもちろんよい所も告げる。アニスは爛々とした目で頷いていた。

 

 そう見事、そういう他はない。短期間の指導にも関わらず最早初心者に出来る動きではないのだ。子供というのは(コツ)を掴むのが上手いものだが、このアニス。天稟に加え、興味を持った事への熱意が凄い。川上が指導しなくても、自主的にやっている一人稽古の量は川上すら上回っているかも知れない。

 

「お疲れ様」

 

 そんな二人に声をかける人物がいた。長身で綺麗な顔立ちに柔和そうな表情を浮かべる者は八雲藍である。

 

 いつから見ていたのか、そもそも何故紅魔館にいるのか、と言った疑問は川上は突っ込まなかった。

 

 もとより、また来る、フリーパスだのと言っていた相手である。別に居たとしてもおかしいことではない。特に悪意を持った相手でないと分かっていたのでいちいち川上は気にしない。

 

 あるいは悪意がある相手でも彼は気にしないかも知れないが。

 

「疲れただろう」

 

 そういいつつ藍は竹水筒を差し出した。実際には川上は息一つ乱してなく疲れてはいない、稽古においても極力消耗を避ける癖を付けている。だが無言で水筒を受け取った。

 

 特に喉も渇いていなかったが水筒から一口だけ口に含む。僅かな雑味もなく、仄かな緑の爽やかな香りの中に豊かな自然を感じさせる水を口の中で転がし、ゆっくりと飲みくだした。

 

「見事な剣腕だな、外の世界にもまだ古い技術が残っているんだね」

 

 渇きを覚えている訳ではなかったが染みるな、と思っていた川上に藍が今の稽古に対してそう評してきた。好奇心旺盛なアニスは藍の背後に回って、彼女の非常に豊かで柔らかそうな尻尾を身体全体を使い弄っていた。

 

「現代では飛び道具が発達している。今では銃を使えば人差し指さえ動かせば子供でも格闘技の王者を殺せる」

 

 クイ、と人差し指を曲げる仕草を見せて川上は言った。

 

「人殺しも合理的になったものだね」

 

 藍は穏やかな微笑みを浮かべたまま皮肉そうに言った。言いつつ背後で藍は自慢の尻尾を操ってアニスの身体を巻いたり撫でたりしていた。

 

「にも関わらず、未だにプロの戦闘屋が武術を熱心に学ぶ」

 

「如何に道具が発達しようともそれを使うのは人間。身体の使い方がモノをいう、という訳か」

 

 頷いて川上は藍に竹水筒を返した。藍は尻尾からアニスを解放して後ろに向き直りアニスにも水筒を渡した。

 

「君も上手いな、いい師を持ったね」

 

 水筒からこくこく、と飲むアニスを撫でつつ藍は言った。アニスは大妖怪相手でも物怖じしない笑顔を向けて礼を言って水筒を返すと元気に走って館に戻っていった。

 

「アレはモノになりそうだね」

 

 そう藍は所見を述べる。川上は口元に軽い笑みを浮かべただけでそれには答えずに、館の方へと歩き出した。

 

 そこを何気なく歩みより藍は後ろから川上に抱きついて見せた。後ろから川上の肩越しに腕を回し密着する、そうしてみると長身の藍は川上に対して僅かに低い程度で身長差がほぼないのが分かる。

 

「ふむ、今日は君の匂いがわかるな」

 

 息は乱さずとも少し汗ばんでいるのか、前回は感じられなかった川上の匂いを藍は楽しんだ。

 

「放してくれ」

 

 川上は歩けなくなりそう訴える、後ろから包み込まれる感覚に藍の雌の匂いが混じる。しかも存外力強い。

 

「もう少し」

 

 その返答を聞くやいなや川上は一瞬で体を落とすと同時に身体を開く。腰や背中でぶつかるように。背後から羽交締めにされたときの返し技。

 

「おっと」

 

 しかし流石は大妖怪といったところか。藍は川上の浮沈の動きに反応し、自身も腰を落として技をすかした。

 

「こう見えても私も身体の使い方には多少の自身があるんだよ」

 

 藍はそう囁いて川上の耳元にふっ、と息を吹きかけた。

 

 無言で川上は重心をズラして背後の藍に体重を掛ける。藍は咄嗟に踏ん張る。

 

 その瞬間川上は今度は体を前に掛けた。藍はおっ、と思った瞬間に不味い事実に気付いた。

 

 川上の肩越しに回した両腕。それが川上の胸の前で交差し、両手首を掌握されていた。両腕とも肘をすでに逆関節とも極められている。

 

 藍は後ろからおぶさるように抱きついていたのだ、つまり。

 

 次の瞬間川上は藍に低く腰をぶつけるかのように入って体を落とす。腕関節を取った逆背負い投げ。藍は咄嗟に地を蹴った。

 

 両腕とも極めて投げて関節を破壊しつつ受身不能で頭から落とすわかりやすい殺し技だが藍は自ら飛んで一回転してふわりと川上の前に両の足で着地した。

 

「確かに上手いな」

 

 川上は感心してるのか、そうではないのかよくわからない口調で告げた。

 

「だろう?しかし、まさか投げにまで持っていかれると思わなかったから少し驚いたよ」

 

 藍も穏やかな口調でやはり本当に驚いてるのかわからないが、実際に彼女は感心していた。

 

 そうして再び歩き出した川上に今度は藍は並んで歩いた。川上の右手側、腕を伸ばして届かない程度の彼の制空権に身を置いて。

 

「この後お茶でもどうだい」

 

「珈琲なら」

 

「なら私が淹れよう」

 

 そう何気ない会話をしつつ川上は煙草を咥えた。


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